第3話

翌日の日曜日。GWが二週間後に控えた今日、俊彦は昇段試験に控えて武器になる技の精度を上げていた。一方郁はようやく基礎の受け身を終え組手をどうするかすら決まっておらず、右左両方の組手でやっていた。そのせいか精度が上がらず乱取りでも女子にすら決め手が取れず、かろうじてたまに文字通りの力技で1本を取れるといった具合。

 自身が伸び悩んでいるのは明白。いくらスタートは俊彦の方が早いとはいえ、持ち前の運動神経でどんどんと強くなっていく同級生に対し、焦りを覚えていた。

「くそっ……」

 小さく呟き不満を零す郁。ここにしっかりとした指導者がいないというのが大きくなる。確かに郁自身もそれなりに運動神経があるのは誰もがわかる。それにバスケでPG(ポイントガード)としてやっていたのがわかるように両方で差がないように組めるのは凄い。しかしそれは昇華させるには圧倒的に時間がないということ。


 入部して1ヶ月が経って初心者ならあって当たり前。しかし1年遅れて始めたのはかなりのハンデ。それがわかっているからこその焦りが郁を追い詰めていた。

 そのせいか体にキレがない。実は徐々にバスケで常に走り続けていたスポーツとは思えないほど息切れがここ数日早くなっていた。


 乱取りの稽古をしている道場にブザーが鳴り響く。

「「「「「「ありがとございました!」」」」」」

 部員全員がお互いの相手に礼を取る。その後は最後の追い込みに腕立て、腹筋などをし、クールダウンで柔軟をして体を解していく。

「じゃ、終わり!」

 俊彦の宣言で今日の練習が終わる。そして俊彦は郁の元へと近づき声をかける。

「郁。お前焦りすぎだ。そんで組手決めろ。どれもこれもで中途半端だ」

「わかってる……」

「お前背が小さいから確実に懐に入りやすい背負いがキーだ。たぶん同じ60キロ級でも小さい方だ。それで同じ右よりたぶん左で喧嘩四つのほうがいいと思う」

「やっぱりそう思うか?」

「多分な。引手の取り合いになるから相手も強引な技が増えるだろうけど小さいと懐に入られないから払いやハネ系さえ注意したらいいはずだ」

 俊彦のアドバイスに考え込む郁。やがて「そうか……」と声を零す。やはり疲労と焦りからか表情が暗い。そんな郁に俊彦はさらに声をかけた。

「練習……この後もするんだろ。付き合うぞ」

「すまん……」

「何言ってんだ! 当たり前だろ!」

 そう言って郁の背中を叩くとニカッと笑う俊彦を郁はうっすらと笑い返した。


 男二人で道場に残り喧嘩4つで成り得る武器の一本背負いの打ち込みをもくもくとする。その傍らで百華と真帆が座って見守っていた。

 ただ見守るだけではなく投げ込む正面に座り込み、体の軸などブレがないかを見ていた。

 しかし声をかけることはしない。ただただ二人の練習を見守る。


 もう練習が終わってから1時間経ったが辞める気配がしない二人。そんな二人を見ながら女子二人は会話をしている。

 最初は他愛もない話しをしていた二人だがもくもくとやる男二人を見て、いつの間にか二人は会話も止まり練習をする二人に魅入るように見つめていた。そんな中、真帆は感想を漏らす。

「こうやって打ち込む男の子ってカッコイイよね」

「そうね……」

 どこか覇気のない相槌に百華を見ると辛そうな顔をしていた。

「もーちゃん? どうしたの? 顔怖いよ?」

「え? ごめん。ちょっとね……」

「何よ? なんかあった?」

「何かあったというか……。郁がね……追い詰められてるのに何もできないなぁ……って思って……」

 百華は少し困ったように眉を下げて苦笑いをしながら答える。

「そっかぁ……もーちゃん……かーくんが心配でたまらないんだね」

「そうね。大事な後輩だもの……」

「そうだねぇ。大事な後輩だ。私も心配してるけどね」

「けどねって……何か含みがある言い方ね」

 真帆には珍しく含みがある言い方に少し驚いた表情をしつつも、そんな真帆におかしく思いクスっと笑いをこぼした。

「んーー……もーちゃん……いや百華……」

 いつもの呼び方ではなく百華呼びに変えたところで空気が変わったのを察して黙って視線を真帆に向けると真帆もまた百華と目線を合わせた。すると満面の笑みをして顔を耳元に近づけ囁いた。


「もーちゃん……かーくんのこと……好きでしょ?」

 そんな事を言われた百華はバッと体ごと真帆にむけ目を見開きすごく驚いた顔をして固まっていた。

 何をそんなに驚いているのかわからない真帆はさらに二人に聞こえないように小声で話し続ける。

「あれ? 違うの?」

「ど、ど、どうして?」

「もーちゃん。日に日にかーくんの事、目で追ってるよ。最初は世話焼きが発動してるのかと思ってたけど、最近はその域を出ているというか……。たっくんを見ている時の目に近いというか……それ以上かもって思う事があるよ?」

「え? え? え?」

 まさかの話しにさらに動揺が広がる百華。

「ほら……もーちゃんならさ、そんな動揺しないと思うんだなぁ」

「そんなはず……気のせいよ。私が……郁を……好き?」

「そっかぁ……。自覚がまだ無いってことね。なら気のせいかもしれないかなぁ。百華その辺ちゃんとわかりそうだし……」

 そう言って真帆も人差し指を顎に当てて天井を軽く見上げ考える。そして何かを思ったのか軽く手を合わせて話す。

「もーちゃん。もしかしたら自覚してないだけかも? 一度ちゃんと考えた方がいいかもよ?」

 そう言うと練習する二人に目を向けてしまった。


 言われた百華は口をぱくぱくしながらも真帆がもう話す事は話したと言わんばかりに先程まで二人に口出ししていなかったのに、今の投げは良かったなど言い出し会話を終わらしてしまっていた。

 百華も仕方なく真帆に交じり、出来得るアドバイスをしていく。しかし頭の中では真帆に言われた事について自問自答を繰り返していた。





第4章 動揺 ~完~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

乾きを潤した一雫 はるもも @Haruhimomo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ