第98話 バカが来りて
「色情霊に狙われているだって? 僕に任せてくれたまえ」
「あーーーあ、終わったな。目方警部、木村刑事、お疲れさまでした」
「第三の除霊師? 広瀬君、彼は?」
「いわゆる『意識高い系バカ』です」
「そのニュアンスだけで理解できたよ。警視庁のエリートさんにも一定数いるんだな。これが」
生田祥子さんの色情霊は、必ず多田竜也を狙う。
そう予想して彼を監視しようとしたのだが、ここで思わぬ妨害が入った。
なんと、あの多田竜也に岩谷彦摩呂が護衛として雇われたのだ。
つい最近、海の悪霊と船幽霊の件で戸高市周辺に多大な迷惑をかけたばかりなのだが、彼は自分がそんなことをしたとは微塵も思っていない。
この件は安倍一族が懸命に隠ぺいに走ったので、世間ではまったく問題になっていなかった。
その代わり、上流階級や裏社会での安倍一族の評判は大分地に落ちていたが……。
岩谷彦摩呂を処罰すれば、安倍一族は内部分裂してしまう。
彼の『僕の考えた最高の方法』で世間が被った被害を隠ぺいに走れば、今度は安倍一族自体の評判と地位が落ちていく。
まさに踏んだり蹴ったりなのだ。
何食わぬ顔で、シンパである若い除霊師たちと多田竜也の護衛をしている彼を見ていると、ある意味彼の性格が羨ましくなってきた。
彼はしくじらない。
少なくとも、彼を支持する連中はしくじるわけがないと思っている。
もししくじったことで批判されたら、シンパたちはそれを安倍一族の老人たちの陰謀だと思ってしまう。
ある種の宗教みたいなものだな……。
教祖様は失敗しないわけだ。
「あいつも暇じゃないだろうに……」
少なくとも、低級霊くらいなら普通に除霊できるからな。
忙しいはずなんだが……。
「それが、多田竜也の父親は県議会議員の大物でな。それと、生田祥子さんの件。多田竜也が父親にゲロったかもしれない」
県議会議員の大物の息子が、女性を殺してどこかに遺体を隠した。
こんな不祥事そう滅多にないので、もし世間に知れたらマスコミが大騒ぎするはずだ。
「次の選挙が危なくなる。選挙に落ちれば、議員もただの人だ。幸い、主犯であろう三人の内、二人はもう死んでいる。このまま最後まで隠そうというわけだ」
ここで問題となるのは、生田祥子さんの色情霊だ。
多田竜也が殺されては意味ないので、父親としてはツテを辿って岩谷彦摩呂に護衛を頼んだというわけだ。
「彼も、事情は承知で依頼を受け、大金を得たのでしょうか?」
木村刑事は、岩谷彦摩呂を胡散臭い人物だと思ったようだ。
「いや、彼は基本的に善人なのでそれはないです」
岩谷彦摩呂は、性善説のみで生きている人間だ。
もし多田竜也の罪状を知っていたら、護衛の仕事など引き受けなかったはず。
ただ基本的に世間知らずなので、海千山千の政治家に『どういうわけか、息子が色情霊に狙われている。なんとかしてください。先生!』と涙ながらに訴えられれば、簡単に引っかかるであろう。
「彼の実家は大金持ちで、彼の除霊で出た赤字は経費扱いです。大金で悪党の依頼は引き受けませんよ。生まれがいいから騙されやすいでしょうけど」
考えてみれば先日の事件も、革新系の若い市長に『結界を張り直したいけど予算が……』という願いを引き受けたに過ぎない。
岩谷彦摩呂からしたら、世の中をよくするため新しい政治を志す若い市長に手を貸しただけなのだから。
切欠は純粋な善意なのだけど、やり方が非常識だったのでただ敵を増やしただけだけど。
「なんとも迷惑な話だな」
「我々がなにか言っても、彼は聞く耳持たないでしょうね……」
「そもそも、多田竜也の父親が俺たちを彼に近づけさせませんよ」
仕方がないので、他の刑事二人が多田竜也に事情を聞こうとするが、すぐに父親が寄越したと思われる護衛たちに追い払われてしまった。
俺たちはその様子を見守るしかできなかった。
「やっぱり駄目か」
「相当警察に対し警戒していますね」
彼の父親は、警察が息子の犯罪行為に勘づいたという認識のはず。
岩谷彦摩呂に嘘をついて護衛してもらっている以上、余計なことを彼の耳に入れないようにするはずなのだから。
「でもゼロ課の二人もいるんですね。岩谷彦摩呂とは揉めそうだけど……」
ゼロ課の二人は囮作戦に失敗したので、急ぎ多田竜也に接近したのであろう。
彼女たちは多田竜也の犯罪に興味も捜査権限もないし、上からなにか言い含められているのかも。
これを、上級国民同士の馴れ合いって言うのかもしれないな。
でも土御門家のお嬢様たちと、傍流ながら安倍一族において次の当主と言われている意識高い系バカ。
大いに揉めそうではあるな。
どうでもいいけど。
「はあ……広瀬君は学校もあるだろうから、我々が遠くから多田竜也を監視するよ」
「それしかないですね」
「生田祥子さんの色情霊は警戒心が強いので、岩谷彦摩呂の前に出現して除霊されるなんてこともないだろうから……暫く状況は動かないかもしれません。それよりも明日、探してみませんか?」
「探す? なにをだ?」
「生田祥子さんの遺体をです。多分、戸高市内にあるはずです」
「探してみるか」
「少なくとも、岩谷彦摩呂が護衛についていれば、多田竜也も安全ですか……」
「もし多田竜也が、生田祥子さんの色情霊に呪い殺されてしまったら、意外にも岩谷彦摩呂がこの事件の裏に気がついたってことかも」
わざと多田竜也を色情霊に殺させて、彼に罰を与える。
岩谷彦摩呂のキャラじゃないか。
「えらい言われようだな。彼」
「彼はいわゆる、勉強のできるバカなので」
「納得した。そういう人って困るよね。なまじ表面上のスペックはいいから」
木村刑事も、そういう人相手に苦労した経験があるのかも。
そんなわけで俺たちは、翌日生田祥子さんの隠された遺体を探すことを決めたのであった。
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