乾きを潤した一雫

はるもも

第1部 変化 第1編 変わり始めた日常

プロローグ

第1話

朝、7時15分。セットしていた目覚ましが鳴る。それとともにノックがされ扉の外から呼ぶ声が聞こえる。


かおる、起きろ。朝たぞ」

「うるさいなぁ、起きてるよ」

 そう言って未だに鳴り続ける目覚ましを止める。

 声の主は息子を起こしに来た父親のはじめだった。思春期によくある反抗期気味というのもあるのか、息子という生き物によくあるカッコつけたがる、親を意味もなく邪険にしてしまう性分なのか。ぶっきらぼうに返事をし、郁はのそのそと起き上がった。


 欠伸をしながら制服に着替え、2階へ降り台所へ向かいパンと珈琲をセット。洗面台へ行き、顔を洗う。いつもの日常。


「あ~……さむ! いい加減寒すぎだろ。もう暖かくなってもいいだろ」

 リビングに入り独り言をこぼす。すると父親から声をかけられた。

「そこにあるお金は今日の飯代だ。冷蔵庫何も無かったからな」

 と笑いながらも申し訳ない思ってるように眉を下げながら伝えて出かけていった。

 父親はイタリアレストランを経営する料理長でそこそこ有名。仕事柄、家にほぼいない。

 そのため息子ではあるが、珍しく家事はそれなりに出来き、あまり甘えたり、駄々をこねるといったことがなく、小さい頃から手がかからない息子であった。


「はいはい……」

 と小さく返事をし、郁はやれやれとため息をこぼす。


 そんなどこにでもある家庭の父親と息子。だが母親はいない。うっすらと覚えているが朧気にしか思い出せない。まだ4歳と物心つこうかという頃に亡くなったからだ。

 生活するうえで料理については問題無かったが、他については父は壊滅的だった。

 朝早く夜は遅いという仕事のため子育ては難しく、幼い頃は祖父母や親戚、職場の家族、近所の人、いろいろな人に助けてもらい生活をしていたが、小学校高学年になる頃には自分でやるようになり、今ではほぼ家事の全てをやれるようになっていた。


 やりたくてやったわけではない。しなければならなかった。職場に連れてかれていたときに、幼いながらも大変さを感じていた。

 そんなある日の夜にトイレに起きた時だった。

 通りかかった仏間に、独り仏壇の前でぼーっと遺影の前に黙って座る父を見かけた。

 何も言わずにただ無言で黙っている父親。普段は明るく豪快な父親。いつも自分に笑いかける父親。いつも大きく、料理をしている時は格好いいとすら思う父親。

 そんな父親がその時だけは小さく見えた。そしてそんな父親を見ると肩が小さく震え出した。


 それを見ていた幼い子供は、幼いながらも理由はわからない。熟考したわけでもない。ただなぜかしなければならないと、負担にさせまいと、父を笑わさないとならない。そんな使命感を抱かせた。

 それ以降、甘えやわがままを言う事がすくなかった少年はさらにしなくなった。

 しばらくして、ちょうど4年生に上がる頃でもありメンバーに選ばれるようかとしていたが、やっていた少年野球を辞め、家事を手伝うようになっていた。幸い手伝ってくれる人に教えてもらえ、家事を覚えるのが早かった。


 そのためかどうかはわからない。大人と接する事が多いこともあるだろう。どこか同年代にしては大人びた考えになってしまっていた。


 郁は思春期らしいぞんざいな返事、態度をしつつも父親の仕事については尊敬しており、そんな父親がせめて小さい頃から美味しいものを食べさせようと、頻繁に職場や外食へ連れてかれ、いろいろ食べさせられた。そうなると自然と自分でも作るようになり趣味になっていくのもそう時間はかからなかった。


「今日の晩は何食べるかなぁ……」そうつぶやきながら冷蔵庫を確認しながらほころばせる。


「本当に何もないな……。知ってたけど。帰るまでに考えるか」と苦笑いしながら支度をし、あれこれレパートリーを考えながら、昨日予め用意しておいたおかずを、急いで弁当箱に詰めて郁もまた、家を出る。


 外はまだ少し肌寒さが残り、二日後には終業式を迎え来月には高校2年となる3月半ば。桜がそろそろ咲こうかという季節。

 外はまだ息が少し白く残る寒さに辟易しながら歩き出す。

 

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