第26話 安倍一族若手研修会
「はあ……面倒ね。行きたくないわ」
「どうしたの? 涼子さん。変なため息をついて」
「聞いて、裕君」
「こらぁ! 話を聞いてもらうだけなのに裕ちゃんと手を繋ぐな!」
金曜日の夜、涼子さんがため息をついていたので俺はその理由を尋ねた。
美少女が悩んでいたらつい相談に乗ってしまうのは、これは男性の本能ではなかろうか。
これを無視するのは、なかなか難しいと思う。
聞いてみるくらいしないと、自分が冷たい人になってしまったかのような気分に陥るからだ。
その時、涼子さんが俺の手を握ってきたので、久美子が急ぎ振りほどいてしまったのは少し残念であった。
「それで清水さん、どんなことで悩んでいるのかしら?」
「相川さんに話してもねぇ……」
「あんた、そのうち絶対に罰が当たるからね!」
「そうかしら?」
「きっと神様が……」
「いや、我らは罰など当てぬぞ」
「理由がないのでな」
残念ながら、実家の居間で煎餅を齧りながらテレビを見ていた竜神様たちは、そんな面倒なことはしないと言わんばかりの態度を見せた。
「我らは忙しいのでな」
「忙しい?」
俺には、ただ煎餅を齧りながらお茶を飲み、テレビを見ているようにしか思えないけど。
そういう風に見せかけて、実はなにか色々と神様らしいことをしている……ようには見えないな。
「裕は、物事を表面上からしか捉えない奴だな」
「赤竜神の言うとおりだ。だからいまだに童貞なのだ」
「左様、だから童貞なのだ」
「それは関係ないだろうが!」
俺が童貞だったとして、竜神様たちになんの不都合があるって言うんだ!
いくら神様でも、そのうちキレるぞ!
「聖地を守る跡継ぎがいない」
「それでは困る。反論は?」
「ないです……」
竜神様たちの正論に、俺はなにも言い返せなかった。
「して、涼子さんはなぜ憂鬱なのだ?」
「赤竜神様、実は明日からの週末、安倍一族に関係ある若手除霊師による研修会があるのです」
涼子さんによると、歴史も規模も日本一である安倍一族に所属するか懇意にしている若手除霊師たちによる研修会が明日開かれるそうで、それに涼子さんは参加しなければいけないのだそうだ。
「お札代、勿体ないわ」
「問題はそこ?」
涼子さんが研修会に出たくないあんまりな理由を聞き、久美子は心の底から呆れていた。
「勿論それだけじゃないけど。裕君のお札は使えないのよ」
「研修でお札なんて使うの?」
「当然、研修の締めで『安蘇人大古墳(あそじんだいこふん)』の浄化があるのよ」
「あそこで浄化するんだ。キリないのにね」
「経験積むのと、あそこは定期的に浄化しないとすぐに怨体が溢れてくるから。安倍一族が怨体の間引きを引き受けているのよ」
涼子さんが俺が書いた札を使えないのは、俺が日本除霊師協会から正式にお札を書く許可を貰っていないからだ。
この世界の除霊師は霊力が低いので、霊力を増強するお札は浄化と除霊に必須であった。
このお札が粗悪品で除霊師が死ぬ事故が多数発生した過去の教訓から、正式なお札は日本除霊師協会でしか販売されていなかったのだ。
自分で書いたお札を自分で使ってはいけないというルールはないが、他人に譲渡した結果、そのお札のせいで除霊師が死ぬと責任問題になってしまう。
それと、俺が書くお札の存在は日本除霊師協会の知るところとなっていたが、まず俺が正式にお札を書ける許可が貰えるまで時間がかかる。
次に、俺のお札は広告の裏に筆ペンで書いても高威力である。
俺のお札の偽物が出回ると困るので、涼子さんは俺と一緒の時はいいが、俺がいない時は日本除霊師協会公認のお札を購入しなければいけない。
俺と除霊していれば無料のお札代が、研修ではお札を購入しなければいけないわけだ。
「髪穴だけ使えばいいのでは?」
「勿論できる限りそうするけど、やっぱり備えは必要で、他に参加する除霊師たちの手前、お札くらい持っていないと」
今の涼子さんはレベルも上がり、怨体の浄化で不覚を取ることもないと思うが、備えあれば憂いなしか。
噂に聞く、安蘇人大古墳だからな。
とても古い古墳で、大和朝廷に討伐された豪族一族の墓と言われているが、定期的に怨体が湧き出してくると聞いたことがある。
埋葬されている豪族一族が悪霊化して古墳の奥深くに篭っていて、さらにこの古墳はあまりいい土地に建っていないと聞いた。
周辺の悪い空気や負の感情などが古墳に溜り、悪霊たちが怨体を作りやすく、それが外に湧き出てくるというわけだ。
「安倍一族の長老の誰かが退屈な講義という名の昔語りをして、そのあとに『安蘇人大古墳』で浄化を行うわけ」
「無料で?」
「交通費も、お札代も、その他経費も持ち出しだから評判悪いのよね。大昔、安蘇人大古墳の定期浄化を安倍一族が引き受けたのだけど、どういうわけか無料で引き受けてしまったそうで。でも、怨体が湧き出してくるだけだから、若い一族の研修に使うことにしたみたい」
「その研修、役に立つの?」
「立たないわよ。そういう名目で、若い除霊師に面倒で金にならない仕事を押しつけているだけ。経費は持ち出しだから、腕が立つ若手ほど嫌がるわ」
経費持ち出しで怨体を浄化するのなら、他の依頼を受けた方が金になるからな。
安倍一族も、見栄を張ってそんな仕事を安請け合いしなければよかったのに。
「それで清水さんは、土日と安蘇人大古墳へ出かけるわけね」
「ええ」
「じゃあ、私は裕ちゃんと土日ゆっくり過ごすから。幸いにして依頼もないし。清水さんは頑張って」
そう言うと、久美子は俺の腕を取って満面の笑みを浮かべる。
涼子さんというお邪魔虫がいないので、土日は二人きりでゆっくりできると嬉しそうであった。
「随分な挑発ね……そういうことを言っていると、罰が当たるわよ」
「竜神様たちは罰を当てている暇なんてないって、さっき言ったじゃない」
「ああ、それなんだが……」
久美子の発言に赤竜神様が割り込んだ直後、実家の居間にもう一人顔を出した人物がいた。
「裕、相川のお嬢ちゃん。悪いが、明日から安蘇人大古墳に行ってくれないか? 日本除霊師協会からも許可を得たのでな」
「ほら、相川さんに罰が当たった」
「むむむっ……」
どうしてだかは知らないが、俺と久美子も菅木の爺さんの命令で、明日から安蘇人大古墳に仕事で出かけることになったのであった。
「まったく……どうして俺が」
「菅木議員と安蘇人大古墳との関係は?」
「どっちかというと、あの連中との絡みだろう」
電車を乗り継いで一時間ほど。
安蘇人大古墳に到着した俺と久美子であったが、古墳の入り口近くに二十名ほどの団体さんを発見した。
よく見るとその中に涼子さんもいたので、彼らが長老の昔自慢という名の講義を受けた、安倍一族の若手除霊師たちであろう。
年長者でも二十歳を超えるか超えないかなので、確かに若手の集まりではあった。
「現地に到着したのはいいが、俺たちはなにをすれば……「おーーーい! 広瀬君! 相川さん!」」
菅木の爺さんからは現地に向かえとしか言われていないので、さてどうしたものかと思っていると、安倍一族の若手除霊師たちを引率している中年男性から声をかけられた。
同時に、涼子さんたち安倍一族の若手除霊師たちから注目を浴びてしまい、少し恥ずかしい気分であった。
「聞いているよ。臨時で研修に参加することになった在野の除霊師だよね?」
「……ええ……」
実はなにも聞いていなかったので、俺は急ぎスマホで菅木の爺さんに連絡を取った。
一体どういうことなのかと。
『(爺さん、俺は研修になんて参加したくないんだけど。意味もないし)』
今さら俺が、怨体を実際に浄化してみる程度の研修に参加してなんの意味があるのかと。
傍に大勢いるので、小声で問い質したのだ。
『すまんな。ワシは除霊師としては失格だが、優れた除霊師を見分けることは得意だ。同時に、嫌な悪霊の気配のようなものにも敏感なんだ。安蘇人大古墳で近々なにかありそうな気がしてな』
安蘇人大古墳でか?
聞いた話では、定期的に湧き出る怨体以外は、近づかなければ特に害はない場所だと聞いているが。
『それにだ。やはり安倍一族は日本最大の除霊師一族なのでな。たまにはつき合いも必要なのさ。ワシの嫌な予感の結果、安倍一族の若い除霊師たちになにかあれば、ワシらにも影響があるのでな』
菅木の爺さんの『嫌な予感』とは、安蘇人大古墳に籠っているとされている悪霊がなにかしでかす可能性が高いということであろう。
そのせいで研修をしていた安倍一族の若手除霊師たちが死ねば、将来人手が足りなくなった分のしわ寄せが俺たちにくるというわけか。
安倍一族の長老会は、戸高備後守と安倍清明の悪霊を退治したのは俺で、そのあと大人の事情でその功績を譲ってもらったことを誰よりも理解している。
そのため、菅木の爺さんの嫌な予感に疑問を抱かなかったのであろう。
しかし、今この場にいる若手除霊師たちは俺の本当の実力を知らないので、外部からの研修生扱いで参加していることにしたようだ。
長老会としても、若手除霊師たちに真実を話すわけにいかないという事情があり、この場にいる若手除霊師たちは、俺の実力を涼子さん以外は知らなかった。
彼女もそれを口にすれば無用の軋轢があるとわかっているので、静かにしている。
「座学は免除と聞いているから、安蘇人大古墳の浄化実習から参加ってことで。さあ、こちらに」
「はい……戸高市の新人C級除霊師、広瀬裕です」
「同じく新人C級除霊師の相川久美子です」
こういう面倒なことは早く終わらせるに限る。
俺と久美子は、無難に自己紹介をした。
「新人さんかぁ、熱心な人なんだね」
とここで、若手除霊師たちの中でリーダー役をしている若者が俺たちに声をかけてきた。
年齢は二十前後であろう。
さわやかなイケメンで、彼らの中では一番の実力者だと思われる。
どうも俺は、一定以上の好感を得て、その人をパーティに入れないとレベルやステータスが見えないので、彼の詳しい実力はよくわからないのだが。
少なくとも、レベル1時代の涼子さんよりは強いはずだと推測していた。
「広瀬君、相川さん。こっちよ」
「涼子君。お知り合いかな?」
「はい。今私は戸高市で活動しているのですが、二人とは知己の間柄なのです」
「なるほど。その地域に根差した除霊師を目指している人たちなんだね」
この若い除霊師、悪い人ではないと思うのだが、その根底に安倍一族の若手除霊師でも抜き出た実力があるがゆえの自信がその発言に出てくるようだ。
要するに、俺と久美子が戸高市限定の地方除霊師だと言っているのだから。
彼に悪気はないが、俺と久美子が自分を脅かすような実力の持ち主だとは思っていない。
そうなると予想すらしていない。
想像力の欠如もあるが、自分の実力の高さを疑ってもいない証拠というわけだ。
とはいえ、地元で地道に活動しているC級除霊師に敬意を払っていないわけでもないので、深く付き合わなければ問題ないはずだ。
この手の人に俺の実力がバレると、途端にその善意が悪意に変換してしまうかもしれない。
なぜなら彼は、自分の除霊師としての実力に自信があるからだ。
それを壊された結果、彼が今のように善意を保てる保証がないというのは比較的よくある話であった。
「私は、岩谷彦摩呂(いわたに ひこまろ)という者だ。安倍一族の除霊師さ」
安倍一族において、安倍の姓を当主しか名乗れないというのは本当なんだな。
岩谷彦摩呂という青年は、安倍一族にも関わらず岩谷の姓を名乗っているのだから。
「彦摩呂、挨拶はこの辺でいいかな?」
「はい。早速実習に入りましょう」
教官役の中年除霊師に促され、俺たちは安蘇人大古墳での浄化を開始することになった。
「では、三人から四人のチームを作ってください」
「広瀬君、相川さん。一緒にやりましょう」
安蘇人大古墳での浄化を始めるにあたって、まずはチームを作ることになった。
俺と久美子は、すぐに声をかけてきた涼子さんと組むことにする。
他の人たちと組むと、浄化の時に色々と面倒だからだ。
「涼子君はこれからも戸高市で活動するから、地元の除霊師たちと組むわけか」
「はい、これから共同で除霊や浄化をすることもあるでしょうから」
「確かに涼子君の言うとおりだ」
やはり、岩谷彦摩呂という人物は悪い人ではなかった。
俺たちが三人で組む理由を説明すると、すぐに納得できてしまう人なのだから。
同時に、ちょっと甘い部分があるようにも思える。
涼子さんの企みにまったく気がついていないのだから。
基本的に、性善説が根底にある人のようだ。
「チーム分けが終わったら、安蘇人大古墳の地図を受け取ってくれ」
チーム分けが終わると、俺たちは中年男性除霊師から安蘇人大古墳の地図を受け取った。
安蘇人大古墳は、前方後円墳みたいな上空から見ればすぐにわかるような類の古墳ではない。
森林地帯の各所に地下式墓地の入り口があり、そこに入ると古墳を作ったとされる豪族一族の石棺が置かれているという作りだ。
その地下式墓地の奥に、歴代当主の地下墓地への通路があるのだが、奥に入ると多数の怨体や、場合によっては悪霊たちの大群に襲われてしまう。
彼らは地上には出てこない。
増え続ける怨体を放置しておくと、地上にあふれ出る危険があるので、年に一度安倍一族が浄化するというわけだ。
安蘇人大古墳の最深部に入って悪霊を浄化すればこの現象も収まるのであろうが、それを実行できる除霊師たちのあてと、必要経費を考えると割に合わず、安倍一族の若手除霊師たちによる定期的な浄化でお茶を濁しているのであろう。
「チームごとに浄化を担当する地下式墓地入り口に印をつけたので、すべて忘れずに浄化するように」
地下式墓地の入り口は、現在三十カ所ほど確認されている。
一チーム四カ所から五カ所を担当し、一見多く思えるが、入り口から入って最初の石棺が置かれた部屋に溜った怨体を浄化すればいいので、そんなに苦戦はしないらしい。
一ヵ所で、一~二体の怨体しかいないからだそうだ。
在野のC級除霊師なら複数箇所まわれないが、安倍一族の除霊師ならそれほどのことはない。
それでも、やはり向こうの世界と比べてしまうと実力に大きな差がなぁ……と思わなくもなかったけど。
「私たちは、この四ヵ所が担当ね」
「涼子君、安蘇人大古墳での浄化が初めてのメンバーが二人いる。気をつけてくれたまえ」
「わかりました、彦摩呂さん」
とここで、地図を見ている涼子さんに声をかける岩谷彦摩呂氏。
安蘇人大古墳での浄化が初めてである俺たちへの配慮から出た言葉なので、やはり彼は優しい人ではあるのだ。
「それでは、各チームは決められた入り口から入って浄化をしてくれ」
中年男性除霊師の指示により、俺たちは安蘇人大古墳の浄化を始めるのであった。
「岩谷彦摩呂さん、悪い人ではないのよ」
「自分の実力に自信はありそうだけどね」
決められた地下式墓地の入り口に向かう途中、俺と久美子は涼子さんか岩谷彦摩呂氏について話を聞いていた。
「現在はB級で、私よりも若い年齢でB級になった人なの。次の安倍家当主候補に一番近いとされているわ。少なくとも、今の当主が工作している実の息子よりは優れた除霊師ね」
安倍一族若手除霊師のエースというわけか。
涼子さんの父親の不慮の死により、現在長老会から臨時で当主に収まった人物や、彼が次の当主にしようと目論んでいる息子よりは優れた除霊師というわけだ。
「清水さんよりも実力は上なのかしら?」
「以前はね。今は私の方が圧倒的に上よ」
岩谷彦摩呂が……というか、俺たち以外の除霊師はレベルアップできないからな。
この世界の除霊師でも経験値は得られることが実証されたが、レベルアップの恩恵がなく、懸命に鍛練してもそう簡単に霊力や各ステータスが増えない。
以前は涼子さんよりも優れた除霊師であったが、今では完全に実力が逆転してしまったというわけだ。
「正直なところやりにくいのよね。悪いような気がするし……」
「もう岩谷彦摩呂よりも自分が圧倒的に除霊師としては上だから?」
「嫌な人なら気にしないけど、彼はいい人ではあるから」
岩谷彦摩呂は、自分が安倍一族の若手除霊師の中で一番だという自負があるからこそ、他人には優しいのかもしれない。
それが、突然涼子さんに抜かれてしまった場合、どうなるかわからないから彼女は実力を見せたくないのであろう。
下手に除霊師としての実力が上がったことが安倍一族の長老たちにバレてしまうと、散々に利用されてしまうかもしれない。
そういうのが嫌で、涼子さんは俺たちの監視のため、現在は安倍一族と距離を置いている。
それなのに、今回の研修に呼ばれたことが相当不満のようだ。
「でも、この三人だけなら問題ないわね。浄化もすぐに終わるわ」
涼子さんの言ったとおり、俺たちが担当した四カ所の浄化はすぐに終わった。
入り口から石棺がある地下室へと降りると、そこに一体から二体の怨体がいるだけだったので、涼子さんが髪穴を振るって簡単に浄化してしまったのだ。
「こういうことになると知っていたら、事前にお札を購入しなければよかったわ」
もし俺たち以外の除霊師と組んだ場合、正規品のお札を使って見せる必要もあると、事前に日本除霊協会で購入した分が無駄になったと、涼子さんは残念そうな表情を浮かべていた。
「転売したら?」
「お札の転売は禁止よ。裕君、資料にでもする?」
そう言うと、涼子さんは俺に事前購入したお札を渡した。
「裕ちゃん、こういうのって参考になるの?」
「いいや、全然」
俺のお札の書き方は、向こうの世界の理論に従って書かれている。
実は、この世界のお札を見てもそんなに参考にならなかったのだ。
「終わったからいいか」
「でも、菅木議員の懸念が残っているよ」
「そうだったな」
あの爺さん、除霊師としては全然駄目なんだが、優れた除霊師と性質の悪い悪霊を敏感に見分け、その行動を予測する勘に優れていた。
彼が俺と久美子を研修に押し込んだのは、きっと普段は地下式墓地の奥深くにいる悪霊たちがなにかしでかすことに気がついたからなのだ。
「そんなわけで戻れないのか。他の若手除霊師たちは浄化を終えたのかね?」
「まだだと思うわ」
「遅くないか?」
多くても十体もいない怨体を浄化するだけなのに、時間がかかりすぎな気がするのだ。
日本一の除霊師一族のうえ、悪霊を除霊するわけでもないというのに。
「裕君の常識と、この世界の標準的な除霊師とはまったく違うわ」
「そうだよ、裕ちゃん。私たちもつい二ヵ月ほど前までは全然だったじゃない」
「それもそうか」
俺の感覚だと、もう三年以上も昔のことなので忘れていた。
三人から四人チームでも合計五体以上の怨体相手だと、時間がかかって当然か。
「これでも安倍一族の除霊師だから、他よりは早く終わるはずよ」
「全員の浄化が終わったら、これでこの面倒なイベントも終わる……わけないよな……」
突然、石棺がある地下室の奥の通路から、生臭い風が吹いた。
同時に俺たちは、蠢く怨体や悪霊らしきものの気配を察知してしまう。
「菅木の爺さん、勘が当たるのはいいけど、これはちょっと……」
二十カ所以上あると聞いている地下式墓地の奥に繋がるすべての通路から、俺たちが把握している悪霊と怨体の群れが湧き出すとしたら、間違いなく他の除霊師連中は全員殺されてしまうはずだ。
それにしても、さすがは地下奥の詳細がいまだによくわかっていない安蘇人大古墳だけのことはある。
どうやら、とんでもない数の悪霊たちと、それを操る戸高備後守以上の悪霊が鎮座しているのであろう。
「今年になって、どうしてこんなことに?」
毎年、石棺のある地下室に出てきた怨体を浄化するだけの簡単なお仕事のはずが、悪霊軍団との戦いになりそうなのだ。
涼子さんは、運が悪いと思っているのであろう。
「地上に怨体が出てこないよう、はみ出た分だけ浄化する。そういう中途半端なことをしたから、安蘇人大古墳の主を怒らせたんだろうな」
考えようによっては、古墳に入ってくる除霊師たちがいつか安蘇人大古墳の主を除霊するため、毎年強行偵察をしていると思われても不思議ではないからだ。
何年もそういう状態が続いたため、ついに安蘇人大古墳の主は除霊師たちを排除する方針を打ち出したというわけだ。
「悪霊がそういう考え方をするんだ」
「元は人間だから、そういう考えをしても不思議ではない。第一、今にも悪霊たちが湧き出そうとしている」
俺は、久美子に自分の考えを述べた。
問題は、湧き出た悪霊たちが除霊師たちを皆殺しにしたところで止まってくれればいいのだが、古墳の外に出て一般人を襲うと厄介なことになってしまう点にあった。
「この古墳の主は、大和朝廷に滅ぼされた古い豪族一族の墓なんだろう?」
「という説が濃厚ね」
「となると、彼らは安蘇人大古墳の中で力を蓄え、このまま一気に領地を取り戻す。場合にとっては、大和朝廷から領地を奪おうとしているのかも」
豪族一族やその家臣たちの悪霊軍団による、安蘇人大古墳外部への侵略という可能性も否定できないのだ。
「応援を!」
「間に合わないな」
悪霊たちはあと数分もすれば湧き出てくるはずなので、今から応援を呼んでも手遅れだ。
もし応援が来ても、今の安倍一族では手に負えないであろう、というのもあった。
「涼子さんは、安倍一族総出で、ここの悪霊たちに勝てると思う?」
「いいえ、無理ね……」
「ねえ、私たちがここに呼ばれた理由って……」
大方、久美子の予想どおりであろう。
要は、俺たちになんとかしろということだ。
しかも岩谷彦摩呂以下、安倍一族の若手除霊師たちに犠牲を出すわけにいかない。
もし俺たちだけ生き残ったとしたら、あとで確実に安倍一族から恨まれるからだ。
それだけならいいが、彼らが死んで人手が不足した分、穴埋めをさせられたら堪らない。
「菅木の爺さん、あとで覚えてやがれよ!」
こうなったら、全力で安蘇人大古墳の悪霊たちを除霊するしかないな。
しかも、湧き出て来る悪霊たちと、安倍一族の若手除霊師たちが接触するまでにだ。
彼らでは、悪霊の群れに勝てないであろう。
最悪なことに、分散までしているのだから。
「時間がないので説明を省く! 二人とも油断するな!」
そう言うと俺は、急ぎ目を瞑り集中を始めた。
これから大掛かりな広域治癒魔法を使う。
その範囲は、安蘇人大古墳の全域、さらに地下の奥まで。
俺はほぼ霊力を使い果たすはずだが、すぐに霊力回復剤で霊力を回復させ、今度は古墳の最深部を目指す。
広域治癒魔法で生き残った悪霊たちの除霊と、本命は安蘇人大古墳を支配する悪霊の親玉の浄化を行うことだ。
あえてこちらから踏み込むのは、そうすれば悪霊たちが石棺のある地下部屋へと湧き出るのを防げるからだ。
悪霊たちと安倍一族の若手除霊師たちを接触させなければ、彼らが殺される心配もない。
「では、行くぞ!」
集中を終えた俺は、懐から特製のお札を取り出した。
これは書くのにとても手間がかかる、治癒魔法の効果を数百倍にも増やす効果のあるものであった。
向こうの世界では、遠くにいる仲間を治療したり、味方の軍勢と共闘した時に大勢を一斉に治療したり、広範囲のアンデッドたちを一気に屠ったりする時にも使用している。
「消えろ!」
俺がお札を持ったまま地面に両手を突いて一気に魔法を流すと、お札は青白い炎を出して燃え、辺りすべてが青白い光に包まれた。
俺は、治癒魔法の効果範囲をこの古墳の地下へと向けていく。
十数秒後、次々と悪霊たちの気配が消えていく。
広域治癒魔法は無事に成功した。
「第一段階は終わりだ」
ほぼ悪霊の気配がなくなったので、最深部の主以外は除霊されたか、大きく力を落としているはず。
これなら、外に湧き出てくる心配はないはず。
「ふう……」
俺は、『お守り』から取り出した霊力回復薬を取り出すと一気に飲み干し、神刀ヤクモを構えて未知の最深部へと突入する。
久美子と涼子さんも同行し、戦いは安蘇人大古墳の主との決戦へと移行したのであった。
「悪霊はほとんど全滅だけど、稀に生き残っているものがいるわね」
「弱っているはずだよね?」
「油断は禁物よ、相川さん」
「当然」
侵入したのは俺たちが初めてであろう、安蘇人大古墳の最深部であったが、やはりお宝などは存在しないようだ。
最深部へと地下を掘った通路が続き、時おり出現する悪霊を三人で除霊しながら進むが、広域治癒魔法のせいで大分弱っていた。
数分、地下へと下がって行ったであろうか。
ようやく最深部の部屋が見えてきた。
入ると、そこには他の石棺よりも豪華なものが置かれていた。
そして、その横に主と思われる悪霊が立っている。
姿格好からして、高貴な身分の人に見えた。
「ワレ、アソニンオウノハドウヲハバムオロカモノヨ!」
「やっぱり、外に侵攻する予定だったな」
菅木の爺さんの勘は大したものだな。
俺たちは、そのせいで苦労させられているが。
もし悪霊たちが古墳の外に出ていたら、大変なことになるところであった。
「ニクキ、ヤマトチョウテイニハンゲキスルヨテイヲ! ワレラアソニンイチゾクハ、シシテナオアキラメヌ!」
どうやら安蘇人大古墳の主は、長い年月をかけて悪霊軍団を形成し、領地の奪還と大和朝廷に対する逆侵攻を目論んでいたようだ。
悪霊の軍団なら、国力で優勢な大和朝廷に勝てると思ったようだ。
「諦めて成仏しなよ」
「ミブンヒクキモノガナマイキナ!」
そりゃあ、俺は庶民の出だけど……とも言えないのか。
もし高貴な家柄の末裔だとしても、だからなんだという話になるんだが。
「勝負だ!」
「ヨカロウ! イッキウチヲイドマレ、コレヲコトワルハオクビョウノアカシ」
そう言うと、安蘇人王を名乗る悪霊はとても巨大な剣を構えた。
どうやら、石棺の埋葬品のようだ。
安蘇人王自身がかなり大柄な人物であり、大剣は愛用の品で間違いないと思う。
剣術にも自信がありそうだ。
「ソノヨウナホソイケンデダイジョウブナノカ?」
「ご心配していただきどうも」
確かに神刀ヤクモは生物にダメージを与えられないが、神が打った刀なので滅多なことでは刀身に傷一つつかない。
安蘇人王の大剣を防いでも、折れる心配はなかった。
「では、尋常に勝負」
「イクゾ!」
安蘇人王は、大剣を構えながら俺に向かって突進してきた。
その体の大きさと大剣の重さで、俺を一気に押していく戦法のようだ。
だが、そんな単純な策ではな。
「足元がお留守だ」
安蘇人王が俺の目前まで迫った瞬間、彼の足元から青白い光が再び発生し、そのまま彼を包み込んだ。
「マタモ! ワレノナカマヲケシタヒカリ!」
再び治癒魔法を、今度は安蘇人王のみを標的として発動させたのだ。
それにより、安蘇人王は体中から煙を出しながら、さらに弱っていった。
「随分と長い戦の準備だったな。もうあの世に行け!」
治癒魔法で弱った安蘇人大王は、俺の神刀ヤクモによる一撃を防げなかった。
袈裟斬りにされた安蘇人王はその体が透明になっていき、数秒で完全に消え去ってしまった。
あとには、彼が使用していた大剣のみが残された。
「裕君、あれだけの悪霊を」
「さっき広域に使った治癒魔法を、安蘇人王の身に使ったんだ。むしろよく最後まで消えなかったなと思うよ」
これにて、長年悪霊の住処であった安蘇人大古墳は完全に開放された。
解放されたところで使い道があるとは思えないのだが、またも大量の悪霊を除霊できたので、レベルとステータスは大分数字が上がったはずだ。
それはあとで確認するとして、今は安倍一族の若手除霊師たちが無事か確認するのが先であろう。
他にも、俺たちがこの古墳の最深部にいるのは色々とまずい。
俺たちは急ぎ、地上へと走り始めるのであった。
「いやあ、驚いたな。毎年恒例の怨体退治を終えたと思ったら、絶対侵入禁止とされている地下道の奥深くから悪霊たちの反応が。これは駄目だと思ったら、突然青白い光に包まれ、それが晴れたらあれだけの悪霊たちの反応が消えているのだから」
安倍一族の除霊師たちは、悪霊たちと不運な顔合わせをしないで済んだようだ。
俺の広域治癒魔法が間に合ってよかった。
言ってはなんだが、現時点のこの連中では複数の悪霊を除霊するなど不可能で、確実に殺されていただろうからだ。
これにて、無事菅木の爺さんの依頼を終えたわけだ。
碌な説明もしないでここに送り込みやがって!
あとでふんだくってやる!
「それにしても、あの青白い光はなんだったんだろう?」
「悪霊が消えたということは、悪霊たちにとってはよくないもの。お札を使った時と同じようなものだったはず」
この世界では、すでに治癒魔法が喪失寸前だと聞いたことがある。
昔は霊力で人の怪我や病気を治せる、除霊師というか、祈祷師のような人もいたと古い資料にはあった。
除霊師やお坊さん神官と兼任の人が多かったそうだが、時代を経るごとに治癒魔法が使える人は減っていき、今ではわずか数名を残すのみだそうだ。
しかも、俺が使ったような広域治癒魔法のようなものは使えない。
数日に一人、極限られた依頼だけを受けて隠れるように暮らしているそうだ。
こういう特殊な能力を持つ人は古くからの名家や政財官の重鎮くらいしか治療を受けられず、一般人はその存在すら知らない。
しかも、その残り数名も老人ばかりで、よくて後二十年ほどで日本から治癒魔法の使い手はいなくなるそうだ。
世界各国でも似たような状況らしい。
唯一の例外が俺と久美子なので、今回の除霊に関しては隠した方がいいわけだ。
「不思議なこともあるようだね、涼子君」
「そうですね」
『実は、俺が広域治癒魔法をかけて悪霊を除霊したんです』とも言えず、涼子さんは岩谷彦摩呂から声をかけられると、自分はなにも知らないフリをするのに懸命であった。
「でもね、私は気がついてしまったのだよ」
「悪霊たちを除霊した者の正体をですか?」
「そうだ。まさかこのようなことになるとはね……」
もしかすると、俺たちは彼に監視されていたのか?
そして、俺たちの本当の実力が岩谷彦摩呂に知られてしまったかもしれない。
もしそれを追及されたらどう誤魔化そうかと、俺たちは頭の中で懸命に考え始めてしまう。
「あの青白い光。あれを放ったのは私だ!」
「「「はい?」」」
岩谷彦摩呂によるまさかの回答に、俺たちは一斉に頭の上にクエスチョンマークを浮かべてしまった。
「きっと私自身の命の危険により、この内に秘めた才能が開花したのだ!」
初めは冗談なのだと思ったが、岩谷彦摩呂は本気で悪霊たちを退治したのは自分だと思っているようだ。
どうしてそういうことになるのか?
俺たちの中で一番彼と顔を合わせている涼子さんですら、意味不明といった表情を浮かべていた。
「彦摩呂さんが、あの眩いばかりの浄化の光を放ったのですね」
「凄い」
「さすがは、次の安倍一族当主の最有力候補だ」
なんと、安倍一族の若手除霊師たちの大半が、岩谷彦摩呂の言葉を信じてしまった。
彼は今日の参加者たちの中で、一番除霊師としての才能と実力に優れているそうだ。
当然、俺たちを除いてであったが。
「確かに、彦摩呂なら不可能な話ではないな」
挙句に、引率の中年男性除霊師までもが岩谷彦摩呂の言葉を信じてしまい、若い除霊師たちもそれに同調してしまった。
彼らは若手とはいえ、日本一の除霊師一族の一員であり、岩谷彦摩呂ほどではないが自分の才能に自信があるはず。
まさか、今日いきなり研修に参加した地方限定新人C級除霊師が悪霊たちを浄化したとは思わなかったのであろう。
戸高備後守と先代当主の件は、長老会が厳重にかん口令と情報統制をしたので、安倍一族の成果だと彼らは本気で思っている。
だから、岩谷彦摩呂が安蘇人古墳の悪霊たちを全滅させたとしても、別におかしくはないと思うわけだ。
「(安倍一族って大丈夫なの? 清水さん)」
「(さあ? だって私たちが真実を教えるわけにいかないもの。長老会がなんとかするわよ)」
「(それにしても、岩谷彦摩呂。いい性格してるわね)」
「(まさか、こんな一面もあったとは思わなかったわ。基本的に善性の人なのだけど……)」
安蘇人古墳の悪霊たちを浄化したのは俺だという事実が表沙汰にならなくてよかったが、結局その功績が岩谷彦摩呂のものとなった事実をあとで知り、どこか釈然としないものを感じてしまう俺であった。
「おい! 爺さん!」
「まあ怒るな。無事、安蘇人古墳から悪霊たちが湧き出てくるのを防げたのだから。名はまたも安倍一族にくれてやったが、ほれ、実は受け取ってきたぞ」
翌週の月曜日。
俺の実家に菅木の爺さんが姿を見せ、俺の苦情を一枚の小切手で黙らせた。
そこには、前回と同じく十億円の金額が記載されていた。
「古墳の解放で随分と気前がいいですね」
「安蘇人古墳は、大変貴重な遺跡でな。とはいえ、あそこで発掘や調査など死にに行くに等しかったわけだ。それが今回、完全に浄化されたわけだ。早速いくつか大学で共同発掘と学術調査が行われ、テレビでも報道される。安倍一族としては、実績という花を譲ってもらえれば、十億はあとでいくらでも取り返せるのだから」
「なるほど」
しかし、このまま他の除霊師の功績を金で買い取るような真似をし続けた結果、安倍一族の除霊師があの岩谷彦摩呂みたいになってしまえば、それは将来安倍一族崩壊の序曲になるような気がするのだ。
「現当主も、岩谷彦摩呂については苦慮していたがな」
「自分の子供を次期当主にしたいから、若手ナンバーワンの実力を持つ彦摩呂さんが邪魔でしょうしね」
「それについては、前日、清水のお嬢ちゃんも危惧を感じたのであろう? このままだと、次の安倍家当主は、岩谷彦摩呂になる確率が非常に高い」
「あの人がか……裕ちゃん、大丈夫かな?」
「駄目なんじゃない?」
岩谷彦摩呂は、安倍一族の若手除霊師たちの中では一番の実力を持ち、性格も悪くはない。
一昨日も、急遽研修に参加した体を装っていた俺たちにも優しかった。
ちょっと自分の実力を過大評価している……ちょっとじゃないか。
なにしろ、安蘇人古墳の悪霊たちを全部除霊したのは、自分の未知なる力のおかげだと本気で思っているのだから。
「現当主に欲がないわけでもないが、彼が自分の息子を次の当主にしようとしているのは、岩谷彦摩呂氏を次の当主にすると危険だからだ」
だよなぁ……。
彼の場合、その性格のよさから、困っている人たちがいたら安倍一族でも手に負えないような除霊を引き受けてしまう可能性が高かった。
時にはその除霊が無理そうなら断ることも必要で……先代当主の件は別にして……それができない岩谷彦摩呂を安倍家の当主にしてしまうと、のちに安倍一族が回復不能なダメージを受けるのではないかと、現当主は思っているようだ。
「奴の言い分がわからんでもないからな。今回の件、なにがどうなると自分の未知の力で悪霊たちが除霊されたなどと思うのやら……」
自分の実力に自信があるのは結構だが、それが最悪の形となって表れたようだ。
「こうなると、他人の功績を奪っているという自覚があった方がマシだよね」
「そうだな。そういう輩は無茶はしないものだ」
奪った功績から得られる利益のみ享受して、もし同じようなことを頼まれたら、どうにか言い訳を作って引き受けない。
そういう奴は、自分の実力を一番承知しているからだ。
「ところが岩谷彦摩呂は、本当に安蘇人古墳の除霊を自分の未知の力で成したと思っている。そして奴は善性の人だ」
また同じような依頼があった場合、彼は快くそれを引き受けてしまう。
その結果、安倍一族の除霊師たちに大きな損害が発生してしまうかもしれないのだ。
「ゆえに、現当主は自分の息子を次の当主にしようとしている、というわけだ。奴の息子は、岩谷彦摩呂よりは劣るが、安倍一族でも上の方の除霊師だ。まあ、完全に現当主やその家族の欲がないとも言えぬのが難しい話だがな」
「爺さん、俺にはこれからも定期的に安倍一族のケツを拭く仕事が回ってくるのか?」
「引き受けてもらわないと困る。安倍一族に大きなダメージがあった場合、その穴埋めをするのは裕たちだぞ。全国各地で雑用のような浄化や除霊で息つく暇もなくなるやもしれぬ。たまにこういう依頼を受けることくらいは我慢せい。なにしろ、裕は暫く聖地周辺を動けないのだから」
なんというジレンマだ。
安倍一族の日本における力が強いあまりに、俺は連中とそれなりに関わっていかなければいけないとは……。
「彦摩呂さんを次の当主にすると危険なのに、あの人、若手除霊師たちの間で人気ですよ」
「らしいな。少し前までは、清水の嬢ちゃんも評価していたのであろう?」
「ええ、以前の私よりは実力もありましたし……」
確かにあのあと、安倍一族の若手除霊師たちは、涼子さん以外、全員が岩谷彦摩呂の『俺が安蘇人古墳の悪霊たちを除霊した! 私の謎の力で!』発言を信じていたからな。
奴は顔もいいし、除霊師をしながら都内の最高学府にも通っているそうだ。
学歴やルックスなど、除霊師の実力とはなにも関係ないが、世間一般では評価される人間であるのはよく理解できた。
「ふっ、所詮は顔と学歴かい!」
今のルックスや顔は普通だし、今の学力だと大した大学にも行けないだろうからな。
岩谷彦摩呂とは大違いというわけだ。
「裕ちゃん! 大丈夫! 裕ちゃんには私がいるから!」
「裕君、あなたは彦摩呂さんよりも圧倒的に優れた除霊師だし、別にどこかに就職したり政治家になるわけでもないのだから、今のままでいいのよ。本当、安倍一族ってしょうがないわね」
「清水さんも、その安倍一族だよね」
「ええ、私は安倍一族の人間よ。できれば認めたくないけど」
俺が安倍一族のせいで迷惑している。
だから久美子は涼子さんに棘のある言い方をしたのであろうが、彼女はその事実を素直に認めた。
そして……。
「私の駄目な親戚のせいでごめんなさい。そのお詫びというのも変だけど、表向き安倍一族から監視目的兼篭絡役でここにいる私を好きにしていいわ」
「はい?」
「裕君がこれからも安倍一族とある程度つき合っていかなければいけないのは事実。ストレスが溜まると思うけど、その代わりに私を好きにして大丈夫だから。同じ部屋に住んでいるのだし、言葉に言い表せないようなことを毎日しても問題ないわ」
とんでもないことを、満面の笑みを浮かべながら堂々と言う涼子さん。
俺は、ただ唖然とするしかなかった。
罪滅ぼしだから、自分を好きにすればいいなんて、それはどこの物語だよと思ってしまったのだ。
「てぇい!」
「痛いわね、相川さん」
涼子さんの言葉を聞いた久美子は、すかさず彼女に対しジャンピングチョップをかましていた。
「そういうのは、私の役割だから! 清水さんは、居候らしく部屋で大人しくしていなさい!」
「相川さんこそ、ただ裕君の幼馴染ってだけで、彼が将来確実にあなたを選ぶ保証もないじゃない。私、頑張って裕君を支えられる除霊師になるから」
「私もなるし、第一料理もできないくせに!」
「そんなの覚えればいいのよ。それに、相川さんのようなチンチクリンだと裕君の身長と不釣り合いじゃない」
「あーーーっ! それを言ったな! 自分こそ、まな板みたいな胸のくせに! 裕ちゃんは女性らしい胸が好きなのよ」
「私は背が高いから胸が小さく見えるけど、標準サイズだから。それに、裕君が胸が大きい女性が好きだなんて聞いたことないわ。相川さんはプニプニしてるじゃない」
「ガリガリな清水さんに言われたくないわよ! 裕ちゃんはそんな骨っぽい女、抱きしめると骨が体に刺さって嫌だと思うな」
「私はそこまで痩せてないし。ブヨブヨしている相川さんよりも抱きしめるとフィット感があって裕君も気に入るはずよ」
「きぃーーー! ああいえばこう言うね!」
「それは私のセリフよ!」
二人は、俺と菅木の爺さんの前で言い争いを続けていた。
「爺さん、責任取れよ」
「ふんっ、剛は女二人の痴話げんかくらいで困るような男ではなかったがな。そのくらい自分でなんとかしろ」
「そんな無責任な……」
「知らんのか? デキる男は、女性が取り合うものなのだぞ。よかったな、自分が一角の人物である証拠を見れて」
まったく。
菅木の爺さんのせいで、俺は段々と面倒事が増えていくように感じてしまうのであった。
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