金曜日・2

「私は……私はダメ人間です……ダメ人間なのに……こんな素敵な人の……あぁ……素敵なふとももを堪能して……最低な人種です……」

 隣に座った私は自然に園片さんの頭を自分のふとももに乗せる。あっ、もちろん勝手に料金へ追加してます。

「園片様、」

「な、なんでしょう……?」

 なでなでも勝手に追加する。やはり人間、成長してしまうと頭を他人に撫でられることはそうない。けれども幼少期の良い思い出なのか求めている人は心の底から求めており、特に頑張っている人には効果覿面だ。

「本当にダメな人間は、自分がダメ人間ということに気づけません。園片様はご自身をダメ人間と認知した上で、苦しんでおられますね。それは誰もができることではありません。誰もが目を背ける苦い現実に向き合い戦っている園片様は、とても素敵ですよ」

「ぁ……あぁ……ハピしゃん……は、はぴしゃ、はっぴゃ……」

 園片様のやや濁り気味の瞳からボロボロと大粒の涙が溢れて落ちていく。もはや上手にお言葉も発せないようですね。確かに最初は怖かった。けどもう流石に慣れた。

「おか、お金……もっと払います……ごめんなさい、お洋服……私なんかの体液で……ごべ、ごべんなしゃい……」

「いいんです」

 私の膝枕から離れ鞄に入っているであろう財布をとろうとした園片様を少し強引に、元の位置に戻して続ける。

「園片様が感情を開放して、癒され、心が晴れやかになっていただければそれでいいんです。この空間にいる時間だけは、余計なことを考えずに、ただ、心を楽にしてください。言いたいことを言って、したいことを申し付けてください」

 入念になでなでをしながら練り込むように言い聞かせる。やがて「あっ……」や「うぅ……」などの言葉しか発せなくなった園片様。

 ここまで落ち着かせれば、あとは退店までの間こうしていればいい。最早慣れた手順だった。

 あっ、もちろん毎回、お会計の際にクリーニング代はいただいております。


「ハピしゃん、あ、ありがとうございました。今日からまた……頑張れそうです」

 目を真っ赤にして腫らしながら、それでも爽やかな笑顔を浮かべる園片さん。泣いてスッキリして前を向くタイプらしい。こういうお言葉を聞くと頑張って接客してよかったなと思う。

「はい、いってらっしゃいませ、お嬢様」

 クリーニング代も入っているため、飲食物はそれほど頼んでいないのに、一般人ならば絶句間違いなしの請求額をブラックカードで軽々と支払っていく彼女にミステリアスな魅力を感じるも、職業を尋ねるような不躾な真似はしない。いつか聞ければいいなーとは、思っているけど。


 ×××


 帰路に着き、あとは駅から家までの道中をまったり歩くだけとなって、そういえばと思い立ちスマホを確認した。

『バイト頑張ってね! 無理しちゃダメだよ!』『今日も住良木に勝っちゃった! もう負けないかも』『全部有喜ちゃんのおかげだね』『早く会いたいなぁ』『バイト終わったかな? お疲れ様!』

 案の定、先輩から大量のメッセージ。ダメだなぁ。スマホ見る癖付けていかないと。スマホ依存症とか一番縁のない病気だと思ってたけど、こりゃ確かに、リア充がスマホに張り付く理由もわかるってもんだ。

 しかし通知をオンにしていたところでバイト中に見ることはできないわけでして。申し訳無さと共に溜まっていたメッセージ三十六件を一つずつ見ていく。

『あっ、既読!』『有喜ちゃんお疲れ様!』『大丈夫? 疲れてない? 変なことされなかった?』

 読んでいるうちに増々送られくるメッセージにあわあわするも、ようやく最後尾にたどり着き急いで文字を打ち込む。

『今日もたくさんメッセージをありがとうございます。私はいつもどおりでしたよ。先輩もお疲れ様でした。また住良木先輩に勝つなんてすごいです。先輩は私の』

 私の、と打って、その続きを書いて、やっぱり消して。でも、先輩なら、喜んでくれるかなと期待して、

『私の、自慢の彼女です』

 なんて、顔を真っ赤にして体中がむず痒さに襲われながら送信した。

 一秒後、先輩からの着信。

「有喜ちゃん?」

「もしもし、はい、福添です」

「有喜ちゃん、今、外?」

 狭い路地だから足音が響いていたのだろうか、開口一番がそれだった。

「えっ? あっ、はい、そうですけど。もうすぐで家ですよ」

「ちゃんと明るい道歩いてる? こんな時間に外なんて心配だよ……」

 まだ午後九時ちょっと過ぎだ。街灯はついているし、人通りもある。

「大丈夫ですよ、私も道は選んでますから」

「そっか。……ねぇ、私これから駅まで迎えに行こうか?」

「いえいえいえいえ! 大丈夫ですって! 私なんかよりも先輩の道中と帰り道が心配です!」

「……じゃあじゃあ! 駅から家に着くまで、こうやって電話していい?」

「ああ、いいですね。私も先輩の声が聞けて嬉しいです」

「っ……もう、有喜ちゃん、それ私が言おうとしてたのに……」

 あら可愛い。きっとこの電波がつながる先では、私程度の想像力では補完のしようがない程可愛らしい顔をしているんだろうな……。

「あっねぇ有喜ちゃん」

「なんですか?」

「自慢の彼女って、本当?」

「えっ?」

 ん、なんだこの質問、どういう意味だ? どんな裏がある質問なの?

「…………冗談、だった?」

「いえいえいえいえそうじゃなくて! そんな当たり前のこといきなり確認されて言葉が出なかっただけですよ! どうしたんですか急に!」

「……当たり前?」

「そうですよ、こんなに可愛くて優しくてしかも運動神経抜群で誰からも好かれてて……自慢じゃないわけないじゃないですか!」

「……そっか、えへへ」

 ん、ちょっと待てよ、文脈からして……もしかして……。

「先輩、今の確認するために、電話くれました……?」

「だって、嬉しかったんだもん……」

「そんな、あれ、私付き合ってから何度もこういうこと言ってませんでしたっけ?」

「言われてないよーだ。まだ私に向かってぎゅーもチューも好きも、全部私から「好きですよ、先輩」

「っ、な、へっ、有喜ちゃん? もしもし?」

 やばい……。そうか私、面と向かって先輩を見ちゃうと緊張して……今まで伝えてなかったのか……! でも……!

「先輩、好きです。大好きです。私、こんなに幸せな時間を生きるの初めてです。なによりも誇りです。先輩とお付き合いできたとき、キスしたとき、お見舞いに来てくれたとき、抱きしめてくれたとき、いつもいつでも、幸せで死んじゃうって思ってました。心の底から先輩が好きです。本当に、ありがとうございます」

 電話越しなら言えたー! 小さく「うん、うん」って返事くれてるのも可愛すぎて……! 溢れるもの全部言えた! でもそうか……先輩を不安にしてたなんて……ヘンレズ失格じゃい! いやこんな称号失格で別にいいんだけど……。

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