第3章 初顔合わせを終えたそれぞれの夜

第1話

「ただいまー! お母さんお腹空いた!」

 もうお腹が空いて堪らない真帆は帰ると同時に叫んでいた。

「あら? 真帆ずいぶん早かったわね。今日は練習なかったんじゃないの? それにいつもより帰るの早いのにまだできてないわよ。先にお風呂でも入って我慢してなさい」

 練習は無いと言っていたし、時刻はまだ17時を少し回ったぐらいだ。夕飯というのにはまだ少し早すぎる時間で、帰宅した娘が腹を空かして帰って来るとは思わず、我慢をするように告げる。


「わかった。じゃ先にすませて待ってるけど、まだ何作るか考えてないなら、挽肉レタスチャーハン作って! それかパスタ!」

「そんなチャーハン作ったことないわよ。チャーシューじゃなくてひき肉なの?」

「うん、無理ならパスタでもいいよ」

「ひき肉がないからパスタかいつものチャーハンならできるわよ?」

「じゃ、チャーハンで!」

「はいはい」

「お風呂沸かしてくる」

 早く済ませようと、どたどたと部屋へ上がっていく娘をみて、母はいつになったら落ち着くのかと心配する。

「将来が心配だけれど、嫁の貰い手の心配はしなくて良さそうなのが救いかしら?」

 と独り言をこぼし、珍しく夕飯の指定をしてくるぐらいだから、待てと言っても我慢しきれないだろうと予想をたて、夕飯の準備を始めようと台所へ向かっていった。


 お風呂を沸かし部屋へと駆け上がる真帆。どたどたとやるべき事をやって、お風呂へと駆け込んだ。

 そして湯船に入ったことで、落ち着いたのか今日の日を振り返る。

 湯船に浸かりながら真帆は、後輩が出来て嬉しいなぁ、可愛かったなぁと呟き、鼻歌を歌うほど上機嫌であった。

 いつも元気な娘の鼻歌が台所にも聞こえており、今日は良いことがあったんだと知られてしまうぐらいに。


「ふぅ。極楽極楽」

「なに若い娘がおばさん臭い事いってるの。夕飯ちょうどできたわよ。どうせ待ちきれないんでしょ? お母さんはあとでお父さんと一緒に食べるから先に食べなさい」

「さすがお母さん! いただきます」

 本当にお腹が空いてたのかそそくさと食べ始める娘に母が話しかける。

「今日は一段と上機嫌ね。何かあったの? 鼻歌がここまで聞こえてたわよ?」

「うそ!? 聞こえてた?」

 照れる真帆。

「忠宏君とデートでもしてきた?」

「してないよ。まぁデートは今度するけど、今日ね、後輩ができたんだ!」

「あら、俊君やっと入部したのね。それでか」

「違う! いや違わないけど、違うの!」

「何よそれ」

「俊君も入ったのは入ったけど、もう一人来たの。本当の意味での私の後輩! でねその子がね可愛いのなんの、それでね…………」

 理由を聞くと真帆は突然マシンガンのように一気に話しだす。途中から母親はそんな娘の話についていけず慌てて止める。

「真帆! 嬉しいのはわかったから落ち着いて。何言ってるか整理つかないわ」

「あ、ごめん。嬉しすぎて止まらなかった、てへっ」

 そういって顔をかたむけ舌を出す真帆。

「とりあえず、俊君とその男の子二人後輩ができて、そのもう一人が可愛い子で、真帆好みの子でってことね。それで?」

「そう! でその子がね、あのイタリアンレストランのオーナーシェフの息子さんだったの!」

「あらそうなの? それはすごいじゃない」

「そうそう、今晩はひき肉レタスチャーハンっていってて、俊君が自慢してたからお腹空いちゃって」

「それで珍しくリクエストなのね」

 嬉しさを隠しきれなく話しを続ける娘を母は満足するまで相手をした。


 1年前に落胆した娘をみていたから、今日の娘の喜びはやはり母親としては嬉しいものだ。父親も娘を大事にしており、真帆はその両親に愛され育ってきた。その愛情が今のこの天真爛漫な優しい子に育て上げていた。


 母親に今日の出来事を伝え終わり部屋にもどりベッドの上にころがり、まだ余韻に浸っていた。


「それにしてもかーくん可愛かったなぁ。あの照れは反則だよね。年上ならあれ見たらイチコロじゃないかな? 私ももしたっくんより先に出会ってるか俊君が小学校の時に紹介しててずっといたら、ひょとしたら………」

 そう考え想像する。


「いや、ないな。好みとタイプと、理想と現実は違うし、付き合う人はそれらすらも違うしね。変な想像してごめんね! たっくん!」

 そこに忠宏がいないのにも関わらず一人完結させて高らかに拳をかかげ謝罪を口にする真帆。


 そんな事をしながら、ふと俊彦のあの表情を思い出す。忘れてたわけではないが意図的に思い出さないようにしていた。やはり後輩が出来たことを純粋に喜びたかったからだ。

 だがそれもお風呂場で、母に話すことでその欲求は満たされ、お腹も満たされた今、ベッドに横たわり落ち着いてきたせいもあり、あの表情とあの時の二人の会話が蘇ってきた。


「あの顔……見たの……久しぶりだったな……」

 そう、あの顔は前に一度見た顔だった。

 顔は一瞬だったが、それ以上に硬く握られた手を見てあの日以上のものだったかもしれない。

 そう思うとあの日の出来事が蘇ってきていた。


 今日確かに真帆にとって、いや柔道部にとって、もちろん俊彦にとっても男子が一人なのと二人とでは違う。だからとても大事な日だったのは間違いない。

 けれど俊彦にとってはそれだけではない。

 そう思えば思うほど、やはりフォローは必要だ。ならどうするか……。

 独り抱え込んで間違えた答えを出す前に、相談するのに最も適した、最も信頼する人に話してより良い答えをださなくちゃならない。

 それが弟と言えるほどの長い付き合いである幼馴染。好きな人の実弟なのだ。

 選択を誤るわけにはいかないのだ。


 今日は柔道部が変わる日。

 だけどそれだけじゃない。

 私達の日常も変わるような、そんな予感がした。 

 今までは俊彦のあの表情をした日も、部活へ誘うと相談された日も、深く理由は聞かず見守ってきた。近くに一緒に聞いていた兄もいた。

 頼られた時だけ助けたら良いと。

 けど、どうも今回はそういうわけにはいかない予感がした。

 こんな時の真帆の感は外したことがない。

 

 なら誰かと共有するのは間違っていないと行動に移す。

 真帆にとって信頼出来る二人。

 どちらに話しを持ちかけるか。

 今日の事を考えたらまずは話した方が良い相手を思い浮かべる。


 考えをまとめると携帯に手をのばし、相談相手にSNSを飛ばした。

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