第49話 お札不足
「依頼、終わりました……って、人が多いなぁ……なにかあったのか?」
「そうだね、みんななにかを待っている感じ」
「全員が同じ時刻に依頼を終えて報告なんてあり得ないか。なにかしら?」
「無料でなにか配っているとか?」
「里奈ちゃん、お店のオープン記念じゃないんだから」
「それもそうか」
今回の除霊は、一応竜神会が俺たちに依頼したという形を取っていたので、日本除霊協会戸高支部に除霊終了の報告に向かうと、まだ夕方なのに多くの除霊師たちが集まって並んでいた。
いったい、何事なのであろうか?
「あっ、広瀬君! 助けて!」
協会のある建物に入った瞬間、俺は美人受付として人気のある江藤愛実さんに抱きつかれてしまった。
突然のことで驚いたが、相手は綺麗なお姉さんなので俺は役得であった。
その代わり、受付前にいた多くの除霊師たちの注目を一身に受けてしまったが。
「仕事中ですよね?」
「他の方々の目を気にしてください」
「もう油断ならないわね!」
ただ、その幸せの時間はすぐ久美子たちによって終わらされてしまった。
三人が協力して、江藤さんを強引に引き剥がしたのだ。
できればもう数秒……悪いな、俺も普通の男子高校生なんだ。
綺麗なお姉さんは好きさ。
「それで、なにに困っているのですか? 江藤さん」
「愛実でいいわよ」
「それはちょっと……でも……やっぱりなんでもないです」
とはいえせっかく本人がそう言っているのだからと、今から彼女のことを名前で呼ぼうとしたのだが、俺がそう決意した瞬間、背後から三つの殺気を感じたので、平和主義の俺はすぐに方向転換した。
俺は常に、安全策が大好きな男なのだ。
「残念ね。広瀬君に相談したいのはお札の件なのだけど……詳しい話は奥でね」
受付で話せるような内容ではないということで、俺たちは江藤さんの案内で日本除霊師協会の上の階、偉い人たちがいる階層へと案内されたのであった。
「やあ、よく来てくれたね。まずはお茶とお菓子でもどうぞ」
江藤さんの案内で上の階に上がると、なんと戸高支部長であるおっさんのみならず、もっと偉いであろう、ロマンスグレーが目立つ袈裟を着た初老の人物にお茶とケーキを勧められた。
なお、愛実さんはお偉いさんばかりで居心地が悪い……受付の仕事があるからであろうが、俺たちを案内するとすぐに支部長室を出てしまった。
二人のお偉いさんのうち、初老の袈裟を着た人物の方が役職も除霊師としての力量も上であろう。
痩せ型で背も小さいが、大人物然とした雰囲気を持つ人で、見た感じ、涼子の父親である安倍清明とそう実力に差はないであろう、なかなかの除霊師と思われる。
この世界基準ではだけど。
「涼子、この人って、やっぱり偉い人なの?」
「裕君、日本除霊師協会の会長、参禅院岩笑(さんぜんいん がんしょう)様よ」
「えっ? 日本の除霊師協会で一番偉い人なんだ。名前だけは知っていたよ。名前からして坊さんだとは思っていたけど、やっぱり坊さんなのか」
「私も名前くらいしか知らなかったな。お会いできるような立場でもないし」
俺と久美子は新人とはいえ一応除霊師なので、日本除霊師協会の会長の名前くらいは知っていた。
当然、ただのC級除霊師が会長に出会える機会などなかったので、その顔は知らなかったけど。
「私は、名前も知らなかったけどね」
里奈の場合、俺たちよりも除霊師としての経験が浅いので仕方がないのか。
「(ついでに説明しておくと、日本や世界における仏教系除霊師の大物よ。陰陽師系や神道系の除霊一族の大家である安倍一族とは、ほどよい緊張関係ね)」
追加で涼子が教えてくれた情報によると、この髪を切っていない坊さんっぽい人は、除霊師でも数が多いお坊さん系の人たちを纏める立場にあるそうだ。
神職と坊さんは、日本における除霊師業界の二大勢力であった。
仏教系の除霊師たちは、それ以外の安倍一族を始めとする除霊師一族とは、対立関係とまではいかないが、決して友好的とも言えない関係にあるらしい。
同じ除霊師として協力はし合うが、決して慣れ合うことはしないわけだ。
「それで、涼子は緊張していると」
「難しい関係なのよ。安倍一族と岩笑様との関係は」
「敵対してしまっては除霊という目的が達せられず本末転倒。ただ、変に馴れ合うと除霊師たちが腐敗して衰退が酷くなるのでな。そうでなくても、除霊師は代を経るごとに力を落としている」
その問題は百数十年前から言われていて、だからお札の品質管理や量産体制を協会が進めていたという事情もあった。
除霊師本人の霊力が落ちている以上、それを増幅するお札の重要性が増したからだ。
「拙僧を含む仏教系の除霊師たちは、安倍一族に私的な恨みや嫉妬などは抱いておらぬよ。ただ、将来の除霊師たちのために苦言を呈することはある。なあ、安倍一族の清水涼子殿よ」
「はい、それは理解しています」
涼子は、どうして会長から呼び出されたのか気がついたようだ。
高額のお札を買い占めて低級の悪霊のみを除霊して数のみの功績を稼ぎ、多くの除霊師たちに迷惑をかけている岩谷彦摩呂の件であろうと。
「岩谷彦摩呂については、私が注意したいところですけど……」
「無駄だと思うがな。あの自信過剰で自分を天才だと思っているアホになにを言っても聞く耳持たないであろう。現当主と長老会に苦情を言っても、糠に釘なのも困るがな」
「あの方たちは……」
本当なら、現当主と長老会が岩谷彦摩呂に注意すべきなのに、それができないばかりか、若手除霊師たちの反抗で一族の結束ですら怪しい状況になってきたからな。
会長に現状を指摘され、涼子は呆れた表情を浮かべていた。
「安倍一族の者として、現当主たちの怠慢についても他人事かね?」
「それは……」
「他人事だろう。今の涼子は竜神会に所属しているのだから。それに、現当主や長老会が若手除霊師である涼子の忠告など受け入れるわけがない」
「裕君」
年寄りなんて、みんな自分が一番正しく賢いと思っていて、自分たちがいないと組織なり会社が潰れると本気で思っている奴が多い。
だからなかなか引退しないし、実際に今の安倍一族における一番の戦犯は、岩谷彦摩呂と彼を支持する若手除霊師たちに反抗され、組織の和が崩れるからと放置している現当主と長老会なのだから。
ここぞという時に決断し、暴走する下を抑えるか処分できないトップなど、必要ないどころか害悪でしかないのだから。
「安倍一族に文句があるんなら、自分で言えばいいのに。会長なんだから」
「広瀬君!」
支部長のおっさんが、会長に対し失礼な発言をするなと、俺に強く注意してきた。
とはいえ、この程度の除霊師に叱られてもビビれないな。
「まがりなりにも会長なんだから、その権限を使って安倍一族の連中に言ってやればいいだろう。下っ端に愚痴を零すなんて、ただの弱い者いじめで責任者としては無能の証だな」
「広瀬! いい加減に! ……ひいっ!」
「俺は間違ったことは言っていない」
若手除霊師を呼び出し、自分たちの無能を棚に上げ、言いがかりをつけて憂さを晴らす。
そんなクソ上層部など必要ない。
そんな上がいると、命がけの除霊師業では命にかかわることもある。
文句くらい言っても構わないであろう。
少し脅すつもりで、霊力を解放して霊圧を高めてみたのだが、支部長は除霊師として現場が遠くなってるせいか、先日安倍清明の威圧に腰が抜けた涼子のようになってしまった。
管理職だから仕方がないのだが、普段若手除霊師の弱体化を口にしている割には、自分は鍛錬していないという矛盾が判明した瞬間であった。
一方、会長はさすがというべきか。
特に動揺した様子は見せない。
「口が過ぎたようだ。すまないな、涼子殿。今日の拙僧は、あくまでも日本除霊師協会会長としてここに来ていることだけは先に言っておく。とにかくお札が足りないのだ。高額のお札もそうだが、安いお札もとにかく足りなくてな」
「それで、あの人だかりですか?」
「近隣支部に所属している除霊師たちも、みんな戸高支部に集まっているのだ。ここには、お札がある……あったからな」
「ここにだけですか?」
「忘れたのか? お主が書いたお札があったであろう」
「ああっ! そうだった!」
紙がチラシの裏で、筆ペン書きで字も汚いので全然売れていなかったから在庫補充の要請も来ず、俺はすっかり忘れていたのだ。
あのお札が売れているのか。
「まあ、確かに見た目には問題ありだが、問題なのは見た目だけで品質はかなりものだ。仕方なしに使ってみたら思わぬ高品質ぶりだったので、除霊師たちがこぞって購入しておる」
その噂が除霊師たちに広がり、こぞって購入してしまった結果、見事売り切れてしまったわけか。
自分で言うのもなんだが、あのお札が売り切れ……お小遣いが増えるぜ!
「裕ちゃんのお札、見た目以外は完璧だものね」
「朱印以外、字が読めないお札って凄いけどね」
「それを言わないでくれ」
久美子、里奈、男子高校生は傷つきやすいんだ。
「会長、不思議なのはどうして安いお札まで売り切れているのですか? 安いお札では、悪霊の除霊は難しいと思いますけど……」
涼子が不思議に思う理由は俺にもわかる。
この世の大半の除霊師がC級止まりで、彼らは安いお札で一日~数日で一件の怨体を浄化するのが精一杯だ。
お札を使うには、最低限必要な霊力量というものがあり、C級の除霊師だと霊力が低いので、そう沢山の怨体を浄化できなかった。
そのため、安いお札が売り切れるというのは不思議な現象なのだ。
時間をかけずに書けるお札は、高額のお札よりも沢山定期的に入荷するのが普通だからであった。
「岩谷彦摩呂たちは、高額のお札のみを買い占めていると聞いたけどな」
高額のお札であり得ないほど低級の悪霊を狩りまくり、実績を水増ししているので、岩谷彦摩呂が怨体用の安いお札を買い占める理由が思いつかなかった。
「それが、奴が『霊銃(れいじゅう)』を手に入れたところから話が変わったのだ」
「「「「霊銃?」」」」
「簡単な銃みたいな仕組みの霊器で、実はかなり最近になって作られた。それでも、明治時代の作だがな」
霊銃とは、まるでお札をマシンガンのように悪霊に飛ばす霊器なのだそうだ。
しかも、お札を使う時に消費する霊力は、一度に飛ばすお札一枚分だけの霊力で済むそうだ。
最安値のお札を一度に千枚飛ばしても、消費する霊力はその安いお札一枚分だけで済む。
そんな便利な霊器があったのか……。
「この霊器があれば、C級除霊師でも低級の悪霊を除霊できる。ただ、その代わりお札を沢山使うわけだ」
一度に数百枚、場合によっては数千枚のお札を一回の除霊に使ってしまう。
かなりコストパフォーマンスに劣る霊器なわけだが、使用する霊力に関してはコスパは最強だ。
岩谷彦摩呂は自分を支持する若手除霊師たちにこの霊器を使わせ、次々とB級除霊師に昇格させているのだと、会長は説明してくれた。
「そのしわ寄せで、今度は安いお札も不足なのか……」
「湯水の如くお札を無駄遣いしておるよ。岩谷彦摩呂という熱病に犯されている者たちが」
一番多いC級除霊師たちが、やはり一番多い低位の怨体を浄化できなければ、これは一般社会に多大な影響が出てしまう。
またも岩谷彦摩呂は、『僕の考えたクレバーな作戦』で迷惑をかけているわけか。
「高額のお札の買い占めも今までどおりで、中級クラスの悪霊の除霊にも影響が出ておる」
トップクラスの除霊師たちが、高額のお札を使い、命がけで行うのが、中級レベルの悪霊の除霊だ。
それが、岩谷彦摩呂が功績稼ぎのために、安全だからという理由で、高額のお札を低級の悪霊に使用してしまった。
当然、トップクラスの除霊師たちによる中級レベルの悪霊の除霊に影響が出て当然というわけだ。
「他にも、除霊師ではないが愚か者がいたな。戸高高志という、典型的な親の七光りのバカ息子であるが。ああ、お主たちは知っておったな」
戸高高志?
あのアホが、またなにかしたというのか?
「あのアホ、お札の転売を始めてな。奴が言うところの『新しい商売』らしいがな」
「会長、お札の転売は禁止なのでは?」
数に限りがあるお札は、その気になれば、簡単に転売等で儲けられる商品になってしまう。
そのため、もし除霊師が営利目的で転売した場合、大きな罰則が与えられることになっていた。
「日本除霊師協会の古臭い規則の裏をかいた方法でな。C級除霊師で金に困っている奴らを使ったようだ」
そいつらにお札を購入させ、それを『除霊師』ではない戸高高志がトップである戸高不動産が、他の除霊師たちに転売していた。
ちょうどお札が不足している時だったので、利益率が落ちてもお札を手に入れたいと、言い値で購入してしまった除霊師たちが多かったという。
事情を話す会長の表情はかなり渋いものとなっていた。
気持ちはわかる。
確かに今の日本除霊師協会の規則だと、戸高高志の指示でお札を買い集めた除霊師が罰せられても、戸高高志本人を罰するのは難しかったからだ。
協会の規則は、あくまでも協会に所属する除霊師や職員にしか適用されない。
つまり、除霊師でも協会員でもない戸高高志を処罰する根拠がないというわけだ。
なにしろ、協会の規則は法律ではないのだから。
「戸高高志は罰せられないけど、戸高高臣は困るだろうな」
「だから拙僧が、奴に苦情を言っておいた。あ奴も自分の息子がそんなことをしているとは知らなかったようで、慌ててすぐにやめさせたがな」
確かに、除霊師ではない戸高高志がお札の転売をしても、彼が日本除霊師協会から罰せられることがないが、普通のそれなりの財力や地位を持つ人はそんなことをしない。
なぜなら、もし自分が怨体や悪霊のせいで被害を受けた時、そんな奴に手を貸す除霊師など一人もいないからだ。
もしいたとしても、そんな除霊師は日本除霊師協会のコントロール下にいないので、詐欺を疑った方がいいであろう。
脱法でお札の転売はできても、普通は儲けよりも損失の方が大きいので誰もやらない。
それをやってしまう戸高高志という男は、やはり本物のバカというわけだ。
「父親の方は大慌てだったでしょうね。彼ほどの成功者だと、抱えている土地や物件も多いでしょうし」
涼子の言うとおりであろう。
このまま戸高高志の『僕の考えた、お札を右から左に流すだけで儲かる商売』を黙認していると、父親である戸高高臣の事業が上手く行かなくなってしまうかもしれない。
上に上がるのに、除霊師を敵に回すこと以上の悪手はないのだから。
そこで、すぐ息子にお札の転売をやめさせたそうだ。
彼も、バカな息子のせいで色々と大変なようだ。
「奴の唯一の欠点だからな。バカ息子に甘いのは。そちらはやめさせ、岩谷彦摩呂の方もお札の購入点数に制限をつけた。場当たり的な方法だが仕方あるまい」
協会の規則を変えるには時間がかかるので、まずは通達でなんとかしておいた。
そんなところであろう。
「それで、会長は俺たちを呼び寄せて、なにか用事なのか?」
安倍一族だからという理由で、涼子にも現当主たちの失態に責任がある風に言ってみたり、岩谷彦摩呂と戸高高志のバカさ加減に文句を言ったり。
俺たちは、年寄りの愚痴なんて聞いて、無駄な時間を潰したくないんだが。
「お札の量産を頼みたい。このところ書いていなかったと聞くが」
「だって、売れないから」
俺のお札、品質はお墨付きなんだが、見た目に問題があって売れなかったからな。
不要な在庫を増やしても仕方がないので、暫くは自分たち用以外のお札を書いていなかったのだ。
「それは、チラシの裏に書けばな。もう少しなんとかならんのか」
「だって、別にそれで威力が落ちるわけではないから」
筆ペンと朱印のインク代以外、経費もかからずお札が書けるのだから、別にいいような気がする。
朱印も、神社の御朱印用のやつだしな。
必要もないことにコストをかけていられないのだから。
「偽物対策という事情もある。せめて半紙に書け」
「わかりました」
自分たち用のやつはこれまでどおり、チラシの裏に筆ペンでいいか。
「それにしても……」
「それにしても、なにかな?」
「お札を見て本物か偽物か、その大体の効力がわからない除霊師なんて、と思った」
それを見極められるのが除霊師だと思うんだけどなぁ……。
贅沢な望みなのかな?
「B級の三分の二、C級の八割がお札が本物か偽物かわからない。これが今の除霊師の現状なのだ。批判されつつも、日本除霊師協会がお札販売を独占しなければ、偽物のお札で除霊を試みて死ぬ奴が出てくる。古い除霊師一族の組織化、資金力強化、除霊に使用する器具の充実。色々とやっておるが、肝心の霊器の製造を復活できた除霊師は非常に少なく、今会長職などしていると、貧乏クジだと思うしかない」
向こうの世界だと、ある程度実力があれば、大半の死霊やアンデッドと戦っている連中はお札の真贋くらいは簡単に見分けられた。
ところがこちらの世界では、世界的な流れで徐々に除霊師の実力が落ちているという。
大変なのは理解できたが、せめて岩谷彦摩呂や戸高高志のような足を引っ張る連中はなんとかした方がいいと思う。
「ある程度お札の在庫が貯まるまで、協会に納める管理費はゼロにする。とにかくお札を、それも安いお札から書いてほしい」
「できる限りやるけどね」
「できる限り頼む」
会長からお札作製の依頼を受けた俺は、それからすぐに、久美子たちと共に協会をあとにするのであった。
それにしても、お札の真贋を見分けられない除霊師ってどうなんだろう?
この世界、大丈夫か?
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