第48話 旧戸高霊園
「『旧戸高霊園』とは、いわゆる忘れられた墓地だ。管理していた寺の住職が逃げたのでなにがあったのか詳細は不明だが、とにかく墓地で眠っていた霊たちを怒らせて悪霊化させてしまった結果、多くの悪霊と怨体が蠢く危険な場所となり、その初期には除霊を試みた除霊師に数名の犠牲者が出たと聞く」
「なるほど。そのあとは? 裕ちゃん」
「そんな墓地はないんですよここ、的なことになった」
それ以降、除霊を試みる除霊師は一人も現れず、こうして立ち入り禁止となっていた。
当然ゼロ物件扱いであり、この墓地に墓を持っている人たちは、ここの隣にある『新戸高霊園』に墓を移転させたそうだ。
遺骨の回収は危険なためできなかったので、新しい墓地には遺骨が入っていないと説明を受けた。
それに不満を持った墓地の所有者たちが勝手に旧戸高霊園に入り、悪霊たちに殺されてしまったのは悲劇というか、ちゃんと注意を聞かなかったから愚かというべきか。
でも、素人さんの悪霊への認識なんてこんなものなんだよな。
霊を信じていない人たちからすれば、いきなり墓地を立ち入り禁止にされ、遺骨もない新しい墓地をこれからお参りしろと言われて怒ったのであろう。
気持ちはわかるが、それで悪霊に殺されてしまったら意味がないわけだが。
「うわぁ、もの凄い数の怨体だね」
「碌に供養されていないからな」
里奈は、今にも旧戸高霊園の敷地からはみ出しそうになっている怨体たちを見てドン引きしていた。
悪霊の園となってしまい、誰もお参りや供養に来なかったせいで力を増した悪霊たちが定期的に怨体を生み出していく。
当然敷地からはみ出してしまうのだが、これを定期的に除霊師たちが押さえていたわけだ。
完全な除霊が行われなかったのは、とにかく悪霊が多いことと、
この墓地の所有権が住職が逃げ出した寺にあったのだが、その宗派の本部が無責任にも墓地を放置していたからであった。
実は、はみ出した怨体の駆除も戸高市が税金で費用を負担していたのだ。
「無責任なお寺だね」
「その宗派には除霊師なんてほとんどいないし、その質はお察しなのよ。悪霊を自分たちで除霊できないなんて、お坊さんとして評価が下がるばかりなので決して認められず、かといって除霊師を雇うお金も出さず、それでついにある方法に出たわけ」
「ある方法?」
「戸高市に、この旧戸高霊園を物納したわけ。まあ、その前に色々と税金の滞納とかがあって追いつめられていたそうだけど……」
人はカスミを食べて生きていくわけにいかず、お寺さんも大変なんだな。
それに、除霊師にはお坊さんや神職の人の割合が多めというだけで、別に全員が霊が見れたり除霊師ってわけではないからな。
きっとその宗派の人たちも、『お坊さんなんだから除霊できて当たり前だ』と言われて困ったのであろう。
無責任にも墓地を放置したので、それ以上は同情できないけど。
「それで、菅木議員が戸高市と裏でコソコソ話し合って今回の除霊を決めたわけね」
それが事実なのだろうけど、久美子も菅木の爺さんに言うようになったな。
「除霊費用は無料、その代わりこの旧戸高霊園は竜神会に譲渡される。旧戸高霊園には新規に売り出そうとした新区画もあるので、これを竜神会が運営すれば利益が出るってわけか」
寺と神社が墓地を運営しているケースは非常に多い。
竜神会もそれに乗り出したというわけだ。
神社が墓地を運営すると神道式の埋葬しかできないので困りそうな気もするが、そこは宗派不問にして始めるらしい。
あと、旧戸高霊園にある遺骨は、新戸高霊園の方に移される予定であった。
悪霊のせいで遺骨を放置したままだった遺族たちの期待を考えると、この除霊は失敗できないわけだ。
「油断しなければ大丈夫だろう」
旧戸高霊園の場合、悪霊も怨体もほとんど低級しかいなかった。
どちらかというと、その数の多さが除霊を困難にしている事例というわけだ。
「でも、他の除霊師たちも参加すればいいのに」
とにかく悪霊の数が多いから、除霊師は沢山いた方が有利な気がするんだよなぁ。
そこのところはどうなっているんだろう?
「それなんだけど、ちょっと今、全国でお札不足なのよ」
「お札不足?」
「裕君や私たちは、お札がなくても低級の悪霊くらいなら簡単に除霊できるし、お札も裕君が書けるでしょう?」
最悪、チラシ裏に筆ペンのお札でも、中級の悪霊くらいまでなら対処できるからな。
久美子の治癒魔法、涼子の髪穴も同じくらいの威力があるわけだし。
「他の除霊師たちはそうはいかないのよ。お札ナシでは低級の怨体すら退治できない除霊師が大半なわけね」
俺たちは悪霊をたおし除霊すると経験値が入り、レベルアップして霊力等のステータスが効率よく上がる。
他の除霊師たちは経験値が入ってもレベルが上がらず、苦労して鍛練や悪霊退治を行ってようやくちょっと霊力やステータスの数字が上がるのみ。
完全に別の成長システムをそれぞれが持っているのに、同じRPGゲームをしているようなものだから当然か。
とはいえ、俺がそれを他の除霊師に教えたとしてもな。
彼らが俺に好意を抱いて、ステータスが表示されるとも思わない。
さらに、そんな沢山の除霊師たちをパーティに入れて面倒見るなんて嫌だ。
「そんなわけで、ショボい力量しかない除霊師たちが功績をあげるには、高額なお札を多用するという方法があるの。ある除霊師が、今有り余る金に飽かせて高額のお札を買い占めているそうよ」
「岩谷彦摩呂か……」
「ええ……」
彼は、安倍一族上層部のせいでますます自分がもの凄い除霊師で、次の当主に相応しい人物だと勘違いしてしまったからな。
功績稼ぎに必死で、高額のお札を買い占めており、他の除霊師たちに迷惑をかけているようだ。
「よくそんなお金があるな」
「彼の実家は超のつく大金持ちよ。年に数十億円分高額のお札を買い占めても、『節税』で済んでしまうほどの」
岩谷彦摩呂の実家は、あの戸高高臣に匹敵する大金持ちだそうだ。
そんな彼なので、大赤字でも多くの除霊をこなして功績を稼いでいる最中だそうだ。
多少の赤字くらいでは彼の実家の節税にしかならず、ますます岩谷彦摩呂はお札の買い占めに邁進しているそうだ。
「低級の悪霊に、二千万円のお札を平気で使うって聞いたわ」
「それは、贅沢というか、安全係数を多めに取り過ぎているというか……」
この前の事件で霊力が上がったはずなので、実際に数字で見たわけじゃないけど、数十万円のお札でも大丈夫そうな気がする。
どれだけチキンというか、安倍一族の当主になるまでは安全を最優先なんだろうな。
その点が、あのアホな戸高高志とは違うところか。
「当然、他の実力のある除霊師たちからは総スカンよ。高額のお札って、そう簡単に書けないのだから」
高額のお札がどうして高額なのかというと、材料は今さらだが、とにかく書くのに時間がかかるからであった。
そのため、岩谷彦摩呂が低級の悪霊を除霊するのに高額のお札を買い占めてしまうと、他の除霊師たちにも影響が出てしまう。
この世界の凄腕除霊師でも、お札ナシでは中級の悪霊すら除霊できないのが今の現実なのだから。
「この世界でトップクラスの除霊師たちが、高額のお札を用いてようやく除霊できるレベルの悪霊の除霊に影響が出ているわけか」
「高額のお札があっても命がけの除霊なのに、岩谷彦摩呂がお札を買い占めてしまうから」
「あれ? 安倍一族のお札書きがいるって前に聞いたけど」
「岩谷彦摩呂の小狡いところは、安倍一族で内製したお札はちゃんと安倍一族の除霊師たちに回しているところね」
安倍一族の、特に力量が低い若手除霊師たちの除霊に影響が出てしまえば、岩谷彦摩呂も批判を逃れない。
ところが、外部のお札書きが書いたお札を札束で買い叩いているので、安倍一族の除霊師たちにはほとんど影響が出ていないわけだ。
「でもそれって、お札書きを囲い込んでいる除霊師一族以外の独立系除霊師たちには兵糧攻めみたいなものだよね?」
「そうね、おかげで現在の安倍一族当主と長老会の評価は最悪よ」
涼子は自分の知る事情と共に、久美子の疑問に答えた。
岩谷彦摩呂からすれば、自分は安倍一族の次期当主を目指しているのであるから、安倍一族の除霊師たちに嫌われなければ大丈夫と考える。
安倍一族以外の除霊師たちのヘイトは現当主と長老会に向かうわけで、それすら自分の次期当主就任には有利になるというわけだ。
「長い目で見たら、安倍一族の自殺行為よね」
「なぜかそういう部分が欠けているのが、岩谷彦摩呂なのでしょうね」
「大変ね。その昔、涼子が尊敬していた男の化けの皮が剥がれて」
里奈は、笑顔のままで涼子に皮肉をぶつけた。
そうは言うけど、岩谷彦摩呂の容姿と学歴のよさ、他の除霊師たちの迷惑も考えず非効率ではあるが、多くの除霊をこなしているという表面上の実績により、彼を支持する安倍一族の除霊師は意外と多いと思われる。
きっと、こういう人が上に立つと、あとで色々と問題が発生するんだろうな。
「私も子供だったわけね。きっと、裕君のような本物の男を知ってしまったから、岩谷彦摩呂が金メッキであることに気がついたわけよ」
「知ったって……ただ知り合いなだけでしょう」
「葛山さんもそうじゃないの?」
「はい、除霊に入ります」
これ以上言い争いをさせておくと時間の無駄なので、俺たちは旧戸高霊園の除霊を開始することにした。
つまり、お札不足でここに除霊に来れる他の除霊師は一人もいないのだから。
「あっ、そうだ! 私、新しい歌を試したいんだ。久美子と合同で行けると思う」
「久美子と?」
歌と治癒魔法の組み合わせか……。
確かに、それができれば大したものだと思う。
それにしても、一人でそれに気がつくなんて、里奈は除霊師としても天才肌なのかもしれないな。
「裕ちゃん、どういうこと?」
「治癒魔法の効果を歌に乗せるのさ」
向こうの世界でも、そういう歌というか魔法というか、特技を使える人はいた。
歌声に治癒魔法を乗せ、広範囲の味方の治療を行い、同じく死霊とアンデッドを弱らせたり退治したりしてしまうのだ。
踊りでもできるのだが、踊りの場合、それを見なければいけないので効果範囲は歌に劣ってしまう。
歌の場合、歌い手の力量で効果範囲が大きく違うのもポイントだな。
元トップアイドル歌手で、神の歌い手の特技がある里奈には非常に相性のいい特技・魔法であった。
「久美子の治癒魔法はかなりのものだから、これを私の歌に乗せて旧戸高霊園全体を先に攻撃するわ」
「怨体の大半は浄化されるだろうし、悪霊も大分弱るだろうな」
旧戸高霊園はかなり広いので、全域に歌が届くかどうかはわからないけど。
「裕、誰にそんなことを言っているのかしら? 私もかなりレベルが上がったし、神の歌い手を舐めてもらっては困るわ」
「里奈もこれまでの除霊で大分レベルは上がったのか……」
念のため、俺は里奈のステータスを確認してみる。
葛山里奈(神の歌い手、踊り手)
レベル:186
HP:1870
霊力:2240
力:168
素早さ:197
体力:203
知力:174
運:122
その他:神に捧げる歌、踊り
里奈も色々とあったので、結構レベルが上がっているな。
他の除霊師に比べればまだ経験不足なのだけど、レベルアップの恩恵がある意味凄すぎる。
ステータスの数値だけなら、俺たち四人がそのままこの世界の除霊師トップ4であろう。
向こうの世界だったら、久美子たちもようやく中堅入り口くらいなのだけど。
それに、この世界にも除霊師ではないけど厄介な神や霊的な存在というのも多い。
ステータスの数字など関係ない特技や強さを持つ者もいるはず。
現に、岩谷彦摩呂と戸高高志は、なにかあるんじゃないかと思うほど悪運が強いからな。
運の数値が一万くらいあったりして。
「俺たちはどうかな?」
念のため、俺たちのレベルとステータスも確認してみる。
清水涼子(除霊師)
レベル:237
HP:2480
霊力:2680
力:257
素早さ:280
体力:273
知力:297
運:246
その他:槍術、★★★
相川久美子(巫女)
レベル:228
HP:2420
霊力:2630
力:231
素早さ:235
体力:230
知力:389
運:487
その他:中級治癒魔法
広瀬裕|(パラディン)
レベル:806
HP:9002
霊力:26380
力:1263
素早さ:987
体力:1580
知力:754
運:1145
その他:刀術、聖騎士
高城弥之助を除霊した経験値が意外と多かったのかな?
俺も、思っていたよりもレベルが上がっていた。
とはいえ、現状でこの数字に意味があるのかという疑問もなくはない。
将来、安倍一族がしでかして衰退するかもしれないから、俺たちが強くなっていて損はないであろう。
竜神会は、安倍一族ほど社会に貢献しないと思うけど。
だって面倒だから。
聖域の解放と守護の仕事があるので、地元密着型でいかないと。
「じゃあ、始めてくれ」
「わかった、裕ちゃん」
「わかったわ。あっ、今思ったんだけど、裕の方が威力のある治癒魔法を使えるから、裕とコラボした方がいいかも」
「はい残念ね。私と裕君が弱った悪霊の後始末をするんだから、裕君の霊力は無駄遣いできないわよ」
里奈の提案は、即座に涼子によって却下された。
現状、久美子と里奈は武器を扱えないので、多数の悪霊が跳梁跋扈する旧戸高霊園内に入るのは危険だ。
そこで、二人による『浄化の歌』が終わったら、俺と涼子が突入して残った悪霊たちを掃討する作戦になっていた。
「涼子、狂暴だから一人でも大丈夫そうね」
「言ってなさい。除霊は命がけだから、できる限り安全を確保しなければ駄目なのよ」
これは向こうの世界でも同じだったが、さすがに死者を生き返らせる方法はなかったので、よほど状況が切迫していなければ無謀な行動は取らない方がいい。
岩谷彦摩呂については、さすがに安全係数を取りすぎだと思ったけど。
結果的に、他の除霊師たちの危険度も上げているのだから。
「残念、今度裕と一緒にやりたいわね。じゃあ、いくわよ」
「任せて、里奈ちゃん」
里奈が歌い始めると、同時に久美子も最大出力で治癒魔法を唱え始めた。
すると、久美子の体から出てきた青白い治癒魔法の光が、まるで里奈の歌声から出ている音波に乗っているかのように旧戸高霊園の敷地内に向かい、拡散していく。
そして、視界に入っている怨体から次々と消え去っていった。
「凄いわね。全滅させられないかしら?」
「無理だな」
敷地の奥にいると思われる悪霊たちは、この威力の治癒魔法では消えないはずだ。
かなり弱るとは思うけど。
それでも、怨体はよほど特殊なものでなければ生き残れないレベルの治癒魔法なので、残敵掃討は大分楽になるであろう。
「ちょっと、裕。ちゃんと旧戸高霊園全域まで歌声を届かせた私を褒めなさいよ」
「裕ちゃん、私の威力が上がった治癒魔法もね」
「本当に大したものだ」
これまで、懸命に除霊師として活動してきたからであろう。
少なくとも高額お札ロンダリングをしている岩谷彦摩呂よりは圧倒的に評価できた。
彼が酷すぎて、比べるまでもないという意見もあるけど。
「そして、あとは私と裕君で悪霊を蹴散らすわよ」
「裕ちゃん、気をつけてね」
「裕、油断しないように」
「あーーーはいはい、私はどうでもいいってわけね。いいわよ、裕君と仲良く除霊するから」
俺と涼子は、久美子と里奈の見送りを受けながら、一気に悪霊たちのいる旧戸高霊園の敷地内に突入するのであった。
「弱っているようね。あの歌と治癒魔法のコンボは凄いけどね」
「ああいうのは、そう真似できるものじゃないからな」
マイクなどに頼らず、治癒魔法を乗せた歌声を旧戸高霊園全域まで響き渡らせた里奈は凄いと思う。
元々プロのアイドル歌手で歌は上手だったけど、レベルアップと特技の恩恵で究極の美声を手に入れたようだ。
久美子も、もう上級治癒魔法なのではないかという威力の治癒魔法を長時間使っていた。
あのレベルの治癒魔法を使える人は、少なくともこの世界では俺くらいであろう。
敷地内の悪霊たちは、みんなかなり薄くなっていた。
治癒魔法のダメージが深刻なのだ。
それでも、怨体と違って消滅していないのはさすがというべきか。
「裕君、次は私たちの番よ」
「そうだな」
それぞれ武器を構えた俺と涼子は、悪霊たちの中に飛び込んだ。
お互いに背中の死角をカバーし合いながら、俺は神刀ヤクモと霊刀宗晴の二刀流で、涼子は髪穴を豪快に振り回して悪霊たちを狩っていく。
その速度は、涼子の腕前が劇的に上がったため、今までにないスピードで悪霊たちを次々と狩っていった。
「裕君に背中を預けて戦う。私は勝ち組よ」
「えっ? なにか言った?」
「ううん、なんでも。さあ、最後まで気を抜かずに行きましょう」
すでに一番数が多い怨体は全滅しており、悪霊たちもダメージで動きもパワーも弱っていたため、俺と涼子は十分ほどで悪霊の殲滅に成功し、無事旧戸高霊園は解放されたのであった。
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