第21話 居候が増える話
「ふんふふーーーん。お味噌汁もいい出来ね。もうそろそろ裕ちゃんを起こさないと」
それにしても、現代の高層マンションって調理も全部電熱調理器なのね。
真新しい新築の高層マンションの最上階三十階は、ワンフロアーで一世帯しかないエグゼクティブルームであった。
当然家賃もとんでもないことになっているけど、先日裕ちゃんがこのマンションを占拠していた戸高備後守と安倍清明たちの悪霊を除霊したので、宗教法人『竜神会』のものになった。
うちが除霊しなければ、いくら新築の高層マンションでも無価値どころか、経費と固定資産税ばかりかかる『負動産』になってしまう。
最初ここを建築した戸高不動産は、この件で倒産してしまい、ここを担保として差し押さえた戸高銀行と菅木議員が交渉して、ここは竜神会のものになった。
今の竜神会のトップは裕ちゃんになったから、実質ここは裕ちゃんのものというわけだ。
そんなマンションの一室に、私と裕ちゃんは引っ越した。
これはもう、二人の愛の巣といっても過言ではないだろう。
私たちは両神社を継ぎ、復活した竜神様たちと聖域を守っていかなければならないわけで、さらに私も竜神会の役員ということになっている。
このまま裕ちゃんと結婚しても、まったく問題ないわけで。
むしろそれが一番!
私は大歓迎!
だって、私が物心ついた頃から裕ちゃんが大好きで、裕ちゃんのお嫁さんになるために頑張ってきたし、中学でも高校でも、裕ちゃんに悪い虫がつかないよう、校内で『広瀬夫妻』とあだ名がつけられるほど一緒にいるようにした。
一部友人たちからの、『久美子と広瀬君を奪い合うライバルとか、そんなの都市伝説だから』という忠告もあったけど、いつ何時そういう存在が出現するかもしれないので、私はまったく油断していない。
「とはいえ、そのうち私と裕ちゃんが同じマンションの一室に住んでいるって噂が流れるだろうから、これでもう二人の仲を邪魔する女性なんて現れないはず」
さて、朝食は完成したから、早速裕ちゃんを起こしに行かないとね。
これも裕ちゃんの未来の妻の役目……なんて思っていたら、突然裕ちゃんの部屋の方から大きな声が聞こえてきた。
「はあ? どうして清水さんがここに?」
「清水さん?」
私も慌てて裕ちゃんの部屋に駆け込むと、そこにはなぜか制服姿の清水さんがいた。
彼女は戸高ハイムの除霊が終わったので、もう戸高市を出ると聞いていたのに、どうしてまだここにいるのであろうか?
しかも、裕ちゃんの部屋に勝手に入って!
「おはよう、裕君。相川さん」
「こらぁ! 裕ちゃんを裕君って呼ぶな!」
裕ちゃんを名前で呼んでいいのは、私と、裕ちゃんの両親と、うちの両親と、竜神様たちと、菅木議員と……結構多いけど、少なくとも清水さんにはその資格はないはず。
「相川さんも『裕ちゃん』って呼んでいるじゃない。私が裕君と呼んでも、別に問題ないと思うわ。ねえ、裕君」
「ええとまあ……特に問題ないかと」
裕ちゃん!
清水さんが美人だからって、鼻の下を伸ばして!
裕ちゃんには、私という幼馴染兼彼女兼婚約者兼同僚がいるでしょうに!
彼女かは、まだちょっと確定じゃないかもしれなくて……でも、婚約者の件は両家の両親が認めているからこそ、この部屋に二人で引っ越せたのだから。
きっと裕ちゃんも私を好きで、二人は相思相愛なのよ!
「実はね。ちょっと色々な事情があって、私もここに住むことになったのよ」
「「えーーーっ!」」
そんな話、私はまったく聞いていない。
裕ちゃんも初耳だったみたいね。
でもどうして、そんな急に清水さんが?
と思っていたら……。
「ピンポーーーン!」
「こんなに朝早く来客?」
玄関を開けると、そこには菅木議員の姿があった。
「おはよう、相川のお嬢ちゃん。清水のお嬢ちゃんもいるかな?」
「ええ、いますとも……」
清水さんの『ここに住む』宣言は、この人の仕業か……。
それがわかったら、途端に腹が立ってきた。
「まあ怒る気持ちはわからなくもないが、ここはワシの話を聞いた方がいいと思うぞ」
私は仕方なしに、菅木議員の話とやらを聞くべく彼を家に入れたのであった。
「ご飯、味噌汁、ほうれん草のお浸し、鮭の焼き魚、生卵。日本の朝食だな」
「私、普段はパン食なのだけど」
「嫌なら食べなくていいです」
「ワシはこれでいいから食べるぞ」
「食べないとは言っていないわ。あくまでもうちはそうだったと言っただけよ」
朝、人の気配を感じて起きたら、ベッドの横に清水さんが立っていた。
どうも殺気や敵意が混じらないと、パラディンと言えどそう素早く他人の気配に気がつけないというわけだ。
寝ている時でも死霊、悪霊の気配に敏感に反応できるよう訓練したのだけど、敵意がない人の気配には鈍感なのには困ってしまう。
殺気や敵意があれば、当然もっと素早く気がついて対応できていたのだが……。
『あら、裕君って可愛い寝顔なのね』
と清水さんから言われ、ちょっとドキドキしたのは秘密だ。
まあ、彼女はただ俺をからかっているだけであろう。
清水さんを見た瞬間、久美子が飛び込んできて大変だったのだが、同時に菅木議員も来たので、二人が喧嘩にならずに済んだ格好だ。
学校にも行かなければいけないので、まずは朝食ということになった。
幸い久美子が朝食を多めに作ってくれたので、清水さんと菅木議員の分もちゃんと出している。
そういう意地悪をしないところが、久美子のいいところでもあった。
「で、菅木議員?」
「そうそう。戸高ハイムの除霊についてだが、安倍一族が除霊したことにする」
「わかりました」
「えーーーっ! いいの裕ちゃん?」
「別にいいけど」
まさか、菅木の爺さんもガキの使いではない。
花を譲った分、よく肥えた実くらいは用意しているはず。
「今の裕をA級除霊師にはできないからな。聖域が安定するまでは」
竜神様たちも復活したばかりだし、今A級除霊師にされて全国を回らされるのは勘弁してほしいところだ。
それに今は、学業もあるのだから。
「報酬は?」
「五十億ほど引っ張ってきたが、金は竜神会の方に入れた。裕は両親に談判して小遣いでも貰うんだな。相川の嬢ちゃんをデートに連れていくくらいの甲斐性は見せろよ」
「五十億って……」
すげえ大金だなと思いながら、安倍一族である清水さんを見たが、彼女はその件についてなんとも思っていないようだ。
「安倍一族って金持ちなんだな」
「歴史が長い除霊師一族で、他にも不動産を管理していたり、世界中の大企業の株主だったりして、大金持ちなのよ」
「除霊師としての質は落ちる一方なのでな。そういうもので補ってるわけだ」
菅木議員は、安倍一族をディスりながら卵ご飯をかき込んでいた。
清水さんが怒るかと思ったが、気にせずご飯を食べている。
「そういうわけで、安倍一族は裕君に大いに興味があるというわけ。どうにか安倍一族に入れられないものか、亡くなった裕君のお祖父さんの先祖まで調べているわ。うちの分家に、広瀬家ってのもあるの。今はいまいちだけど」
同じ広瀬だから、俺が安倍家の分家の血を引いていると思われた?
随分と強引な解釈だな。
「広瀬君のお祖父さんって、生まれた家とか経歴がまったく不明なのよ。若い頃にこの戸高市に来て、二つの神社を除霊したお金で再建し、宗教法人竜神会を設立した。以前、安倍一族は裕君のお祖父さんに出し抜かれたことがあるみたい」
「というわけで、清水の嬢ちゃんが裕を監視していることにした方が、裕におかしなことを企むこともないというわけで安心なのだ」
「だからって、ここに住むってのは変ですよ」
清水さん自身は、竜神会となんの関係もないからな。
この部屋自体はワンフロアー全部なので、部屋は余りまくっているけど。
「こういう言い訳もある。清水のお嬢ちゃんは、将来の次期当主候補でもある。外に修行に来て、その面倒を見たのが竜神会であると。恩を売った形だな。とにかく、清水のお嬢ちゃんを受け入れないと、安倍一族がうるさい。裕に別の女性除霊師がちょっかいをかけてくるかもしれないのでな。というわけで、戸高ハイムと五十億円の恩があるワシに従え」
「いいですけどね」
「私はB級除霊師だから、裕君ももっと色々と除霊できるわよ。相川さんも。私も裕君の仲間ね」
と、清水さんが言った瞬間、俺の脳裏に突然またもあれが浮かび上がってきた。
清水涼子(除霊師)
レベル:1
HP:30
霊力:80
力:11
素早さ:15
体力:13
知力:15
運:12
その他:槍術、★★★
清水さんのステータスだ。
久美子と同じく、俺は彼女からかなり信頼されているということなのか?
亡くなったお父さんを除霊したからか?
やはりレベル1だが、向こうの世界に召喚された別の世界の涼子さんよりもステータスでは圧倒的に優れている。
レベルは上がらないが、これまでの除霊師としての鍛錬と実戦で数字が上がったのかもしれない。
でも、やはりレベルが上がらないと、向こうの世界基準では大したことはなかった。
ちなみに、久美子であるが……。
相川久美子(巫女)
レベル:102
HP:980
霊力:860
力:92
素早さ:110
体力:95
知力:153
運:235
その他:中級治癒魔法
随分と強くなっている。
戸高ハイムでの除霊で得た経験値が、非常に膨大であったからだと思われる。
俺のパーティメンバー扱いなので、俺と同じ経験値が入っていたというわけだ。
清水さんは、当時まだ俺のパーティには入っていなかったので、経験値が入っていない?
でも、久美子は俺とパーティになった前に対峙した怨体の経験値は得ている。
ということは、清水さんと一緒に除霊すると、いきなり大量にレベルアップするかもしれないな。
「(清水さんをまだそこまで信用できない以上、この件は秘密に……は、できなかった)」
「あら? 頭の中にRPGゲームのステータスのようなものが……これってどういうことなのかしら?」
「よくわからんが、あとで説明してもらおうかの。裕よ」
どうやらこの、相手のステータスが見えてしまう機能は、オートで発動して俺の力ではどうにもならないようだ。
清水さんと、様子がただならないことに気がついた菅木議員に追及され、あとでちゃんと説明する羽目になってしまうのであった。
「別の世界で、パラディンをしていた? 死霊王デスリンガーを倒してその世界を救ったの? 広瀬君と、別の世界の私が?」
「なんとも奇妙な話じゃな」
その日の放課後、俺は二人に事情を説明した。
別に信じてもらえなくてもいい。
頭のおかしい奴扱いされたら、それはそれで仕方がないと思ったからだ。
「信じてもらえないならそれでいいですよ。私は信じているから」
どういうわけか、久美子が妙に嬉しそうだな。
「実際にステータスが頭に浮かんでいるから、信じないってことはないわ。でも、私って弱いのね……」
久美子のレベル1の時に比べれば圧倒的に強いけど、向こうの世界だと下位の悪霊にも勝てないであろう。
やはり、レベルが上がらないとステータスの数字の伸びが極端に悪いようだ。
まったく上がらないわけでもないからこそ、除霊師にも大きな差が出るのだと思われる。
「ちなみに、広瀬君のレベルは?」
「736」
「凄っ!」
「裕ちゃん、レベルが上がったの?」
「戸高備後守と安倍清明効果だな。経験値が多かったんだと思う」
あの二人のみならず、彼らが率いていた霊団も一掃したので多くの経験値が入ったのであろう。
俺のステータスはこうなっていた。
広瀬裕 (パラディン)
レベル:736
HP:7542
霊力:18697
力:1002
素早さ:821
体力:1159
知力:610
運:1111
その他:刀術
霊力がかなり上がったような気がするが、これはレベルアップ効果の他に、聖域の加護もあるのであろう。
俺が聖域の守護者扱いなので、ちゃんと聖域を守れるよう竜神様たちが補正をかけたわけだ。
他のステータスも同じかもしれない。
「そう、お父さんは強かったのね」
レベルが上がらない状態であの強さだったので、安倍清明は優れた除霊師だったと思う。
死後、悪霊化してパワーアップしたからだとしても、あの戸高備後守の悪霊を支配下に置いてしまうくらいなのだから。
彼は、上手く他の除霊師一族と共闘すれば殺されなかった……俺と祖父さんの才能に嫉妬していたから、それはなかったのか。
「三年間、他の世界で修行しながら強敵を倒し、この世界に戻って来たら一分しか経っていなかったというわけか。物語だな」
「やっぱり信じないよな」
菅木の爺さんは政治家だ。
現実的な仕事なので、異世界云々なんて信じなくて当然か。
「信じられないという気持ちは抜けないが、現実問題として裕は短時間で劇的に強くなったのは事実。そのお陰で戸高山の聖域が復活し、戸高ハイムも除霊された。政治家は結果を気にする生き物なのでな。それに、ワシが裕を気にかけていなかったと思うか? お主は、あの剛の孫なのだから」
菅木の爺さんが言うには、子供の頃から俺の霊力を見ていたそうだ。
「残念ながら、他の偉大な除霊師たちの子孫によくあるように、裕にそれほどの霊力は感じなかった。だが、今は桁違いの霊力があるのがわかる。なにかがあった。それがわかればいい」
菅木の爺さんからすれば、俺になにか理由があって除霊師として強くなったのがわかれば、それでいいというわけか。
そして、強くなった俺は利用できるから便宜を図るというわけだ。
「政治家なんて、多かれ少なかれ全員がそんなものだからな。あからさまに無償の善意を向けてくるような奴は、逆に怪しかろう?」
「そうだな」
「お前が生きている間に、どうにかして戸高山を中心とする聖域を強化する。さすれば、戸高山を中心とした地域は東京に匹敵する霊的に守られた土地になるのでな」
「東京に匹敵するですか?」
将来戸高山を中心とした地域が、東京にも匹敵する繁栄を迎えるかもしれない。
その話を聞いた久美子は、まさかといった表情を浮かべた。
戸高市は人口三十万人ほどの地方都市で、どう逆立ちしても東京に追いつけるとは思えないので当然か。
「そうだよ、相川の嬢ちゃん。実は東京も、明治維新直後に安倍一族が強固な結界を構築しているのでな。清水の嬢ちゃんは知っているだろう?」
「はい。安倍一族が、江戸幕府に代わる新しい国を守る結界を張ったと聞きました」
清水さんは、安倍一族が明治維新後、東京に新しい結界を張ったことを知っていたようだ。
お父さんから聞いていたのであろうか?
「まあ、ちょっと結界自体が不完全だったのと、江戸時代以前の霊的なスポットと、古い小規模な聖域との連結に不備があって、あの敗戦に繋がったという裏話はあるが、それはどうでもいいか」
太平洋戦争の敗戦の一因に、東京に新しく張った結界の不備があったとは……決して歴史の表には出ない真実であろう。
「とりあえず、ワシが死ぬまでにある程度やっておきたいのだ。そのために、竜神会を強化しているというのもある。宗教法人というのは、俗世の権力に手を出されにくいというのもある」
聖域を守る竜神会にある程度の力を与え、俗世からの無用な干渉を跳ね除けられるようにしたいというわけか。
「暫くは、安倍一族とは揉めたくない。よって、清水の嬢ちゃんを預かってくれ。幸いというか、清水の嬢ちゃんはB級除霊師。ほぼすべての除霊・浄化の依頼を受けられるのは幸いだ。若い者同士、三人で仲良くせい」
そこまで話すと、菅木議員は用事があるといって俺たちの部屋を出て行ってしまった。
こうして仕方なしに清水さんと同居する羽目に……。
「裕君、よろしくね」
「よろしく」
うーーーん。
美少女と同棲……同居というのは悪くないかも……。
「痛ぇ!」
「裕ちゃん、鼻の下を伸ばさない! あくまでもオフィシャルな理由なんだから!」
「わかっているから」
「あら、別にプライベートな関係になっても、私は全然構わないわよ」
「なんと!」
「裕ちゃん!」
「いや、驚いただけだって!」
こうして、俺は身分に合わない超高級高層マンションの最上階に引っ越し、幼馴染の久美子と、安倍一族の血を引く清水涼子さんと同居することになった。
決して同棲ではないのだが、なぜか久美子の機嫌は極端に悪化してしまうのであった。
いかにパラディンでも、女性の機嫌を良好な状態で保つのは難しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます