エピローグ

Advantage Receiver

 変態レズ女として小学校六年から中学三年までいじめ抜かれ、必死の思いで勉強をして地元から離れた高校に受かった私、福添 有喜は――

「あーかーねーちゃんっ!」

 ――大学生になった今、最高に可愛い彼女と最高に楽しいお付き合いをしていた。

「わっ!」

 スポーツ特待生としてテニスの強豪大学へ進んだ媛崎先輩と、外国語系授業が充実している大学へ進んだ私はちょっとした遠距離恋愛中だけど、冷めるどころか益々好きは溢れてくるばかりで困る。

「も~びっくりしたよ有喜ちゃんっ」

 今日はなんと一ヶ月ぶりのデート。電話やメッセージのやり取りはほぼ毎日しているとはいえ、いやしているからこそ、逢いたくて逢いたくて電話越しに号泣してしまう日なんかもあったりなかったり……。

 久しぶりの逢瀬となる場所についてはたっくさん候補を上げて、さんざん話し合った結果……私達にとって最も思い出深い――母校のテニスコートに決定した。(部活の無い日は一般利用者に開放されていて、OGだと利用料が格安になることも一因。)

 待ち合わせの10分前に着くと媛崎先輩は既にコートに入りハンドルを回してネットを張っていたので、こっそり近づいて後ろから抱きしめる。先輩は一瞬体をこわばらせたものの、私の腕を優しくさすってくれた。

「おまたせしちゃってすみません」

「ううん、全然。私だってさっき着いたばっかりだよ」

 ああ……肉声だ。媛崎先輩の生の声だ……香りだ……感触だ……。

 孤独に飢えて渇いていた心が瞬時に暖かく満たされていく。

「ねぇ有喜ちゃん、ぎゅってしてくれるの嬉しいけど……私にもさせて欲しいなぁ~」

「……え~どうしようかな~」

 もどかしそうにおねだりをしてくる先輩を少し強めに抱きしめて制止する。

 もちろんぎゅってしてもらいたいんだけど……私の外見に若干の変化があるためお恥ずかしいというか……。

「あっ」

「えっ……?」

 私の制止なんてお構いなしに腕の中でくるりと素早く回転すると、媛崎先輩は私の顔を見るや否や目をまんまるにして叫ぶ。

「有喜ちゃん髪型変わってる!!」

「……えへへ」

 そう、特に何か理念があったわけじゃないけれどずっと伸ばしていた髪を、バッサリ切ってみた。

 今までロング気味だったからこんなに短くしたのは初めてかもしれない。とは言ってもボブヘアくらいだけど。もう少し勇気を出してみても良かったかな。 

「……どうですかね、似合いま「ダメダメダメダメ! こんなに可愛いの許しません! 今すぐ元の長さに戻して!」

 私は妖怪ですか。発言の内容は冗句そのものなのに、迫真の表情と声音で怯まざるをえなかった。

「無理……可愛い過ぎ……素敵過ぎるよ~……も~……どうしてこんなことするの~有喜ちゃん……どうしよっか? 今日もう帰る? 有喜ちゃん家行く??」

「嬉しいご提案ですがせっかくネットも張っていただいたので、予定通りに動きましょう」

「……ん~」

 高校三年間で私の背丈はぐんぐん伸びて、媛崎先輩の成長度を加味しても頭一個分の身長差がある。

 ちょっとわがままな妹を抱きしめているような気分も味わえて得しかない。一挙両得とはまさにこのこと?


×


 軽いランニングで体を温めている最中、そして入念に柔軟を行っている最中、私達は電話では語りきれなかった近況を話していた。

 いや、既に何度も話していることも改めて確認してるな。だってやっぱり直接会って話すのって全然感覚が違くて、楽し過ぎて、内容なんて二の次みたいなところがある。

 も、走るリズムに合わせて跳ねる私の新しい髪型を凝視しながら、媛崎先輩は少し棘のある声で突いてきた。

「こんなに大人っぽくなっちゃったら……岡島さんが黙ってないんじゃない?」

「あー、確かにちょっと騒いでましたね……」

『どうしたの? 失恋したの? いいの、何も言わないで。私に任せない。嫌なこと何もかも忘れさせてあげる』と息巻いていたことまでは話さなくてもいいだろう。

 幸廼ちゃんも同じ大学だってわかった時もなかなか揉めたし……。

「でもですね媛崎先輩」

「茜ちゃん、って、もう呼んでくれないの?」

「……でもね、茜ちゃん」

 電話越しだと自然に名前呼び+敬語無しで話せるんだけどな……やっぱり本物を前にすると緊張もあって後輩の私が出てきちゃう。(媛崎先輩曰く『大学が違うんだから、先輩後輩じゃなくて恋人ってことをもっと意識してほしい』、とのこと。はぁ、可愛い。)

「幸廼ちゃん最近、いい感じの人がいるみたいだよ」

「ほんとっ?」

「うん。頻繁にやり取りしてるし、その内私も意識されなくなるんじゃないかな~」

「それはそれは……岡島さんの新しい恋が早く上手くいきますよーに!」

 パンっ、と、両手のひらを顔の前で合わせる媛崎先輩。今日一で大きな声出して願ってる……。

 ちなみに今言ったことは嘘も誇張もない。詳しいことを聞こうとするとはぐらかされてしまうけど、渋々零す言葉の端々から推理するに年上で……たまに二人で出掛けることもあるみたいだから仲も悪くないんだろう。私も友達として、良好に進んでいってくれるのを願っている。

「……茜ちゃんの方は大丈夫なの?」

「私の方?」

 あんまり心配はしていないけれど、一応意趣返しはしておくことにした。

「ほら、雨堂さんがそっちの大学いったでしょ? 前みたいなことになったら怖いなーって」

「飛鳥ちゃんは住良木にべったりだもん。私なんて元から眼中にありませんでしたー。……知ってるくせに。有喜ちゃんのいじわる」

「ごめんごめん、茜ちゃんは拗ねても可愛いから困るな~」

 急に走る速度を上げた媛崎先輩をとっ捕まえて抱きしめると、まんざらでもなさそうに頬を緩めていて、私もつられてにやけてしまった。あぁ……なんて幸せな時間なんだろう。

 住良木先輩は媛崎先輩と同じく特待生として同じ大学へ入り、今でも切磋琢磨しているそうだ。

 そしてメキメキと実力をつけた雨堂さんも二人の背中を追って同じ道を辿っていった。

 いろんなことがあったけれど、みんな前へ進んでいるんだ。私だってまだまだ止まっていられない。

「それじゃあ、やりますか」

「ですね」

 サーブ練習、ボレー練習、徐々にテンポを上げていくラリーまで済ませて……今日のメインイベントである、本気の試合が始まる。

 ことの発端は去年のクリスマス。

 本命のちゃんとしたプレゼント交換が終わった直後、お互いに「実はこういうのもあって……」と取り出したエゴ丸出しのプレゼントがきっかけ。

 だって媛崎先輩、目隠しとか手錠とかその他諸々いやらしアイテム出してきたんですよ!

 そんなくせして私が渡した可愛いネグリジェ(先輩曰く布面積がふんどしより少ない)は拒むなんて!

 こうなりゃ勝負だ勝負と互いに息巻いて早10ヶ月。冬を超え、春が過ぎ、夏も去り、もう秋だよ……遂に訪れたまたとない機会。絶対に勝つ。絶対に着せる。絶対に撮る。

 私も最近はプレイヤーとしてテニスに向き合ってたりしている(別にこの勝負がきっかけなわけじゃない)けど、流石に全国……いや世界レベルになりつつある媛崎先輩とでは実力差があり過ぎるためハンデを頂いた。

 私は普通にシングルスコートで、媛崎先輩はダブルスのコートで戦ってもらう。つまり先輩は一方的に広い守備範囲を要求されるわけで……大丈夫、これなら……これなら勝てる可能性は十二分にある。

 目隠しプレイなんて絶対に嫌だ……ただでさえ夜の媛崎先輩は底知らずの体力と欲求でどこに出しても恥ずかしくない(どこにも出さないけど)テクニシャンと化しつつあるのに……そんな鮮烈なプレイに付き合わされたら人生終わっちゃう気がする……!

 神様お願いします……! 今日だけでいいんです、勝たせてください!

 そして媛崎先輩に超可愛いネグリジェ着させて容量がパンクするまで写真を撮らせてください!!

「……有喜ちゃん、なにそれ」

「へ? 何が?」

 試合が始まる直前、十分体が温まったのでジャージを脱いだ私を見て、媛崎先輩の目つきが変わる。

「……いつもそんな格好で練習してるの?」

「ええ、まぁ……はい」

「…………なんで……肩がそんなに出てるの……?」

「なんでって……動かしやすいですし……可愛くないですか? えへっ。なんちゃって」

 先輩が低い声を出してるときはちょっと危ない時。空気を和ますため、片手で作ったピースを横にしてその間から瞳を覗かせる(自分の中では)可愛いポーズをしてみた。

「はぁ………………」

 えぇ! なにその深過ぎるため息は!

「なんで私のいないところでそんな……えっちな格好しちゃうかな……」

「普通のユニフォームですけど!?」

「…………早く始めよう。有喜ちゃんにはいろいろわからせないといけないや……」

「………………お手柔らかに……」

 纏っていた明るい橙色のオーラがどす黒く変色してしまった先輩が慣れた手付きでラケットを回した結果、最初のサーバーは私に決まる。

 だ、大丈夫。だってほら、テニスっていうのは基本的にサーブを打つ人が有利な……Advantage Serverなスポーツなんだから!


×


「有喜ちゃん……大丈夫? 痛くない?」

「…………痛いって言ったらやめてくれるんですか?」

「やめないよ? でも痛くないように調節する」

 目隠しをつけた私へと、更に手錠を掛けて締め具合を確認している媛崎先輩。

 視界を奪われ敏感になった聴覚は、愛しい人の声音や手錠の擦れる音だけではなく――飢えた獣を彷彿とさせる――荒々しい呼吸音を感知していた。

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