第2章 二人の思い出と視線
第1話
あのあと結局止められず、郁が諦めるといった形になり、全員マットの上に円になって座っている。
郁の隣に真帆が座り、満面の笑みで頭を撫でられ続けている。そんな中で残りの二人の自己紹介もするという、なんともいえない状況に郁の耳は終始真っ赤になる。そんなのを見たら年上女性が我慢できるわけもなく、代わる代わる順番に頭を撫でられるという、ある意味うらやまけしからん状態となるが、本人の郁は疲れきっていた。
「あの、福本さん? そろそろやめてもらっていいですかね。じゃないと退部します」
流石に我慢しきれなくなり退部というパワーワードを出す。本人はそんな気持ちはもうないが。
「それはだめ! けど今日は満足したから許したげる!」
なにやらドヤ顔でグッと親指を立てて言ってくる真帆だが『今日は』という言葉に郁は乾いた笑みをこぼしながら明日以降も撫でられるのかと顔を引き攣らせる。
「ハハ……」
そんなやり取りを経て、ようやく全員が落ち着き談笑をしていた。
先輩との交流もそこそこ終わり、古賀と郁は話していた。
ふと郁は思い出したことを古賀に尋ねる。
「ところで、古賀。気になってたんだが姉弟だどうだとか言ってたけど、どういう意味? 姉なの? 真帆姉とか呼んでるし」
記憶では古賀は3人に兄弟だったはずでずっと気になっていた。
「ああ、真帆姉と百姉は幼馴染なんだよ。で、真帆姉は兄貴の彼女で、将来的に義姉になる可能性が高いってものあるし、二人から姉と呼べと小さい頃に言われたからその名残だな。もう今となっては二人とも姉みたいなもんだからそう呼んでる」
「なるほどね。そう言えば野球してたころ試合に応援しに来てた二人いたな。お兄さんに声かけて応援してた二人はこの人たちか?」
「そうそう。よく覚えてたな」
「年が近そうな子で応援しに来てたら目立つからな。それにしても異性に対してスキンシップ高くないか? しかも初対面の俺にあのスキンシップはだめじゃないか? 勘違いするやついるだろ。彼氏いるなら不味くないか? あの行動は」
「そこは真帆姉なりにライン決めてるみたいだ。なりそうなのはしない。大丈夫そうなのはしてる。そのラインてのは聞いたら勘らしい。ちなみにそういうので告白されたとかは俺が知ってる限り無いかな。百姉も同じだな」
「てことは、俺は安全な人認識?」
「そゆこと。兄貴も心配や不安とか嫉妬はないらしい」
にわかには信じられないが事実らしい。だがいくら実際に好きにはならない確信があるからと言っても、されてる方はたまったものではない。信用してもらえるのは嬉しいが、男として見られてないと言われてるような気がして、一瞬複雑な思いと、チクリと針で刺されたような顔をしてしまう郁だったが、すぐに表情を戻す。
「信頼してるんだな」
「だな。嫉妬しないのか? 大丈夫か? と思った事も俺もあるけど、ずっと二人でいる時見てたら大丈夫だなと思ったよ」
「羨ましいな……」
と呟き一瞬遠い目をする郁。
「……そうだな正直近くで見てるときついときがあるよ。羨ましすぎて」
俊彦は遠い目をした郁を見逃さなかったが悟られないように返事をする。
「ところで準備とかどうしたらいいんだ? 道着なんて授業で使うやつしかないぞ?」
郁はまるで会話を変えたいとばかりに今後について古賀に尋ねる。
「それなら春休み中は道着着ることあまりないよ。体訛ってるだろ? サビ落としだ!」
そう言って古賀は郁の肩をバシン! と叩くとニカッと笑った。
「あ~サビ落としねー……」
なにやらその癪に障るニカッ! に何か不穏なものを感じる郁。
「当然だろ。まずは基礎体力の底上げと、柔軟。そのカチコチそうな関節を解すのと体力つけないとな。柔道って公式で3分、大会だと5分と短い。バスケとか他のスポーツに比べると時間短いから体力はさほどいらないと思うだろうけど、予想以上に体力消耗するからな。あと怪我防止で柔らかい関節は必須だから。短期間で使える体に仕上げてやる」
そう言い古賀は不敵に笑う。
「まじか……なんか雰囲気が緩そうだから甘くみてたら泣き見そうだな」
「俺がやるんだから当然だろ? 遊びでやるつもりはないぜ」
「お手柔らかに」
「任せろ! 流石に1年半しかないからな、全国出場して初戦突破が目標だな」
「全国か……そういえば俺もお前も全国経験してるが初戦敗退が最高だったか」
そう言って二人は昔の事を思い出していた。
「覚えているか? 最後会場が近くで、二人揃って初戦負けして、二人して抜け出して行き着いた先の自販の前で出くわしてさ」
「ああ覚えてる。ちょうどその日を思い出したよ」
「お? 覚えててたか」
「忘れるわけ無いだろ。最後の中学の引退試合となった大会だし。1年前の事だぞ?」
「それもそうか。けど二人して辛気臭い顔して目があったとき『お前もか?』とお互い同時に聞いてさ。そしたらどっちからともなく笑ってさ、高校では全国初戦突破だなって言いながらお前が珈琲渡してきてさ」
「懐かしいな。というか珈琲だったか?」
「珈琲だよ! ほんと、体動かして疲れてるってのに何で珈琲なんだよ! とか未だに思い出すと笑えるよ」
そう言った古賀は笑う。郁は話をしながら当時を思い出していた。
そう、あの時は本当に高校でそれを叶える事に疑いは無かった。郁もよく覚えている。憧れのエースがいる高校へ行くことは決めていたし、叶うことは間違いないと思っていたからだ。だから古賀にはそう言ったはずだ。確かに高校に入学したバスケ部は去年のウィンターカップで全国へいきベスト8にはなった。だがそこに郁の姿はなかった。
そんな会話をしていて郁の雰囲気が変わったのを感じとる俊彦。
「だからさ、行こうぜ。あの時はバスケに野球で、今は全く違うけどさ。やっぱり目標はないとな。スポーツは楽しくない」
「そうだな。やるからには真剣にだな」
そう相槌をする郁。しかしそれを見ていた古賀には、その顔は小学校の時のリトルリーグ時代や中学の時に交した時、そして最後の目標を交した時の顔と違う事に気づく。
どこか覇気がない。
そんな印象をうけた。そう感じたら自然と拳を握ってしまっていた。何を考えているのか、思っているのか聞きたいのを我慢するために。
ぐっと堪えて話し続ける。
「そしてお互い彼女も作ってさ、ダブルデートしようぜ」
「彼女ね……」
古賀はまた遠い目をしていると感じる。
「出来たらいいよな。まっお前は近いうちにできるさ。だから早く好きな人見つけろよ」
そう郁が返事をするのを見た古賀は何かを思う。
その顔をみて歯を強く噛み締め、握っていた拳をさらに握り締める。
そして何かを決意するかのように小さく頷く。
それを悟られないようにいつもの調子に戻すために小さく息を吐き体の硬直を逃す。
そして静かに言葉を吐く。
「俺とお前がやる気になって組むんだ。絶対叶える。叶えるぞ。郁。全国も彼女も」
そういって笑った。
いつものやりとりのように。
そう思わせるために。
違和感がないように。
悟られないように。
笑った顔とは対象的に解したはずの拳は再度、強く強く握られ、血が出るのではないかと思うほどに硬く握られていた。
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