第82話 戸高夢温泉
「温泉を復活させる? そういうのは除霊師の仕事じゃないと思うな」
突然菅木の爺さんから、温泉を復活させる仕事を提示された。
だが、そういうのは除霊師の仕事じゃないと思うんだ。
「温泉? 温泉ってなに?」
「お風呂のことだな」
「そうなんだ。はい、お兄ちゃん。薬湯だよ」
「ありがとう、銀狐」
銀狐は、自らが旧山中村付近で集めた薬草を原料とした薬湯を俺に手渡してくれた。
桑木さんと冴島さんを成仏させるためのデートで、俺は食べ過ぎて数日間お腹が空かなくなるという悲劇に見舞われたのだが、その時に銀狐がこの薬湯を作ってくれたのだ。
これを飲むとお腹がスッキリして、気に入った俺は毎日一杯銀狐に作ってもらっている。
原料はどこの山中にも生えている薬草なのだけど、彼女の煎じ方や薬湯を作る時に込めている霊力がいい効果をもたらしているのだと思う。
薬湯を渡すと、銀狐は俺の膝の上に座った。
最近の彼女は、俺の膝の上がお気に入りのようだ。
銀狐は可愛いし、俺は一人っ子なので、まるで妹ができたような感じでいいな。
「お風呂? じゃあ湧き出たら一緒に入れるね」
「うん……そうだね……」
瞬間、俺に突き刺さる五つの視線。
こういう時、除霊師というかパラディンであることのデメリットが出る、
霊力が篭った殺気を向けるのはやめてくれないだろうか?
銀狐はまだ幼いのだから……。
「温泉、楽しみだな」
と思ったら、銀狐は特に気にしている様子もなかった。
神のお遣いにしてご神体なので、久美子たちの殺気など特に気にしていないようなのだ。
「温泉か。楽しみじゃな。のう、青竜神よ」
「そうよな。御母堂のおかげで毎日風呂に入っているが、てれびの旅番組で見た温泉というものに入ってみたかったのだ」
なぜか赤竜神様と青竜神様まで、俺たちについてくるつもりのようだ。
そもそも依頼の内容が畑違い過ぎて、もし引き受けても成功する保証もないわけだが。
「裕。温泉とは、泉や霊泉と同じようなものなのだ」
「霊的な要因で枯れたと判断したからこそ、菅木は依頼を持って来たに決まっておろう」
「左様、悪霊のせいで温泉が出なくなることはあるのだ」
霊的な原因で枯れた温泉かぁ……。
となると、除霊がメインになるわけだ。
「それは理解できましたけど、どうして竜神様たちまでついて来るのです?」
温泉を除霊して復活させれば終わりなので、そこに竜神様たちが同行する理由が見いだせなかった。
もしかして、その温泉に神のご加護を与えるとか?
「決まっておろう、温泉に入りたいからだ」
「そのまま額面どおり?」
温泉が復活したら、そこに入ってみたい。
ただそれだけの理由で、竜神様たちは同行するのか……。
「我らは、長年干からびてたのでな。温泉で療養が必要なのだ」
「左様、これは温泉療法なのだ」
神様に療養が必要とも思えないが……。
長年干からびていた影響?
どう見ても健康そうに見えるけど……。
そういうことにして、ただ単に温泉に入りたいのはよくわかった。
「聞けば、除霊が終われば温泉に入れると聞く。のう菅木よ」
「ええ、除霊に成功して温泉が復活しても、営業再開まで時間がかかるので、我々を宿泊させるくらいなら依頼料の内と聞いています」
除霊の成功報酬に温泉ねぇ……。
温泉が復活しても、いきなりお客さんを泊めるわけにもいかず、俺たちを泊めさせて様子を見るというわけか。
その分、除霊費用も抑えられると。
「温泉、銀狐が行くのならボクも行くよ」
「俺も行く」
さらに、お稲荷様と山狗まで参加することになり、除霊なのか、温泉旅行なのかよくわからなくなった週末が始まろうとしていた。
「なんだ。温泉っていっても『戸高夢温泉』か……」
「当然であろう。我らは聖域守護のため、そうホイホイと他所に出かけられないのだから」
土曜日の朝。
俺たちは、菅木議員が用意したマイクロバスで温泉へと向かった。
ただ、その温泉が『戸高夢温泉』だったので、かなりガッカリしただけだ。
「今さら感があるよね」
「裕君、戸高夢温泉って?」
「戸高市のマイナー温泉だな」
日本は火山国なので、基本的にどこを掘っても温泉に当たるとされている。
戸高市にも温泉があり、その歴史は古いそうで、ここは大名戸高家の所有で、元々は戸高一族とその家臣たちしか入れなかったそうだ。
そのくらいしか入れないほどショボイ温泉だったわけだが、一応秘湯という扱いになっているらしい。
秘湯であるのは、その知名度のなさから当たってはいるとも言える。
明治維新後、戸高温泉は規模の小ささもあり、地元の人たちが湯治に訪れる場所になった。
だが、そこから徐々に湯量の減少に悩まされ、今では数軒の温泉宿があるだけであった。
我ら戸高市民は、一度くらいは家族で一泊旅行に出かける。
そんな場所が、この戸高夢温泉だったのだ。
「よく言えば鄙びた。悪く言えば寂れたなのね」
「まさにそのとおり。ついに枯れたのか……」
最近では、かなり有名な温泉でも湯量の減少で他からお湯を持ってきているところもあると聞く。
戸高夢温泉が枯れても、それは仕方がないのかもと思えてしまうのだ。
「でも、湯量が徐々に減少じゃなくて、突然枯れたんでしょう? 霊的な原因で」
「それを除霊で回復させるのが、師匠と私たちの仕事なのですね」
「無事温泉が復活したら、無料で温泉に入って宿に宿泊できるわけか。いいわね、温泉」
「桜、ちょっとババ臭くない?」
「なんとでも言いなさい、里奈。今調べたけど、戸高温泉の効能は美肌だから。女の子に優しい温泉よね」
ぱっと桜をみたところ、今すぐ美肌効果が必要とは思えないけど……。
なにしろ、みんな女子高生なわけだし……菅木の爺さん?
国会議員は忙しいはずなのになぜかついて来たけど、今さら爺さんの肌が綺麗になってもなぁ……と思えてしまう。
「誰が美肌目的で来るか! ワシがこの除霊を陳情として引き受け、裕たちに斡旋したのだ。顔を出さなければ話にならないではないか」
「確かに、裕君や私たちだけで押しかけても信用ないかも」
高校生六人、銀髪の幼女、赤い髪と青い髪のおっさん二人に、中性的なパーカー姿の美青年、ちょっとヤンチャ系の兄ちゃん。
この面子で依頼主である温泉宿の主に、『除霊師です』と挨拶しても怪しまれるだけか。
実は、これまで除霊師と縁がなかった人が仕事を依頼したい時、いわゆる上流階級に属する人たちの紹介がなければ難しいという現実もあったのだ。
除霊師には個性的な人が多く、老若男女様々で、宗教家みたいな人もいる。
騙りの詐欺師も一定数混じるため、菅木の爺さんのように一般人に除霊師を紹介できる人は重宝がられた。
政治家でもあるので、陳情しやすいというのもあるのか。
「依頼を仲介して、仲介料でウハウハか。政治家はいいな」
「それで食えたら誰も苦労しないわ! ワシの選挙区の除霊なのだ。お礼など受け取るわけがない」
「その代わりに、次の選挙で投票してもらうわけだ。政治家だね」
「それは、政治家は選挙に落ちればただの人なのでな。戸高夢温泉は寂れているが、地元の人たちの憩いの場であり、地場経済に貢献もしている。温泉宿の経営者と従業員たちの生活もある。霊的な理由で温泉が止まっている以上、これを早期に回復させる必要があるのだ」
「なるほどね。で、うちの生臭ジジイはなんて?」
「報酬の額に、悪霊のレベルが合わない。依頼を出したが、引き受ける除霊師が一人もいない。安倍一族にも断られたそうだ」
つまり、会長も、戸高支部にいる除霊師たちも、安倍一族の連中も匙を投げるレベルの悪霊が温泉を止めているわけか。
「しかし変だな」
「そうですよね、師匠。そんないきなり性質の悪い悪霊が出現するものではないです」
基本的に、性質の悪い悪霊は徐々に悪霊として力を増していくもの。
涼子の父親である安倍清明などの例外もあるが、そんな滅多にあるケースではない。
普通はそこに地縛霊として住みつき、除霊されないで悪霊として力を増すことが多かった。
「詳しい情報は、依頼主から聞かないとな」
「裕、早く悪霊を除霊してくれ」
「我らは、一刻も早く温泉に入りたいのだ」
「あーーー、わかりましたよ」
我儘な神様たちだなぁ……。
そんなわけで俺たちを乗せたマイクロバスは、戸高市北西部にある戸高夢温泉へと到着したのであった。
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