第52話 浄化研修
「はあ……面倒よね。除霊協会の会長って、職権乱用しすぎじゃないの?」
「それが新人C級除霊師に対し、同じC級のベテランや、運がよければB級の除霊師が初陣を補佐する制度があるのよ。裕君と相川さんも経験しているだろうし、私もそう。葛山さんは、初回から私たちと一緒に除霊しているでしょう? 制度を上手く利用しているけど、職権乱用とはまでは言えないわね。人選に関しては、ボーダーギリギリ、ちょっとグレーかもってところ」
「あの生臭坊主、本当に厭らしいわね」
「無間宗の総代でもあるからね。私と裕ちゃんは神社の跡継ぎで、除霊方法も神道系。仏教系の会長に対しては身構える方だから、義務を果たせばって思っているだけ。裕ちゃんはお札書きで忙しいから、低級怨体の浄化なら、随伴は私たちで十分じゃない。こういうのを内助の功って言うのね」
「また出たわね。相川さんの妄想が。私はお札書きでも貢献できるから、それこそが内助の功なのよ」
「涼子も頭湧いているんじゃないの? 神にも奉納できる歌と踊りで、裕にはできない分野で貢献する。夫婦は、お互いを補い合って成立するのよ」
「……」
私葛城桜は、祖父の命令で都内から戸高市内の高校に転校し、同時に除霊師としての手ほどきを受けることとなった。
祖父……生臭ジジイから『悪霊に憑り殺されたくなければ、除霊師としてやっていける力を身につけろ』と言われ、この戸高市で一番優れていると生臭ジジイが言っていた除霊師の家に居候することにもなったのだ。
戸高市一の除霊師ってどんな奴なのかと思ったら、なんと私よりも一つ年下の男子であった。
しかも、戸高市一の高級高層マンションの最上階に住んでいて、高校一年生の女子三人と同居とか、あの男は一体何者なの?
そうだ。
もう一人、銀狐と名乗る幼女も一緒に住んでいた。
なんでも、戸高ハイムにある神社のご神体なのだそうだ。
そんな与太話、少し前の私なら絶対信じなかっただろうけど、私は先月巻き込まれた交通事故のせいで霊力に目覚めてしまった。
頭を打ってしまった結果、脳に多少の変化が起こるとそうなる人もいるらしい。
中には重篤な事故で生死の境を彷徨った結果、強力な霊力に目覚める人ってのも、稀にだが存在するそうだ。
こうして私は霊力持ちとなり、これまで見えなかった霊の類が見えるようになってしまった。
それは仕方がないと思うのだけど、これまでまったく霊力がなかった人が突然そうなってしまうと、かなり無防備な状態なので悪霊に狙われやすいそうだ。
そのせいで死んでしまう人もいるそうで、だから私は転校と除霊師としての訓練を受け入れたわけだ。
早速日本除霊師協会に登録を行い、三人のB級除霊師の引率で、極めて低級の怨体を仕留めることになった。
除霊師は、まずこういう仕事を積み重ねるのが普通だと、つい先ほど私は知った。
それなのに、一週間程度の基礎的な鍛錬でいきなり『祟り猪』に挑ませた生臭ジジイ、死ね!
私をわざとピンチに追いやって、優秀な除霊師に救助させるなんて、恋愛シミュレーションゲームみたいなベタな策を使って。
しかも、生臭ジジイの作戦通りに戸高市一の優秀な除霊師が本当に私を助けたのだからムカつく。
挙句に、私の胸を揉むなんて!
いくら優れた除霊師でも、広瀬裕は無理!
生臭ジジイは、どうにか私と彼を結婚させようとか、わかりやすい野心を抱いていて困ってしまう。
私は生臭ジジイの寺を継ぐつもりもその資格もないけど、生臭ジジイは仏教系で、広瀬裕は神道系だからそんなことできるわけがないと思うのだけど、生臭ジジイは私が寺と関係ない孫娘でよかったと思っているようだ。
本当、今の時代に時代錯誤も甚だしいわ。
「葛城先輩、準備はできましたか?」
「大丈夫よ」
それに、今日の私の引率役三人の態度も、どこか冷たくよそよそしい。
それもそのはずで、彼女たちはあんなどこにでもいそうな男、どこがいいのか知らないけど、広瀬裕に異常なまでに惚れていた。
生臭ジジイの野心のせいで、私は彼女たちに好かれていないのだ。
大いに気持ちはわかるし、今日もこうして引率役を引き受けてくれたから文句はないけど。
でもそれって、一日でも早く除霊師として独り立ちして出て行けってことよね。
私はそれでいいのだけど、除霊師ってどの時点で一人前なわけ?
そこまで生臭ジジイが計算しているのだとすれば、相変わらず食えない祖父さんだ。
そのうち罰が当たればいいと思ってしまう。
「見えた!」
今日の依頼は、町の裏道の奥に佇む怨体の浄化であった。
除霊まではいかず、悪霊から分身した残留思念みたいなものを消すお仕事だ。
沢山いるC級除霊師の大切な仕事なのだけど、私は一生C級で終わりそうな気がする。
A級で除霊師協会の会長である生臭ジジイの孫娘といえどこの程度。
この業界も将来大変そうだから、ちゃんと別の道も考えておかなければ。
「このお札、大丈夫なのかしら?」
「威力はお墨付きよ。いらないなら、先日矢に刺して射ったあのお札でもいいわよ」
チラシの裏に筆ペン書きのお札だから心配したのに、元有名アイドルである葛山里奈は広瀬裕の批判は許さないという雰囲気を纏っていた。
この子、普段はかなり勝気だから、きっと世間で言うツンデレなのよ。
しかも、広瀬裕だけにデレるわけね。
「一応、聞いてみただけよ」
私が視認したオジサンの怨体にお札を投げつけると、怨体はお札が燃えた時に出る青白い炎に包まれて消滅してしまった。
確かに、見た目とは違って品質のいいお札みたいね。
私の霊力だと、もうこれ以上は除霊できないけど。
今の私の霊力ではこの辺が限界で、そこから気が遠くなるほど浄化を繰り返さないと霊力は上がらないそうだ。
有名な除霊師の大半が年寄りなのは、成長に時間がかかるからだと、生臭ジジイが言っていた。
広瀬裕やこの三人のような存在は例外に近く、噂では安倍一族に岩谷彦摩呂というかなり実績のある若手除霊師がいるそうだけど、生臭ジジイに言わせると、広瀬裕には遠く及ばないそうだ。
本当かどうかは知らないけど、若い除霊師にも凄腕がいるのだから、私も早く一人前になって一人暮らしでもしたいわね。
それがいつになるのかはわからないけど。
「あの、葛城先輩?」
「なに? 相川さん」
「除霊を始めてから、なにか変化はありませんか?」
「別に。霊力を使い果たして疲れたわ」
「他には?」
「ないわよ」
「そうですか……」
おかしなことを聞く子ね。
なにか特別な変化なんて……ないと変なのかしら?
でも、そんな急に霊力が上がるなんてあり得ないと思う。
「葛城先輩、初めての浄化はどうでしたか?」
「すぐ終わったって感じね。霊力の消耗は激しいみたいだけど」
「葛城先輩は霊力に目覚めてから間もないので、今は一体の怨体を浄化するだけで、ほぼ霊力が尽きてしまうはずです。暫くはお供しますので」
私一人でも大丈夫そうな気がするけど、もしなにかの間違いで私になにかあると生臭ジジイを敵に回してしまうと思っているのね。
三人の中で一番除霊師として経験がある清水涼子は、ちゃんと義務は果たしますよといった口調で私に告げた。
あなたも、相川さんも、葛山さんもだけど、私は広瀬裕に興味なんてないから敵意を織り交ぜて話しかけないでほしい。
ああ、早く一人前の除霊師になりたいわ。
「裕ちゃんって、向こうの世界で葛城さんと一緒に戦っていたんだよね? それにしては、ちょっと冷たい気がしなくもない」
自宅でお札を書いていると、葛城桜の付き添いをしていた三人が戻ってきた。
菅木の爺さんは、彼女が悪霊に無防備な状態でなくなるまで……要するに一人前の除霊師になるまで面倒を見るように会長から依頼されたようだが、俺は彼女に付き添う予定はなかった。
久美子は少し冷たいのではないかと言うが、彼女はちょっと人がいいところがあるからな。
それに、もう一つ理由があった。
「確かに俺は、葛城桜と一緒に別の世界で死霊王デスリンガーと戦ったさ。でも、その桜さんは、この世界の葛城桜とは別人なのさ」
実は、俺は向こうの世界で一番桜さんと喧嘩をした男であった。
それでも、最後には息の合った攻撃で死霊王デスリンガーを倒すまでに至った。
そのわかり合った友人である桜さんと、この世界の葛城桜は別人なのだ。
「これは涼子にも言える。向こうの世界で一緒に戦った涼子さんと、この世界の涼子は別人なんだ。混同するつもりはない」
向こうの世界の桜さんから祖父が偉いお坊さんだと聞いていたが、まさかこの世界では除霊師協会の会長とは思わなかった。
とにかく、現時点で俺が彼女に近づくのは危険だ。
あの会長、どうも俺と彼女をくっつけたがっているようで、安易に近づくと交際疑惑でも流されかねない。
「慎重ね、裕」
「それにだ。どうも葛城桜の方も、俺にそんなに興味ないみたいだしな」
とにかく今の、霊力に目覚めたばかりで悪霊に憑りつかれやすい状況をどうにかしたい気持ちで、彼女は怨体の浄化に勤しんでいるのだから。
要するに、C級でも一人前の除霊師にならないとここを出て行けないという事だろうな。
「それで、葛城桜ってどう?」
「どこにでもいそうなC級除霊師にしかなれないと思う。現時点では」
「私もそう思うわ」
「普通よね」
三人とも、現時点での葛城桜の除霊師としての才能は、さほどでもないと断言した。
とはいえ、別世界の彼女はパラディンの一人として死霊王デスリンガー討伐で活躍した。
除霊師としての才能がないとは思えない。
だが、このままでは才能は発露しないであろう。
「久美子が葛城さんになにかおかしな点がないか聞いていたけど、なにもないって言っていたわね。レベルやステータスが見えるようになるって大概だけどね」
その条件は、俺が類推する限り、
最低限、除霊師としての才能があり、
俺の実力を認め、好意を持つ……久美子たちの俺への態度を見れば一目瞭然か。
銀狐の場合、あの子は神様なのでレベルもステータスも出ないのだと思う。
そんな条件が必要なので、俺に興味がない葛城桜がレベルとステータスを見られるようになるわけがない。
つまり彼女は、普通のC級除霊師で人生を終えるというわけだ。
「変に強くなると、会長がうるさそうだからな。悪霊に憑りつかれにくくなればいいんじゃないかな?」
別に、凄腕の除霊師にしてくれと言われているわけではないんだ。
現時点ではそれも無理だろうし。
「裕ちゃん、ドライだね」
「俺は、久美子がいれば十分だから」
これ以上、女の子に言い寄られるのは勘弁してほしい。
いいじゃないか。
将来久美子と結婚して、竜神会を継ぎ……もう会長だけど……聖域を守っていけばいいのだから。
「そうだよね、裕ちゃん」
「むむっ、裕君、私は?」
「裕! 私もいるでしょうが!」
なんでか俺がとてもモテているのだが、この世界は一夫一婦制なので、俺が三人の中で誰を選ぶのかと言えば、やっぱり久美子だよな。
「可哀想に、裕君」
「俺が可哀想?」
涼子め、突然なにを言い出すんだ?
「せっかく異世界に行ってきたのに、その世界の良さを受け入れないなんて。裕君のいた世界って、一夫多妻制でしょう?」
「そうだけど……」
西洋ファンタジー風の世界で、王様や貴族がいたからな。
それに、死霊王デスリンガーとの戦いで男性がよく死んでしまうため、一人の男性が複数の女性と結婚するのは、ある種の社会保障制度みたいなものだったからだ。
『死ぬ時に、自分の妻を託せる友ができれば人生に悔いはない』なんて格言もあったくらいだからな。
そのくらい、向こうの世界では成人男性がよく死んだ。
これまで頑なに一夫一婦制を保持していた、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、ホビットなどの亜人たちも、男性が死に過ぎて女性が結婚できなくなり、生まれる子供が減って種を保てなくなる危険が出てきたので、仕方なしに一夫多妻制を取り入れていたくらいなのだから。
そんな別世界と、この世界を一緒に考えるのはよくないと思うのだが。
「私、もう安倍一族には戻れないし、裕君が貰ってくれないと将来行く場所がないし……それに、うちは母も正式に父と結婚していなかったから大丈夫よ」
あの、涼子……。
それは本当に大丈夫なのか?
クソッ!
リア充、故安倍清明め!
「私も元々芸能関係だから、愛人、妾、側室オッケーよ。最初は正妻の座を久美子に譲ってあげるけど、油断していると私に正妻の座を奪われるからね」
「私も負けないわよ」
「裕ちゃん! この二人、全然めげないよ! でも、私も頑張るから!」
久美子、お前は一体なにをそんなに頑張るんだ?
なんて思っていたら、突然頭上に銀色の髪の幼女が出現し、そのまま俺に抱きついてきた。
「お兄ちゃん、人間は面倒なんだね。お稲荷様には結婚制度なんてないから、私は好きにお兄ちゃんと一緒にいるだけ。早く体が大きくなればいいな」
お稲荷様と人間って結婚できるのだろうか?
と思ったら、安倍晴明の母親は白狐だからな。
お稲荷様も基本的には狐なので、人間の子を産んだり、結婚生活を送れるわけだ。
「私が大きくなる頃には、この三人はおばさんだから、若い私にお兄ちゃんは夢中」
「「「なんですって!」」」
銀狐、頼むからこの三人を刺激しないでくれ。
どうやら俺は、四人の押しかけ女房たちにより、色々と人生を振り回されそうであった。
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