第81話 ヤバいデート
「時間無制限で食べ放題。聡さん、美味しそうですね」
「そうだね、奈々」
『裕君? 大丈夫?』
『なんとか……』
この二人、美男美女なのでどんなロマンティックなデートをするのかと思えば、ただの食べまくりで色気もへったくれもなかった。
まるで参考にならん。
涼子たちにしたって、最初は自分が自分がと言い争いをするほどだったのに、今ではいかに自分の分担を無難にこなすかに方向転換していたくらいなのだから。
みんな、桑木さんほど大食いではないからであろう。
人間が霊に憑依されると、憑依した霊の体質に引きずられることが多く、だから久美子も桑木さんの大食いに耐えられた。
だが憑依が解ければ、久美子はその反動を一気に受ける。
お腹が一杯すぎて動けなくなった久美子は、哀れすでに自宅に戻っていた。
久美子は戻れるからいいんだが、俺はこれからどうなるんだ?
もうこうなると、除霊師としての実力とか、レベルの高さとか全然関係ないな。
『あのぅ……冴島さんは、大食いチャンピオンかなにかで?』
「そういうものには出ていませんね。昔からちょっと大食いなのですよ。それで女性に引かれることも多くて、モテなかったんですよね」
そりゃあ、デートの度にこんな食事につき合わされていたら、普通の女性なら嫌に決まっている。
そうでなくても、女性は体重とか体型が気になる生き物なのだから。
「生前はあまり女性と縁がなかったのですが、あの世で奈々と知り合いまして」
「私も大食いだったので、聡さんは理想の男性なのです」
中村先生が大食いという話は聞かないので、彼は桑木さんにフラれる運命だったのだな。
しかし、今の俺に彼を同情する余裕なんてない。
いかにこの場を乗り切るかがすべてなのだ。
『(中華……脂っこい……大量のスイーツのあとは辛い……)』
この二人、糖尿病が悪化して死んだのかと疑いたくなるが、生前は健康そのものだったそうだ。
桑木さんは急性白血病で病死、冴島さんは事故死だったらしい。
『裕君……あとで体重計に乗りたくない……』
大皿で大量の料理を注文し、それを次々と口に入れていく桑木さんを見て、涼子は明日以降の体重を気にしていた。
ちょっとやそっとの大食いとはレベルが違うからだ。
しかも中華料理なのでかなり脂っこくてカロリーも高い。
普通の女子なら、翌日以降の体重が気になるところであろう。
『(キツイなぁ……)』
俺もとっくにお腹一杯なんだが、なぜか食べられてしまう。
これは俺の体が、憑依の影響で冴島さんの大食いに引きずられているからだ。
だが、いくら食べられてもお腹の苦しさに代わりはなかった。
冴島さんと桑木さんは、大量の中華料理を美味しそうに食べているけど。
「美味しかったね、奈々」
「そうね、聡さん」
『裕君、じゃあ私はこれで』
『うん(交代できるのが羨ましい!)』
中村先生は、恨めしそうにこちらを見ているだけでまったく戦力にならなかった。
お腹が一杯すぎて彼に同情する気も失せてきた。
涼子たちも、最初の争いなんてなかったかのように事務的に憑依を交代している。
その辺の割り切のよさは、ある意味女性なのだと俺は思った。
『次は私か……どこに行くんだろう?』
「次は、ここです」
『やき……焼き肉……』
「メインですね」
前菜大量のスイーツ、第一の皿中華食べ放題、メイン焼き肉……。
里奈がドン引きしているが、俺はこれを全部一人で食べなければいけないのだ。
『えっ? 食べ放題なんですか?』
しかも、二人が向かったのは焼き肉食べ放題のお店であった。
『裕、大丈夫?』
『なんとか……』
「奈々、網でお肉が焼ける音は至福だね」
「そうね、聡さん」
中村先生、あんたじゃ桑木さんとつき合うのは最初から無理だったんだよ。
二人はタッチパネルで次々と肉を注文しては、焼いて食べていった。
幽霊だったのに、タッチパネルの使い方が上手だな。
『あの二人が食べたもの、どこに入っているんだろう?』
里奈、それは俺たちの胃袋に決まっているじゃないか。
今はお腹が苦しいくらいだけど、憑依が解けたら……考えないようにしよう。
『裕、頑張って』
焼き肉を食べ終わったあと、里奈は千代子と交代した。
その時、俺に頑張ってと言ってきたが、もうここまでくると頑張るもクソもないと思う。
「肉を沢山食べたら、今度はご飯が食べたくなったね」
「そうね、聡さん」
そして、地獄は続く。
二人はご飯が食べたいと言い出し、戸高市でも有名なあのお店に突入したからだ。
長いこと死人をしていたのに、里奈のスマホで飲食店を探すのが上手だな。
「ここは、大盛りカレーで有名だそうだ」
「うわぁ、全重量三キロの宇宙盛りだって。私はこれで」
「僕も宇宙盛りで」
『『……』』
さっき焼き肉の食べ放題で肉を貪り食っていたのに、すぐに全重量三キロのカレーか。
よく食えるな!
二人とも細いのに、どこに入るんだろう?
あっ、俺たちの胃の中か……。
『師匠……。私は大食いじゃないのに……』
いや、俺も普通よりは食べる方だけど、今日のデートでこの二人が食べた量はおかしい。
女性陣は交代できるけど、俺はずっと食べ続けているんだが……。
苦しいけど食べられるから、憑依とは恐ろしいものだ。
そして憑依が解けたら俺は……レベルなんていくら上げても、これはもうどうしようもないな。
『うぷっ……葛城先輩と交代する卑怯をお許しください、師匠』
『無理せず交代した方がいいぞ』
普段カレーを三キロも食べない千代子なので、桜と交代した途端にお腹が悲劇に見舞われると思うけど。
久美子たちも腹がはち切れそうになって、とっくにこの場にいないからな。
中村先生は、二人というか俺たちを恨めしそうに見ている。
そんな目で見なくても……代われるものなら代わってあげたいくらいだ。
『もう食べないわよね?』
『さすがにもう……』
なんて思ってしまった俺たちがバカだった。
二人は、桜のスマホで新しい飲食店を探し始めたのだ。
「最後はデザートよね、聡さん」
「戸高デパートの、高級スイーツ食べ放題だね。今日はこれで締めにしよう」
「デザートは別腹だから。ねえ、聡さん」
「そうだね、奈々」
俺はもう考えることをやめた。
二人は戸高デパートまで移動し、その後一時間以上もケーキやフルーツなどを食べ続けた。
大量の豆腐スイーツ、中華食べ放題、焼き肉食べ放題、カレー宇宙盛り、そして最後にケーキ類食べ放題。
こいつらは美男美女なのに、どうしてこんなに食べるのか?
大食いファイターなのであろうか?
そんな二人であったが、もう十分に食べて満足したらしい。
高級スイーツを食べつくし、会計を終えた二人は、戸高デパートの屋上に移動した。
するとすでに俺と桜の体から、丸い光の粒子が立ち上り始めていた。
願いを叶えた二人が、天に戻る時が来たのだ。
「中村君」
「桑木さん」
まだついて来ていた中村先生に対し、桜に憑依した桑木さんが声をかけた。
「色々とありがとう。広瀬さんたちを紹介してくれて、とても助かりました」
「どういたしまして」
ようやく立ち直った中村先生は、桑木さんに笑顔で答える。
かなり無理はしているはずだけど。
「最後に、二人でこの世でデートできてよかったです。これで未練もなくあの世で修行できます」
二人はこれからあの世で修行して、それが終わったら別の人間に生まれ変わる。
人間らしい生活は、生まれ変わるまでお預けというわけだ。
「(あれがデートなのか、私には理解できないけど……)」
桜、俺もまったく同じことを疑問に感じているんだが……。
とにかく本人たちが納得したのだから、これでいいことにしておこう。
再びあんなデートをされた日には、俺の胃が保たないけど。
「それでは、サヨナラです」
「お世話になりました」
この世に未練がなくなった二人は、光の粒子となって天に昇っていった。
俺と桜はそれを見送り……見送りはしたが、もう俺は限界だ。
その場に倒れて動けなくなってしまった。
大食いである冴島さんの憑依の影響から抜け出したため、腹が今にもはち切れそうで動くことも困難になってしまったのだ。
「広瀬裕、大丈夫?」
「あいつら、なんであんなに食えるんだ? 桜はなぜ平気なんだ?」
「私は高級スイーツ食べ放題だけだから。女子はデザートは別腹……完全には無理ね……桑木さん、あんなに細いのにどうしてあんなに食べられるのかしら?」
「わからん」
大食い過ぎる似た者カップルを成仏させることに成功したのはいいが、俺はそれから数時間、その場からまったく動けなくなり、さらに数日間、ずっとお腹が一杯でなにも食べられなかった。
「酷い目に遭った」
「すまん、広瀬」
「桑木さんって、死ぬ前からあんなに食べたんですか?」
「痩せの大食いだとは聞いていたが、あそこまでとはなぁ……」
翌朝、なにも食べずに学校に行くと、中村先生から除霊のお礼を言われた。
ついでに桑木さんのことを聞いてみるが、彼女がそこまで大食いだとは思わなかったそうだ。
普通は思わない……中村先生は桑木さんの彼氏ではないので、ただ単に知らなかったというのもあるのか。
そこはあえて指摘しないが……。
この人、幽霊にまでフラれてたし。
「それで、除霊のお礼なんだがな」
「無料でいいですよ」
ちょっと女性にモテなかったり、俺に妙な嫉妬の炎を燃やす中村先生だが、これでも除霊師稼業をしている俺たちに普段から配慮してくれるいい先生なので、除霊費用を取るのはどうかと思ったのだ。
「しかし、それでは公務員である私に利益を供与したという風に思われるかもしれない」
「そこまで気にしなくていいと思いますよ」
除霊費用に限っては、信じていない人たちからすれば、供与もクソもなかったからだ。
少なくとも、賄賂や利益供与としては認められないであろう。
「ですが、さすがに経費は払ってもらいたいです」
「経費か? ああ、二人のデート代な。それは当然支払うぞ」
「では、これが領収書です」
俺は、中村先生に二人がデートで使った費用の領収書を渡した。
「はあ? 五万五千円だと? なんでこんなに?」
「だって、あんなに食べていたじゃないですか」
除霊費用はいいけど、せめて二人の食費くらいは支払ってほしい。
そうでなければ、俺の小遣いがピンチなのだ。
せっかく、密かにヘソクリを貯め始めたのに。
「わかった……確かにあの食欲だったからなぁ……」
と言いながら、二人がデートに使った費用を支払う中村先生。
悪い人ではないのだが、この人が結婚できないのは、人が良すぎるからという面もあるかもしれない。
そんな風に思ってしまう俺であった。
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