残虐すぎる異世界でも鈴木は可愛い
土日 月
第1話 鈴木隆
朝。いつものように高校に向かう途中で、鈴木隆は事故に遭った。信号がしっかり青になってから横断歩道を渡った筈なのに、すさまじい衝撃と、ひしゃげるような音が耳朶を打ち……次の瞬間、隆は辺り一面真っ白な空間に佇んでいた。
「初めまして。鈴木さん。私は女神です」
背中に翼のある女性は、バインダーのファイルと隆の顔を交互に見ながら、透き通るような声でそう言った。
「鈴木さんは不幸な死に方をされました。なので次こそは理想の生涯を送って欲しいと思います」
(ほ、ホントに女神? ってか俺、死んだの? 次の生涯って?)
立て続けに知らされた情報に、隆は混乱していた。頭の中が全く整理出来ない。それでも自称女神はファイルを眺めながら、事務的な口調で語り続けた。
「ちなみに死に際が不幸だっただけではありません。生前、アナタは身寄りのない孤児として育ち、彼女も出来たことがない。生きがいは毎週の少年ジャンプだけ。そうですね?」
「は、はい」
女神は隆の人生を的確に見通していた。輝くような美貌もさることながら、背中の翼も作り物とは思えない。つまり、彼女は本当に女神なのだろう。いや……でもちょっと待て! 確かにジャンプは楽しみだったよ! でも俺の生きがいはそれだけじゃなかったと思うけど!
「そして最終的に登校中、飲酒運転の車にはねられる。そんなアナタがあまりに哀れで最高神が慈悲を与えたのです。さぁ、鈴木さんの望む人生を教えて下さい」
「え、えーと。いきなり言われても……」
隆は現状をどうにか把握するので精一杯だった。オタオタしていると、野太い声が背後から響く。
「オメー、もたもたしてんじゃねえよ。とっとと決めろや。ブッ殺すぞ」
振り返って、隆はより一層狼狽した。巨躯にスキンヘッド、サングラス――強面の男が入れ墨のある腕を組み、仁王立ちしていたからだ。
「ひっ!? アナタもひょっとして神様ですか!?」
「ああ? 何言ってんだ、オメー! ブッ殺すぞ!」
語尾が『ブッ殺す』の男を、女神が美しい手で指し示す。
「こちらは佐々木さんです。佐々木さんも鈴木さんと同様、つい先程亡くなられました。最近は神々も忙しく、一人の人間に時間を割いている余裕がないのです。なので三者面談という形を取らせて貰っています」
三者面談ってそういう意味だっけ、などと隆が思っている間も、女神はバインダーのファイルをパラパラとめくっていた。やがて手を止め、視線をファイルへ落とす。
「佐々木さんは若い頃は暴走族、そして死の直前まで頭にヤの付くお仕事をなさっていたようですね。当初三人だった佐々木組を日本屈指の指定暴力団にまで押し上げた――その功績を称えて、今回の運びとなった訳です」
いや、それ功績じゃなくね!? むしろ悪事じゃね!?などと本人を前にしてツッコむことは隆には出来なかった。
「それでは佐々木さんから希望をお聞かせ願えますか?」
「おう! じゃあ、メチャメチャ最強にしてくれや!」
「はい。能力はメチャメチャ最強ですね」
女神はファイルの書類に万年筆をスラスラと走らせる。
「転生する場所ですが、どういった異世界がお好みですか?」
「そうだな。乱れに乱れきった世紀末みてえな感じがいいな。悪りぃ奴らがいっぱい出てきてよぉ。俺がそいつらをバッタバッタとブッ殺してやんだよ」
「世紀末みたいな世界で悪い奴らをバッタバッタとブッ殺す……ですね」
「おうよ! 全国制覇だぜ!」
隆は佐々木の話を聞きながら呆れていた。ブッ殺すとか全国制覇とか、いい年をした大人がそんな願いで良いのだろうか。女神が万年筆を細い指でくるくると回しながら佐々木に尋ねる。
「では、ものすごい血生臭い異世界でも良いですか? 強い敵ばかりで、かなり救世難易度は高いですけれど……」
「上等! 強い奴が多いほど燃えるってもんよ!」
「かしこまりました」
佐々木に一礼すると、女神はバインダーに万年筆を載せたまま、隆に視線を移した。
「鈴木さんもそういう感じの異世界で良いですかね?」
「い、いや全然良くない! 俺はどっちかっていうと、もっとほのぼのした異世界で、まったりした生活を送りたいっていうか!」
「ほのぼのでまったり、ですか」
女神に言われた通り、孤児として育てられた隆は、平凡な暮らしにずっと憧れていた。両親がいて、仲の良い友達がいて、住居を転々とすることのない、ごくありふれた生活だ。
「では、能力はどうしましょう? 佐々木さんのようにメチャメチャ最強にしますか?」
「別に能力とかいらないかなあ。異世界で可愛いモンスター飼ったり、農作物育てたりとか、そういうことしたいだけなんで」
「困りましたね。一応、決まりとして能力は与えないといけないのですよ」
女神は少し顔をしかめた後、面倒くさそうに隆の全身を眺めた。
「鈴木さんは見かけがあまりにも普通ですね。なので、人間としての魅力を高めるというのはどうでしょう?」
「え。じゃあ俺、格好良くなったりするの?」
「外見はこのまま転生します。でも『異性を虜にする能力』を得れば、異世界で出会った女性が皆、鈴木さんを無条件で大好きになりますよ」
それなら、ほのぼの異世界ライフも送りやすいかも知れない。女神の話を聞いて、隆は悪い気はしなかったが、今まで黙っていた佐々木が鼻をフンと鳴らし、白い床に唾を吐く。
「何だオメー。上手いこと言って結局ハーレム作ろうってのか。このエロガキが。ブッ殺すぞ!」
「ち、違いますよ! そういうんじゃなくて!」
隆は慌てて否定する。その様子を見て、女神も顎に指を当て、思案するように小首を傾げた。
「それじゃあ『現地の種族から無条件に愛される能力』にしておきましょうか。これならハーレムにはならない筈です」
「えっと、何が違うの?」
「それはですね……」
言いかけた瞬間、佐々木がヌッと女神と隆の間に割って入ってくる。そして隆にいかつい顔を近付けた。
「めんどくせえな、オメーはよー! チャッチャとせえや! ブッ殺すぞ!」
「は、はい! すいません!」
「それでは、チャッチャといきましょう。じゃあまずは佐々木さんから。準備はよろしいですか?」
「おう! 異世界だか何だか知らねーが、まとめてブッ殺してやんよ!」
「では、いってらっしゃい」
女神が指をパチンと鳴らす。すると佐々木が忽然と消えた。それは、ロウソクの火にフッと息を吹きかけて消す程に呆気なく、また、瞬く間の出来事だった。
「次は鈴木さんですね」
「あの……向こうで困ったこととかあったら連絡取れます?」
「いいえ。私とは此処でお別れです。鈴木さんがまた死んだら会えるかも知れませんが」
そして女神は指を鳴らした。
◇
「おおっ! 召喚が成功しましたぞ!」
ガヤガヤと騒がしい声。白い部屋で美しい女神と語らっていた隆は、今、大理石の床を一直線に伸びた赤絨毯の上に立っていた。周りには、中世の貴族を思わせる風貌の男達が期待を込めた眼差しで隆を見詰めている。バロック調を思わせる、だだっ広い部屋の中で隆は息を呑んだ。
(ほ、ホントに俺、異世界に来たんだ!)
女神との会話は隆にとって、どこか現実味がなかった。だが、こうなった以上、もう全てを信じざるを得ない。ようし! そうと決まれば、此処で楽しいほのぼの異世界ライフを送るぞ!
「ワシがこの国の王じゃ」
金の冠を被り、口髭を蓄えた小太りの男性が隆に手を差し出してきた。隆はでっぷりとした手を握る。
「勇者よ。どうかこの世界を救ってくれ」
「あ、あれ。一応そういう設定なの?」
不思議に思っていると、ローブを羽織り、銀の杖を持った魔術師がおずおずと王に一枚の紙を差し出した。
「王様。これが勇者様の能力値です……」
「うむうむ」
隆はおそらく自分のステータスがその紙に書いてあるのだろうと推測する。やがて笑みを湛えていた王の顔が、見る見るうちに険しくなっていった。
「攻撃力に防御力、魔力まで全て一桁じゃと!? 何じゃ、こやつは!! ハズレではないか!!」
あんまりな言い方だと隆は思った。しかし、能力がないのは最初から分かっていたことだ。
「いや俺、此処でまったり、ほのぼのした生活がしたいだけなんで」
「何が、まったりほのぼのじゃっ!! 今、まさに魔王軍が攻めてこようとしている、危急存亡の秋に!!」
「え……。ま、魔王軍?」
どうにも話が食い違っているような気がした。王が魔術師に叫ぶ。
「急げ! 次の召喚じゃ!」
「あ、あの。俺は、どうしたら?」
隆が声を掛けても王はもう返事をしなかった。空気のように隆をスルーして、魔術師が呪文を唱え始めた。高価そうな衣装をまとった貴族風の男達が隆の肩をドンと押す。
「おい、邪魔だ。どけよ」
「お前はもう用済みだ。とっとと城から出て行け」
男達は汚い物を見るような目を隆に向けていた。な、何だよ、コレ! 聞いてた話と違う!
まさに、その時だった。激しい音を立てて、隆の背後の扉が開かれる。突如、現れたのは異形の者達だった。耳まで口が裂けた悪魔や獣人、三メートルを超える巨人が血に濡れた武器を持って雪崩れ込んで来る。
「ま、魔王軍!!」
王が血相を変えて叫ぶのと、最初の犠牲者が悪魔の持った大剣で首をはねられたのは同時だった。
「ひゃあああああ!」
先程、隆をぞんざいに扱った貴族風の男達が情けない声を出して逃げ出した。ライオンのような顔面の獣人が、逃げ惑う男の一人を背後から鋭利な爪で切り裂く。鮮血が大理石を赤く染めた。
「な、な、な……!」
隆は絶句する。その場にいた者達は首を切られ、胴体を切られ、或いは獰猛な魔物に頭からバクリと食べられていた。
阿鼻叫喚の巷。ふと、隆の頭にスキンヘッドでサングラスを掛けて語尾がブッ殺すの男、佐々木が思い浮かんだ。
『乱れに乱れきった世紀末みてーな世界がいいぜ』
(ま、まさか……俺の望んだ異世界と間違って……!?)
確かに『鈴木』と『佐々木』は発音が似ている。だからといって神がそんなことで間違うのはおかしいが、この状況を考えればありえない話ではない。
やがて、人間を蹂躙していた魔物達の動きが一斉に止まった。扉から三体の悪魔が入ってくる。他の魔物は跪いて、その悪魔に道を空けた。
先頭を歩く悪魔の威容に、隆はごくりと生唾を飲む。腰まである漆黒の黒髪、その頭頂からは山羊のような角が生えている。水着を思わせる露出の多い黒革の鎧からは褐色の肌が覗く。大きな胸。スタイルも良く、顔も凜々しく整っている。だが、それは女神の持つ美しさとは対極の、妖艶たる美貌だった。
そして、その悪魔が向かう先には、
「た、助けてくれえ!」
この城の王が、赤絨毯の上、情けない顔で土下座するように跪いていた。褐色の悪魔が無言で王の隣を通り過ぎる。少し安堵した王の首は、そのまま絨毯の上にごとりと落ちた。
(なっ!? 今、何をしたんだ!?)
隆には褐色の悪魔の攻撃が視認出来なかった。王を瞬殺した恐ろしい女悪魔は、子供のような体格の二体の悪魔を両側に携え、隆の方に歩いてくる。赤髪ツインテールで自分の背ほどもある鎌を持った少女と、蒼髪ポニーテールで両手にナイフを持っている少女だ。どちらも顔は殆ど同じだが、赤髪は頭部に猫のような尖った耳が、蒼髪の方は丸い耳が付いていた。
隆はちらりと背後を窺う。殆どの者は殺されたが、メイド服を着た女中が数人、隆の背後で震えていた。
(まだ生き残ってる人がいる! こ、こうなったら俺がやるしか!)
もう、ほのぼの異世界ライフどころではない。隆の心の中から、熱いものが湧き上がってきた。人間を虐殺した悪魔に対して、正義感が湧いてきたのだ。王や貴族はイヤな奴らだったが、それでも同じ人間だった。
先程、王は隆のステータスを見て、ハズレと吐き捨てた。だが、もし女神が自分と佐々木とを間違っていたとするなら――本気で戦えば、メチャメチャ最強の力が出る筈だ!
「うおおおおお!!」
隆は叫びながら拳を振り上げ、褐色の女悪魔に渾身のパンチを叩き込んだ。
『ポス』
最強とは、あまりにもかけ離れた音がした。隆の拳は、女悪魔の大きな胸の谷間に吸い込まれるように埋もれていた。
「わわっ!?」
隆は叫び、腕を引く。叫んだのは、自分が全く非力であったことへの驚き、プラス、女性の胸を図らずして触ってしまった衝撃からだった。
褐色の女悪魔は冷え切った目で怯える隆を見下ろし、牙の生えた口を開く。
「人間ごときが! その所業、万死に値する!」
ハスキーかつ迫力のある声に隆は震える。そんな隆に追い打ちを掛けるように赤髪ツインテールの悪魔が吐き捨てる。
「ネフィラ様に殴りかかるとはこの命知らずのカスめがっ!!」
蒼髪ポニーテールの悪魔も甲高い声で楽しそうに嗤う。
「内臓を引きずり出してやろうよー! 腸のネックレスを作るんだー!」
またもや赤髪ツインテールが下卑た声で哄笑する。
「ぎげげげげ! 生きたまま目をくり抜くのはどうだあっ?」
(お、俺って、能力無しでヤバすぎる異世界に飛ばされたってことか!? 畜生!! 何が望み通りの生活だよ!!)
惨殺された人間の血で染まった王の間。隆は涙目で、目の前の悪魔達を為す術もなく眺めていた。
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