第2話

しばらく見つめていた郁は握られていた手から震えを感じて我にかえる。どうやら寒くて百華が震えたようで起き上がり起こそうと体を揺する。

「先輩。起きてください。風邪ひきますよ?」

「んー……」目を開け郁と目が合う。

「起きたんだ、おはよう。私もいつの間にか寝ちゃってたわ。寝顔みられちゃったわね」

 そう言って百華は恥ずかしそうに笑う。

「ええ……その……」

「なに? 女の子の寝顔をジロジロ見てたの?」

「あ、いや……すいません」

 そう言って郁は頬をかく。

「まぁいいわ。私も寝顔堪能させてもらってたし。とても可愛らしかったわよ」

「そうやって揶揄うんですから……。まぁ俺も素敵な寝顔堪能させてもらったので良いですが」


 郁の言葉を聞いて百華は少し目を上に向け思案顔をする。一拍置いて郁の目を見て話す。

「だからなの?」

「何がですか?」

 何やらじっと見て質問してくる百華だが何がだからなのかわからず、郁は首を横に傾ける。


「これよ」

 そう言って百華は手をあげ、その手に視線を向ける。その手は今も握られている手。当然郁の手も上がる。

 それでようやく理解した郁は慌てて手を離す。

「すいませ……じゃない。既に手を繋がれてたし……これは……その……寝姿に見惚れてて忘れてたというか……」

「見惚れてて握ってたんだ。感想は?」

「え……その……」

 郁が言い淀んでごまかそうとしていても百華はじっと見つめられ観念して吐く。

「夕日が当たってて……その……綺麗だなぁと……」

「ふふ……そっかぁ……綺麗だったかぁ……惚れたかしら?」

「いや! なってませんよ! まだ!」

「まだ? なりそうなの?」

 郁の返事に流石に百華も唖然とし、キョトンとしてしまう。


「あ、違います! 場の雰囲気に流されただけです!」

「なんかそんなに必死に否定されると流石の私でも傷つくわよ?」

 強く否定する郁に百華は流石に少し傷ついたのか悲しそうにする。

「すいません。いや先輩は綺麗ですよ。付き合えたとしたら誰でも嬉しいと思いますよ」

「貴方も?」

「え? あー……嬉しいと思いますよ。けど俺は今は欲しいとか思ってないので……」

 そう言って頭をかく郁。

「なんかそれもどうなのかしらね。遠回しに私フラれてないかしら……」

 ジトーっとした目で郁を睨む百華に郁はさらにしどろもどろになっていく。必死にそうではない、先輩は綺麗で可愛くて、となんとか褒め言葉を絞り出す。それを百華は思わず笑ってしまう。そして百華はくしゃみをし、それを聞いた郁は立ち上がり鞄の方へ行く。


 戻ってきた郁はその手に見覚えのある服を持っていた。

「寒かったんでしょ。俺も寒くて目を覚ましましたし。これブレザーの下にでも着てください」

「これ、いつも持ってるの?」

「春と言っても夕方になると寒い時ありますから。これ春服なのでそんなに厚くないので念の為いれてるんですよ」

「用意いいのね。私低血圧だから寒がりなのよね。もしかして女の子に貸すため狙ってやってたりして? 私のためとかだったりする? だとしたら嬉しいかも?」

「そんなわけないですよ。ただの習慣です。寒がりなら膝掛け自分に使ってください」

 そう言ってかけられていた膝掛けを百華に渡す。

「これ、ありがとうございました。風邪ひかないうちに帰りますよ」

 そう言って郁は着替えだす。いつものように揶揄うつもりで言った百華は、一見照れて話題を変えたいつもの態度に見える郁に対して、最後の言葉を吐いた時、遠い目をし陰りがある顔になったのを見逃さなかった。そして着替えに行く郁の背を見て呟く。

「優しい人……なのに自分への好意は怖がってる……」


 着替える郁は顔だけを後ろへ向き百華に声をかける。

「あの……いつもの事とは言え、二人きりの時にそんなに着替えをじっと見られるのは流石に恥ずかしいのですが……?」

「あ、ごめんね。気にしないでいいわよ。筋肉ついてきたなぁと眺めてるだけだから」

「いや、恥ずかしくないんですか?」

「もう慣れたわ。夏場になったら平気でハーフパンツやトランクス姿で畳の上で大の字で寝転がる先輩達みてきたんだから。後ろ姿だけなら水着見てるのと変わらないわ」

「そ、そうですか……」

「そうよ。気にしないで早く着替えないと風邪ひくわよ?」

「そうですね……。(なんか……違うと思うのだが……)」

 郁はそう言われると慣れるかと思わず肯定したが、やっぱりどこか可笑しいと思い呟きながらも着替えをすましていく。百華も渡された服をブレザーの下に着込む。

 着替えを済ました二人は道場を後にした。


「なんかこうしてまた同じ服借りると、これ私のもの? って思ってしまうわ」

「欲しいんですか?」

「くれるの?」

「それ薄いので合わせやすいからお気に入りなんですけどね……。まぁ別にいいですよ。その代わりこれからは自分でそれ持参して寒さ対策して下さいよ?」

「あら、言ってみただけなのに……。なら貰っちゃおうかなー」

「どうぞ。いらなかったら返してください」

「そうね……じゃぁお礼に今度デートしましょ?」

「いや……お礼にデートしようって男の台詞でしょ」

 百華の言葉に呆れた顔をしジト目を向ける。


「ならお礼になるじゃない。ね?」少しの沈黙のあとに百華が尋ねる。

「ね? って……。付き合ってるって噂になっても知らないですよ?」

「なったらなったよ。否定したらいいだけだわ」

「たまに男らしいですよね」

 あまりにもな台詞に思わず吹き出す郁。

「こんな可憐な女の子に男らしいとか言うのね……じゃぁ噂になったら肯定しちゃうんだから」

 百華はそう言って頬を膨らませプイッと顔をそむけてしまう。その態度に慌てる郁。

「すいません! 先輩はとても可憐な女の子です! いやぁ、デートに誘われて嬉しいなぁ!」

 肯定されてたまるかと言わんばかりにハキハキと褒める郁。

「なんだかわざとらしいけど……じゃぁもうすぐGWだし。予定は? 昇段試験あるし出かけないわよね?」

「そうですね。夜にバイトあるんでそれまでなら良いですが」

「バイト?」

「店の手伝いです。学校が休みの時は基本手伝ってたんですよ。学校も部活も落ち着いたんで、来週の土日から再開することにしたんです」

「そうなの……丁度いいわ。じゃぁ昇段試験終わった次の日ね。デートプランは私が決めるから安心して」

「何が丁度いいのか、何を安心したらいいのかわかりませんが……わかりました」

 何が丁度いいのかわからなかったが、追求しても無駄だろうと約束を交した郁だった。


 約束を取り交わし嬉しいのか両手を後ろに回し鞄を持つ百華の足取りは軽い。そんな百華を見ている郁は苦笑いをする。

「ほんと可愛らしい人だな」ボソッと郁は声を漏らす。

「何か言った?」

「何でもないです」

「うそ、何か言ってたわ。また文句?」

「違いますよ」

「あ! 手繋ぐ?」

「繋ぎません」

「えーあんな情熱的に握り続けてたのは誰だったかしら?」

 百華はここだけを声を少し張り上げて郁に問う。

「なんでそこだけ声を貼るんですか! そっちが握ってたんでしょ!」

「寝ている女性の手を握りながら見つめてた人は何をするつもりだったのかなぁ?」

「なっ!? ちょっと先輩!」

 声の大きさを変えず爆弾を落とす百華に通り過ぎる通行人がジト目を向けられる。

「あははは! 可笑しい。しばらくこれはネタになるわね?」

 そう言ってイタズラ顔を向けられる郁は項垂れる。


 この日も二人で帰った時のように夕日が二人を照らす。ただ今日は終始百華の笑い声が時折起こり、誰が見ても楽しそうなカップルに見える学生の帰宅風景だった。

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