第25話 門前町オープン
「朝食はこれで完成ね。あとは裕ちゃんを起こしに行かないと……」
今日も私は、朝早く起きて朝食の準備をしていた。
私と裕ちゃんで二人分……一人オマケがいるけど、色々と事情があるので仕方がない。
それに、高校生の分際で超高級高層マンションの最上階に引っ越せたのは、裕ちゃんが厄介な悪霊を除霊してくれたからだ。
裕ちゃんがここに住む許可を出している以上、私がオマケさんを追い出すわけにいかないのだから。
どうせそのうち出て行くだろうから、そうしたら二人きりになれるはず。
そうなったら、ゆっくりと実質新婚生活を送ればいい。
そういえば、オマケの清水さんはいいところのお嬢様だそうで、料理なんてしたことないと聞いた。
私は料理も含めて家事全般が得意で、裕ちゃんも私の料理を美味しいと言ってくれるから、裕ちゃんを狙っているであろう清水さんよりも圧倒的に有利なはず。
今の世の中、男女平等の観点から、女性だから料理をしなければいけないという考え方は男女差別という意見もあるけれど、いつの世も男性のハートを掴むには胃袋を掴むのが一番なのだ。
古くから言われている陳腐な手法ではあるけど、逆に言えば、効果があるからこそ陳腐な手法と言われているとも言えた。
清水さんはお嬢様だし美人だけど、裕ちゃんが優れた除霊師だから接近してきたのがバレバレで、スイーツ大食い女な点がマイナスだ。
安倍一族という面倒な除霊師一族と親戚だし、裕ちゃんが別の世界で一緒に戦った清水さんは、別の世界の清水さんなので実質別人である。
生死を共にした結果、つり橋効果で相思相愛になった……かもしれないけど、この世界の清水さんとは別人だから関係ないわ。
私は裕ちゃんが好きで、裕ちゃんも私を好き。
だからこそ、裕ちゃんはこの世界に戻ってきたのだし、この前は竜神様たちに邪魔されてしまったけどキスする寸前だった。
そう。
私と裕ちゃんは、将来必ず夫婦になる定めなのよ!
「朝食の完成。じゃあ、裕ちゃんを起こしに行かないとね」
引っ越す前にもたまに起こしに行っていたけど、あの時とは違う感じがする。
私たちは同棲しているようなものなので、もしかしたら寝ぼけた裕ちゃんが……えへへっ……おっと、妄想に耽っている場合ではなかった。
学校に遅刻しないよう、早く裕ちゃんを起こさないと。
「裕ちゃん、朝だよ」
裕ちゃんの部屋に入った私が彼のベッドを見ると、案の定まだスヤスヤと寝息を立てていた。
除霊がある日にはキッチリ起きるし、別の世界で修行したため、他人の悪意や殺意、悪霊の気配には敏感で、それを少しでも感じるとすぐに目が覚めると聞いたけど、普段の裕ちゃんはこんな感じだ。
でも、普段はこのくらいの方がお世話し甲斐があるってものね。
「裕ちゃん、早く起きないと」
気持ちよさそうに寝ているので可哀想な気もするけど、遅刻すると今年も独身のままでいそうな担任の中村先生に怒られるので、私は裕ちゃんの体にかかった毛布を一気にはがした。
「ふぁっ? もう朝か?」
「裕ちゃん、朝食できてるよ……えっ!」
「サンキュー、久美子、どうかしたのか? って!」
裕ちゃんの体を隠していた毛布を取ると、なんとそこにはTシャツ姿の清水さんも一緒に寝ていたのだ。
しかも彼女、下にはなにも履いていなかった。
「裕ちゃん……気がつかないのかな?」
「殺意がないとこんなものだ、なにしろ俺だから」
「ちょっと説得力あるね」
裕ちゃんは異世界のパラディンだから、悪霊の気配なら数百メートル先にいてもすぐ気がつくそうだ。
人間の殺気にも敏感だけど、それがないとこの様というわけだ。
裕ちゃんらしいというか……。
裕ちゃん、女性の刺客なら殺されてしまうかも……殺気には敏感だから大丈夫なのか。
「……おはよう、裕君。相川さん」
「おはようじゃないわよ! 勝手に裕君のベッドに潜り込んで!」
清水さん!
実家が大金持ちでお嬢様じゃなかったの?
そんなはしたない真似をして!
「相川さん、これには事情があるのよ。うちは事情があって母子家庭だけど、祖父母が厳しい人だから、勝手に男性のベッドに入り込むなんて駄目に決まっているわ。でもね、忘れてしまったの」
「なにを?」
「愛用の抱き枕を。それで眠れなくて、そうしたら裕君がちょうど抱き枕と同じくらいの大きさで。そして試してみたらジャストフィット」
「ジャストフィットじゃない! 夜中勝手に裕君のベッドに潜り込むのも問題だけど、いい加減寝る時にパンツを履かんかい!」
「健康にいいし、楽だから嫌」
なにが『私は下着の締め付けが苦手なのよ。特に寝る時は』よ!
ノーパンで、裕ちゃんのベッドに潜り込むな!
「いいじゃない、除霊師は健康が一番なんだから。相川さんも試してみたら? ノーパンで寝ると健康になるわよ」
「駄目だこの人、人の話を聞かない」
学校では深窓の令嬢そのものな振る舞いをしているのに、家ではこの様……。
これはまさか、普段他人に見せない正直で大胆な自分というものを裕ちゃんにアピールしようという作戦では?
ギャップで誘惑作戦か!
清水さん、あなたはやはり私の敵みたいね。
「裕ちゃんの部屋に入り込むな!」
「いいじゃない。同じ家に住んでいるのだから。相川さんも自由にどうぞ」
「プライベートの問題とかあるでしょう!」
「それ以上に、裕君の気持ちが大切。裕君、私と一緒に寝れて嬉しいわよね? 相川さんは、ちょっとその……チンチクリンだから」
「なんだと!」
ちょっとくらい背が高くてスタイルがいいからって!
私はそこまでチンチクリンじゃないわよ!
「まな板がなにか言っていますね」
「なっ!」
私は背が低いけど、胸はあるし!
世間の男性の大半は大きな胸が好きで、あともう二~三キロ痩せた方がいいかなと思わないでもないけど、それは女性特有の考え方で、実は男性ってガリガリの女性を好まないのを知っている。
ネットでそう書いてあったし!
つまり、清水さんのスタイルの良さは見た目だけ。
「大変ね。もし私が裕ちゃんのベッドに入り込んだら、痩せすぎでゴツゴツした清水さんよりも、私の方がいいって言うに決まっているもの!」
「あら、それはただ単に太っているというのよ。実際、私が寝ている裕君に抱きついても、裕君に不満はなかったもの」
「そんなの、裕ちゃんが寝ていたからでしょう」
もし裕ちゃんが起きていたら、絶対に文句を言いたかったはず。
「抱き心地がいいのは私の方に決まっているもの」
「そんなの、裕君に聞いてみないとわからないじゃない」
「じゃあ、聞いてみましょうか? 裕ちゃんは、私の方がいいわよね?」
「裕君、私よね? いくらつき合いが長い幼馴染でも、相川さんに気を使う必要なんてないのよ」
「語るに落ちたわね、清水さん。そんな風に言ったところで、裕ちゃんは絶対に私を選ぶんだから……って!」
「なに? 急に慌てて……えっ!」
私と清水さん。
どちらが抱き心地がいいのか裕ちゃんに聞こうとしたら、突然目の前の裕ちゃんが煙のように消えてしまったのだ。
これはもしかして、パラディンとやらが使える魔法や特技なのかしら?
「幻術の一種だと思う……相川さんが、裕君を困惑させるようなことを言うから……」
「夜中、勝手に裕ちゃんのベッドに潜り込んだ人に言われたくありません!」
その後数分口喧嘩になってしまったため、リビングに戻ったら、既に裕ちゃんは朝食をかき込むように食べて、家を出てしまっていた。
「裕ちゃんと朝食をとろうと思ったのに邪魔すんな!」
「苦情は菅木議員にどうぞ。ああ、お味噌汁、美味しい」
しかも、遠慮の欠片もなく私が作った朝食を……あとで菅木議員に苦情のメールを送ろうと決意する私であった。
「あら、先生。どこかで見つけた若い子からですか?」
「若い子ではあるが、こんなジジイに興味の欠片もないさ。いつの時代でも、優れた若い男を取り合う女たちの熱き戦いがあり、その余波というか、被害者からの苦情がジジイに届いたというわけだ。政治家は陳情・苦情とは、切っても切り離せない関係というわけだ」
「なるほど、そうなのですか」
この一言だけで納得するとは、さすがは長年ワシの秘書を務めただけのことはあるな。
それにしても裕の奴め。
女など、何人でも囲うくらいの度量を見せればいいものを。
「この壁紙は?」
「二軒隣の、新しいカフェのやつだ。間違えるなよ」
「わかりました」
「この椅子とテーブルですが……」
「それは、今度新しくできる豆腐料理店のやつだ。今も営業している豆腐屋の左隣の店舗だ」
突如、戸高東商店街の閉鎖が決まった。
あの土地を持っている地主が息子に代わったところ、その人物が戸高家に土地を売ることを決めてしまったからだ。
なんでも、跡地にはショッピングモールが建つらしい。
そんなわけで、戸高家のバカ……じゃなく、若様である戸高高志という風船が、店主たちに店を立ち退くように命令してきたのだ。
彼らは賃貸契約期間を盾に、知り合いの弁護士たちまで動員して対応した。
いくら借りている側でも、ちゃんと来年一杯まで賃貸契約を結んでいたので、賃借権というものが発生していたからだ。
そこで戸高家側との話し合いが行われ、店主たちはかなりの額の立ち退き料と引っ越し代を獲得することに成功した。
戸高家には金があるんだなと感心したが、菅木の爺さんによると戸高高志の父親は商売の才能があって、今では複数の企業を経営している成功者なのだそうだ。
ただ、現在の戸高家当主|戸高高徳(とだか たかのり)は、商売の才能はあったが、一つだけ大きな欠点を持っているらしい。
それは、風船……じゃなく、跡取り息子の高志に甘いという点であった。
戸高高徳は、彼をこの戸高市選出の国会議員にしようと目論んでいた。
元々戸高市を領地にしていた大名戸高家の当主というネームバリューを生かし、高志を国会議員にしてしまおうというわけだ。
だがこれには事情があって、もし高志が会社の経営に参加したら、確実に潰してしまうほど才能がないというものであった。
会社は他の親族や部下たちに任せ、高志は国会議員にしてしまう。
俺からすると、会社の経営よりも国会議員の方が大変なような気がするが、実際にやったことがないのでなんとも言えなかった。
戸高高志が無事国会議員になるまでの間、彼は一応会社の経営に参加しており、その第一弾が戸高東商店街を壊し、その跡地にショッピングモールを建設する計画だったというわけだ。
国会議員になる前に、どうにか経営者としての箔をつけようということなのだと思う。
『成功するわけなかろう。戸高西通りがあるのだから。誰が見ても店舗の過剰供給だ』
菅木の爺さんは、戸高高志の計画を鼻で笑っていた。
戸高西通りが近くにあるのに、今さら裏手にショッピングモールなど建てても、供給過剰で客が集まらないことを理解していたからだ。
『あれほどの経営者でも、子供可愛さに判断を誤るとはな……気持ちはわからんでもないが……』
とはいえ、菅木の爺さんからすれば、戸高一族は自分の議席を奪おうとする敵である。
ショッピングモールは失敗するのでやめた方がいいと、わざわざ教えにいくわけもなかった。
『門前町はいい。日常生活で利用する戸高西通りとは性格が違うからな。場所も離れている』
竜神様たちと聖域の復活により、両神社には多くの参拝客が訪れるようになった。
門前町は彼らを相手に商売するので、戸高西通りとは競争をしないで済むという利点があったのだ。
戸高東商店街の店主たちを、路頭に迷わせないで済むというのもよかったのであろう。
選挙対策もあるのであろうが、菅木の爺さんも積極的に門前町復活に手を貸してくれた。
そのお礼として、何店舗分か、彼の支持者である店舗経営者たちがレストランやお土産物屋などを開店させることになり、大喜びで店舗の改築を行っている。
これも、政治家への配慮というやつだ。
その代わり、菅木の爺さんの紹介でやってきた内装業者が、俺と久美子が治癒魔法で修繕した店舗の内装工事や、必要な工事を急ピッチで行っていた。
かなり無理なスケジュールなのだが、そこは菅木の爺さんが交渉してくれたというわけだ。
その分改装費は割り増しらしいが、竜神様たちからは一日でも早く門前町を再開させろと言われているし、オープンさせてしまえばお客さんは多い。
どうせ割り増しの改装費も戸高高志が出したようなものなので、店主たちの経済的な負担はほとんどなかった。
戸高東商店街の立ち退き期限は、今月一杯。
彼らはギリギリまで商店街で店を経営しつつ、門前町に合わせた新しい店の開店準備も進めていた。
菅木の爺さんの紹介で手伝ってくれているコンサルタントや業者もいるので、予定では来月一日から新しい門前町がオープンすることになっていた。
「門前町の店舗はすべて埋まったようだな」
「菅木の爺さんの紹介で入った人たちもいるからだろう」
「確かに彼らはワシの紹介で入ったが、ちゃんと家賃は相場だぞ。裕よ、この門前町は確実にドル箱になるのだからな」
「参拝客、増えたものね。宣伝もしていないのに」
「相川のお嬢ちゃん、それが竜神様たちと聖域が復活するということなのだ。剛が生きていた頃、奴も頑張って門前町を賑わせるところまで行った。だが、剛の不慮の死で門前町はすぐに衰退してしまった」
結局祖父さんでも竜神様たちと聖域を復活させられなかったから、その急死で一気に門前町は衰退してしまったわけか。
「その点、裕は剛よりも優れた除霊師で、竜神様たちと聖域も復活している。よほどヘマをやらなければ、最低でもあと数百年は賑わうはずだ」
そのために、菅木の爺さんは竜神会に力をつけさせようというわけか。
俺の子孫が運営する宗教法人竜神会が、俺の死後も両神社と聖域を守れるように。
「予定どおりに門前町は復活する。裕たちは、世俗の話はご両親やワシに任せるがいい。聖域の守護と強化に集中すればいいのだ」
「はあ……」
「どうせ、そういうことを考える頭もなかろうて」
「悪かったな!」
「裕の嫁は、そういうこともわかる賢い女性が……なんでもない」
菅木の爺さんは、すぐに久美子とその隣にいる涼子さんからの殺気を感じ、自分の発言を途中で引っ込めてしまった。
「おほんっ。とにかくだ。戸高ハイムと門前町からの収益で、聖域の維持も安泰というわけだな。では、ワシはこれで! 政治家は忙しいのでな!」
政治家も暇ではないということか。
菅木の爺さんは次の予定を消化するため、俺たちの元から逃げるように離れていった。
「よう、相変わらず両手に華だな」
「仁さん」
次の俺たちに声をかけてきたのは、これまで唯一門前町で豆腐屋を経営していた仁さんであった。
彼は、今ある豆腐屋のリニューアルと、その隣に豆腐料理の店を開く予定で、現在とても忙しい。
門前町復活というチャンスが訪れたので、それを生かすことにしたというわけだ。
彼が一番の古参なので、門前町の責任者的立場なのも大きかった。
「店を開きながら、改装も手伝っているから忙しいな。豆腐の増産も必要だ」
「料理屋の分も必要ですからね」
「他にも、豆腐屋の方も、店先で豆腐や豆乳などを喫食できるスペースを作ったり、あと、豆腐料理屋の隣にカフェがオープンするんだよ。若い店主さんなんだけど研究熱心な人で、豆腐のスイーツもメニューに取り入れたいんだってさ。そこで、うちの豆腐や豆乳、オカラなどを仕入れるというわけさ。他の店舗も、豆腐はみんなうちの店から仕入れるんだよ。豆腐は鮮度が命だからな」
そういえば、仁さんの豆腐屋の売りは、綺麗な地下水で作っているというものであった。
これまでも評判がよかったのだが、聖域の復活でさらに水量と水質が上がって、豆腐がさらに美味しくなったと評判なのだそうだ。
「そのうち、豆腐の工場も作らないといけないな」
「若社長ですね」
「とにかく、今は門前町を盛り上げていかないと」
それからも突貫工事が続き、翌月の一日から無事門前町はリニューアルオープンした。
参拝客向けの飲食店やお土産物屋などが並び、両神社に参拝に来ていた客たちで大いに賑わうようになっていく。
門前町の飲食店は、戸高山の地下から湧き出る地下水を使用しているせいで味がいいと評判になり、参拝客はますます増えていったのであった。
それと数年後、例の戸高東商店街跡地に巨大なショッピングモールが無事オープンしたが、菅木議員の予想どおり、戸高西通りとの集客競争に敗れてすぐに閉店してしまった。
そのあとすぐ、目敏く菅木の爺さんが戸高市に建物を買い取らせ、老人ホームにしてしまったのはまた別の話である。
商売を思いつきでやらない方がいい。
とは思うのだが、戸高高志が多少失敗したところで戸高家にはダメージも少なく、彼がそれに気がつくことは永遠にないと思われた。
「門前町が復活し、ますます両神社を参拝する人間も増えた。我ら竜神を拝む者たちが増えれば、それは我らのパワーアップにも繋がるというもの」
「さすれば、さらに聖地も強固となり、戸高山地下の地底湖にいる我らの本体も安心というわけだ」
「賑わっているではないか、新しい門前町は」
「人間の世界でいう、週末だからであろう」
「詳しいな。青竜神」
「裕の母御に聞いたのだよ、赤竜神」
無事オープンした門前町は、週末日曜日ということもあってとても賑わっていた。
両神社を参拝した人たちを目当てに、様々な飲食店や土産物屋が二十店舗ほど軒を連ねており、どの店も多くの客で賑わっている。
特に、仁さんの豆腐屋と、その隣にある豆腐料理屋。
そして、佐川洋子さんが経営する喫茶店がとても賑わっていた。
洋子さんは、先月戸高東商店街で会った喫茶店の経営者であり、今は門前町に店を移している。
他のお店の店主たちもほとんどがそうなのだが、賃貸契約破りだとゴネて、戸高高志から多額の違約金と引っ越し代をせしめ、ここに移ってきたわけだ。
これまでのスイーツの他に、仁さんの豆腐屋から材料を仕入れ、豆腐のスイーツも作って大繁盛していた。
戸高東商店街の他の店主たちも、それぞれに工夫して店先で食べられる軽食や、歩きながら食べられるものを販売したり、『竜神煎餅』、『竜神饅頭』、『竜神ケーキ』など、門前町に相応しい商品を開発して多くの客を集めていた。
実はうちも、お守りやお札以外の、両神社のロゴが入ったタオルや手ぬぐい、扇子、湯飲み、文具、酒など。
他の有名な神社でも同じようなものを売っているそうで、真似してそういうお店を開いている。
店舗からの家賃で十分儲かっているそうだが、両親が菅木の爺さんに勧められてそういうお店を作ったそうだ。
他にも、『戸高山の御水(おみず)』という商品名で、この地から湧き出る地下水を詰めて販売するようになった。
竜神様たちの復活により、これまでは大した量ではなかった湧水の湧出量が増えており、それをペットボトルに詰めて販売したら、これが意外と売れるのだそうだ。
ただの湧水なんだが……と思わなくもないが、この湧水は門前町のお店でも料理などに使われていて、かなり好評だそうだ。
「裕、わかるか? 我らの力が増したため、湧水にも力が篭り始めたのだ」
湧水を使用する前に、菅木の爺さんのツテで水質検査をしたのだが、『そのままでも十分飲用に適する』という評価を受け、さらにとても美味しい水だという評価を得たそうだ。
竜神様たちには、湧水を美味しくする力もあるというわけだ。
「というわけで、だからここの料理は美味しいのだな」
「お姉さん、この湯豆腐、お替り」
と、俺たちに説明する竜神様たちであったが、同時に彼らは仁さんの豆腐料理屋で豆腐料理を貪り食っていた。
当然竜神様たちはお金を持っていないので、飲食代はすべてこちらの負担である。
必ず、『竜神会』宛で領収書を貰おうと思う。
今もお小遣い制のままである俺が、個人的に負担などするわけがなかった。
というか、これまでの稼ぎから考えて、今の俺のお小遣いが一ヵ月一万二千円なのはおかしい。
時間があれば両親に抗議し、どうにか小遣いのアップを目論んでいるのだが、少ししか増やしてくれなかった。
戸高ハイムの除霊で、安倍一族から得た五十億円はどこに消えたのであろうか?
『未成年に大金を与えると碌なことにならないから駄目よ』
『竜神会は末永く続けなければいけないので、無駄遣いは許さない』
『なあ、裕よ。お前は宗教法人がなんでも無税だと勘違いしていないか? 無税なのは、その宗教法人の本来の活動のみに対してだぞ。つまり、お前が除霊で得た収入や、戸高ハイムと門前町の経営で得た賃貸収益、店舗の収益には課税される。多少は優遇されるがな。もし脱税などしたら、そうでなくても竜神会は順調に規模を大きくしているのだ。他の宗教法人で苦々しく思っているところもあるから、すぐにリークされて袋叩きにされるだろう。ワシのツテで入れた税理士が厳しくやっているので、お前の小遣いはそんなものだ。大体だな。ワシが高校生の頃は……』
両親だけならともかく、菅木の爺さんのディフェンスが特に厳しいので、俺のお小遣いはなかなか上がらなかったのだ。
「竜神様たちは、人間にも変装できるんですね」
「久美子、できるようになったというのが正しいぞ」
今の竜神様たちは、人間の格好をしていた。
赤い髪と髭で、背が低く恰幅がいい赤竜神様と、青い髪と髭で、背が高く細身の青竜神様。
同じ竜神様でも、内面の性格が変装後の姿にも影響しているようだ。
青竜神様の説明によると、門前町のおかげでさらに参拝客が増え、これまでディフォルメされた小さな竜になるのが精一杯であった分身体が、人間に変装できるようになったそうだ。
「これも、信仰の力というわけだ」
「ここに参拝にくる全員が、信心深いわけでもないと思いますけど……」
「そんなことは些細な問題だな、涼子よ」
「些細な問題なのですか?」
「そうよ。多くの人たちが両神社に来て、例え形だけでもお参りをする。主なる目的が門前町だとしても、人々がわざわざここに来てくれた。それが重要なのだ」
青竜神様によると、信仰とはそれほど大仰なものではないそうだ。
「たまにここに来て軽くお参りをし、帰りにこの門前町で食事をして、お土産を買って帰る。それでいいのだ。一人一人の信仰心はわずかでも、多く集まれば大きな力となるのだから」
「そうだな。信仰心が深い者もありがたくはあるが、普段の生活に支障をきたすほどだと問題がある。信仰とはそんなに堅苦しいものではない。よく『困った時の神頼み』と言うであろう? それでいいと思うぞ。第一世の中とは、それをしてもどうにもならないことも多かろう? こちらも、信仰心のある者全員を細かく監視しているわけではないのでな」
赤竜神様も言葉を続け、話し終わると運ばれてきた湯豆腐を勢いよく食べ始めた。
それにしてもよく食べるものだ。
「現実に我らの力は増し、こうして人間の格好で美味い豆腐料理を食べているわけだ」
「なるほど」
人が集まれば集まるほど力が増すからこそ、俺たちに門前町を復活させるよう命令したわけか。
「次は、食後の『でざーと』だな」
「そうだな。『でざーと』は別腹というからな。行くぞ、裕、久美子、涼子」
「「「はぁ……」」」
竜神様たちは、次は隣のカフェへと移動した。
お目付け及びお財布役の俺たちも急ぎついて行く。
「いらっしゃいませ。あら、新しい神社の方ですか?」
「はい。うちも人手不足なので、新しい人が増えたんですよ」
「よろしくな、お姉さん」
「これからちょくちょく来させてもらうぞ」
「是非ご贔屓に」
豆腐料理屋の隣にオープンしたカフェに入ると、店主である洋子さんが出迎えてくれた。
竜神様たちの正体を教えるわけにいかないというか、正直に話しても信じてもらえるとは思えないので、新しく神社に入った人たちということにした。
どうせこれからもちょくちょく門前町の店で買い食いするだろうから、そういう設定にした方が都合もいいわけだ。
「大きな『ぱふぇ』をくれ」
「そうだな。『ぱふぇ』は大きいのに限る」
「豆腐のスイーツは頼まないのですか?」
注文を受けた洋子さんが席を離れると、すぐに涼子さんが竜神様たちにそう尋ねた。
自分も以前は生臭厳禁だったのもあるし、相手は神様である。
牛乳などを使ったデザートは注文しないと思っていたのだ。
どうして豆腐を使ったデザートを注文しないのかと、不思議に思ったのであろう。
「次は、そちらの『すいーつ』にするか」
「すべてのメニューを食べるために、これから何度もここに来る予定だ。別に問題あるまい」
「いえ、竜神様たちは生臭厳禁なのでは?」
「そんなことはないぞ。なあ、青竜神よ」
「そうだな、赤竜神。神に関わろうとする者たちが生臭厳禁などというのは、人間が考えた都合であろう?」
「そうよな。基本的にどんな生物も、他の生物を食わねば生きていけぬ。無意味な殺しや戦争ならともかく、食事の材料に目くじら立てる必要もあるまい」
竜神様たちは、涼子さんの疑問に答えるかのように説明してくれた。
彼らによると、いわゆる菜食主義者だって植物という生き物を殺さねば生きていけないので、結局は同じことだそうだ。
「例えば米だが、収穫する時に鎌で切れば、稲は体を切り裂かれたも同然。動物なら悲鳴をあげるであろうし、強く抵抗もしよう。稲は動けないから、人間がそれに気がつかぬだけのこと」
「左様、米粒とて、地面に落ちれば稲に生長する子供のようなもの。子羊や子牛を食べることと差はないのだ」
「どんな生き物も、他の生き物を食べずに生きてはいけぬ。それは生き物の業であり、神はそれを認めているからこそ、こうやってこの世には様々な生き物が生息している」
「思い出した時でいいので、自分が生きるため犠牲にした生き物たちに感謝の念を持つことこそが大切なのだ」
最後に、赤竜神様がそう締めくくった。
なるほど。
本物の神様ってのは、随分と寛容というか。
元々戒律は宗教関係者が言い始めたことで、神様がそうしろと言った証拠もないのだから、おかしくないのか。
「さすがは神様、いいことを言うな」
「だから神なのだ」
「お待たせしました」
「おおっ! ぱふぇが来たぞ! 早速食さねばな」
「甘い物は最高だの」
ところが、洋子さんがパフェを持って来た直後、彼らはまるで貪るようにパフェを食べ始め、さらにお替りまでしていた。
そんなに食べて、犠牲になった生物に対し……堅苦しいよりはいいのか。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか」
「はい。私は一人です」
「裕ちゃん、清水さん、あれ!」
「「あっ……」」
新たに店に入ってきた客を見た久美子が驚き声をあげたので見てみると、そこには洋子さんに案内される中村先生がいた。
しかも、心なしか中村先生はとても嬉しそうだ。
「中村先生は、甘い物が好きなのか?」
「違うよ、裕ちゃん。ほら」
中村先生は、洋子さんと話をしている間は満面の笑みを浮かべていたが、彼女が席を離れると素の表情に戻ってしまった。
要するに、中村先生は洋子さん目当てで店に来ているわけか。
「わかりやすいなぁ……我が担任ながら」
「中村先生も可哀想に……」
「えっ? どうして涼子さん」
「だって、私、昨日の夕方に見たもの。洋子さんが、仁さんと楽しそうに話をしていたのを」
「「……」」
そういえば仁さんも、洋子さんのことを若いのに研究熱心だと褒めていたし、客が増えて忙しい中、ちゃんと洋子さんの店に豆腐などを納めていた。
総菜屋の小父さんの追加注文には、『今はちょっと厳しいです。生産量を増やすまでもう少し待ってください』と言っていたのに、洋子さんにそんなことを言ったという話は聞いたことがなかったのだ。
「おほん、中村先生はまだ若いから」
「裕君よりは年上よ」
「でも、まだ二十代後半だし……」
一週間後、女性の勘は正しいというか。
涼子さんの言っていたとおり、中村先生の恋は失恋で幕を閉じた。
「なあ、広瀬。お前の実家の神社に、新しい若い巫女さんとかって来ないのかな?」
「そういう経営の話は両親の管轄なので……」
だがすぐに立ち直り、学校で俺に、神社に新しい巫女さんが来ているかどうか真剣な表情で尋ねてきた。
これなら大丈夫であろうとは思うが、彼が暫く結婚できそうにないなと思うのは俺だけであろうか?
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