日曜日・5
「時間が出来てしまったので、ちょっとプラプラしましょうか!」
「うん!」
逆転の発想だ。映画を観る前にしたかったウィンドウショッピングを、映画が観られなくなったことで出来るという……いや、普通にあの席を取りたかった人には申し訳ないんだけど。
吹っ切れよう。仕方がなかった。もう同じミスをしない! 以上!
「次の予定は、また秘密?」
「えっと、ですね」
私としてはサプライズをする気満々だったが、もしかするとまたミスの種があるかもしれない。
先輩が事前に気付いてくれる可能性も加味して、ここはもう披露してしまおう。
「これに、行く予定なんです」
計画を立てる=予約をとるというのが私の
「……プラネタリウム?」
「はい。そんなにちゃんとしたやつじゃないらしいんですけど、二人で、星を見ながらまったりできたらなぁって思って……どうでしょう?」
暗いところが苦手とか、星が嫌い、みたいな情報は持ってないんだけど……。
「素敵だねっ、どうしよう、今から楽しみだよ~!」
「良かったです」
調べた所によると、会場に点々と置いてある二人掛けのビーズソファ(大きめの人をダメにするソファ)に寝そべる感じだったから、映画館みたいに隣が気になるとかはないはず……。
あるとすればなんだ問題点だ? ……こういうときにパッと思いつかないんだよなぁ。
「こーら」
思案を脳内で繰り広げていると、先輩は私の額を軽く小突いてイタズラな笑みを見せる。
「なるようになるし、なっちゃったらなっちゃったで仕方ないんだから、そんなに難しい顔しないの」
「は、はい……!」
「何かあったらさ、さっきみたいに二人で考えて解決しよ? 有喜ちゃんだけで背負い込むなんて絶対ダメなんだからね」
「……ですね。本当に、その……ありがとうございます」
「んーん。有喜ちゃんはプランを立ててくれたからね、問題解決は私の仕事です」
胸を張ってお姉さん然とする媛崎先輩に……安い言い方だけど胸キュンが止まらない。そうだった、この先輩、可愛いところばかり目につくけれど、この格好良さも人気の一因なんだった……。
「あっ見てみて、これ可愛い!」
私の手を引く先輩が軽やかに進んだ先には、小さなジュエリーショップ。
そこまで高級感はないものの、こういったお店に臆することなく入っていけるのは、私のような喪女からしてみれば尊敬してしまう。
「やっぱり有喜ちゃんには
サファイアがあしらわれた見本用のネックレスを手に取ると、流れるように私の首元に合わせてため息を零す先輩。
「初めて言われました、そんなこと」
「えーほんと? あっもちろん何でも似合うと思うよ? でも碧が映えるっていうか……」
違うんです。知り合いと一緒に買物なんてしたことがないから……そもそも何が似合ってるとかの論議を交わしたことがないんです……。
「……」
しかしそんな悲しい事を口に出してもしょうがないので、私も先輩に似合いそうなものを探してみた。
天真爛漫な先輩には、
少し店内を回ってみると一際強い輝きを放っているものが目に入った。ルビーかと思いきやスピネルという宝石らしく、どこか引き込まれる美しさがある。
スマホを取り出してスピネルについて軽く調べてみると、なんと媛崎先輩の誕生月である八月の誕生石!
宝石言葉は……うん、あるあるだけど、サイトによって大きく意味が分かれてるな……。けれど悪い意味はないらしいし、妙な縁起はなさそうだ。
是非試着して欲しいけど……ショーケースに入っているので憚られるな……。店員さんに聞いてみようかな? いやでもまだ購入すると決まっているわけじゃ……。
「どう? 気になったのあった?」
「うひゃい!」
いつの間にかスマホに集中してしまっており、背後からの声に体が跳ねる。
「どれも素敵で……。先輩はどうですか?」
「ん~そうだなぁ」
と、ショーケースをなぞるように見た先輩は、やがて一つを「これかな!」と笑顔で指さした。
「っ!」
「どうしたの!? センスなかったかな!?」
「いえ、違うんです。とっても、とってもお似合いだと思いますっ」
媛崎先輩が示したそれは、たった今私が入念に調べていた――スピネルのネックレス。
「すみません、これ、試着させてもらうことはできますか?」
「はい、少々お待ちくださいませ」
嬉しさのあまり、バイトをしているときのようなコミュ強モードに切り替わった私は、近くにいた店員さんへ難なくお願いをすることができた。
×
「びっくりしたよー。有喜ちゃんったら急だったんだもん」
「すみません、体が勝手に動いてしまいまして……」
「えへへ、でも嬉しかった。有喜ちゃんと同じこと考えてたんだね!」
「私も嬉しかったです。それに良くお似合いでしたよ」
ジュエリーショップを後にした私達は、アパレルショップ、ペットショップ、雑貨屋さんなどをぷらぷらとまわり、ようやく喫茶店に腰を落ち着けた。
先輩は犬派で、熱帯魚が好きで、フェミニンな服も似合って、手書きのPOPがあるとついつい手にとっちゃう人で……少しの時間だったけれど、多くのことを知ることができて、心はすっかり幸福感に包まれている。
「時間、そろそろかな?」
「ですね」
私はコーヒーを、先輩は紅茶を注文して、さっきまで見ていたものの感想を交わしていると、あっという間にプラネタリウムを予約している時間に近づいていた。
早足で会場に向かうと結構な人混みができており、今回ばかりはちゃんと予約をしていた自分を褒めてあげたくなる。
「ここですね」
「うわぁ! すっごいふわふわ!」
会場内の人が入れ替わり、二人で天を仰ぎ寝転がった。ソファ同士は孤島のようにそれぞれが離れているため、周囲が気になることもない。
「……」
「……」
何を話すわけでもなく夕焼け空を模した天井を眺めていると、音もなく扉が閉められ、ゆっくりとライトが落ちていく。
「「…………すごい……」」
この世界は――確かに今――私と媛崎先輩だけのものになった。
視えているのは満天の星空。暗闇の向こうには光の世界があって、抑えきれずに破れた箇所から零れているのだと信じさせるような、強い光の数々。
聞こえるのは心を寝かしつけるようなヒーリングミュージックと、先輩の呼吸音。
そして感じるのは、自然と繋がれた先輩の手から伝わる体温だけ。
重力すらも忘れるような心地の中、私は見覚えのある星列を見つけた。
「あっ、北斗七星」
「どれどれ?」
「私の指先を追って見てください。
このプラネタリウムでは星列がデフォルメされていたり、わかりやすく強調されていたりと、専用のシートなどを使わなくても探しやすいように工夫されているらしい。
少なくとも私には、露骨なくらいはっきりと判別できる。
「あれかな~? う~ん、ちょっと自信ないな~」
「でしたら先輩、その七つの星の中に、重なっているように見える星はないでしょうか」
「むー……あっあれかな? 右から二番目の星が……雪だるまみたいになってる?」
「そうです! それが北斗七星です!」
「なるほど〜! 言われてみれば柄杓の形になってる!」
「ちなみに先輩が見つけたのはミザールとアルコルっていう二つの星で、重なっているように見えるんですが、実際はすごーっく離れているんですよ」
良い気分の時に見ると二つに別れていて、涙でぼやけているときは一つに見える。そんなミザールとアルコルを、私はいつも追っていた。
「有喜ちゃんとっても詳しいんだね! すごい!」
「高校に上がるまでは、星のよく見える田舎に住んでいたんです。仲の良い人もいなかったので、毎日星ばかり見ていました」
胸を掠めた寂しさを払うように、握る手のひらへ力を込めると、それ以上の力で応えてくれる先輩。
「だから、いつか誰かと――大切な人と、こうやって星を眺めたいな……って、ずっと思っていたんです」
あの頃の私に教えてあげたい。その夢が叶ったことと、星よりも魅入ってしまう存在を見つけたことを。
「それが私で……今隣にいるのが私で、本当に良かった」
自然とお互いの瞳を見つめていた私達。たまらなくなった私は先輩の胸に顔をうずめると、拒まれることなく、両腕で優しく包まれた。
「先輩、大好きです」
「うん。私も有喜ちゃんが大好きだよ。今日は連れて来てくれて、本当にありがとうね」
優しい言葉と、体温と、香りと、流れる音楽が、今を幸せな夢の中だと錯覚させて、心の中で澱のように溜まっていた思いが溢れる。
「全然……計画通りに行かなくてすみません。あんな自信満々に言っておいて……先輩にフォローしてもらって、甘えてばかりで、すみません。ダメな後輩ですみません」
「……嬉しい。有喜ちゃん、もっと甘えて。もっと頼って。私だけには有喜ちゃんの弱い部分も、ダメなところも全部教えて? これからもたくさん、ずっと、ずっと」
「見せないように頑張っても、たぶん、もう無理です」
確実に決壊すると思った涙腺は、じんわりと暖かくなっただけで。我慢できない程こみ上げてきたのは、幸せと嬉しさで構成された笑みだけだった。
「先輩」
「んっ……」
今までずっと、独りぼっちの私を見守ってくれていた星達へ、今の私を見せつけるように――初めて私から、媛崎先輩の唇を奪う。
「有喜ちゃん――」
「せんっ……ぱい……」
「――もう一回」
それを合図に先輩の猛攻がはじまり、『もう一回』でなんて済むこともなく、クライマックスの演出である
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