第99話 生まれた意味
「ええっ! 広瀬君、今日はえらく華やかな感じだね。綺麗な子が多くて」
「木村、全員が広瀬君と一緒に仕事をしている除霊師のお嬢さんたちだ。邪な感情を抱かないように。それに全員が女子高生だ。下手に手を出すと、刑事の職を失うぞ」
「厳しい世の中ですね。でも私、年上のお姉さんが好きなんです」
「自分に正直な刑事さんだね、裕ちゃん」
「そうだな」
今日は人手が必要ということで、久美子たちにも来てもらった。
本当は死体を見せたくはない。
それも、生田祥子さんの失踪は三年も前のことだ。
確実に白骨化しているので、若い女性には辛いかなと思わなくもなかったのだが、誰にでも頼める仕事ではないから仕方がない。
俺は、向こうの世界で見慣れているから問題ない。
荒野に大量の白骨どころか、腐乱死体の山なども珍しくなかったのだから。
「裕ちゃん、私は大丈夫だよ」
「おほん、私は裕君の公私ともにパートナーなので、このくらいのことは。それに死体は職業柄、何度か見たこともあるわ」
「わっ、私も問題なし。もしもの時は裕に慰めてもらうから」
「私は忍なので。師匠の行くところならたとえ地獄でも」
「プロの除霊師なら、いつか死体は必ず見るものだから。ここで退いてどうするって話よ。落ち込んだら、そこは男性が女性を慰めるものなのはこの世の常識というか……」
「広瀬君?」
「はい? なんです? 木村さん」
「今、私は明確に、君に対して殺意を感じた」
「この人! 中村先生の同類だ!」
こういう発言をする人って、まずモテた試しがないというか……。
モテる人は、他人がモテようがモテまいがあまり気にしないからだ。
「挨拶も済んだし、行くぞ」
「目方警部、どこに行くんです?」
「生田祥子さんの実家だ。遺体捜しのヒントが必要だ。そうだよな? 広瀬君」
「はい」
俺たちは、生田祥子さんの実家へと向かった。
事前に目方警部が調べてくれていたおかげで、俺たちは迷わず生田祥子さんの実家に到着する。
そこは築半世紀を超える古い公共団地で、もうそろそろ建て直しが検討されているそうだ。
「反対運動のせいで進んでいないそうだが」
「反対運動ですか?」
随分と古く、耐震性能も怪しいところだ。
建て直しの間は他に引っ越す必要があるが、新しいマンションの方がいいだろうに。
「広瀬君、君は若いな」
「ええまあ、まだ未成年ですね。それとなんの関係が?」
「ここは古いので、家賃が異常に安いんだ。新築されれば、新しい物件なので家賃は大幅に上がる。そうなればここに住めない人も出てくるのさ。他に移るにしても、ここより安い物件はない。生活保護者も多いからな。だから建て直しに反対する」
「貧しいがゆえにここを抜け出せないが、ここから離れるチャンスがあってもそれを拒否してしまう。親子三代四代でここに住んでいて、ずっと貧しい家庭もある。シングルマザーも多い。生田祥子さんの母親もそうだ」
少しカビ臭い階段を上がり、『302 生田』という表札がある部屋の呼び鈴を鳴らすと、中から白髪交じりで、痩せ衰えた中年女性が出てきた。
彼女が、生田祥子さんの母親のようだ。
年齢はうちの母親とそう変わらないはずだが、かなり老けているように見えた。
「生田さんですね? 警察です」
「私は警察の厄介になるようなことはしていませんし、うちの娘をろくに捜しもしないで」
「なんだぁ? おい! 誰だ? セールスならお断りだぞ!」
部屋の奥から、いかにも柄の悪そうな男性の声が聞こえてきた。
確か、この人はシングルマザーだったはず。
「(あとで事情は話す)。娘さんの失踪の件でお尋ねしたいことがあります。彼らをご存じですか?」
そう言うと、目方警部は多田竜也たちの顔写真を中年女性に見せた。
「いえ、見覚えはありません。こいつらが祥子を連れ出したのですか? まったく、祥子がいなくなったせいで私は生活保護になってしまって! 早く祥子に戻って来てもらって、また店で働いてもらわないと。あの子には若いうちに稼いでもらって、母親に恩返しをするのが筋ってものでしょうが! 警察は私たちの税金で食べているんだから、早く娘を見つけなさいよ!」
「「「「「「……」」」」」」
生田祥子さんの母親のあんまりな言いように、俺たちは絶句してしまった。
だが目方警部は特に動揺した様子はなく、そのまま話を進めた。
「祥子さんが、生前身に着けていたものを貸してほしいのですが……」
「そんなもの、もう全部売ってしまったわよ! 大した金額にもならなかったけど! ええい、腹立たしい!」
「おい! 早く帰ってもらえよ!」
「すみません! あなた」
この人、シングルマザーで、一家の稼ぎ頭である娘さんが行方不明で、自分は働けないから生活保護なのでは?
あの男性は、内縁の夫?
「捜査に使うので、祥子さんが使っていたものならなんでもいいのですが……」
「ちょっと待ってください」
一旦家の中に戻った生田祥子さんの母親であったが、すぐに頬を張る音と、『すみません!』という彼女の謝罪の言葉が聞こえてきた。
それでも彼女は、一枚の古いハンカチを持ってきた。
「これでいいですか?」
「すみませんね」
「祥子を一日でも早く見つけてください。若いうちに稼いで、私の老後の資金を確保してもらわないと。あの人もいるから」
「おい!」
「すみません! もう帰ってください!」
部屋にいた男の機嫌を損ねたくなかったようで、生田祥子さんの母親は、もう用事は終わったとばかりにドアを締めてしまった。
どうもこの公共団地の雰囲気に慣れず、俺たちは足早に公共団地を出て行ったのであった。
「刑事生活二十年以上とはいっても、俺は親父に遠く及ばないな……」
「目方警部?」
公共団地を出たあと、目方警部がしみじみと語り出した。
「生田祥子さんの失踪は三年前のことだ。俺はすぐに思い出した。だが、彼女の実家はあんなんだ。唯一の肉親である母親もあの様で……」
「私も母一人、子一人だけど、随分と違うのね……」
涼子の場合、父親である安倍晴明が認知していたし、実家も裕福だ。
生田祥子さんとは、全然生まれ育った環境が違うというか……。
「あの母親は救いようのない男好きで、生田祥子さんの父親とは、彼女の浮気が原因で離婚した。生田祥子さんはあの母親が引き取ったそうだが、彼女はすぐ新しい男を引っ張り込んでしまう。彼女は散々嫌な目に遭ったようだ。挙句に、男遊びが忙しくて金がないと、実の娘を風俗店で働かせていた」
「娘が行方不明になっているのに、働きもせずに生活保護を得て、また男を引っ張り込んでか。最悪な母親だな」
ああいうのを見ていると、結婚願望が薄れてくるな。
「そんなわけで、警察は捜査の初動をミスってしまった。彼女が他の土地に逃げてもおかしくはない。だから純粋な家出なんだろうなと判断してしまった」
「実は三年前も、目方警部は生田祥子さんが働いていた風俗店にも聞き込みに行っていたんです。ですが、彼女に男性の影はなかったそうで……」
生田祥子さんに男がいれば、そいつが殺した可能性も出てくる。
だが、彼女に客以外の男性の影はなかった。
「昨日もう一度、彼女が働いていたお店に聞き直しに行ってきた。三年前のことなので、もう辞めた同僚が多かったが、数少ない残っていた人から証言を得た。多田竜也たちは、生田祥子さんが行方不明になる一年前くらいから頻繁に店に通い、彼女ばかり指名していたそうだ。しかも……」
「しかも?」
「これは証言してくれた同僚さんの推測も混じっているが、生田祥子さんは三人から脅されていた。無料でサービスさせられていたようだと。多分、こういう店で働いていることを知り合いにバラすとか言われたのだろう」
母親の命令で無理やりソープランドで働かされ、そこに偶然客として来ていたドラ息子たちに脅されて実入りが減ってしまった。
男に貢げなくなるからと母親からはドヤされ、多田たちは毎日無料で遊べる便利な女だという理由で付き纏われた。
「彼女の絶望を思うに、殺された彼女が悪霊化しても不思議ではないな」
色情霊化したのは、生前の仕事が影響している部分もあるのであろう。
不本意ながら覚えた性技で、恨みのある男たちを殺してしまうというわけだ。
「多田たちは、どうして生田祥子さんを殺したのかしら?」
「もう脅しには屈しないと言って逆上されたか、あいつらも小遣いを得ようと金をせびって断られたか」
「最低な連中ね」
それで、親が教師や政治家って……紺屋の白袴……この例えで合っているのか?
「とにかく、事実は多田を捕まえればわかることだ。その前に、彼女の遺体を探そうか」
「そういえば、広瀬君は生田祥子さんが生前使っていた品を所望していたね。警察犬みたいに匂いで?」
「同じようなものかな。霊力の残滓をね」
「彼女は除霊師じゃないよね?」
「ほんの微量なんですけど、三年前くらいならまだギリギリ霊力の残滓が残っているはず」
ただこれを可視化するには、特別な才能と道具、霊薬が必要であった。
まず地面に大きな布を広げる。
色は白で、素材は絹。
布には特別な魔法陣というか、文様が書かれており、俺はその中心部に生田祥子さんが生前使っていたハンカチを置いた。
「久美子たち、五人で円陣を組んで布を囲み、ハンカチに向かって霊力を放出してくれ。少しずつ、俺がいいと言うまでずっと頼む」
「わかったよ」
「了解よ」
「任せて」
「頑張ります」
「まだ慣れていないけど……」
久美子たちは俺の言うとおり、円陣を組んで布を囲み、中心部にあるハンカチに霊力を送り始めた。
「桜、もう少し霊力を細く」
「わかったわ」
難易度はそれほど高くないので、五人から放出された霊力が糸状になり、一旦布に描かれた円陣に吸い込まれてから、中心部にあるハンカチへと吸収されていった。
この様子は、目方警部と木村刑事にも見えるはずだ。
「これはなにをしているのかな?」
「詳しく説明すると長いので簡単に。生田祥子さんが生前使っていたハンカチに残っている霊力の残滓の探索と、それが見つかった場合、久美子たちの霊力を材料にコピーして見えやすくする装置です」
「よくわかったような、わからんような」
ようは、久美子たちの霊力で生田祥子さんの霊力をコピーするわけだ。
「出た! 彼女の霊力の残滓が!」
ハンカチの上からニョロニョロと出てきた、蛍光ピンク色の細い霊力の糸に、俺は用意していた特別な霊薬をかける。
すると、蛍光ピンク色の糸は外部へと伸びていった。
「これで、彼女の本体、要するに遺体に辿り着きます」
「なるほど」
「目方警部。糸が伸びている方向には、確か雑木林があったはずです」
「そういえばあったな。確か、あそこの雑木林は人がほとんど入らないはずだ」
「みんな、暫くそのまま霊力を流し続けてくれ」
俺は、目方警部と木村刑事と共に、糸が伸びている雑木林に向かって走って行った。
木村刑事の予想どおり、糸は雑木林へと入っていく。
さらに追い駆けると、糸はとある大木の根元へと入って行った。
「ここです」
俺は、生田祥子さんの遺体が埋まっている場所を、木の枝を用いて円を描いた。
「木村! 応援と鑑識!」
「わかりました!」
目方警部に命じられた木村刑事は、遺体を掘り起こす応援を呼ぶため、スマホであちこちと連絡を取り始めた。
「これで事件は解決か?」
「いえ。これはおかしい……」
「なにがおかしいのだ?」
「ここに、生田祥子さんの霊がいない」
復讐のため色情霊と化した彼女の悪霊は、標的を襲っている間以外は、この遺体の傍で静かにしているはず。
なぜなら、下手に動いて除霊師に除霊されるリスク……半ば本能レベルの危機回避能力だが……を避けるためであった。
「それなのに、彼女の霊がいない」
「ということは、もしかして?」
「彼女の色情霊は、多田竜也を襲いに行った可能性が高いです」
「岩谷彦摩呂は?」
「わかりませんが、生田祥子さんの色情霊は多田竜也を襲撃可能だと踏んだ。向こうでなにかあったのか?」
もしかして、休憩中を狙われたとか?
そんなわけはないはずだが、多田竜也への護衛が緩んだのは確かだ。
「このままだと、多田竜也が危ない!」
「殺させてなるものか! 殺人と遺体遺棄で罪を償わせてやる!」
俺と目方警部は久美子たちと合流して、急ぎ多田竜也の元へと急ぐのであった。
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