第2話

百華は家路につきながら、少しばかりの後悔をしていた。それは別れ際の郁の顔が凄く歪んでいてしまったからだ。

「私なんであんな事言ったのかしら。時期尚早ね。私らしく無かったわ。見守るとか言っておきながら……」

 自分らしく無かった行動に深いため息をこぼしながら考える。

「でもほっとけなかったのよね。この数日の彼の態度みてると。何かを忘れようと練習している姿に。言ってしまったなら見守るなんて言ってられないわね……」

 そう結論した百華は次の行動を決めたらしく、歩くスピードを早めた。

「それはいいとして、料理楽しみだわ」

 百華は物凄く笑顔に歩く。この切り替えの早さもまた彼女の魅力の一つかもしれない。


 その数分後、家に着いた郁はシャワーを浴びさっきの言葉が繰り返されていた。

「悲しそう? 何を求めてる? どこが? 何を言ってるんだ?」

 そう何度も口にだし、そんなわけ無いと言い聞かすように呟く。

 しかし先程の会話がずっと頭にこびりつく。

 それは初日に見た三人の光景のように、ゲームセンターで会った時からあのバスケ時代の事のように。ただ2つの事は考えないようにしたら出来ていた。だから今回もそうなるはずだと、自分に言い聞かすようにそんなわけないと呟き続けていた。


 時間は経ち郁は一足先に店に着いていた。

「郁いらっしゃい。席の用意は出来てるよ」

「田村さん、すいません。アイドルタイムの時間に。休憩時間減らしてしまって」

「いいのよ。郁は私にとっても息子みたいなものなんだから遠慮しないで。それに仕事の手伝いで来てるわけじゃないんだから他人行儀に『田村さん』じゃなくてあかね姉さんでしょ?」

「ありがとう。茜さん」

「もう、いつになったら呼んでくれるのかしら?」

「いや姉さんというのも……」

「それはどう言う意味なのかな? かな?」

 郁からの返答で凄む顔をしながらじりじりと詰め寄る茜。

「深い意味はありませんよ? ね、落ち着いて茜さん」


 郁と会話している田村茜はここトラットリア・レガーメのホールマネージャーだ。開業する前のお店からの付き合いで10年来の付き合いだ。母親の親友で後輩でもある。母親が亡くなってから世話をしてくれていた内の一人。そのため気安い関係でもあり、ずっと姉と呼べと言われていたが姉にしては歳は離れすぎているし、おばさんというのも違う。なのでさん付けで呼ぶのだが納得してくれず、このやりとりは日常茶飯事となっている。


「相変わらずのコントか? 飽きないな」

 と言って笑っている父が姿を現す。

「コントではありません」

「いや、そこで笑ってないで止めてよ」

「母親であり姉であるような付き合いなんだから呼んでやればいいじゃないか。お前は恥ずかしがりやだな」

「ですよね。ほらオーナーも言ってるんだから早よ早よ!」

 そう言って催促する茜。

「もう。ところで親父。今日の料金なんだけど」

「心配すんな。俺の奢りだ!」

「お、そうなんだ。サンキュ」

 いくらか払う事になると思っていたのでせめて値引き交渉をと思っていたら、奢りと聞いて郁は素直に感謝を告げる。

「オーナーすっごい張り切ってたわよ。楽しみにしといて」

「こ、こら! 張り切ってなんかいないぞ!」

「オーナー照れちゃって、親子共々照れるとこそっくりね」

「「似てない!」」

「ほら息ぴったり。席はあそこだから座って待ってなさい。オーナーは料理の準備!」

 二人とも茜の言葉に納得行かないと顔をしながら郁は席に、一は料理の準備のため厨房へ消えていった。


 そんなやり取りを終えた頃、店の来客を知らせる鈴の音が鳴る。それを聞いた茜は入り口へ行くと男女5人の姿があった。

「いらっしゃいませ。ご予約でしょうか?」

「いえ、あ、予約になるのかな? 百華?」

 どうやら皆揃って来たようで少し緊張している真帆の声が聞こえてくる。

「えっと郁。落合郁君にご招待されたんですが?」

 このあたりしっかり答える百華は流石である。が、言葉はしっかりしているが早口で言ってるあたり緊張しているようだった。


「郁はもう来てるわよ。トラットリア・レガーメへようこそ。今日は楽しんでいってね」

 5人は落ち着き無くそわそわしながら案内され席に誘導され郁と合流した。

 郁の右隣りから俊彦、真帆。郁の正面に百華と残り二人が座る。

 

「はぁ、緊張する。ここまだ1回しか来たことないんだよねー」

「私もよ」

 とそれぞれ真帆の言葉に同意し、5人ともが今回2度目の来店のようだ。

「みんな緊張しすぎだよ。料理はリラックスして楽しむものだよ。まさか山路先輩や古賀もそんなに緊張しているとは思わなかったよ」

「来た時は親、大人がいる時だもの。そもそも週末は予約がとりにくかったり、すぐ満員なったりするお店で有名なのに、それをなんか貸し切りみたいに他のお客がいない状況で子供だけで入るのよ? 緊張しないほうが可笑しいわ」

「ほんと百姉の言うとおりだ。俺もいくら一度来た事があるからってあの時と状況が違って流石に緊張する」

 百華の返答に次々と他の4人は同意を示していた姿に案内していた茜は笑い出す。

「あはは! そんな緊張してたら味がわからなくなるわよ? 郁なんてさっきまで茜姉さんて抱きついてたのに」

「そんなことしてないし、言ってねえ! もう茜さん早く料理持ってきて!」

「あら、つれないわね」

 そんな言葉を聞いた俊彦は「やっぱり郁はどこでも可愛がられキャラか」と笑い出す。

「そっちでも?」

「はい! もう可愛くって撫で撫でしてます!」

 真帆はいつもの調子で話にのる。

 その事により全員が笑いだし、いつもの雰囲気となる。

 茜は緊張をほぐそうと声をかけたのだが上手くいったようだ。流石ホールマネージャーと言える。

 そんな茜に郁は意図を理解してたた目線で感謝を伝え軽く頭を下げた。それに茜はwinkで返す。


 ほぐれたと察した茜はいつものお客を接待するように佇まいを正し右手を胸の下にし、左手を後ろに回し華麗にお辞儀をし言葉を述べる。

「本日はオーナーが腕によりをかけて用意したコース料理となっています。是非最後までお楽しみ下さい」

 そう言って食前酒となる飲み物を注いでいく。

 一瞬にして態度が変わり、注がれる飲み物と茜を見つめる郁以外の面々。注ぎ終わり茜が一言。

「食前酒となるわけですが、お酒とはいかないのでノンアルコールとなりますので安心してお飲み下さい。それでは良い一時を」

 そう言って茜は離れていった。


「うわぁ、大人の女性て感じでかっこいい」

 真帆は顔を真っ赤にし両手を頬に当て蕩けていた。

「だ、だな。まじでかっこいい大人の女性だった」

 俊彦も顔が真っ赤になりカチコチだ。他の百華たちも緊張がほぐれていたのに、また茜の仕事モードに当てられて、その姿に見惚れていて固まっていた。

「かっこいいだろ。仕事の時は凛々しく接客するんだけど、時折さっきのようにおちゃらけたりするからお客様にも好評なんだよ」

 そんな郁の言葉に全員がわかると言って頷く。


 そんな会話をしながら次々と料理が運ばれてくる。前菜、パスタ、魚料理、と続いた頃には徐々に他の客も来店し始め、今では満席となった店内は活気ある雰囲気に包まれている。

 中には郁が席で料理を食べている姿を見て声をかける客もいた。

 料理はどれも美味しいのか皆楽しそうに感想を述べながら食べている。


「こちらはメインのアニョーのソテー、バルサミコソース、春野菜添えです」

「アニョー?」

「子羊のお肉となります。羊の肉は苦手な人は苦手かもしれませんが、アニョーは子羊となっており、癖がそこまでなく、食べやすい羊肉です。もし食べられて無理と思いましたら遠慮せずにお申し付け下さい」

 百華の疑問に茜が答えお辞儀をする。

「羊肉は初めてだわ」

「俺はこれ大好きでね。だから組み込んだんだと思うけど、無理な人は無理だから食べてみてダメなら遠慮しないで言って」

 百華の答えに郁が付け加える。

 少し心配した顔だが全員食べれたようで満面の笑みだ。安心した郁も破顔する。それを見ていた百華は郁に話しかける。

「本当に好きなのね。とても良い顔してるわ。少し安心した」

 それを聞いた郁はじっと百華を見つめてしまう。

「ほら、また顔があの顔になってるわよ? 料理は楽しむのでしょ? それにしても美味しいわ」

 ふふと微笑み百華は料理を堪能しだす。

 じっと百華を見て動かない郁に気づいた俊彦が耳打ちする。

「郁どうした? ぼっーとして」

「いや、また揶揄われてただけだよ」

 何でもないと答え郁もまた食事を再開した。

「ははは! そっか。毎回やられてもう柔道部の名物だな。それにしても美味い!」

「名物にしないでくれ」

「そりゃもう手遅れだ」

 そう言って俊彦は笑いだし、郁は困った顔をする。


 しばらく郁は食事をし、そっと目線だけであたりを観察する。

「楽しそうだ……この光景は好きなはず……なのになんで……俺は……」

 と呟いた。

 そんな誰にも聞こえないように呟いた。

 その姿を同じように気づかれないように、百華は郁を見ていた。


 満席となった店内は、いたる所から笑い声や会話が弾んでいる。

 その顔は皆、笑顔が溢れ幸せといわんばかりの顔をして談笑し食事を楽しんでいる。

 郁はそれを視線だけで確認し呟いていた。

 呟いた後、じっと目の前の料理に目線を落とし、食べ続けた。

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