第4話
郁はベッドに仰向けで横になり天井を見つめて今日の食事風景を思い出していた。
「俺はなんで……感傷に浸るような感覚になったんだ……」
郁は料理が好きだ。食べることはもちろん、作るのも、誰かに作ってあげる事も、そしてそれを見るのも。それは多大に父親の影響なのは本人すらも認める事実だ。幼い頃から食べ歩きに連れて行かれ、預ける人がいない時はわざわざ一人多めにシフトに入れ、休憩所などで世話を頼んでいた。当然、小さいとはいえ4~5歳子供だから大人しくしているわけでもなく、動き回る。そこで見た厨房の父親が指示を飛ばし料理を作って出来上がり、それを運んでいく光景に感動したのはよく覚えていた。
ホールに目を向ければ沢山の人が笑顔で、それを作り出している父親を尊敬した。
そこから見様見真似で水を持っていくという事をしだしたのが郁が料理というものに携わった初めてだ。
そう、お客が料理を食べ笑顔になる。この光景がとても好きだったのだ。
なのに……と思う。
「なぜ、羨ましいと思ったんだ? 親父の料理も相変わらず美味かった。というよりいつもより気合い入ってた気もする……いつもなら大満足のはずなのに……。満足感がさほど無かった……」
どうにも自分が抱いた感情を信じられず、郁はずっと繰り返し繰り返し同じ自問自答を繰り返していた。
そんな時、ノックがされる。
「郁、起きてるか?」
「起きてるよ。夜食なら今日は無いから自分でしてくれ」
「ああ、そうじゃなくてな……晩酌するから何か作ろうと思ってるんだが、ちょっと付き合わないか? 茜君もいるから付き合わないか?」
「あぁ……考え事してたら腹少し減ったから良いよ」
「肴だからアヒージョになるが良いか?」
「ならぺぺもよろしく。野菜スティックとちょろっと海老とかだけじゃ物足りない」
「わかった」
一は了承を聞くと下へ降りていく。
「どうせ揶揄いたいんだろうけどな……」
一からの誘いで茜さんもいるとは久しぶりだなと思いつつも、どうせ今日の事で揶揄って酒の肴にしようと予想はできるが、考えがまとまらないし、考えたせいで小腹が空いたから気分転換にちょうど良いと了承し、郁もリビングへと向かった。
「茜さん、いらっしゃい。久しぶりだね家来るの」
「そうね。今日は話のネタがあったからね」
そう言ってwinkする茜。
「だろうと思いましたよ……。料理手伝ってきますね」
案の定の答えに郁は肩を
ほどなくして料理が出来上がり、三人は食卓を囲む。
「では郁の新しい出会いに」
「「乾杯」」
茜が音頭をとりグラスを交わす。
「なんだよその乾杯……」
もう話のネタにする気まんまんの二人に郁は呆れ顔だ。
二人は郁の反応にニヤっとし、茜は郁に話しかける。
「それで? 最近学校どう?」
「ぼちぼち」
「柔道楽しい?」
「それなりに」
「彼女出来た?」
「いや」
「好きな子は?」
「いない」
茜の質問攻めに淡々と一言で返事をしていく。
「もー! なによさっきから適当な返事ばかり! バスケは急に辞めるし、ひょっとして料理の勉強本格的にするかと思いきや、学校の勉強の虫なんかになってるし。すっごーく心配してたのに! なのにその態度。お姉さんはそんな子に育てた覚えはありません! もう悲しくて泣いちゃう」
茜は母である菫の後輩で一の修行時代の同僚でもある。当時幼い郁の世話をしてくれていた一人で、家にも良く来ていた。母親が亡くなってからは、茜は郁の母代わりであり、姉代わりであり、落合家にとっては家族も同然と言えるぐらいの存在。ただ郁が高校生になったので世話をする必要がなくなり、来ることが無くなっていたので、今日は久しぶりの集まり。
なので郁の素っ気なさにご不満ですといわんばかりに頬を膨らませ、郁を睨む。
「あ、茜さん、心配させてごめんて、だから睨まないで」
そんな家族同然の茜から睨まれると流石に郁も弱くなる。必死でご機嫌をとるがそれでも態度がかわらない茜に郁は頭をかく。
「あ、茜姉さん。ごめん。機嫌直して」
「よろしい。今日はずっと姉と呼んでちゃんと会話したら許してあげる」
「わかったよ。茜姉さん」
それを見ていた一が盛大に笑う。
「茜は郁の扱いが上手いな。本当の親子や姉弟みたいだな!」
「当然です! ご飯もオシメも変えたんですから他人行儀にされたら私は泣きます!」
「けど、姉ってのは無理ないか? 親父や母さんと歳変わらないのに姉って……」
そんな茜と一の会話につい郁はぼそっと言ってしまう。隣に座っている茜には当然聞こえてしまう。
「郁?」
呼ばれて茜を見た郁は、聞かれてた事をすぐに理解し冷や汗を流す。
「今なんて言った?」
「いや、茜姉さんはいつまでも若くて綺麗で本当に姉がいるみたいで嬉しいなぁって!」
「そうだよね? よし、ハグしてあげよう!」
そう言って茜は郁に抱きつき頭をなでる。郁は撫でながら父親に視線でなんとかしてくれと訴えかけたが、一は無理だと頭を横に振り苦笑いを浮かべる。それを見た郁は力を抜く。もうこうなると茜の満足いくまでされるがままになるしか無いと言う事を二人は知っている。
そんな茜は撫でるのが止まり、郁は満足したのかと思ったが両腕の力が入りさらに郁を抱きしめた。
「郁。今日は良かったね。みんな郁を仲間だって思ってくれてそうで。そんな状況に郁は戸惑ってるみたいだけどね。けどね、怖がらないで。何を求めてるかは私はわかってる。素直になっていいんだよ?」
「突然どうしたの? 茜姉さん」
いきなり茜の声が真面目なトーンになり、意味がわからず郁は聞き返す。すると茜は郁から離れ、郁の目を見て話しかける。
「我慢しなくていいの。今日の食事風景を見て思ったわ、あなたを見てくれる人がたくさんできた。だから素直になっていいのよ。みんな受け入れてくれる。もちろん、私やあなたのお父さんだって。気持ちに蓋をしなくていいのよ?」
「な、何を言ってるの? 俺はいつも自分の気持ちには正直だよ」
「今はわからなくていいわ。そのうちきっとわかるよ。けど私が言った事は忘れないでね」
「いや、そん……」
「わ・す・れ・な・い・で・ね!」
「わ、わかったよ」
なおも反論しようとした郁に言葉を被せ反論は言わせないと言葉を強く言う茜に郁は頷くしかなかった。
「話しはそれぐらいにして、食べよう。冷める」
一はそう告げて食事を促す。そして本来自分がしなければならない事をしてくれた茜に、目線でありがとうと伝え頭を小さく下げる。それに茜は笑顔で返した。
先程までのシリアスな雰囲気なんてなかったように二人は話しだし、郁に質問をしたりとどこにでもある団欒となる。
郁も話しをしてはいるが、立て続けに同じ事を言われた言葉が頭の中で繰り返されていた。
第1章 投げかけられた言葉 ~完~
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