日曜日・6

「星、見えないねー」

「季節や時間帯もありますが、やはり場所が大切ですからね」

 プラネタリウムから出た私達は手を繋いで、人工物でない空を見ながら歩いていた。

「今度は空気の澄んだ場所で、本物の星を……一緒に見ましょう?」

「うん! 絶対約束だよ!」

 少しの気恥ずかしさと多大な幸福感でふわふわしながら、予定していた最後のプログラムへと向かう。

「遠目からだとそんなに感じなかったけど……意外におっきいね!」

「ですねぇ」

 二人で見上げた先にあるのは、屋上に設置されている観覧車。日曜日ということで少し列は出来ているものの、夜景が見える時間帯でもないので少し待てば順番が回ってくるだろう。

「えへへ、楽しみだね」

「はい。一番上まで行くと、結構遠いところまで見えるみたいですよ」

「そうなんだ! 私達の学校も見えるかな~」

「見えるとしたらテニスコートが目印ですかね」

 なんて、他愛のない会話をしながら……心臓は再び緊張のピークを迎えようとしていた。

 いろいろあった初デートだけど、いよいよ一番の山場と言って過言ではない。

 終わり良ければ全て良しと言うじゃないか。

 先輩には是非とも、今日お見せした私の格好悪いこと・恥ずかしいこと全部を、嬉しいこと・良かったことで塗り替えていただこう!

「観覧車なんて乗るの、何年ぶりだろう」

「私も……小さい頃に家族で乗った以来かもです」

 想像以上に早く順番が回ってきて、ゴンドラに乗り込み先輩の正面へと腰を降ろした。

「……」

「……」

 こうして密室で向かい合って、改めて見つめると、強く思う。

 私の彼女はなんて……なんて可愛くて、美しいんだろうか。

「……」

「……」

 会話はなくて、お互いの視線だけが交わっていた。

 私は正直、文字通り見惚れてしまって声が出ないんだけど、先輩は何を思って私の顔を見つめているんだろう。……ニヤけちゃってたかな……。

「……先輩、」

 そんな私達を包むゴンドラは、あっという間に他の全てを見下して頂上へ。

 当然私達の学校は見えないけれど、遥か彼方で煌々と燃える夕日から強い光が差し込んでいた。

「目を、瞑ってくれませんか?」

「はいっ」

「……」

 もしや……キスを期待してくれたのだろうか。

 瞼を下ろし、顔をやや上に向けてくれた先輩。

 でも……違うんです。ちょっとうつむいてくれていた方が……いやでもキス顔可愛いからこれはこれでご褒美……!

 というか! 見惚れてないで動く動く!

 急いで鞄を開けて、を取り出して。

「っ」

 私の指が先輩の首筋に触れると、何をしようとしていたのか気付いてくれたらしい。

 先輩は深く――うやうやしく、俯いてくれた。

「どうぞ、目を開けてください」

「有喜ちゃん、これ……」

 私が先輩の首に掛けたのは、二人の心を繋いでくれた――真っ赤なスピネルのネックレス。

「……きれい」

 宝石は夕焼けを浴びて輝きを一層増しているのに、それを見つめる先輩の――少し潤んだ――瞳の美しさには、敵わない。

「ちょっと……キザでしたかね?」

「ううん……そんな、キザなんて言葉じゃ表せないよ。なんでこんなに……素敵なことができるの?」

「いつも先輩にしてもらってばかりですから。ちょっと格好つけちゃいました」

 プラネタリウムから出た後、先輩がトイレに行っている隙に猛ダッシュで買いに行った自分に、心の中で拍手。

「私も先輩が嬉し泣きしなくてもいいように、これからたくさん格好つけるので、慣れてくださいねっ」

 先輩の隣に移動して、ハンカチで頬を拭う。初めて見る涙が、嬉しさで流れたもので本当に良かった。

「うん……私も頑張るねっ! でも、有喜ちゃん」

「なんです?」

「これ……その……結構、高くなかった?」

 おずおずと口にする媛崎先輩がいじらしくて……なんか……守ってあげたくなるような可愛さが滲み出てる……!

 きっと買ってもらうなんて考えてもなかったんだろうなぁ。サプライズは大成功と言っていいだろう。

「そこはお気になさらず。先輩に会える時間を削ってバイトしてるんですよ? こうやって還元しないでどうするんですか」

「~~~~有喜ちゃんっ!」

「わわっ」

 飛びつくように抱きしめられ、ゴンドラが少し揺れる。

 またぎゅーっとするタイムかと思いきや、先輩の手のひらは私の後頭部へ回り、気付けば唇が触れ合っていた。

「んっ」

 さっきあれだけしたというのに、やっぱりまだ……ドキドキするなぁ……一生慣れないかもしれない……。

「うき……ちゃん……」

「っ……んんっ……」

 これ、うわ、すご、まって、その、あれだ、先輩の――舌が……。

「……ちょ、ちょっと待ってください、先輩っ」

 息も絶え絶えに先輩を引き剥がすも、すぐさまその整ったお顔が急接近する。

「そんな顔されたら……止まれるわけないじゃん」

 嬉しいんですが! 嬉しいんですけど!

「もう、着いちゃいます……」

「……むぅ……こんなおあずけってないよー!」


 ×


「先輩、今日はありがとうございました」

「それはこっちのセリフっ。本当に楽しかった。百点満点のエスコートだったよ!」

 首元でネックレスを煌めかせ、背伸びをした先輩が私の頭を撫でてくれた。

「そう言っていただけると嬉しいです」

 観覧車を降りて、パスタとパンケーキの美味しいお店で晩御飯も一緒に食べて、ギリギリまで手を繋いで、先輩宅の最寄り駅に……辿り着いてしまった。

 こんなに楽しい時間が……もう終わりなんて……。

「あっ……電車、来ちゃいましたね。それじゃあ先輩、また明日、学校で」

「うん、また明日! 駅に着いたら電話してね?」

「わかりました。私もまだまだお話し足りないので、是非。少しだけ待っててくださいね」

「はーいっ!」

 名残惜しくも、駄々をこねて先輩を困らせるわけにもいかず、断腸の思いで電車に乗り込み、手を振る先輩が見えなくなるまで手を振って、少し、呆然とした。

 楽しかったなぁ……。

 最初はぐたぐたになってしまったけど、後半は上出来だったように思える。

 今日だけで素敵な思い出が何個できただろう。

 ふふふっ……次のデートは先輩がエスコートしてくれるんだもんね。……やばい、日程も決まってないのに楽しみすぎる……!

「……あれ」

 私も最寄り駅に着き、帰り道お電話タイムのためにスマホを取り出すも、

「電源、切れてる……」

 先輩とお付き合いするまでは、こんなにスマホを使うなんて思ってもみなかったからなぁ。

 全然買い替えてなかったし、バッテリーもだいぶ劣化しているらしい。

 しょうがない、急いで帰ってすぐに充電&電話をしよう!

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