第2話

ほどなくして料理が出来上がる。食卓に上座に郁、隣に百華。正面に母親の敏恵、その隣に美沙が座る。そしてテーブルにはふわとろオムライスにかけられたデミグラスソースに、サラダ、そしてホワイトスープ。

「ふわとろだぁー」

「ソースがいい匂いね。美味しそう」

「デミグラスソースで食べれるってだけで高級感でるわね」

 美沙、敏恵、百華と感嘆の声をあげて食事を始める。そして当然三者ともに幸せそうな顔をしながら食べているのを、郁は食べながらも心が暖かくなりながら眺めていた。


 そんな郁を対面で座る敏恵が見て、そして隣の百華へと視線を向ける。両者を二、三度見てから郁へと声をかける。

「郁君、わざわざありがとうね。とっても美味しいわ」

「いえいえ、俺はオムレツ作っただけですから。ソースは店のだし、チキンライスは山路先輩が作ったので俺はたいしたことしてませんよ」

「でも郁君がいなかったら食べれてないでしょ? だからありがとう」

 敏恵は感謝を述べ笑顔をむける。その顔は百華とそっくりで百華よりも完成度が高い、まさにマザーといえる慈愛の満ちた笑顔だった。そんな顔をむけられ郁は少し照れくさくなり視線を落とす。


「あらあら、照れちゃって可愛いのね」

 敏恵はさらに微笑み返す。それに美沙も便乗する。

「ほんとだ、お兄さん照れてるー」

 そう言って可愛らしく笑い出す。

「ちょっと。美沙ちゃん、笑わないでよ」

 そんな郁の返答におもむろに百華が郁へと声をかける。

「郁? 美沙は美沙ちゃんて呼んで私は山路先輩なの?」

「そうねぇ。私も一応OBだから山路先輩と言われたら私も含まれるわね」

 百華の問いに敏恵も何かを感じ取り合いの手を入れる。

「え? 先輩は先輩なので……。えとおばさん……?」

「敏恵。と・し・え・さ・ん」

 郁の返答に敏恵は鋭い目を向けて言い放つ。

「あ、はい。敏恵……さん」

「私は、百華。も・も・か」

 郁が答えると即隣からも鋭い視線で郁に詰め寄った百華。

「も、ももか……先輩」

「「よろしい」」

「あははは! お兄さんの負だね!」

 満足気な二人に気圧された郁が可笑しかったのか美沙はお腹を抱えて笑いだしていた。

 女性が主導になる家庭だと男は弱いという噂を目の当たりにした郁だった。


「ところで百華?」

 満足した美沙がおもむろに百華に声をかける。

「なに?」

「それ……また着てるけど……どうしたの?」

「え?」

「その服よ。どう見てもあなたのじゃないはずだけど」

「郁に貰ったのよ」敏恵の問いに淡々と答える百華。

「あら……そうなの」と敏恵が言うとニヤっと笑い話し続ける。

「良かったわね」

「そうね。部屋着にしようかと思ってるわ」

 微笑みながら百華に話し、その返事に百華は少し笑顔を向けて答える。するとそれを聞いていた美沙も話に加わる。

「えー、なんか着心地良さそう。お姉ちゃん、私にも貸して?」

「だめよ? 私が貰ったんだもの」

 百華に拒否された美沙は再度貸してと言い、それをさらに拒否したり、それを微笑みながら見る敏恵。そんな仲が良いと思わせる家族の食事の団欒の光景。それを郁は微笑ましく思いながらも遠くから眺めているように見つめていた。


 姉妹のやり取りを見ていた郁。そして大人として一歩引いて周りの雰囲気に気を配っていた敏恵が郁の様子に気づく。そして美沙もまた姉と押し問答をしてる際に郁の姿を視界に捉えると首を掲げ一瞬何かを考える素振りをすると声をかけた。

「お兄さん?」

「ん? 美沙ちゃん何かな?」

「寂しそうだけど、混ざりたい?」

「え? どうして?」美沙から唐突な質問にきょとんとする郁。

「寂しそうな顔してるから、混ざりたいのかなと思って」

 美沙の問いかけに百華も郁を見る。

「あなたたちのやり取りについてけなかっただけよ。ね? 郁君?」

「え、ええ……。仲がいいなと思ってました」

 少し戸惑っていそうな郁の様子に咄嗟に敏恵が助け舟を出して答え、その言葉に愛想笑いをするように笑顔を作り郁は答えた。

「そうかなぁ? うーん……」

 そんな答えに美沙は何やら納得がいかないのか腕を組み小首を傾げ、じっと郁を見つめ考えていた。

「そんなことより、食べちゃいましょう。冷めたらもったいないわ」

 まるで空気を変えるように敏恵が食事をするように促す。そして他愛もない会話をしながら全員食事を開始する。

 しかし各々心の中では別の事を考えながら食事をしていた。


 食事も終えて食事を用意したのとお客の相手ということもあり、敏恵と美沙は食器を洗いリビングには郁と百華の二人は会話をしていた。

「どう? 一人で食べるよりは良かったでしょ?」

「そうですね。楽しい食事でした」

「それは良かったわ。あのまま帰すわけにもいかなかったし」

「どういうことです?」

「寂しいと思って食事するよりと思ってね」

「一人で食べてるのは慣れてれるので寂しいとかないですよ?」

「そうね。でも慣れるのと我慢したり見ぬふりするのとは違うのよ?」

 百華はそう言うと先程までのほんわかした会話から一変して真剣な顔を郁に向ける。

「どういう意味です?」

「貴方はいつもどこか寂しそうなの。それを見てしまうと私はなぜかほっとけない。今日寝ている貴方は何かうなされていたわ。だから今日誘ったの。一人にしとけないなって。お節介かもしれないけれど……」

 そんな事を言われた郁は押し黙るしかできなかった。

「少しは周りに甘えていいと思うわ。あまり深く考えないで。……お手洗いにいくわ。ゆっくりしててね」

 そう言って出ていく百華と入れ違いに片付けを終わらした二人が戻ってくる。


 美沙は見たいテレビがあるのかソファーに座りテレビを見る。敏恵はテーブルに座る郁の正面に座り「あら百華は?」と一人ぽつんといる郁に尋ねる。

「お手洗いにいくとさっき行きました」

「あらそう」

「あの、そろそろお暇します。長くいるとご迷惑になるし、もう遅いですから」

 そういわれ敏恵は時間を確認すると20時を回っていた。

「またいつでもいらっしゃい」

「はい、ありがとうございます」

「百華がいなくても来ていいからね。寂しくなったり、辛かったり、母親が恋しくなったら代わりになってあげるわよ?」

「え?」

「まだ10代の子供なんだから、大人に甘える事は悪いことじゃないわよ? ね?」

「いや、寂しくなんか……」

 立て続けに言われた言葉に流石に顔にも態度に見るからに現れてしまう郁。内心とても穏やかでは無かった。それほどに動揺してしまっていた。

「急いで理解しなくても大丈夫よ? ゆっくりでいい。自分の心にゆっくり聞いて? それにね、うちは女ばかりだから、息子ができたみたいで気兼ねなく来てくれたら私は嬉しいわ」

 そう言って敏恵は優しく郁に微笑みかけていると会話を聞いていた美沙も加わる。

「そうだよー。私もお兄ちゃんみたいに甘えるしー。けど本当にお兄ちゃんになったりして? イシシ!」

 少し離れた美沙が振り向きながら大きめの声で話しいたずら顔で冗談を織り交ぜる。

 郁はそんな二人を交互に見ながら少し困り顔をして苦笑いをするしかできなかった。


「お邪魔しました。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

「気をつけて帰るのよ」

「お兄さんまたね!」

 少しして戻ってきた百華に帰る事を伝え百華、敏恵、美沙の順に別れの言葉をかけられ山路家を後にした。


 郁は夜空を見上げながら一人帰る。前回もこんな雲もなく星がよく見える日だったなと思いながら歩く。一つ違うのは半分に欠けた月ぐらいだろうか。夜空を見上げ歩きながらため息をつく。

「寂しいか……全員にいわれたな……そんなに寂しそうなのか……俺は……」

 郁自身に自覚はない。確かに寂しさを感じる日が無かったわけではない。けれどあの日強く生きると誓った日からそこまで思わなくなった。しかしここ最近は揺れ動いていたのも事実だった。

「見ぬふり……母親……か……」


 呟き夜空を眺めながら夜道を歩く。以前送って帰る日よりは早いためあたりの家からは明かりが漏れているため、まだ夜道は明るい。しかしあの日よりも郁には暗く感じられた。しかし見上げる夜空に浮かぶ輝く星と月が見え、なぜか不思議と暖かさを感じてもいた。そんな相反する光景に不思議さと安心と不安さを感じさせられていた。

 このわからない感情を郁は処理できずただただ思考がまとまらないなか帰路についていた。

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