永久歪・5
「……」
カーテンの隙間から差し込む朝日に刺激され、意識がぼんやりと晴れていく。
「……
少し体を動かすと、熱帯雨林のように蒸れた布団の中へ冷風が流れ込んだ。そういえば寝る寸前でエアコンつけたんだっけ。
「…………」
再び布団に潜り込めば、そこには猫のように体を丸め、穏やかな寝息を立てている媛崎先輩。
「…………」
「…………」
頬を撫でて、頭を撫でて、たまらなくなって抱きしめても彼女は目覚めなかった。それでも意識が完全にないこともないのか、私を抱き返す腕にはきちんと力が込められている。
「そんなにしなくたって、どこにも行きませんよ」
最愛の人が自身に収まっている幸福感と安心感に微睡んでいると、窓越しのすぐ近くで蝉が鳴き始めて――気付く。
いつの間にか雨が止んでいることに。
土曜日が終わって、つらくて、苦しい一週間が終わったことに。
「……終わったんだ」
「……」
ぶつくさと独り言が零れてしまうものの、先輩は安定したリズムで呼吸を繰り返しており瞼を持ち上げる気配はない。
昨晩は一週間分の恋しさとか寂しさとか妬ましさとか、全部綯い交ぜにしてただ先輩を求めてしまった。
死力を尽くした試合を終えてヘトヘトなはずの先輩に……あんなにしちゃうなんて……と、罪悪感が緩やかに湧き上がる。確かに今、現在進行系で湧き上がっている。
……とはいえ。
「……ん、ん…………」
一糸まとわぬ恋人が密着しながら無防備に寝てるのに、手を出すなと言う方が無理な話でして……。
「……せーんぱい」
抱きしめながら耳元で囁いてみた。
起こしたいわけじゃない。声に出して名前を呼びたかっただけ。意味とか理由とかわからない。ただ、彼女に干渉したいだけ。
ゆっくり休んで体の疲れを落としてほしいと思う。
とはいえ。とはいえ、だ。
触りたいか――否、触れるか触れないかは別問題だ。
「うき、ちゃん……」
「起こしちゃってごめんなさい。まだ寝てていいですよ」
口先ではそう言いつつも指先や唇は勝手に動いて先輩の背筋をなぞり、耳たぶを
「んっ……でも……待って……うきちゃん……」
媛崎先輩はぎゅっと、私の腕を掴みはするものの抵抗の素振りは見せず、ぴくんと跳ねる脊髄反射に身を任せながら何度も甘い吐息を零した。
「……先輩、可愛すぎますよ?」
よし、もうこのまま昨日の続きをしよう。先輩がまた意識を落とすまで貪り尽くそう。と、天使の出番もなく悪魔が決定を下した瞬間――
「……有喜ちゃん……あの、あのね」
流石に目覚めてしまったらしい先輩が、慎ましくか細い声を上げた。
「…………トイレ……行きたい、な……」
「……トイレ、ですか……」
……離したくない……離れたくない……。私も一緒に……というかもうここで……いやいやいやいや……何を悩むことがあるんだ私。健康第一。我慢させるなんてもってのほか。
「いってらっしゃいませ」
抱きしめていた両手を……断腸の思いで緩めて開放。
先輩はささっと布団から出ると、
「……くしゅんっ」
なんて、愛らしいくしゃみ一つで
「!! すみません、寒いですよね、温度あげますね、というかもうエアコン切っちゃいましょうか!?」
「あはは、汗かいちゃってたからかな。有喜ちゃんの過ごしやすい温度でいいよ」
「あっ、えっと、……はい」
言いながら部屋に落ちているトレーナーを着ようとする先輩の体を見て、絶句してしまった。
首元はもちろん、四肢、胴体にも赤や赤紫の痕、痕、痕。いや……これ全部私が付けたってこと……?
「凄かったねぇ、昨日の有喜ちゃん。死んじゃうかと思った」
私の視線と表情に気づいたのか、トレーナー一枚だけを着て眩しい太ももを露わにしている先輩が、はにかみながら――どこか嬉しげに――そんな
反則ではないでしょうか……? せっかく鎮火してたのにまた燃え上がっちゃうんですけど!?
「……あれ、大丈夫なのかな……?」
瞬きをすればフラッシュバックする先輩の体が、私の脳に冷や汗をかかせる。
痛いこととか酷いこととか……とにかく先輩が本当に嫌がることをしてないだろうか。
流石の私でも本気で抵抗されたらストップしたと思うけど……。
「……怒ってないよね……? あの感じは大丈夫だよね……?」
思考を巡らせる程に大きくなる不安と蝉の声が集中力を乱し、視線が無意識に時計へ移った。
もうすぐ正午になることを知った腹は鳴り、喉が乾く。そういえば昨日からほとんど何も食べてないっけ。
「一旦エネルギー補給をするべきか……」
適当な服を来て冷蔵庫を開けると、金曜日、先輩のために作っておいたサンドイッチが手つかずのまま置いてあったので取り出し、粉とフィルターとを用意してコーヒーメーカーのスイッチをオン。
ローテーブルをささっと片付けて座ると――
「あれ、有喜ちゃんも服着ちゃったんだ」
顔を洗ったらしくシャキッとした媛崎先輩が戻ってきて、すんごい近くまで接近……というか、ぐでーんと背中を私に預けて密着してくる。
「続き、しないの?」
「っ……」
ボディタッチもそうだけど視線とか声音とか……存在の全部で……なんかすんごい挑発してくるけど、私はクールそのもの。
「しますよ。でもその前にご飯食べましょう?」
「そうしよっか~。……有喜ちゃん、食べるんじゃなかったの?」
クールそのものなので、冷静に媛崎先輩のお胸様を堪能する。
もうね、すごいの。トレーナー一枚ですから、柔らかいのなんのって。直接肌を触るのもいいけど布越しも気持ちいい……。
「先輩のために作ったサンドイッチですから先輩は食べててください。私は先輩を食べてますのでお気になさらず」
「もー……えっちだなぁ……」
うなじ……たまらん……。何回キスしても足りない。
大好きな人に背中から抱きつくとこんなに幸せなことになっちゃうんだ……。
「有喜ちゃん……私も……したい」
「ダメ。茜はちゃんと食べて。それか私に食べられて」
「……うぅ……こういうときに名前で呼ぶのずるいよ……」
そう、ずるいんだ、私は。だけどそんな女を受け入れてくれると言ってくれたのは先輩なんですよ。
「お腹すいてないわけないんだから、ね? あとでもっとちゃんとしたもの作りますから、とりあえず今はそれで許してください」
「ん。それじゃあ……いただきます」
体を
悪い子だったらもっとお仕置きできたのに……。
「これ、有喜ちゃんの手作り?」
「そうですよ」
「すごーい! 美味しい! 特に……っん、ね、ねぇ、喋ってるのにぃ」
「…………」
ご飯食べてる恋人の邪魔しながらえっちなことするの……楽しい……。なんか……うん、ダメな方へダメな方へと突き進んでいる気はするな~。でも幸せ~。
「……あっ、コーヒーできたみたいだよ、持ってきてあげる」
特有の音がしたので視線をやれば、たしかに抽出された黒い水が硝子に溜まっていた。
破壊されたくなければ次から空気を読むんだなコーヒーメーカー。なんて思いながら、離れようとする彼女をそれなりの力で抱きしめ拘束する。
「……冷めちゃうよ? いいの?」
もうとっくにわかってはいたけど、その甘えるような声音と、こちらを信用しきった脱力によって改めて実感した。
私完全に、媛崎先輩の手のひらの上だ。全部の挑発に乗っちゃってる。
「……コーヒーが冷めるのが先か、私の頭が冷えるのが先かって感じですね」
トレーナーの中に両手を忍び込ませて生の感触を味わい、這わせた舌で汗ばんだうなじを味わう。
「んふ、有喜ちゃんケダモノだー」
聞かなくちゃいけないこととか、言いたいこととか謝りたいこととかたくさんあるのになぁ。
だめだ、今はそれ以上にまだ、まだまだ限界まで彼女に溺れたい。
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