帰宅・2

「せめて、電気は……」

「ダメ。有喜ちゃんの全部を見せて?」

 私の懇願をにべもなく跳ね除けた媛崎先輩は、力を更に込めて両手首を掴み抑え込んだ。主導権を握っているのは自分だと証明するように。

「……有喜ちゃんのこんな顔……初めて見る」

 そう呟きながら彼女が浮かべた――もう微笑みとは呼べない――口角を歪ませた表情には見覚えがあった。久瀬さんも岡島さんも、同じ顔をしていたから。

 だけど――

「本気で嫌なら……本気で抵抗してね」

 ――媛崎先輩なら、嫌じゃない。

 別の生き物のように這い回る舌が、鎖骨から首をつたって耳に届く。入り口を弄んだあと、水の音を響かせながら奥へ奥へと蠢いた。

「うぅ……あっ……やだ……」

 未知の感覚から逃れるため体をよじっていると、いつの間にか体勢はうつ伏せになる。それでも先輩は止まることなく、私の首元へ唇を、舌を歯を執拗に押し付けた。

 そこには媛崎先輩ではなく岡島さんに付けられた痕があって、次第に荒くなっていく呼吸にはきっと……怒りや嫉妬が含まれている。

「っ」

 やがて先輩の右手が私とシーツの間に侵入し、胸部を直接包み込むてのひらから熱が伝播した。

 更に私の両足は先輩の両足に絡め取られ、藻掻もがくことすら許されない。

 全身から絶え間なく送り込まれる甘い毒に、吐息ごと押し殺して必死に堪えた。

「…………」

 しばらくすると先輩は急に私から離れ――

「……っ」

 ――解放されたと思った瞬間、体勢を強引に反転させられ、さらけ出された胸に唇が触れる。

「せん、ぱ、い……!」

 景色も、音も、白く遠のいて。

 脳を浸す媛崎先輩の香りだけが、なんとか意識を繋いでくれている。

「………………」

「有喜ちゃん」

「へ……?」

 体は温かい痺れに包まれて力が入らず、終わったという安堵によって微睡みかけていた私の――

「細すぎ。ちゃんと食べないとダメだよ」

 ――両足が、流れるような手つきでこじ開けられて、あまりに恥ずかしい体勢のまま媛崎先輩に見下ろされた。

「あっやっ……ダメ……」

 すぐに足を閉じようとしても既に先輩の頭が間にあってそれは叶わず、押しのけようと頭に両手を乗せ抵抗すると――

「暴れない、の」

「――っ!」

 電撃のような、痛みと判別のつかない快感が全身にほとばしった。

「あ……ぇ……?」

 ゆっくりと視線を下ろしたことで、その衝撃は先輩に内腿――と呼ぶには、付け根に近すぎる部分――を、きつく、深く噛まれたから生まれたものだと理解する。

 抵抗の意も力も完全に失った私は、そっと下着をずらされ、これからされることを確信した。

「せんぱい……」

「なぁに?」

 一応返事をしてくれたものの、媛崎先輩の熱い吐息は私の肌を焦がす程近く、猶予はもうないと知る。

 私が口にできるのは、聞き入れてもらえるのは、きっと、たった一言だけ。

「…………嫌いに……ならないで……」

「ばか」

 腿を掴んでいた手が力み、よく切り揃えられた爪が皮膚に食い込んだ。

「それはこっちの台詞だよ」

 媛崎先輩の体が、私の中に沈んで、一つになっていく。

 もっとも深い場所で、彼女と触れ合う。

「いてくれるんだよね、ずっと、傍に」

 それから続いた偏執的な愛撫に、何度果てたのかわからない。

 微睡みではなく朦朧とする意識の中、私の首に媛崎先輩の手が添えられた。

 力は一切込められていないのに、沁みるように重く感じる。

 呼吸に精一杯で返事もできない私は、ただ、淋しげな先輩の手に自分のそれを重ね合わせることで、肯定の意を示した。

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