第80話 想定外のデート
「裕ちゃん、どこに行こうか?」
「こら、久美子。意識を表に出すな」
「はーーーい」
結局、桑木さんの霊は久美子たちに順番に憑依することになった。
誰か一人にした方が断然効率がいいのだが、それをすると桑木さんから選ばれなかった他四人からの恨みを買うことになり、結局五人に順番に憑依するという、いかにも日本人らしい玉虫色の判断へと繋がったわけだ。
桑木さんはまず久美子の体に憑依したのだが、やはりレベルアップの影響であろう。
意識していないと、桑木さんよりも久美子の方が前に出てきてしまう。
俺もそうなので、意識して冴島さんの意識が前に出るようにしていたのだが、久美子はまだそれに慣れていないらしく、俺にどこにデートに出かけると聞いてきた。
俺は、すぐに意識を引っ込めるように注意する。
「やはり相川さんでは駄目ね」
「そうね」
「ここは忍である私が」
「関係ないでしょうに……」
「……」
当然、涼子たちと中村先生が俺たちを監視しているわけだが、さっきから無言の中村先生が怖い。
モテないって心を病ませてしまうんだなと、俺は思ってしまった。
俺はそうならないようにしよう。
「新しい観光地に行きましょう、聡さん」
「そうだね、奈々」
新しい観光地とはいっても、うちと久美子の神社及び門前町なので、俺と久美子からすると帰宅するような感覚であった。
「賑やかになったわね。この近辺は」
「奈々、縁結びのご利益もあるようだよ」
神社が縁結びを前面に押し出し、カップルの集客をするなんてよくある話だ。
観光地化した両神社では特に必要なことで、今では神社の境内にも『縁結びおみくじ』とかが普通に置いてあった。
御守りなども充実している。
ご神体は、普段はあんな感じでも竜神様なので、ご利益は十分にあるはずだ。
もっとも、中村先生にはいまだその方面のご利益はないようだけど。
「裕、なにをしておるのだ?」
「赤竜神よ。裕と久美子は意識を引っ込ませておる。どうやら仕事のようだぞ」
「そのようだな」
とここで、門前町で買い食いをしていた赤竜神様と青竜神様に出会った。
相変わらずこの二人は定期的に門前町で買い食いを続けていたが、俺と久美子を見るなり、桑木さんと冴島さんの霊に気がついたようだ。
普段は遊んでいても、さすがは竜神様というわけだ。
「赤竜神よ。仕事の邪魔するのはよくないぞ」
「であろうな。それにしても、今回の仕事の相棒は久美子なのだな。仲がいいから当然か……」
赤竜神様は、俺たちがなにも言わなくても今の状況を一瞬で理解した。
さらに、カップル霊の依り代だから、俺と久美子ならお似合い、ちょうどいいと言ったのだが、それは俺たちを監視している涼子たちの心の琴線に触れてしまったようだ。
突然、物陰から涼子たちが飛び出して来た。
「赤竜神様、青竜神様、ちょっと聞き捨てなりませんね。これは純粋な除霊師の仕事なのです。本当は私と裕君が一番相性がいいはずなのに、仕方なく交代制になったのです」
「そうよ、私と裕の方が相性いいに決まっているから。これも争いを防ぐためなの」
「竜神様でも間違えることはあるのですね。私と師匠の絆の深さを見誤るなんて」
「あとで私も憑依されますけど、きっと今よりもお似合いに見えるはず」
「はぁ……」
「いきなり出てきてなんなのだ? お主たちは?」
「そっちの男は、半分魂が抜けたようだな。本当に抜けているわけではないが……」
いまだ抜け殻のような中村先生はさておき、今日は二人をデートさせるのが仕事なので、邪魔するのはどうかと思う。
その後、二人で近くの飲食店に入った。
仁さんの豆腐店の隣にある、洋子さんの喫茶店だけど。
彼女のお店は豆腐スイーツが名物となっており、多くのお客さんで賑わっていた。
「あら、いらっしゃい。広瀬君、久美子ちゃん。今日はデートかしら?」
「「「「違いますよ! 仕事です!」」」」
「ええっ?」
洋子さんも半分冗談で聞いたのだと思うが、いきなり涼子たちが飛び出して来て全力で否定するものだから、どう対応していいのか困惑した表情を浮かべていた。
なお、以前彼女にフラれた中村先生は姿を現さなかった。
きっと、どこかの物陰でいじけていると思う……。
「奈々はなにを頼むんだい?」
「そうね。この豆乳小豆パフェ……」
久美子に憑依している桑木さんは、いかにも女子らしいスイーツを注文していた。
はずだが……。
「を、二つと、この豆乳入りの五段重ねパンケーキ、生クリーム大増量と、豆乳レアチーズケーキと、ミックスフルーツ豆乳スムージーに……」
『ええっ! 裕ちゃん?』
今、俺の心の中に久美子の驚きの声が響き渡った。
いくら女性がスイーツ好きでも、普通の女子はこんなに頼まないよな。
まず全部食べられないのだから。
『あのぉ、冴島さん?』
「ああ、奈々はとてもよく食べる人なのです」
『そうなんですか……』
それにしても、限度を超えていると思うけど……。
というか、中村先生。
そんなことも知らないで……つき合っていないから、知らなくて当然か。
「僕はそんな奈々に惚れましてね。ああ、僕も彼女と同じものを。豆乳チーズケーキはホールでお願いします」
『ええっ!』
あんたもか!
冴島さん!
二人とも、さっき見た霊体の外見はむしろ細い方だったんだが……。
これがいわゆる、痩せの大食いというやつか……。
『裕ちゃん、お腹が……』
『俺も……』
この二人、注文した大量のスイーツを次々と口に入れていく。
優雅に食べているけど、そのスピードは驚異的だった。
というか、よくこんなに食えるな。
なるほど。
この二人は美男美女同士だから魅かれ合ったのではなく、共に大食いという趣味があったからつき合い始めたのか。
あの世で。
「お供え物も美味しいのですが、肉体がある状態で食べると格別ですね」
「相川さんもありがとう」
『どういたしまして……』
大量のスイーツを腹に詰め、あきらかに久美子は限界のようだ。
『あれ? 待てよ?』
久美子はもう限界だと思うのだが、むしろよりヤバイのは俺の方か?
久美子は事前の取り決めにより、涼子たちと交代できる。
俺は、交代する要員がいない……。
中村先生?
無理だ!
霊に体を貸す憑依は、除霊師としての資質がなければできないのだから。
『(いやしかし……この二人がいくら大食いとはいえ、これだけスイーツを食べればもう満足のはず……)』
人間の胃袋には上限というものがあるからな。
いくら霊に関わっていても、そう簡単に物理的な法則を無視することなんて……。
「奈々、次はなにを食べに行こうか?」
「私、相川さんのスマホで調べさせてもらったんです。これなんて、第一の皿としては素晴らしいと思います」
「『中華時間無制限食べ放題』。いいね。さすがは奈々だ」
「美味しそうですね。聡さん」
『裕ちゃん、私はリタイアで……』
『(俺もリタイアしたい……)』
桑木さんは女性なので、五人も憑依できる除霊師がいるが、男性である冴島さんが憑依できるのは俺だけ……。
はたして俺の胃袋は保つのだろうか?
もう中村先生とか、どうでもよくなってきた。
俺の方が可哀想になってきたからだ。
今日は、いかに俺が完走できるかにかかっている。
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