第96話 賭け
「君はどう思うかね?」
俺は、この若い除霊師にすべてを賭けることにした。
刑事としての勘というよりも、この広瀬裕という少年は、ゼロ課のお嬢さん方よりも数段どころか、圧倒的に除霊師としての実力が上だと気がついてしまったからだ。
木村も俺の考えと同じらしく、これまでに得た情報を彼に見せることに同意していた。
「えっ? 被害者のスマホの履歴ですか?」
「ええ、調べてください」
スマホの履歴?
それは勿論、とっくに調べてあったが……。
「なぜか使えない番号に電話をかけていたよ。当然、『おかけになった電話番号は現在使われておりません……』となっただろうが。さらに不思議なことに、403のエラーが出るHPも開いていたな。履歴に残っていた。なぜわざわざそんなHPを開いたのか……」
「ビンゴだな。刑事さんは信じますか? 色情霊が経営している派遣型風俗を」
「普通に考えたらあり得ないが、そういうことか!」
「あの色情霊は、行動がこれまでの色情霊とはまるで違う。色情霊が男性を誘惑して呼び寄せるのではなく、男性が自ら電話して色情霊を呼び寄せている。つまり逆なんです」
「確かに。一人目の犠牲者も、二人目の犠牲者も、同じような状況で死んでますね」
待てよ。
ということは、ゼロ課のお嬢さん方が現在進めている囮作戦は通用しないのでは?
「ですが目方警部。その男性除霊師が色情霊の影響下に入り、使われていないその電話番号と謎の派遣型風俗のHPにアクセスする可能性もなくはないです」
「いや、それはないかな」
「どうしてです?」
「いやだって、ゼロ課の除霊師二人がずっと見張っているんでしょう? 色情霊は警戒して手を出しませんよ」
広瀬君によると、色情霊は悪霊としてはとても弱い。
その男性除霊師と鉢合わせすればほぼ間違いなく除霊されてしまうから、わざわざその男性除霊師を狙う訳がないそうだ。
「ましてや、女性二人の気配も近いのですから」
「では、彼女たちの作戦は無駄だと?」
「ええ。さらに言うと、あの色情霊の危険度を低く見積もっている」
確かに木村は、色情霊に直接会ったわけでもないのに、その影響でどこかおかしくなっていた。
今後、私は勿論、捜査にあたっている警察官たちも気をつけた方がいいというわけだ。
通常の捜査に関しては、女性警官たちの応援を呼んだ方がいいのであろうか?
「そういえば、目方警部は大丈夫でしたよね?」
一緒にいることが多いのに、なぜか木村だけ色情霊の影響を受けてしまい、俺はなんともなかったな。
どういう理屈なのか。
「被害者を見ると若い男性ばかりですし、色情霊自体が若い男性を狙っているからでしょうか?」
もう一つ考えられるのは、俺は親父絡みで霊に対し理解があった。
無意識にだが警戒していたおかげで、多少霊に対する抵抗力が強まったのかもしれない。
「若い男性のみとは言いきれませんが、ゼロ課の二人は女性で、さらに除霊師です。囮役も男性ながら除霊師なので、色情霊は近づかないと思います」
大半の色情霊は、標的ならたとえ相手が除霊師でも手を出そうとする。
だから色情霊には除霊師による囮作戦が有効なのだが、今回の色情霊には通用しないはずだ。
通用していたら、彼の出番はなかったはず。
広瀬君の考えにおかしなところはないな。
「他に広瀬君が気がついた点は?」
「被害者の二人、面識がないですか? 年齢は同じだし」
「俺もそう思って調べてみたが、確かに中学、高校と同級生で仲がよかったそうだ」
被害者同士に面識があった。
偶然でなかったとしたら、この事件の真相究明の大きなヒントになるはずだ。
ゼロ課のお嬢さん方にこの情報を伝えたが、あまり興味はなさそうだったがね。
誘き寄せた色情霊を除霊できればいいのだから、まったく重要視していないのであろう。
同じ警察官なのに、こうも話が通じないとはね。
「被害者たちは、今でも定期的に一緒に遊んでいたそうです」
「となると、もう一つの可能性が出てきます」
「もう一つの?」
「色情霊……死ぬ前の彼女と被害者二人の間に面識がある」
大半の色情霊は、まるで通り魔のように波長が合う人間を誘惑して性交し、霊力と精気を奪って殺してしまう、親父の受け売りだがね。
だが広瀬君によると、ごく稀にいるらしい。
生前、自分が恨みに思っていた者たちを色情霊となって狙う人が。
普通は悪霊になって憑り殺すので、本当に珍しいケースというわけだ。
「色情霊は、被害者二人に恨みがあったのか」
「どれほどの恨みなのかといえば、死んだあと、色情霊になってでも殺そうと思うくらいの恨みです」
「確かに、彼らの昔の写真を見ましたけど……ヤンチャそうでしたね」
と言いながら、木村が被害者たちが高校生の頃の写真を見せてくれた。
いかにもヤンキー、DQNな感じの三人が、改造バイクと一緒に写っている。
「暴走族……一時、珍走族と呼ぼうかなんて話もありましたけどね。地元でも有名な悪だったそうで……恐喝、暴行、万引き、窃盗と。色々とやらかして警察の世話になっています」
「その手の悪なら、彼らに被害を受けた女性がいても不思議ではないか……」
そして、その女性が死後に色情霊と化して復讐を行っている可能性が高いわけだ。
さらに言えば、次の標的はこの写真に写った三人目……彼である可能性が一番高い……のだが……。
「ゼロ課の彼女たちは、この手の捜査や情報収集はしなかったのですか?」
「いや、彼女たちは若いからな……」
「目方警部。若くたって一応警察官なんですから……」
「それなんだがな。彼女たちは除霊師だから……」
彼女たちは警察官ではあるが、除霊師という特殊技能持ちのため、悠長に警察学校などに送り出していない。
俺たち生粋の警察官からしたら、完全なる別人種なわけだ。
それでも役に立てば問題ないのだが、今回は完全に空振っているな。
「自分たちで除霊師不足だと言っていたからな。間違いなく二人は、警察官としてのスキルは低い」
「目方警部、広瀬さん。ゼロ課の二人ですけど、土御門蘭子さんは二十三歳で、大学卒業後すぐにゼロ課に配属されたそうです。赤松礼香さんに至っては、高校卒業後すぐに配属されたそうで」
「やっぱりそんなものか」
警視庁では、民間以上に除霊師不足が深刻なようだ。
不足しているので予算をかけて増やしますと言われても、半分の国民が『税金の無駄遣いだ!』と批判する可能性が高い以上、高待遇で除霊師を引っ張ることもできない。
結果、警察官らしくなくてもいいからと、あの二人みたいな人たちがゼロ課に配属され、それを俺たちのような普通の警察官たちが苦々しく見ていて……。
悪循環だな。
「大変ですね」
「地方警察でゼロ課のような部署があるところはまずないから、たまに来てもらう分には諦めもつくのさ。全然警察官らしくないが、そこまで求めると除霊師が集まらないのだろうから、面倒な問題だ」
「目方警部、大人ですね……」
「でも、その弊害が今回出ましたね」
二人は、除霊師として古い家柄の出である。
ゆえに、色情霊への対処方法などの知識は伝承として伝わっている。
だが、今回の様な特別なケースには対応できない。
効果がないであろう、男性除霊師による囮作戦を続けているわけだ。
警視庁から派遣されたエリートさんが、現場のベテランの意見を無視して空回りするのと同じだな。
広瀬君の方が、ゼロ課のお嬢さん方よりも若いがね。
「というわけで、こっちで三人目を守るしかない。で、こいつの名は?」
「多田竜也(ただ りゅうや)、二十四歳、建設作業員、独身。この三人がしでかしていそうなことは、これから調べます。あとは彼の監視ですね」
「ええ、例のラブホテル街へ移動を始めたら危ないです。止められますか?」
「そこは難しいところですね。そうなったら、急ぎ連絡をします」
広瀬君も普段は学校があるし、色情霊になった女性の身元の調査、次の犠牲者の最有力候補である多田竜也の監視は、俺たちに任せた方がいいだろう。
「間違いなく、多田竜也は人間のクズでしょうね。色情霊に復讐されるに相応しい奴だと思いますよ」
そうでなければ、そう簡単に復讐の鬼と化す色情霊など出現しない。
俺も同じ意見だが、広瀬君はこの若さでそれが理解できてしまうのか……。
若いのにある意味老成していて、不思議な子ではあるな。
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