第22話 廃ビルの悪霊たち

「究極の事故物件ファイル。イン日本除霊師協会プラス菅木の爺さん。戸高市役所のすぐ近くにある古い商業ビル。ここかぁ……」


「資料でデータを見たけど、想像どおりのボロビルだね。いかにも悪霊がいそうだよ。裕ちゃん」


「悪霊が発生したせいで封鎖された、忘れられたビルってわけね」


「ここも場所はいいんだよなぁ」


「場所がよくても、採算が取れないと除霊は行われずに放置されるのが普通よ。霊を信じない人たちは、『相続で揉めたんだな』とか、勝手に勘違いするんだけど」


「霊を信じてしない人たちからすれば、悪霊のせいで使えないなんてあり得ないわけだ」


「人間って、信じたくないものは意地でも信じないものよ」


「なるほどね」






 高校生の分際で、幼馴染の美少女と、美少女転入生と同じ部屋で同居することになったリア充除霊師(笑)の俺は、早速今夜から三人で除霊することになった。

 これまで久美子と二人で仕事をしていた時には、共に新人C級除霊師ということで、低位の怨体を浄化する依頼しかできなかったが、清水さんの加入によって、ほぼ無条件に仕事を受けられるようになっている。


 日本除霊師協会に行くと、受付のお姉さんが『極秘、外部への持ち出し禁止!』と表紙に書かれたファイルを持参した。

 菅木議員の差し金らしい。

 さすがは、この戸高市を地盤に長年国会議員をやっていたわけではないということか。


 そのファイルの中から今日は、この商業ビルに巣食う悪霊の除霊を頼まれたというわけだ。


「私たちが生まれる前の話だけど、バブル崩壊でこのビルの持ち主は大きな借金を抱え、借金のカタとしてこのビルを奪われたわ」


 結局破産してしまったこのビルの元持ち主は、人生に悲観してこのビルの屋上から飛び降り、その後強力な悪霊になってしまった。


「次に、このビルを借金の担保として手に入れた会社のオーナーも、やはり破産してこのビルの屋上から飛び降りた」


 以後次々とこのビルのオーナーは代わり、市の中心部にあり市役所の近くにあるこのビルを活用しようとすると、必ず破産してこのビルの屋上から飛び降りてしまう。

 ついには、このビルを活用しようとする者は一人もいなくなってしまったそうだ。

 それは、誰だって商売に失敗して死にたくないのだから当然だ。


「こういう『停滞事故物件』というのは、全国の空き家の数パーセントあると言われているわ」


 悪霊のせいで、人が入ると死んだり、心を壊されて廃人になってしまうので、日本除霊師協会が人の出入りを禁止している物件というわけだ。

 

「全国の空き家率は、現時点で十七パーセントくらい。みんな、人口減や少子高齢化、過疎化、相続争いの継続。新築住宅の過剰供給。こんな理由で空き家が増えていると思っている。それは事実だけど、悪霊のせいで空き家になっている家やビル、賃貸物件、その他にも、よく『あそこには立ち入らない方がいい』という土地の話を聞くでしょう? それも悪霊のせい。悪霊によって停滞事故物件化する不動産は横ばい状態ね」


「横ばいなんだね。減少じゃなくて」


「人が死ぬと悪霊になる可能性がある以上、停滞物件はそう簡単に減らないわ。悪霊の強さとかも関係している」


 人が死ねば、一定の割合で悪霊になってしまう。

 除霊師が除霊すれば問題ないが、そこで、必ずしもすべての物件が除霊されない理由というものが出てくるのだそうだ。


「怨体なら比較的簡単に浄化できるし、報酬もそこまで高額ではない。でも、悪霊は低位でもC級除霊師からすれば脅威なのよ」


 よって、悪霊の除霊は基本的にB級除霊師以上が担当することになっている。

 だがB級以上の除霊師など、それほど沢山いるわけではないのだ。

 加えて、除霊が遅れて悪霊がパワーアップしてしまうケースも多かった。


 こうなると、C級除霊師には完全にお手上げ状態というわけだ。


「優先順位をつけて除霊しているけど、順番が来た時にはB級除霊師でも手に負えなくなっているケースも多いの。A級除霊師は数が少なくて、みんな忙しい。加えて彼らは高額の報酬を取るわ」


 除霊金額は、中位の悪霊でも数百万円から数千万円。

 高位の悪霊になると、数億から天井知らずだそうだ。

 なるほど。

 戸高ハイムの件で、菅木の爺さんが安倍一族から五十億円も払わせることができたわけだ。


「このビルの悪霊は、これまでの自殺した人たちの悪霊と合わさって、高位の下ってところね。このボロビルに数億円払って除霊する価値があるのかというわけ」


 A級除霊師は忙しいし、高位の悪霊の除霊ともなると報酬は数億円にもなってしまう。

 例えば、地方の過疎化した村の空き家に性質の悪い悪霊がいたとして、『そこに誰が数億円の除霊費用を出すのか?』という問題が発生するわけだ。


 つまり、悪霊を除霊したくても、肝心の先立つものがない。

 報酬を支払える者がいない。

 仕方なしに放置されてしまう。

 という、非常に世知辛い事情が出てくるというわけだ。


「銀座の一等地なら、依頼主も喜んで数億円払うと思うわ」


「取り返せるからな」


「結局のところ、そういう問題になるのよ」


 『じゃあ安くやれ!』と、たまにバカみたいなことを言い出す人がいるそうだが、まともな除霊師はみんな無視してしまう。

 悪霊の除霊は低位でも命がけなので、誰も好き好んで安くて危険な依頼など受けないからだ。


 たまに受ける奴もいるらしいが、そんな奴はほぼ除霊師を騙った詐欺師なので疑った方がいいらしい。

 支度金と称して数十万から数百万円を貰うと、除霊もしないですぐに逃げてしまう。

 そんな除霊師騙りの詐欺師が年に数名は捕まるのだと、清水さんは教えてくれた。


「今は過疎化も進んでいる土地も多く、それと比例して空き家も増え続けている。あと二十年もすれば、三軒に一軒は空き家になるって話だから、今後ますます放置される停滞事故物件は増えるでしょうね」


「清水さん……」


「裕君、私のことも涼子と呼んでくれると嬉しいかな」


 これだけの美少女からそう言われて嬉しくない男がいるだろうか? 

 否!

 一人もいないはずだ!


「涼子……痛ぇーーー!」


 ただし、久美子の機嫌は損ねたので尻をつねられてしまった。


「土地は市の中心部にあるから、再開発できれば利益が出る物件だけど、今ある古いビルは壊して、新しいビルに建て直さなければいけない。そこに数億円の除霊費用が加わる」


「儲かるかどうか微妙なところだから、誰も手を出さないわけね」


 じゃあ、どうして俺たちは仕事でこのビルに?

 と思ったら、そこに今日これで二度目の顔合わせとなる人物が姿を見せた。


「では、このビルの除霊を頼むぞ」


「このビル、菅木の爺さんの持ち物なのか?」


「いや、竜神会の所有になっている」


 いつの間にか、またうちの物件になっているのか。

 菅木の爺さんが細工したのだろうけど。


「人聞きの悪いことを言うな。このビルと土地は、いわゆる『ゼロ物件』になっていたのでな」


「ゼロ物件?」


 なんか、初めて聞く言葉だな。


「要は、心霊関係の不良不動産のことを差す。これに指定されると、固定資産税がゼロになるんだ」


 悪霊に占拠されて使えないのに、場所がよくて固定資産税が高いと持ち主が最悪破産してしまう。

 そこで、停滞事故物件である間は、その土地なり不動産に税金がかからない仕組みだそうだ。

 

「お役所にしては気が利くんだな」


「公にはなっていない制度だがな」


「どうしてですか?」


「霊など信じていない納税者もいるからだ」


 霊を信じていない人からすれば、そんな理由で税金を払わずに済ますなんて卑怯だということになる。

 そのため、この制度は公にはされていなかったというわけだ。


「除霊されたのに、ゼロ物件の指定を解除しないで商売をやったり、賃貸業を再開する奴もいるが、当然脱税扱いなので厳しい処分がくだされる。そんなに甘くはないさ。あとな。役所がどうしてゼロ物件の制度を認めたか。それは、そんな土地を物納されても困るからだ」


 一見いい場所にあって標準地価も高い物件が一定の割合で混じるため、停滞事故物件の所有者から物納を提案されると断れなくなるらしい。

 だが、そんな物件を貰っても競売にもかけられず、税金はかからないが管理費用で赤字になってしまう。

 そこで、除霊されるまでは納税を凍結ということにしたそうだ。


「霊を信じていない奴が、停滞事故物件を『変な債権者や占有屋もいないのに、もの凄くお得な物件だ!』と強引に手に入れて死ぬ奴が多くてな。霊を信じない連中は、そいつはたまたま事故や病気で死んだと思うわけだが、我らからしても死なれると困る。そこで、除霊するまで所有者の移動もできないゼロ物件制度があるというわけだ」


 ちなみに、このビルと土地の前の持ち主は戸高銀行だそうだ。

 銀行は、この手のゼロ物件指定を受けた停滞事故部物件の所有数が一番多いらしい。

 二位は当然不動産屋であった。


「ゼロ物件の所有者の移動は難しいと言っていたけど」


「そこは、ワシの交渉力の賜物だな。それに、難しいが可能性がゼロではない」


 菅木の爺さんが、政治家として動いたわけか。


「無料で竜神会が貰い受け、俺が除霊して、そのあとすぐ開発するわけか。戸高銀行に得はあるのか?」


「そりゃああるさ。銀行は、金にならない停滞事故物件なんていつまでも抱えていたくないからな。そのままビルの老朽化が進んで崩れてきたら悪夢だぞ。なんせ、解体しようにも悪霊に殺されるから中に入れないのだから」


 最近、放置された空き家が老朽化のせいで崩れてきて、近隣の住民が迷惑しているというニュースを見たことがあった。

 最終的に地元自治体が税金で解体する羽目になり、金がかかって大変だなと思って見ていたが、停滞事故物件はそもそも解体すらできないのだ。

 それでいて、もし崩れてきた外壁などがビルに隣接する道を歩いている通行人にでも当たれば、責任は戸高銀行ということになる。


 担保として取ったはいいが、とんだ不良債権だったというわけだ。


「ビルを建て替える時に、竜神会が低利で融資を受けるという条件もある。このビルは市の中心部にあって市役所に隣接している。オフィスビルでも、商業施設でも、稼げる物件に早変わりだ」


「それはいいが、別に銀行から借りなくてもいいんじゃないか?」


 例の五十億円もあるし、竜神会には祖父さんが残してくれたお金もあるそうだから、銀行から借りなくてもいいような気がする。


「聖域の守護のため、これから竜神会は組織を大きくし、安倍一族のように関連企業や団体を増やして資産も増えていく。地元の銀行を敵に回す必要はない。ある程度飴を与えておけば味方になってくれるのさ」


「味方だと思っていたら、融資の返済が滞っていますと言われてビルを奪われたりして」


 最終的にこのビルのオーナーだった人物だって、融資が返済できないで戸高銀行にビルを奪われているからな。

 それに油断していると、菅木の爺さんも銀行とグルかもしれない。


「裕、お前なぁ……。人を小悪党政治家扱いするな。ワシは清濁併せ呑む、悪徳金権政治家なのだから。戸高銀行もそういうバカな真似はしないだろう。もしやったら連中も終わりだから、ただ見捨てるだけだ」


「銀行が終わるのか?」


「終わるさ。誰が、竜神様の加護があるお前を敵に回すのだ? 第一、そんなことをしたら、他の停滞事故物件の除霊はどうなる?」


 なんだ。

 俺にそういう物件の除霊を頼むつもりなのか。


「戸高市やその近隣の市町村には、そういう物件もそれなりの数ある。そういう物件が少ない方が聖域も栄えるのでな。じゃあ頼むぞ」


 色々と説明し終わった菅木の爺さんは、また用事があると言ってその場から立ち去ってしまった。


「じゃあ、始めるか」


 仕事は仕事だ。

 ちゃんとこなさねばな。


「最初に自殺した元オーナー以下、最低でも十二体の悪霊が存在するそうよ」


 資料を見ながら、清水さんがこのビルに巣食う悪霊の情報を教えてくれた。

 それにしても、随分と沢山の歴代所有者が亡くなって悪霊化しているんだな。

 まさに呪いのビルだ。


「裕ちゃん、私も戦う」


「そうだな。久美子はもう大丈夫そうだ」


 随分とレベルも上がったからな。

 俺が書いたお札を渡しておけば、まず問題ないだろう。


「一部高位の下くらいの悪霊が複数いるみたいなので、このお札を使ってくれ」


 と言って久美子に渡したのは、文房具店で購入した習字用の和紙にちゃんと筆で文字を書き、俺と久美子の実家である両神社の朱印を押したお札であった。


「でも、相変わらず字は汚いね」


「効果があればいいのです」


 お習字の先生が綺麗な文字を書いたところで、お札に効果など出ないからな。

 お札の書き方を会得すれば、例え読めないくらいの汚い字で書かれたお札でも効果に差があるわけではないのだから。


「裕君、私は?」


「涼子さんは……今日は見学で」


 涼子さんはまだレベル1なので、ここの悪霊は厳しいはずだ。

 彼女自身がどう思っているのかはわからないけど、常識的に考えたら参加させられないよな。


「涼子さんねぇ……呼び捨てでもいいのに。むしろそれがいいわ」


「それはそのぉ……」


 俺からすれば、今のところは涼子さんが限界であった。

 久美子の怒りを助長するような真似は避けなければならない。

 それに向こうの世界で戦った別の彼女も、俺は涼子さんと呼んでいたのだから。


「そのうち、涼子って呼んでくれるように努力するわ。確かに、ここの悪霊はA級一人ならまず勝ち目がないレベルの悪霊集団だから、私は裕君の傍で今回は相川さんの戦い方を見学しているわ」


 そう言うと、涼子さんは俺の隣に移動した。

 前衛の久美子のお手並み拝見というわけだ。


「久美子、落ち着いて」


「それを裕ちゃんが言うかな?」


 若干久美子からディスられたが、このビルの除霊はほぼ予定時刻どおりに始まった。

 戸高銀行から預かっている鍵で正面ロビーからビルの中に入ると、まずは様子見の下っ端であろう。

 バーコード頭のおじさんの悪霊が待ち構えていた。


「コノビルハ、ワタシノモノダァーーー!」


 いきなり襲いかかってきたが、久美子が冷静にお札を投げつけたので、それが悪霊の額にくっついたのと同時に、青白い火柱となって消えてしまった。


「裕ちゃん、いつものお札とは全然違うね」


「当然」


 その分霊力の消耗が激しいので、この世界の除霊師では一回使ったらもう霊力切れであろう。

 もしくは霊力不足で発動しないはずだ。

 レベルアップした久美子だからこそ、このお札を使えたとも言える。






相川久美子(巫女)

レベル:106


HP:1020

霊力:920

力:96

素早さ:120

体力:100

知力:160

運:251


その他:中級治癒魔法





 この世界でいうと中級レベルの悪霊だと思うが、まだ久美子はレベルが上がりやすいようだ。

 悪霊一体で4のレベルアップは凄いと思う。

 ステータスを見ると、俺も一個レベルが上がっていた。


 そして、ステータスが見えるようになった涼子さんも。




清水涼子(除霊師) 


レベル:92


HP:1130

霊力:50

力:130

素早さ:123

体力:120

知力:134

運:120


その他:槍術、★★★



 いきなりもの凄くレベルアップしたなと思ったら、そういえば彼女はこれまでB級除霊師として活動し、久美子とは比べものにならない数の怨体や下位ながら悪霊も退治したことがあると聞いた。

 戸高ハイムの除霊でも俺たちに同行していたので、経験値は入っていたと思えば不思議ではないのか。


「あれ? 体が軽くなったような……」


「涼子さん」


「えっ?」


 俺は、異次元倉庫から収納していたリンゴを取り出して彼女に向けて投げた。

 涼子さんはすぐに反応してリンゴを掴んだが、それは一瞬で粉々になってしまう。

 やはり、急激にレベルアップした弊害が出たようだ。


「えっ? 私が? どうして」


 どうもこのレベルアップ機能は、いきなり大量に上げないでほしいとかはできないようだな。

 この世界の除霊師は、悪霊を倒せば所定の経験はちゃんと入る。

 ところがレベルアップしないので、ステータスの数値の伸びが、その努力の割に全然大したことない。

 俺がステータスを見られるようになった除霊師を浄化や除霊に同行させると、得た経験値によってレベルが上がる。

 最初のレベルアップ時は、これまで得ていた経験値の分も合わせて、いきなりレベルの数字が跳ね上がることもあるというわけか。


「力が十二倍近くなったのね。私、怪力女?」


「この世界だとね」


 向こうの世界だと、まだ全然大したことないけど。

 それでもステータスの数字に大きな差があるので、ある程度力の加減を覚えないと、日常生活に大きな支障が出てしまうのだ。


 久美子もそうなのだけど、実は彼女が一番器用ですぐに力の加減を覚えてしまった。

 俺なんて不器用だから、向こうの世界で散々慣れるのに苦労した口だ。


「霊力は低いままね」


「それは回復していないからだよ」


 レベルアップして霊力の上限は上がってるはずだが、RPGゲームみたいにレベルアップでは霊力が回復はしないので、低いままなのだ。

 俺は、『お守り』から霊力回復薬を取り出して涼子さんに渡した。


「これで回復するはず」


「えっ? 休憩以外で霊力を回復させる霊薬なんて、とてつもなく貴重なんだけど……。そんな気軽に貰えないわよ」


「そうなんだ」


「一個数千万円とか、ザラにするのだけど……」


 涼子さんによると、除霊師が使う霊力を回復させるアイテムは、極限られた場所にしか湧かない霊水と呼ばれる水に、才能がある除霊師が長時間祈りを捧げて作るものらしい。

 霊水を汲める水源自体が貴重で、さらに霊力を篭められる除霊師の数も限られ、完成に時間もかかるため、とても高価なのだそうだ。


 この世界の除霊師は、基本的に霊力が尽きたら回復させないでその日の活動は終了するのが常識であった。

 確かに一個数千万円の霊力回復アイテムを使うのは躊躇われるというか、特別な機会にしか使われないのであろうということは理解できた。


「この先、思わぬ奇襲を受けるかもしれない。自分の身は自分で守ってくれ」


 俺は半ば強引に霊力回復薬を涼子さんに飲ませ、久美子と同じくお札を何枚か渡した。


「お札も、特に悪霊を除霊できるお札は高価なのだけど。それが自前で書ける人なんて聞いたことがないわ」


 お札の利点はその品質により、己が消費した霊力の数倍~数百倍の攻撃力を得られることにある。

 ただお札を書ける人はとても少なく、確かに日本除霊師協会認定の正規品は一番安いお札でもかなり高価だったのを思い出した。


「裕君、あなたはどこまでも規格外の除霊師なのね」


「自然とそうなったというか……環境のせいだな」


「異世界で修行するって、ちょっとあり得ないものね」


「二人目!」


 三人で上の階に上がっていくが、時おり現れる悪霊はすぐに久美子がお札で浄化してしまう。

 はっきり言って、俺と涼子さんは暇であった。

 彼女は、持参した槍を使う機会がないと言ってボヤいていた。


「それは、安倍清明の形見の霊器だっけ?」


「ええ、髪穴という名の名槍よ。その突きで髪の毛にも穴を開けられるという由来があるの」


「凄い逸話だな。でも、向こうの世界の涼子さんも槍を使っていたな。そういうのは同じなんだな」


「お父さんが槍を使っていたから、私も槍術を習ったの。これは、お父さんが私に託すって。どうせ、私の異母妹弟たちは使えないもの」


 一定以上の霊力がなければ持つことすらできず、さらに霊力が足りていなければ使うことができないから、彼の力を継がなかった安倍清明の本妻の子供たちがこの槍を引き継いでも、意味がないというわけか。 


「そのうち、使う機会はあると思う」


 あっという間に、彼女のレベルは久美子に匹敵するまで上がってしまったからな。

 元々実戦経験はあるのだから、次は彼女に任せて大丈夫であろう。


「そういえば、裕君がまるで手品のように色々な品を空間から出す不思議はとりあえず置いておいて、あの刀は使わないの?」


「神刀ヤクモか」


「いかにもな名前ね」


 あれは、よほどの強敵でなければ使う必要がないのだ。

 お札、アイテム、他の武器で事足りてしまうのだから。


「これもあるしな」


 俺は、『お守り』からもう一本の刀を取り出した。

 

「これは、戸高備後守が使っていた魔刀宗晴」


「ちゃんと浄化したから、これは霊刀宗晴に名前が変わったよ」


「浄化すると名前が変わるものなの?」


「浄化したから、魔刀のままだとおかしいかなって」


「裕君の命名なのね」


 宗晴は名工が作った大傑作であったが、四百年以上も質の悪い悪霊といたせいで、完全に魔刀になっていた。 

 これを完全に浄化し、俺が使いやすいようにちょっと霊的な改良を施し、他にも古いせいで壊れていたり汚れていた部分を直し、俺の第二の愛刀にしたのがこいつだ。

 元々いい刀だったので、実にいい霊刀に生まれ変わってくれた。

 普段はこれで十分どころか、よほど高位の悪霊でもなければ一太刀で除霊できるはずだ。


「というわけで、これは霊刀だ」


「あの……この世に妖刀、魔刀の類は沢山あるけど、そう簡単に浄化できないから禁断の刀扱いされて封印されたりしているのだけど」


 じゃあ、そういう武器を集めて浄化するのもいいな。

 妖刀、魔刀の類になる武器は、それだけ元の性能が優れているからこそ、大きく変質してしまうのだから。


「仕方なしに封印されているような武器を回収し、それを浄化・修理する。色々とコレクションできそうだな」


 そんなに武器はいらないけど、なんか刀のコレクションとか格好よさそうだし。

 転売しても儲かりそうだ。


「本当に規格外なのね……裕君は。っ!」


「おおっ! 気がついたか」


 俺との話に夢中になっているので気がつかない可能性も考慮したが、一体の悪霊が久美子に見つからないようにやり過ごし、涼子さんを襲おうとしていることに気がついたようだ。

 

「これでも、弱いなりに経験はあるのよ」


 涼子さんは、自分の迫る一体の悪霊にお札を投げつけた。

 お札が命中した悪霊は、青白い炎と共に消えてしまう。


「えっ? 後ろ?」


「久美子はまだまだだな」


 まだレベルやステータスの数値では久美子の方が少し上だが、まだ実戦不足なのは否めなかった。

 逆に、涼子さんはさすがだな。

 あのステータスでレベル1だったのに、低位ながら悪霊を退治してB級になっているのだから当然か。


「久美子、悪霊は狡いからこちらの不意を突き、時には後ろから攻撃もしてくる。油断しないように」


「はい」


 それからの久美子は、順調に悪霊を除霊していく。

 先ほどの涼子さんが除霊した分も合わせ、これで十一体。

 情報どおりなら、あと一体で終わるはずだ。


「ヨクモォーーー!」


「えいっ!」


 最後の悪霊は高位の下といった感じの悪霊であったが、やはりお札の性能が優れていて、久美子自身の能力と経験値も上がっていたので、呆気なく退治されてしまった。


「どうだ? 予定外の悪霊はいるか?」


「いないと思う。清水さんは?」


「私もいないと思うわ」


 データを過信しすぎ、情報どおりの数の悪霊を退治して依頼を終えたら、実は他にも悪霊がいたなんて話はよくあると、日本除霊師協会の受付のお姉さんが教えてくれたことがあった。

 久美子は念のため涼子さんにも確認を取ってたが、彼女も悪霊の気配はもうないと言う。


「じゃあ、戻るか」


「そうだね」


「ええ、終わりにしましょう」


「なんてな!」


「ギャァーーー!」

 

 俺は数メートルほど移動して、すでに老朽化が進んでボロボロの壁に霊刀宗晴を突き刺した。

 元々名刀のうえ、浄化・修理・強化をしたので、まるで豆腐にナイフを突き刺したかのように刀身が壁を貫通する。

 そして、壁の向こうから悪霊らしきものの断末魔の声が聞こえてきた。


「俺が見逃すと思うか? 悪霊」


 これで十三体。

 予定外の一体を除霊して、これで今夜の任務は終了した。


「裕君、どうして気がついたの? 私も気がつけなかった」


「このビルの悪霊たちは変だったからだ。なにが変かわかるか?」


「そういえば、怨体が一体もいなかったわ」


 怨体は、悪霊から分裂するもの。

 バブル崩壊直後から悪霊になっている彼らが、一体も怨体を生み出さないのはおかしい。

 普通なら、数百体の霊団になっているはずだ。


「裕ちゃん、吸収しちゃったの?」


「だろうな」


 悪霊が、もしこれから自分と戦うであろう除霊師に勝てないと悟ると、稀にこれまで出してきた怨体を吸収してしまうことがある。

 それをした悪霊は、吸収した怨体の分強くなるというわけだ。


「しかしながら、これまで戦った十二体の悪霊はそこまで強くなかった」


 弱いってこともないが、まあ標準的な強さというわけだ。


「では、大量の怨体はどこに行ったのか? 答えは、他にも悪霊が残っていて、それが怨体を吸収してしまった。そして、隠れてこちらを狙っていると予想した」


 そのため、俺は精密な探知をかけて壁の向こうでこちらを伺っているもう一体の悪霊を見つけたわけだ。

 

「ねえ、裕君」


「なにかな? 涼子さん」


「それだけ大量の怨体を吸収した悪霊なら、とても強いはずよね?」


「まあ、高位の中程度だったと思うよ」


 まあまあ強いといった感じかな。

 霊刀宗晴の前には無力だったけど。


「やっぱり、魔刀時代極端に負の力に偏っていたから、反転させるといい霊刀になるな」


 マイナスがプラスに反転した時、元の数字が大きいとプラスの数字も大きくなるという原理だ。

 偉大な天使が強力な悪魔になったり、その逆もあるのと同じことだ。

 

「さっきのお札もだけど。中位の悪霊って、実は私初めて除霊したわ。中位の悪霊なんて、一体でB級除霊師が最低でも三人は必要なのだから」


「手間がかかるものだね」


「だから安倍一族のみならず、歴史の長い除霊師一族は大所帯なのよ」


 なるほど、除霊師個人の力不足を組織戦で乗り切るという寸法か。

 でも、除霊にお金がかかりそうだ。

 だから余計に、除霊されないで放置される不動産が出るのか。


「これでこのビルを取り壊せて、無事に新しいビルが建てられるな」


 これにて、今日の仕事も終わりとなった。

 その後このビルは、戸高銀行の融資を受けて新しい豪華な商業ビルとなり、かなりの不動産収入を竜神会にもたらすようになるのであった。

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