第87話 偽管師

「よく来たな! 広瀬裕! 見よ! この凄い霊団を!」




 源泉のある祠に入ると、そこにはなぜか戸高高志と、もう一人地味な兄ちゃんがいた。

 そして、彼らの足元には竹でできた八本の筒が……。

 これが、悪霊を封じ込められる霊管という霊器であろう。

 実は俺も、この世界の霊菅を初めて見たのだが……でも、向こうの世界にも同じ物があったから、特に珍しいとは思わなかった。

 向こうの世界の霊管は金属製だったけど。


「やっぱり黒幕はお前か……」


「知らないな。僕は、この源泉を見に来ただけだからな」


 ここですっとぼける戸高高志。

 多分、源泉に悪霊を仕掛けた件で罪にならないと、部下たちにでも言われているのであろう。

 なにか物理的な手段で源泉を止めて、その証拠が残っていれば彼の罪を問えるのだが、霊的なことでこいつを罰するのは難しいはずだ。

 私有地に勝手に入り込んでいるので、不法侵入の罪に問えるかもしれないが、こいつの場合、微罪なら父親が裏から手を回すので捕まえても意味がないという事情もあった。


「で、そこの地味な奴が管師……本当にお前が?」


 なんだ、こいつ。

 どう見てもB級除霊師にしか見えず、こいつがまるでヤマタノオロチみたいに顔を八つ誇示している霊団の元である、八体の悪霊を連れて来たとは思えなかった。

 本当にそんな実力があるのか、疑問に思えてしまう奴なのだ。


「なあ、一つ聞いていいか?」


「ふんっ! たかが庶民の三流除霊師のくせに! でも僕は、世が世なら殿様であった男。質問くらい受けてやろう」


 相変わらず、根拠の欠片もない自信に満ちあふれているな。

 この風船男は。

 こいつのような性格をしていると、案外人生が楽に生きられるのかもしれない。


「で、なんだ? 庶民」


「その悪霊たち、ちゃんと制御できているのか?」


 俺が感じた違和感。

 それは、足下に転がった霊管の存在だ。

 戸高高志の隣にいる男が、これまで源泉に悪霊を仕掛けていた管師なら、商売道具を雑に扱うわけがない。

 それに、この男の霊力では……いかに管師が自分の実力を遙かに超える悪霊を霊管に閉じ込められるとはいえ……。

 あの霊団の厄介さと、まったくバランスが取れていないのだ。


「大丈夫なのか?」


「はんっ! 人の心配よりも自分の心配をするんだな! どうだ? もの凄い霊団だろう? もうこの源泉は戸高不動産に売るしかないな」


「なんだ。やっぱりお前の仕業か」


 こいつは本物のバカだな。

 ついさっき、自分はたまたまここにいて、霊団には関与していないと言っていたのに。

 ちょっと誘導したら、もうバラしてしまった。


「お前は、この霊団に関与していないんじゃないのか?」


「うっ! 引っかけたつもりか? 僕にそんな姑息な策を仕掛けてもは無駄だぞ。どうせパパが全部もみ消すからな」


「……」


 まさに、外付けのチートだな。

 こいつがどんなミスをしても、優秀な父親が全部なんとかしてくれるのだから。


「お前の親父、お前がいなければ世界の経済を握れそうだな」


 こんな無能に足を引っ張られても、戸高家の商売は現在絶賛拡大中なのだから。

 こいつを見捨てた方が……うーーーむ、向こうの世界でもそうだったが、血の繋がりとは厄介なものだな。

 バカな子ほど、親は可愛いと思うのであろう。


「で、話を戻すが、その霊団。ちゃんと固定したのか?」


「固定? どうなんだ?」


 戸高高志は、自分の隣にいる管師に質問するが、彼の顔は瞬時に青くなった。

 管師が霊管に悪霊を閉じ込め、任意の場所に仕掛ける場合、当然悪霊を特別な技で固定しなければならない。

 なぜなら、いきなりよくわからない場所に連れて来られた悪霊が、必ず混乱して暴れ出すからだ。

 その処置までちゃんとして管師なんだが……この管師は、これまで源泉に悪霊を仕掛けた管師とはあきらかに別人だな。


「お前、本物の管師じゃないな?」


「どんな根拠でそんなデタラメを! 俺は管師だ!」


「管師が、大切な商売道具を地面に捨てるのか?」


「それはもう使えないんだ」


 いくらもう使えない霊器でも、まともな除霊師及び管師が、霊器をそのまま捨てたりするものか。

 使えない霊器は、決められた儀式をおこなって自然に戻すのが常識。

 そんなことも知らないこの男は、多分問題アリの除霊師なのであろう。

 霊管は使えたが、それ以上のことはできないといった感じだ。


「だからなんだ? なんも不都合なんてないぞ」


 しかも、不都合な事実を突きつけると開き直るとか……。

 こいつは、戸高高志の配下に相応しい奴なのかもな。


「一つ忠告しておくが、その霊団。いつ動いても不思議ではないからな。ついでにもう一つ教えておくが、動いた霊団は一番近くにいる奴に霊障をもたらす。お前たちが死ななければいいな?」


「ふんっ! 僕を脅かすつもりか?」


 とここで、霊感など微塵もない戸高高志が嘲笑しながら話に割り込んできた。

 それにしても、こいつは面白い奴だな。

 わざわざフラグを立ててしまうなんて。

 お前の後ろにいる霊団が、今蠢き出したんだが……。


「僕を脅かすなんて、やはり庶民は無礼だな」


「お前に払う敬意なんて欠片もないからどうでもいいが、後ろを見てみな」


「そんな、漫画やアニメでもあるまいし……後ろを見た僕が驚くとでも……うわぁーーー!」


「「「「「「「「コロスゥーーー!」」」」」」」」


 本当に、漫画みたいな展開だな。

 戸高高志が後ろを確認した途端、源泉の上にいた霊団が異常なまでに膨らみ始め、今にも彼を襲おうとしたのだから。


「おいっ! お前! 俺を救え! お前にいくら払ったと思っているんだ?」


「俺は、悪霊を渡された霊管に閉じ込め、ここで解放する仕事のみを受けたんだ。もう知らないね!」


「あっ! 待て!」


 やはりこの男は、これまでの管師とは別人だったようだ。

 動き始めた霊団に恐れをなし、そのまま脱兎の如く逃げ出してしまった。


「……おいっ! 庶民! 僕を助けろ!」


 頼りの綱がいなくなった途端、その見た目からは想像もできない速度で俺の後ろに逃げ込み、霊団となんとかしろと上から目線で命令してくる戸高高志。

 ここまでバカだと、怒りを通り越してちょっと笑ってしまうな。


「「「「「「「「シネェーーー!」」」」」」」」


 八体の悪霊が源泉から離れ、一斉に俺に襲いかかってきたが、展開した霊力バリアーによって防がれてしまう。

 ここで死なれると父親に恨まれそうなので戸高高志も守っているが、こいつに霊力などないわけで。

 めげずに霊力バリアーに歯を突き立てて齧りつく悪霊たちを見て、腰を抜かしていた。


「なんとかしろよ! 庶民!」


「除霊の依頼、承ります」


 誰が、お前のために無料で除霊なんてするか。

 一緒にいる時に死なれると厄介だが、俺はお前を放置して逃げてもいいんだ。

 お前が源泉で一人死んでいたとしても、それは俺のせいではないと言い張れるのでね。

 『戸高高志が、悪霊に襲われているなんて知りませんでした』と嘘をつけばいい。


 どうせお上は、こいつを病死扱いにでもして終わりにするだろう。

 おあつらえ向きに、こいつは暴飲暴食で太っているからな。


「一千万円出す!」


「お話にならないな……」


 霊力バリアーを弄って戸高高志だけ露出すると、悪霊たちは一斉に彼に襲いかかった。


「ひぃーーー!」


「「「「「「「「コロスゥーーー!」」」」」」」」


 直前でバリアーを張り、戸高高志が悪霊に襲いかかるのを防ぐ。

 脅かして、一円でも多くふんだくってやる。


「戸高夢温泉への営業妨害もあるな。二十億円だ」


「二十億だと! 高すぎるだろうが!」


 お前がこんなことしなければ、一円も損せずに済んだんだ。

 己のバカな行動には責任を持ってもらおう。


「嫌なら、死ねば?」


 俺は、再び戸高高志から霊力バリアーを外した。

 すると、またも悪霊たちが一斉に彼に襲いかかる。


「ひぃーーー!」


「どうする? 霊障が原因の死は、検死してもわからないからなぁ……」


 俺が直接手を下したわけではないので、戸高高志の父親も俺を恨みはするが仕返しはしないだろう。

 もししてきたら、相応の反撃はするけど。


「わかった! 二十億円出すから!」


「まいどあり」


 俺は、再び戸高高志に襲いかかる寸前だった悪霊たちを霊力バリアーで防ぎ、すぐさま八枚のお札を取り出し、八体の悪霊に投げつけた。

 悪霊たちは、お札が燃える際に発生した青白い炎に包まれ、そのまま消え去ってしまう。

 これにて、悪霊退治は終わりというわけだ。


「では、二十億円をお願いしますね」


「はんっ! 僕はそんな約束してないぞ!」


「こらぁーーー! 風船! 卑怯じゃないの!」


「誰が風船だ!」


「あんた以外いないわよ!」


 悪霊たちが消えた直後、久美子たちが源泉がある祠の中に入ってきた。

 縄で縛られた、先ほどの偽管師と共に。

 やはり捕まったか……。

 こんな雑魚、どうでもいいけど。


「うるさい! チビ女! 僕は優秀なビジネスマンなんだ! そんな無意味な大金支払えるか!」


「口約束でも契約じゃないの」


「除霊で契約書なんて交わしても意味ないからな。悪霊なんて最初からここにいないんだ」


 なるほど、そうきたか。

 確かにこの世界では、公式に霊の存在が認められているとは言い難い。

 法律が完璧に整備されているとはとても言えず、ゼロ物件などの扱いを見ても秘密法の類が多かった。

 ゆえに、除霊師と依頼者が契約を結んでも意味がないケースが多かったのだ。

 いないと思う人たちが多い霊を除霊する契約で、ちゃんと除霊できなかったとして、ではそれは契約違反なのか、警察や裁判所は判断するのが難しかった。

 当然詐欺で捕まるケースもあったが、それはあくまでも除霊師のみであった。

 緊急避難的処置ではあるが、俺に除霊を依頼した戸高高志が除霊後に金を出さなかった場合、詐欺に問えるのかといえば、難しいところではあった。

 戸高家ともなれば、抱え込んでいる法曹関係者も多い。

 裁判になっても勝てるかどうか怪しいところだ。


「つまり、二十億円支払うつもりはないと?」


「僕を誰だと思っているんだ? 庶民。僕に二十億、払わせることなんて無理だよ」


 危険がなくなった途端、急に居丈高になる戸高高志。

 非常にわかりやすい、本物のバカだな。


「そうだな。お前から二十億円取るのは難しいか」


「わかったらどけ! 僕は忙しいんだ」


 内心では、一秒でも早くこの場から立ち去りたいようだな。

 いつも偉そうにしているが、内心は気が小さいのであろう。


「そうだ。霊筒はどうするんだ?」


 俺は戸高高志に、地面に転がる八本の霊筒をどうするか聞いた。


「僕は頭がいいから知っているぞ。その霊筒はもう使えず、しかも現代では修理もできないと聞く。さらに言えば、使い終わった霊筒は儀式をして自然に返さないといけないんだろう? 僕は優秀なビジネスマンだから、そんなゴミいらないね。庶民、お前にくれてやる。庶民には相応しいゴミだろう? じゃあな」


 最後にそう言い放つと、戸高高志は祠から出て行ってしまった。


「裕、いいの?」


「構わないさ」


 俺は、地面に落ちた霊筒を回収しながら、里奈に対し笑顔で答えた。


「師匠、今回の件、一方的な損ですよね?」


「今のところはな」


「今のところ?」


「ああ、確かに戸高高志から二十億円取るのは難しいから、すぐに逃がしたのさ」


「アレがここにいると、源泉から湧き出すお湯の湯気と合わせて暑苦しいものね」


「桜も随分な言い方だな」


 そういえば、向こうの世界で一緒に戦った桜も意外と口が悪かったからな。

 やはり似ているようだ。


「裕ちゃん、その霊筒どうするの?」


「使い道はあるのさ。で、桜」


「なに?」


「その捕まえた三流偽管師だが、会長に引き渡してくれ。不良除霊師の処罰は、日本除霊師協会の管轄だからな」


 色々としでかし、挙句に父親の力でそれをなかったことにしようとしている戸高高志の協力者だ。

 警察に引き渡しても無駄なので、日本除霊師協会に引き渡した方がいいだろう。


「警察の厄介になった方がマシだからな」


 せいぜい、不法侵入、器物破損の罪くらいですんだものが……まあ、彼のこれからの活躍に期待しておこう。

 どうせもう、二度と会わないだろうし。


「裕君、本当に戸高高志からお金は回収しないの? この戸高夢温泉を三週間近く営業停止にした損害もあるけど」


「それは回収する。涼子、俺は戸高高志からは回収しないと言った。でも、回収を諦めたわけじゃない。それに、あそこで払っておけばよかったものを。倍返しだ!」


 翌日から、戸高夢温泉の営業は再開された。

 すぐに地元のお客さんが多数訪れ、温泉を楽しむ姿が見られるようになったが、その裏で俺は一人暗躍を開始することとなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る