第95話 親父のツテ

「なあ、お嬢さん方。本当に大丈夫なのか?」


「……大丈夫です」


「二人目の犠牲者が出てしまったことは不幸でしたが、三人目の犠牲者は出させません」




 とは言うが、ゼロ課のお嬢さん方二人による、男性除霊師を用いた囮作戦は上手く行っていないそうだ。

 そしてそんな彼女たちをあざ笑うかのように、二人目の犠牲者が出てしまった。


「二人目の犠牲者は、大月信一郎(おおつき しんいちろう)二十四歳、フリーター、独身。また若いな……」


 しかも偶然か。

 前の被害者と同じ年だな。

 またも、全裸で勃起したままベッドの上で死んでいた。


「二回昇天してしまったようですね。目方警部?」


「ああ、すまん。くだらないギャグだな」


「うわっ! 酷いな!」


「二回とも、現場はラブホテル街の中です。すぐに色情霊は見つかって除霊されるでしょう」


 と、お嬢さん方は自信満々に言っているが、果たして本当にそうなのであろうか?

 霊に関しては素人である俺から見ても、この色情霊はちょっと特別な気がする。

 これまでのセオリーに従っていたら、また犠牲者が増えてしまうだけかもしれないのだ。

 そしてそれを、元お貴族様であるお嬢さん方は認めないだろう。


「捜索はそのまま続けさせます。我々はこれで」


「霊に関する事件で、通常の捜査など無意味ですよ」


「それでも我々は刑事なので。それでは失礼」


 どうやら、この二人は駄目みたいだ。

 向こうは警視庁から派遣されたエリートで、俺たちは泥臭い地方警察のしがない刑事だからな。

 二人とも生まれがいいからか、警視庁の鼻もちならないエリート連中よりはマシだが、俺たちなんてなんの役にも立たないと言った風な態度が隠せないでいた。

 生まれがいいので、人を下に見るという本能から逃れられないのであろう。

 こうなったら、昔、やはり刑事をしていた俺の親父と知り合いの、ちょっと特別な人物に相談してみるしかないな。


「目方警部、どこに行くのです? ええっ! 政治家のお屋敷ですか?」


「戸高市選出の菅木議員は、霊にも詳しい人なのでね。親父はよく世話になっていたそうだ」


 これ以上犠牲者を増やさないためにも、時に横紙破りも必要なのでね。

 当然こんなことをすれば出世にも響くが、それは代々遺伝なので仕方がない。

 できれば、三人目の犠牲者が出るのを防ぎたいものだ。





「ええっ! 彼ですか? あの二人よりも若いですけど」


「しかし菅木議員の紹介だ。彼は除霊師に詳しい。下手な人選はしないはずだ」


「ですが……君、高校生かな?」


「高校一年生です」


 今度は菅木の爺さんの頼みで除霊の依頼を引き受けてみれば、若い男性刑事に若いから頼りにならないと思われてしまった。

 それなら呼ぶなっての。

 俺だって、別に暇というわけではないのだから。


「目方警部……」


「除霊師は、年配者の方が頼りになるというのが通説だ。だが菅木議員の紹介だ。彼は本物なのだ」


「目方警部がそう言うのであれば……」


 もう一人の中年男性の方は、そうでもないのか?

 いや、菅木の爺さんの紹介だから信用しているといった感じだな。

 この世界では、除霊師のレベルが上がらない。

 極一部の天才を除くと成長が異常に遅いので、除霊師は年配者の方がいいというのは、経験則上間違っていないのだ。


「この前のゼロ課の二人もそうですけど、警察ってのは呼び出しておいて何様なんですか?」


「なんだと! 若造のくせに! 警察をなんだと思っているんだ!」


 前回の件もあったので嫌味を言ったら、若い刑事君のプライドを刺激してしまったようだ。

 向こうの世界の憲兵もそうだったが、職業病なのかこういうのが多くて、俺はなるべく関わり合いたくないんだ。


「ゼロ課のお嬢さん方が?」


「ええ、呼び出しておいて若造では役に立たないと。聞いていませんでしたか?」


「いや、男性除霊師を使って除霊を試みているので、戸高支部からちゃんと紹介してもらったものだとばかり」


「彼は、あの二人が俺を使えないと判断したから、急遽呼び出されたんですよ」


「そうだったのか……」


「ちゃんと報連相くらいした方がいいですよ」


 警視庁と地方警察って、本当に仲が悪いんだな。


「目方警部、こんな生意気な若造に頼る必要ないですよ。菅木議員に他の除霊師を紹介してもらいましょう」


「それがいいですよ」


「なに?」


「あんたは、今連続殺人を犯している色情霊を一刻でも早く除霊することよりも、自分の言うことをよく聞く除霊師が欲しいだけだろう? 除霊師の業界について、あんたらにはよくわからないだろうが。こうして呼び出されているだけで、俺は損をしているんだ」


 ゼロ課の連中もそうだが、お前らの相手をしている間に、俺はお札を何枚も書けるんだ。

 これだから、お上は嫌いなんだ。

 ないと困るが、なるべく関わり合いたくない。

 下水処理場のようなものだな。




「子供のくせに生意気な! 公務執行妨害でお前を逮捕してもいいんだぞ!」


「木村! お前は急にどうしたんだ?」


 なんだ?

 今回の事件に関わるようになってから、段々と木村がおかしくなってきた。

 若いので直情的な部分はあったが、こんな奴では……と思った瞬間、俺と木村の足元に青白い円陣が浮かび上がり、ほんの一秒ほどで消え去ってしまった。

 それと同時に、心が晴れやかになってきたような……。


「今回の色情霊。かなり厄介な代物だな」


「君?」


「若い方の刑事さん、大分色情霊の影響下に入っていたようだ。このまま放置していたら、次の犠牲者の候補になっていたかも」


「木村?」


「あれ? 私はなんであんなにすぐに激高していたんだ?」


 まるで憑き物が落ちたかのように大人しくなった木村……そうか!

 我々は、まだ直接その色情霊と接していない。

 それなのに、すでに影響を受けつつあった。

 つまり、あの色情霊はゼロ課のお嬢さん方が思っている以上に危険な存在なのだ。


 それに気がつくと同時に、俺はまだこの若い除霊師の実力にただ驚くばかりであった。

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