第23話 寂れた門前町 

「ここは、まさにゴースト門前町ね」


「そうだな、他に例えようがない」


「ここで経営している店舗って、仁さんのお豆腐屋さんだけだものね」


「シャッター門前町という呼び名でもよさそうだな」


「お店の作りが古くてシャッターはついていないけどね」


「相川さん、そこは物の例えってやつでいいじゃないの」





 まだ亡くなった祖父さんが生きていた頃、両神社の南側には門前町があった。

 参拝帰りのお客さんたちを目当てに、お土産屋、各種飲食店、その他にもいくつかのお店などがあり、最盛期には二十軒ほどが軒を連ね、とても賑わっていたそうだ。

 ところが、祖父さんが亡くなってから門前町は一気に寂れてしまった。


 今では、竜神池稲荷神社のお稲荷様がお気に入りの、贅沢大判油揚げを製造している戸高神社豆腐店のみが店を開いているのが現状であった。

 この店は今の店主である仁さんが跡を継いでから、その味が評判になって固定客も多かったので、寂れた門前町に一店舗だけでも問題はなかったというわけだ。


「いらっしゃい、裕。両手に花だな」


 戸高神社豆腐店の二代目店主である朽木仁(くちき じん)さんは、まだ二十代半ばの若い店主だ。

 かなりのイケメンで、豆腐作りの腕前のみならず、その顔のよさも女性客が多い原因であろう。

 豆腐屋なので、女性客の平均年齢は高めだったけど。


「お客さんが多いね、仁さん」


「神社の参拝客が急に増えたからだろうな」


 竜神様たちの復活により、両神社を参拝するお客さんが増えていた。

 彼らは参拝の帰りに、地方紙のグルメガイドにも掲載されたことがあるこの店で買い物をして帰るというわけだ。


 確かに、店内には数名のお客さんがいて、豆腐や湯葉、油揚げなどを購入していた。

 仁さんのお母さんが、お客さんたちに対応している。

 仁さんのお父さんは豆腐屋を継がずに地元の会社に勤めており、一代飛ばして仁さんがお祖父さんから店を継いだので二代目というわけだ。


「儲かりまっか?」


「本当にお客さんは増えたよ。毎日贅沢大判油揚げを、裏山の竜神池稲荷神社にお供えしている甲斐があるってものだ。ご利益があるね」


 竜神池のお稲荷様に、商売繁盛のご利益ってあるのかな?

 ただ単に、竜神様たちの復活で参拝客が増えたからだと思うが、別にどちらでもいいか。


「でも、ちょっと不思議なことがあったけど」


「不思議なこと?」


「狐に化かされてね」


 そう言うと、仁さんは一枚の葉っぱを俺たちに見せてくれた。

 

「どういうわけか、ちゃんとお金だと確認してからレジに入れているのに、閉店後に確認するとお金の一部が葉っぱになっているんだ。大した誤差でもないんだけど、これは死んだお祖父さんから子供の頃に聞いたことがある、狐に化かされたんだよなぁ……ってさ」


 すでに亡くなっているが、仁さんのお祖父さんはこの戸高神社豆腐店の初代店主で、俺の祖父さんとも仲がよかったそうだ。

 そして俺の祖父さんの影響か、そういう不思議な出来事を度々経験し、それを幼い頃の仁さんによく語っていたらしい。


「ちなみに、心当たりは?」


「うちは常連さんが多いからなぁ……。お金に葉っぱが混じるようになったのは、一週間くらい前からかな? ちょうどその頃から常連のお客さんがいて、その人かもしれない。ちょっと不思議な感じのする人なんだよ」


 仁さんによると、その客は背が高く、痩せ型で、肌がまるで雪のように白い、一見女性ではないかと思うほどの美青年だそうだ。

 そのくせ、いつもパーカーを着ていて、頭にフードを被ったまま買い物をするそうだ。


「狐に化かされているとなると、その狐は油揚げばかり購入しているとか?」


「いや、それが結構バラバラなんだよね」


 久美子の問いに、仁さんが答えた。

 

「くみ上げ豆腐、厚揚げ、ガンモドキ、湯葉、おからを炊いた総菜とか、うちは豆腐プリンとか、おからドーナツとか、スイーツ系もやっているけど、それも満遍なくだね。そのお客さんが犯人って決まったわけじゃないけど」


「変ね。普通、狐は油揚げオンリーなのだけど」


「そうなんだ」


「今でも地方では、お豆腐屋に葉っぱのお金を渡して油揚げをだまし取る狐もいるらしいわ。昔からやっている古いお店が多いし、被害は油揚げを一枚か二枚だから、みんな笑って終わりにするらしいけど」


 さすがは涼子さん、これまで安倍一族のB級除霊師として全国を回ってきただけのことはあるな。

 霊関係のみならず、妖狐の類にも詳しいのだから。


「そちらの娘も、裕や久美子と同じく除霊師なんだ」


 仁さんは、亡くなったお祖父さんから話を聞いていたので、除霊師や霊関係のことにも知識と理解があった。

 世の中の半分が霊なんていないというスタンスなので、理解があるだけでもありがたい。

 それがないと、ここでは商売ができないという事情もあったけど。


「今、裕君のところで修行させてもらっています。清水涼子です」


「なるほど。裕君かぁ」


 仁さんは、ニヤリと笑いながら俺の顔を見た。

 変な誤解はしないでほしい。


「仁さん、その葉っぱ貰いますね」


「いいけど。犯人捜しでもするのかな?」


「心当たりがあるので、ちょっと注意してきます」


「そんなに厳しく言わないでいいよ。大した被害でもないし、参拝客の増加で売り上げは順調に上がっているから」


「ちょっと言ってくるだけですよ」


 俺たちは、葉っぱのお金を使ったと思われる妖狐を懲らしめるべく、その心当たりへと向かうのであった。






「おい! お稲荷様! 妖狐の類なら仕方がないが、お稲荷様が無銭飲食するな!」


「えっ? もうバレた?」


「この近辺で、他に心当たりがいないだろうが!」


「そういえばそうだね。迂闊だったかな?」



 


 戸高神社豆腐店において、葉っぱのお金で買い物をした狐はすぐに見つかった。

 この近辺にいる狐でそんなことができるのは、糞池改め、竜神池の畔に立つ竜神池稲荷神社のご神体にして、神獣でもある九尾の狐しかいない。

 特に人間に変装して買い物をするなど、お稲荷様くらいしかできないので、すぐにわかってしまったというわけだ。


「曲がりなりにも、お稲荷様が無銭飲食って、外聞が悪いよね」


「あれ? 久美子ちゃんもボクの味方はしてくれないんだ」


「神様が無銭飲食はよくないですよ」


「反論できないなぁ」


 久美子の正論に、お稲荷様はなにも言い返せずにいた。


「九尾の狐……神獣なんて、私初めて見たわ」


 一方、涼子さんは池の畔の小さな神社のご神体が神獣であると知って、驚きを隠せないようだ。

 やはりレベルが上がった影響であろう。

 彼女にも、お稲荷様の姿がはっきり見えるようだ。


 なお、全国に多数ある稲荷神社のご神体は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)という農業と商業の神様で、お稲荷様はあくまでも神様のお使いなわけだが、竜神池稲荷神社は例外だそうだ。

 その辺の裏の事情、竜神様たちと宇迦之御魂神との交渉経緯などは参拝している人たちからすればどうでもいいのだけど……。

 

「ちょっと見ない間に、久美子ちゃんは強くなり、この娘さんもなかなかの実力者みたいだね」


「裕君のところで修行している清水涼子と言います」


「へえ、裕君ねぇ……」


 お稲荷様も、先ほどの仁さんのようにニヤニヤしながら俺を見始めた。

 だから、変な邪推はやめろっての。


「でも、ここに連れてくるんだね。この娘さんがペラペラと他所に話さないだろうと信用しているわけだ」


「そこまで考えているわけじゃない」


 神獣クラスのお稲荷様ともなると、力のない者、もしくは邪悪な者には姿すら見せない、見えない。

 涼子さんにお稲荷様が見えるということは、今のところ彼女は大丈夫ということの証明であった。


「それよりも、戸高神社豆腐店は寂れた門前町に唯一残った店なんだ。無銭飲食で損害を与えないように」


「お稲荷様、一日一枚の贅沢大判油揚げだけでは不足なの?」


「それがさ、久美子ちゃん。あの時は、毎日贅沢大判油揚げだけでいいって言ったんだけどね……」


 いざこちらに移ってご神体として活動していると、門前町の方からいい匂いがしてくる。

 そのお店には油揚げのみならず色々と売られていて、つい欲しくなってしまったのだと、お稲荷様は俺たちに事情を説明した。


「あのぉ、お稲荷様は油揚げでは?」


 油揚げに飽きて、他のものが食べたいと言うお稲荷様に、涼子さんは衝撃を覚えたようだ。


「ということになっているけど、長年同じものだと飽きるじゃない。栄養も偏るし」


 いや、別にお稲荷様や神獣は本来食べ物を食べる必要などなく、油揚げはいわば嗜好品の類だったはず。

 生物ではないので、栄養のバランスなんてどうでもよかったはずだ。

 しかも、あのお店の品はすべてメインの食事が大豆じゃないか。

 栄養のバランスもクソもないと思う。


「あそこの寄せ揚げ豆腐とか、ガンモドキとか、おからの甘煮も美味しいし、スイーツ類もいいよね。ボクは毎日色々食べたいんだ」


「はあ……」


 なんというか、我儘なお稲荷様だな。

 お供えにケチをつけるなんて。


「事情はわかったので、それならツケで買うとかしてくださいよ」


 聞けば、一日に二~三点購入するくらいだ。

 ツケで購入してもらい、あとで竜神会が代金を払えばいい。


「お稲荷様が無銭飲食なんて風聞が悪いので、お店には言っておくので葉っぱのお金で誤魔化さないように」


「わーーーい。これからは、自由に選べる」


 お稲荷様は、これからは毎日自由に買い食いできると大喜びしていた。

 反省しているようには見えないが、相手は神獣なので仕方がない。

 要は、無銭飲食がなくなればいいのだ。

 お稲荷様の飲食費は、竜神会の経費で落とせばいいのだから。


「お供えを待つスタイルじゃなくて、自分から取りに行くスタンスなのね」


 涼子さんは、常識外れのお稲荷様に軽くツッコミを入れた。

 そう言われると確かに、ちょっと普通のお稲荷様とは違うよな。


「涼子ちゃん、狐は肉食獣だからね」


「それは関係あるのか?」


「あるよ。つまり、待つのは苦手なのさ」


 というわけで、明日からはうちでお稲荷様の買い物代金を負担することになった。

 とはいっても、一日に二~三点が精々なので大した負担でもなかった。

 そしてお稲荷様のご加護か、戸高神社豆腐店はさらにお客さんが増えたが、その中に一人、いつもフードを頭に被った肌の白いイケメンが、ツケで商品を購入する姿が毎日目撃されるようになったのであった。







「賑わいがない!」


「賑わいがなければ、我らの力は上がらないのだ。裕、対策せよ」


「……俺、除霊師で商売人じゃないし……」


「やれ!」


「断じてこれを行えば、必ずや成し遂げられるものだ」


「そんな古臭い精神論……」


「我らは古い竜神なのでな」


「古臭い意見で当然であろう」


「そこは開き直るのか……」




 戸高神社豆腐店の件が解決した翌日、俺たちは竜神様たちから戸高神社の本殿に呼び出された。

 さらに輝きを増したご神体である銅鏡の前で、寂れた門前町を復活させるようにと、指示を……実質命令を受けたのだ。


「竜神様が二体も……」


 一緒に呼び出されたというか、俺に同行した涼子さんは、ディフォルメされた小さな体ながら、竜神様たちの姿に驚きを隠せないようだ。


「本当に聖域は復活したのね。お父さんの言っていたとおりだったわ」


「裕よ、その娘は?」


「裕君の下で修行しています。清水涼子です」


 三度、涼子さんは俺たちの関係者に自己紹介をした。


「ほほう、裕君か……なるほどな」


「久美子も油断できないな」


 だから、竜神様たちも変な誤解はしないでくれ。

 久美子も機嫌が悪くなるんだから。


「おほん! 門前町を復活させるのと、竜神様たちが力を取り戻すのとに関係があるんですか? 俗っぽい話ですよね?」


「俗でもなんでもいいわ」


「久美子よ。とにかく参拝客が増えて、彼らの中で少しでもちゃんとお参りしてくれれば、それが我らの力になるのだ」


 全員に深い信仰心など期待しておらず、沢山参拝客が来て、その中から一定数熱心な信者が出ればいいので、まずは多くの人が集まることが肝心。

 竜神様たちは、俺たちにそう説明した。


「両神社の参拝客は徐々に増えているが、やはり鍵は門前町の復活にある!」


「ここに多くの店を!」


 門前町というか、有名な寺や神社の前にお土産屋とか、飲食店が軒を連ねているのと同じだ。

 全部で二十店舗分ほどのスペースがあるが、祖父さんの死後、次々とお店は撤退してしまったらしい。

 祖父さんの力量のみで維持されていた門前町だったので、祖父さんの死後、一気に廃れてしまったわけだ。

 唯一営業を続けた仁さんの豆腐屋以外、今はすべて空き店舗であった。

 たまに両親が風を通したりして空き店舗を管理しているが、やはりその古さは否めなかった。


「お稲荷の奴は豆腐屋だけで満足であろうが、我々はもっと色々とお供えしてもらいたいのだ」


「色々食べた方が力もつくからな」


「「「……」」」


 俺たちは、竜神様たちの話を聞いて絶句してしまった。

 門前町を復活させたい理由の一つに、自分たちが色々なものを食べたいという、非常に私的な理由も混じっていたからだ。

 随分と俗な竜神様たちである。


「なにを言うか。裕よ、我らを信仰する人たちが作ったものを食べるからこそ、我らも力を回復することができるというのに」


「そう、決してただ『美味しいものが食べたい!』などという俗な理由ではないわ」


「はぁ……」


「「……」」


 とは言われても、どうも信用できないというか。

 別に、門前町の復活に反対というわけではないけど。


「その前に、ちょっと直した方がいいかなと」


 祖父さんが死んでから、まったく使われていない空き店舗だ。

 中の調理機具や内装は、借りた人が新しく入れたり工事すればいいと思うが、建物自体の傷みが激しくてすぐには使えないと思うのだ。


「そうだね、神社に合わせてなのか、作りが古い木造だし」


「味があると言えますが、逆に古いとも言えますので」


 これは、ちょっと修理しなければ使えないであろう。

 業者を呼んで直すと時間がかかるし、直したところで借りる店がなければ無駄になってしまう。

 両親が『うん』というかな?


「裕! 急ぎなんとかせい!」


「左様、我らは一刻も早くもっと力を取り戻したいのだ」


「わかりましたよ」


 竜神様が命令するので仕方がない。

 俺はその日の夜、仁さんの豆腐屋が締まって門前町に人がいなくなってから、古い建物の修理をすることにした。


「裕君、夜中になんの道具もなしに?」


「大工に頼むと金がかかるし、竜神様は早くしろとうるさいし、ならば特別な方法でやるしかない」


「裕ちゃんが向こうの世界で得た力だね。二つの神社の時と同じだ」


「前と同じく、治癒魔法で治すだけだけどね」


「古い建物を、治癒魔法で回復させるってこと? 確かに、二つの神社は業者が修繕したわけでもないのに建物が新築みたいだったけど……」


「そういう理屈になるかな」


 パラディンは、すでに死んでいる者たちには絶大な攻撃力を発揮するが、生物への攻撃力はそうでもない。

 ステータスの数値に従うという感じなので、数字は凄いと思うけど、この世界の近代兵器に勝てるかどうか……試さないで済むようにしたいものだ。


 その代わりというか、相手を治す能力には非常に長けていた。

 生物には治癒魔法だが、アンデッドに対しては高威力の攻撃魔法なので、パラディンとしての才能がある俺たちが、向こうの世界に召喚されたとも言えるのだけど。


「普通の神官が使う治癒魔法は、生物にしか治療効果がない……死霊やアンデッドにも効果はあるけど、これは攻撃魔法みたいな扱いになるので。俺の特別な治癒魔法は、生物でなくても治癒してしまうというわけだ」


 折れた剣にかければ剣が元通りになり、傷んだ建物にかければ新築同然に。

 物品も新品同様になってしまう。

 どうしてこういう魔法が使えるのかというと、俺がそういう理論で治癒魔法を覚えたからであろうが、それ以上に死霊王デスリンガー討伐の旅で寄った町や村に、そう都合よく武器屋や鍛冶師がいなかったから、というのもあった。

 ある種の危機感から。

 俺はそう思っている。


 なにしろ死霊王デスリンガーに侵略された土地には、無人か死の町や村しか存在しなかった。

 武器を購入したり直してもらうのが困難なので、自分でなんとかしていたというわけだ。

 実体がない死霊はともかく、アンデッドと戦っていれば武器や防具は普通に傷む。


「私もできるかな?」


「これまでの練習の成果次第だけど、大丈夫じゃないかな?」


「そうだね! 頑張ってみるよ!」


 久美子の場合、ちゃんとステータスに中級治癒魔法と書いてあったし、レベルもかなり上がった。

 もしかしたら、無機物の修理もできる治癒魔法を使えるようになるかもしれない。

 今回は治す数が多いので、久美子にも担当を割り振ってみた。


「まずはお手本だ」


 まず一番手前の、ずっと閉まり続けている店舗に治癒魔法をかけてみる。

 すると、店全体がすぐに青白い光に包まれ、それが晴れたと思ったらお店は新築直後の綺麗な状態に戻っていた。


「こういう風に」


「やってみるよ。えいっ!」


 続けて久美子もボロイ店に治癒魔法をかけてみるが、怪我などの治療は練習してかなりできるようになっていたが、無機物の方はなかなか上手くいかなかった。

 やはり、無機物を治すという考え方に人間はどこか違和感を覚え、それが治癒魔法の成功を妨害するのであろう。


 その辺は、なんとか克服しないと成功は難しいはずだ。


「裕ちゃん、難しいね」


「もう一度、まずは頭の中に新築直後の建物をイメージする」


「わかった」


「次に、自分の霊力を建物に分け与える感覚で」


「なるほど」


「最後に、建物を包み込んだ霊力が建物を新築直後の過去に時間を戻していくイメージを強く思い浮かべるんだ」


「こうだね!」


 次の瞬間、久美子が治癒魔法をかけた建物全体が青白く光り、それが晴れると新築同然の綺麗な建物に戻っていた。

 俺と同じ理論でいけるのか。

 駄目元だったんだが、上手く行ったな。


「すごいけど……なぜ一回でできる?」


 俺なんて、無機物を治す治癒魔法の習得に半年以上もかかったというのに……。

 これは、才能の差なのか……。


「まあいい。あとは、手分けして店を直すんだ」


「仁さんのお店も?」


「それは俺がやる」


 二人で手分けした結果、ボロかった二十軒ほどの店舗はすべて新築直後のような綺麗さを取り戻していた。


「久美子は、治癒魔法に長けているみたいだな」


 涼子さんに比べると少しステータスが低いので、主に後方支援担当の治癒魔法使いといった感じであろうか。

 別の世界の久美子が呼ばれなかったのは、前衛戦闘力に問題ありと、神様や女王様が判断したのかもしれない。

 

「ちなみに、裕君は四人パーティでどんな役割だったの?」


「リーダー的な存在だった」


 治癒魔法も使えるし、お札や霊力回復薬、治療薬など作れ、刀術もある程度使えて前衛で戦っていた。

 唯一の男子でステータスの数字も高めだったので、他の三人からはリーダー扱いされていたというわけだ。


「納得したわ。それで、別の世界の私は?」


「槍術の名人で前衛だった」


 もう少しレベルが上がってからだが、特に素早さが突出していて、槍で鋭い突きを繰り出していたのをよく覚えている。


「このままレベルが上がると、治癒魔法が使えるようになるのかしら?」


「治癒魔法は俺の担当だから……」


「お札を書いたり、特殊な薬を作ったりとかは?」


「それも俺の担当……」


「私って、槍オンリー?」


 前衛で戦うと強かったけど、ぶっちゃけ槍で戦うだけだったかな。

 その分、攻撃力と守備力は高かったけど。


「まあいいわ。もっとレベルが上がれば、新しいスキルを覚えるかもしれないし、今でも十分強くなったから」


 そんな話をしている間に、二十軒ほどの店舗はすべて新築同様に綺麗になった。

 久美子もレベルが上がった分、俺よりも早く治癒魔法を習得できた……。

 きっとそうだ。

 才能の差なんて関係ない。


「裕ちゃん、言われたとおりに直したけど、問題はここに新しいテナントが入るかだよね」


「それは、竜神様たちにあてがあるんじゃないかしら?」


「それがないとムカつくけど」


 俺たちが自分で営業したところで、一度シャッター商店街化したこの門前町にそうそう新しいお店なんて入ってこないはずなのだから。

 とにかく、竜神様たちに言われたとおりにお店を直したのだ。


 今夜はこれでよしとして、あとは竜神様のご加護に頼るしかないな。

 いくらパラディンでも、商売は専門外なのだから。

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