第92話 後始末

「この海域にある船は、すべて応急処置ののちに完全に浮揚させ、曳航するぞ。時間がない! とにかく急げ! この砂浜と周辺の海域は立ち入り禁止にしているが、一般人やマスコミの目に触れさせるわけにいかないのだから」


「戦艦出雲もですか?」


「それが一番大切に決まっているだろうが! どういうわけか、損傷が少ないな……」


「資料によると、魚雷を片腹に八本。それも旧海軍自慢の酸素魚雷を。さらに、アメリカ海軍も幾度かの戦闘で三十発を超える戦艦の砲弾を命中させたとありますが……」


「相手は幽霊、心霊現象なのでな。我らには理解できないなにかがあるのであろう。もしくは……」


「もしくは?」


「無期限公開禁止の戦闘報告書に記載する内容だ。当時の軍人たちが盛った可能性もある」


「自分はノーコメントです」


「なら、喋っていないでとっとと船を曳航するんだな」




 戦艦出雲を含む多くの船幽霊の残骸……要するに沈没船なんだが、今、海上自衛隊と海上保安庁が協力して曳航作業をしていた。

 この両組織かなり仲が悪いらしいと菅木の爺さんから聞いたが、今回に限っては例外的に協力し合っているらしい。

 船が直っている理由は、実は俺が悪霊を除霊するのに強固な治癒魔法を使っていたせいだ。

 悪霊はすべて除霊されたが、船がかなり直ってしまっていたのは、これはとんだ副作用だったと思う。


 その結果、戦艦出雲は今でも燃料と砲弾があれば戦闘ができる状態だそうだ。

 四十六センチ……実は軍艦に詳しい千代子は、「四十六サンチです」と妙に拘っていたが……砲弾を現在製造していないので、やはりただのデカイ鉄の船なわけだが……。

 しかしまあ、よくこんな大きな軍艦をと俺は思ってしまった。


「爺さん、自衛隊は出雲を配備するのかね?」


「するわけなかろう」


「そうなんだ。戦艦が手に入ってラッキーなのかと思った」

 

 戦艦って実際に見てみると、千代子が好きな理由がわかるような気がする。

 軍人からしても、こんな巨大な船があれば戦争に負けるわけがないと思ってしまいそうだ。

 それが錯覚なのは、過去の歴史を紐解けば明らかなわけだが。

 この戦艦、自衛隊は配備しないのか。


「今の時代に戦艦なんていらないのでな。維持費だけで破産してしまうわ。第一使い道がない」


 戦艦は、あくまでも昔の軍艦。

 今の世にはそぐわないのか。


「戦艦出雲を現代でも使えるようにするには、相当な改修費用がかかる。自衛隊は常に予算不足なのでな。慢性的な人員不足でもあるので、出雲に乗せる人員がおらんよ」


「じゃあ、どうするんだ?」


「それなんだがな……」


 俺の治癒魔法のせいで、比較的損傷が少ない……除霊のついでに補修されてしまった……船が多かったため、戦艦出雲他、多くの元船幽霊は人目につかないところに係留されるそうだ。

 そのあとどうするのかは、俺は知らんけど。

 帆船とかは博物館行きとか?


「この海原海水浴場って、いつ営業を再開できるんだ?」


「そんなにかからないだろう。いつまでも、こんな場所に船を置いておけないのだから」


 周辺の港や海岸、砂浜も、船幽霊たちが上陸した時のため、同じく封鎖されているそうだ。

 何日もそのままというのは、経済的に考えても難しいのであろう。


 菅木の爺さんの予想は当たり、海上保安庁の職員たちや海上自衛隊の隊員たちによる努力の結果、三日後には営業を開始していた。

 あの悪霊砲弾により掘り返された砂浜、海に多数浮かんだり沈んでいた様々な大きさや時代の船もすべて撤去され、海原海水浴場は普段の姿を取り戻していた。


「菅木議員、あの船たちはどうなるのかしら?」


「そうさの。なにかしら利用するのではないか」


 菅木の爺さんの予想は当たり、戦艦出雲を始めとする船たちは、次の年に海原市の隣『海浜市』にある今は寂れた港に置かれ、『船の歴史博物館』の展示品となった。

 その中でも、報道規制によって『奇跡的に最高の状態で引き上げられた大和型戦艦出雲』の人気はすさまじく、海浜市を大いに潤すことになったのであった。


 なお、今回の依頼の報酬もかなりの額が振り込まれていたのだが、高校生だからという理由でお小遣い制なのは……もう諦めの境地だな。

 成人してから、一度くらい豪遊しようと思う。





「そうなのですか。菅木さんは、広瀬さんの保護者みたいなものなのですね。でも、ちょっと可哀想な気もします。夢湯に婿入りすれば、稼ぎはすべてお小遣いですよ」


「それいいかも」


「裕ちゃんを誘惑する美魔女め!」


「あら、美しいと思ってくれているのですね。娘ともどもよろしく」


「研修旅行の際には是非」


「あら、つれない」


「実際のところ、広瀬君は優良物件だものねぇ。モテて当然よ。広瀬君、次のお休みはいつなのかな?」


「お休みですか? ええと……」


「こらぁーーー! 裕ちゃんを誘惑するなぁーーー!」


 まさか温泉の源泉や戦艦を除霊するとは思わなかったが、美人姉妹にしか見えない美人女将母娘と知り合えたのは……いいことなのであろうか?

 本当、この二人は姉妹にしか見えないな。

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