住良木沙都・2

「……思い出す必要なんてないし、迷う必要も、変える必要もないわ」

 急に心拍数が上昇した。けれどここで引くわけにはいかない。私は言うべきことを、口にするだけ。

「私は今、有喜がどんな状況にあるかは知らない。だけど、あの子なら絶対に、あの笑顔と誰よりも真剣な眼差しを引っさげて、不遜にズバズバとアドバイスをしに戻ってくる」

 福添有喜からは、時々、よくわからない、言葉に出来ない物凄い力を感じる。きっといろんな事を体験して、逆境を走り抜けたり押しのけたりする力が備わっているんだろう。

「そんな子だから……きっと私は、彼女を好きになったの」

「えっ、えぇっ!?」

 流石に驚かせてしまったみたいね。女子が女子を好きだなんて……媛崎にからすれば寝耳に水な話だろうけれど、こちらも腹を割って話さなければ、今の彼女に聞いてもらえると思えない。

「でも媛崎、私に言われなくたって有喜の魅力はわかっているでしょう?」

「それはもう!」

 私を強く見据える瞳に活気が戻ってきた。少々圧も混ざっている気もするけど……。

「私ね、少し前に……狡い伝え方をしてしまったの。だから上手く躱されてしまって。だけど、次はちゃんと言葉にして本気で告白するわ。そのために何をしないといけないかわかる?」

「……何?」

「本気のあなたに勝つことよ」

「…………私、に?」

「ええ」

 これは私が勝手に決めた条件で、言ってしまえば媛崎にも有喜にも関係はない。だけどこの際だ、腐らせるくらいなら巻き込んでやる。

『お詫びって言うなら、次は媛崎先輩に勝ってください。どんなものをもらうよりもそれが嬉しいです』

 あの時……臆病に気持ちを伝えようとした時、有喜は確かにそう言った。もしも本当にそれが禊になるのならば、まずは全力で勝利を手に入れて、彼女にそれを捧げなければならない。

「有喜の前であなたと試合をした時、接戦とは言え結局負けてしまったから。今度は本気の媛崎茜に勝って、その足で告白をしに行く。大切なパートナーをとられたくなかったら、あなたも本気で私に向き合いなさい!」

 自分で口にしていてとんでもない理論だと思う。だけど、嘘はない。今私が伝えたいことは、全部込めた。

「……凄いね、住良木は」

 聞いた後に少し間を置いて、媛崎は口を小さく開く。

 その声音には冷たさも敵愾心もなく、出会った頃の、天真爛漫で明るいソレに少し近い気がした。

「なによ急に」

「ほら、少し前にさ、有喜ちゃんにおっぱい触らせて懐柔しようとしたことあったでしょ?」

「や、やめてよ、本気で反省してるんだから……」

「私に勝った後に本気で告白したら有喜ちゃんと付き合える気満々だし」

「た、確かに……」

 言われてみれば振られることを考えていなかった。これは指摘されると……なかなか恥ずかしい。

「勝利に貪欲で、なのに変に真面目で……真っ直ぐで……ちゃーんと結果も残してきて」

 突然、褒められているのか茶化されているのかわからない事を言われて私が返答に悩んでいると、隣で大きく背伸びをしてみせた媛崎。

「なーんか、住良木みたいな凄いライバルと今までずっと戦ってたこと思い出したらさ、今意識してる子は……そんなに大きな障害じゃないって思えてきたよ」

 ……意識してる子、か。その子も有喜と関わりがあるのだろうか。媛崎をここまで追い込むなんて、結構なやり手なんだろう。

 だけど――

「よっし」

 ――何度も戦ってきたからわかる。迷いを振り切って、開き直った媛崎茜は、強い。それも、とんでもなく。

「そうだよね、私が腐ってどうするんだって、私が信じなくっちゃ誰が信じるのって話だもんね! それにまた、新しく私を好きになってもらえばいいんだよね。過去の私はもういなくっても、今の私を!」

 言ってる内容の殆どはわからないけれど、媛崎なりに自分の抱える問題と折り合いをつけることができたらしい。今は水を差すようなことは聞かず、いつか、それこそ有喜が戻ってきた時にいろいろ話してもらおう。

「そうよ、あなたは笑ってる時が一番強いんだから、いつも笑ってなさい。きっとそれが必勝法よ」

「うんっ! 住良木……ありがとうね、なーんか目が覚めた気がする」

 席を立って早速部室へ向かおうとする彼女に続いて、未だ活気溢れるラウンジを出た。数歩進むと急に媛崎は振り向いて、よく似合う、悪戯な笑みを浮かべて私に問う。

「でもいいの? あんな事聞いちゃったら、意地でも阻止しちゃうよ?」

「望むところよ。腑抜けたあなたに勝ったところで意味なんてないもの」

「そっかそっか。じゃあさっそく今日のお礼に……試合しよっか!」

 言うや否や待ちきれないとばかりに駆け出した媛崎。彼女の背中が離れてしまわないように、私もスタートダッシュを切った。


 ×


「ゲーム、ウォンバイ媛崎」

 心地良い脱力の中空を見上げると、コートに審判の声が響いた。

 前と違ってギャラリーが集う前に終わったので、その内容はとても聞き取りやすい。

「ゲームスカウント6-3」

 あぁ……強いなぁ、私のライバルは。本当に強くなった。

 長い間、すぐ後ろにぴったり付いて来ていると思っていたら、あっという間に遥か先を走っている。

「ナイスゲーム。……本当にありがとうね、久しぶりに楽しいテニスができたよ」

「……そんな余裕、すぐに奪ってあげるわ」

 けれど私だって、必ず追い付く。追い抜く。

「うん、待ってるよ。いつでも、何回でも。住良木との勝負からは絶対に逃げないって約束する」

 交わした握手から媛崎の熱が流れ込んだ。

「ええ、約束よ」

 まだまだ強くなって、有喜……貴女にこの想いを――躱せないくらい正直な言葉にありったけを込めて――伝える日を、必ず迎えてみせる。

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