クラスメイトの本音

 昼休みになり、俺はDクラスの教室に足を進める。


 雨水は危険だと言っていたクラスだが、今回の事件の情報を得るためにはDクラスの力が必要なんだ。


 足を踏み入れると、一瞬で別の世界に来たように空気が重くなる。


「失礼、Eクラスの椿だ。少し、内海景虎のことで話があるんだけど……良いか?」


 一応は友好的な作り笑いをして聞いてみれば、ドアに背中を預けていたニット帽をかぶった男が無言で腕を振るってきたので、それを右手で掴む。


あら歓迎かんげいだけど、そう言うのは気が楽で良い」


 掴んだ腕をグイッと男の背中まで回して固定すると、後ろからポッチャリ系の男が金属バットを上から振るってきたので、しゃがんで回避すればバットはニット帽の頭に当たってしまう。


「て、てめぇ、このデブ!!何しやがる!?」


「誰がデブだ、誰が!!おまえがけないから悪いんだろ!!」


「2人とも、俺の前で内輪うちわ揉めしているのは論外なんじゃねぇの?」


 悪態あくたいをつきあっているアホ2人の腹の上にある急所を同時に左右の拳で殴れば、そのまま気絶して床に倒れた。


 そして、俺は周りで今の光景を見て固まっているDクラスの奴らを見回す。


「時間がねぇんだ。俺が気に入らない奴らはまとめてかかって来いよ。こっちは1つか2つ程の質問を誰かに答えてもらえれば、そのまま帰るつもりだ。それでも、おまえら全員に喧嘩で勝てたらっていう条件なら、喜んで受けてやる」


 倒れている2人の髪を引っ張って顔を見せながら言う俺を見て、ここに居る奴らは全員ゾッとした表情をする。


 これは、無駄な時間をかけさせるつもりなら、こいつらの二の舞になると意味を含んだ警告けいこくだ。


 命を奪いはしないが、これ以上邪魔をするなら容赦ようしゃするつもりは一切ない。


 1人の男が、目が合えばビクッと肩を震わせる。


 多分、今の俺ってとんでもなく恐い目をしてるんだろうな。


 20秒経っても誰も俺に挑戦してこないので、安堵あんどの息をつく。


「話、聞いてくれる気になったようだな。誰でも良いから、今から聞く質問に答えてくれ」


 指を2本立てて見せる。


「1つは、内海景虎が今どこに居るのか。もう1つは、内海が今日までに誰かと接触するところを見たかだ」


 俺の問いに、Dクラスの奴らはザワザワと小声がどこからともなく聞こえてくる。


 段々とイラついてきたので、黒板を勢いよく叩いて大きな音を出す。


「さっさと答えてくれ、時間がねぇんだよ…!!」


 特に急いでいるわけではないが、切羽詰せっぱつまってるように見せることで、こっちの機嫌が悪いことを強調させる。


 そうすることで、この先どういう行動をとるかわからないと言う危機感を与える。


 すると、この不良ばかりに見えるDクラスの中で異質を放っている、ボブカットの女子が俺に近づいてくる。


木島江利きしま えりと申します、私がお答えしましょう。内海くんは今、Dクラスのアパートで謹慎中きんしんちゅうです、それも24時間の生徒会による厳重な監視付きで。そんな彼に、何か用でしょうか?」


「うちのクラスの菊池が、昨日あいつに殺された可能性がある。だから、話を聞きたいんだ」


「話をすることは可能でしょうが、それは無意味となるでしょうね。彼はあの部屋を出ることなど不可能ですから」


「どうしてだ?」


「内海くんの部屋には、外に出ようとした瞬間にセンサーが反応し、部屋にある監視カメラから電気ショックが流れる仕組みになっているのです。流石の彼も、学習しているでしょうしね」


「じゃあ、内海が部屋を出ることは不可能なんだな?」


「そう言うことになります。これで満足ですか?元軍人さん」


「いや、そうならもう1つ質問がある。内海の部屋の鍵はどうなってる?」


「すべての尞と同じで、ドアのパネルにスマホを当てるだけです。ですが、生徒会や教師のスマホでないと、反応しないようになっているはず……あとは、仲のいいお友達のスマホかと」


「……そうか、わかった。邪魔をしたな、気絶して伸びてるそこの2人にも悪かったって言っておいてくれ」


 そう言ってCクラスを出ると、木島はクイッと眼鏡をあげる。


「椿円華。不思議な雰囲気を放つ人ですね……これから面白くなりそう」


 調度いい時間で、昼休み終わりのチャイムが鳴った。



 -----



 放課後になり、選択教室から出ようとすれば、川並とほかの男子にドアの前をふさがれた。


 その表情からは、言い知れぬ怒りとか不信感を感じる。


「なぁ、道を開けてくれないか?帰りたいんだけど」


「その前に自分の席に戻れ。これから、クラス全体で話したいことがある」


「……わかった」


 席に戻って周りを見ると、麗音が教壇きょうだんの前に立っている。


 そして麗音を見て、後ろの最上がボソッと呟く。


「……嫌な空気」


「そうだな」


 教室が静寂せいじゃくに包まれると、麗音は真剣な表情でこう言った。


「今日、菊池さんが亡くなりました。だから、みんな悲しいと思うの。私も凄く悲しい。だけど、悲しんでばっかりいたら、前には進めないと思う。だから、区切りとしてお葬式そうしきを開こうと思うんだけど…どうかな?」


 麗音の言葉に、クラスメイトたちはほとんどが賛成の意志を表明する。


 お葬式……?は?何だよ、それ…。


 意味がわからなかった。


 いや、麗音の言わんとしていることはわかる。


 だけど、それを今するのかって思うんだ。


 それよりも、やるべきことがあるだろって……。


 憤りを感じて立ち上がろうとした瞬間、後ろの席の最上が不機嫌な表情をして立ち上がった。


 そして、全員を見渡した後に麗音を見て目を細める。


「死者を埋葬まいそうするのは別に構わない。むしろ、賛成する。だけど、本当はもっとやるべきことがあるんじゃないの?」


「……最上……さん?急にどうしたの?」

 

 麗音が首を傾げているのを見て、最上はカーディガンの袖を握って震える。


 最上のこの震えは多勢に無勢に対する恐れではなく、激しい憤りであるとすぐにわかった。


「その…『何を言ってるの?意味がわからない』って目……凄くムカつく!!クラスメイトだったんでしょ!?かたきを討ちたいって思わないの!?」


「そんなことしたって、菊池さんは帰ってこないでしょ?」


「それでも、次の菊池みたいな被害者は減らせる…!!」


「次に被害者が出るかはわからないし、復讐は悲しみの連鎖を生むだけだよ」


「それは世の中の一般的な大人が喜びそうな正論。だけど、正論じゃ片付けられないのが感情って物じゃないの?」


 麗音の一般論を、最上は真正面から否定しようとする。


「私は菊池がどんな人で、どんな性格をしていたのかは知らない。だけど、あんたたちはこの1学期の間にそれぞれの思いや感情はあったでしょ?友達だと思ってた人は居ないの?頼りになるって思ってた人は居ないの?助けられた人は居ないの!?」


 最上がみんなに語り掛けるが、それに対して返ってきたのは、川並からの考えもしなかった一言だった。


「菊池を殺した犯人なんて捜したら……次に殺されるのは俺かもしれない」


「……え?」


「最上さ……おまえは正しいのかもしれない。殺人が起きれば、必ず誰かが犯人を見つけないといけないかもしれない。だけど、それをする役割の警察も探偵もこの学園には居ないんだ!!もし、クラス全員で殺人者探しなんてしてみろ。その時こそ、またクラスから犠牲者が出るのは確実だ!!そんなことになるよりもな、犯人に目を瞑って生活していく方が死のリスクは少ないんだよ!!」


「それって、本当に生きているって言えるの?」


 最上が川並に敵視するような目線を送れば、他に坂野も彼女を睨む。


「最上さんは死ぬことが怖くないの?私たちは怖いんだよ!!犯人捜しをするなら、最上さん1人でやってよ!!私たちを巻き込まないで!!」


 周りから、坂野の言葉に賛同する声が飛び交う。


 それを聴いてもなお、最上の目は諦めに染まらない。


「……わかった。そうだね、その通り。だけど……私は、こんなことをした犯人が絶対に許せない。それに私はみんなと違う……殺人者におびえて、何もせずに生かされるより……その恐怖にあらがって生きていく方が数倍マシだと思うから」


 最上は鞄を背負って教室を出て行き、その場には彼女への怒りが各々の口から出てくる。


『何?あれ……何も知らないに、もっともらしいことを言わないでよ!!』『何様のつもりなんだよ、俺たちにできることなんて何もないんだよ!!』『うっざい、あいつが友香の代わりに死ねばよかったのに』


 ……何だよ、これ。


 最上の言葉、全く届いてねぇな。


 あいつ、本当に話すのが下手だな。伝わってないって、おまえが言いたかったこと。


 多分、俺しかわかってねぇからさぁ……おまえの代わりに言っておくよ。


 俺はバンっと窓を拳で叩いて立ち上がれば、クラスメイトの顔を見渡す。


 そして、深い溜め息をついたんだ。


「おまえらさぁ……いつまで草食動物そうしょくどうぶつで居れば気が済むんだ?いつまで、喰われる側、我慢する側だったら気が済むんだよ?」


「つ、椿……?おまえまでどうした?おかしいぞ?」


 川並の顔が引きつっている。


 らしくないことをしているのは、自覚しているさ。


 それでも、納得できないから。


「ああ、そうだな。俺は、おまえらからしたらおかしいよ?だけどさ……何時までも何かにおびえている生き方なんて、死を恐れる生き方なんて……俺には合わないんだ。だから、俺は1人でもう側になる。例え、おまえらの肉を食うことになろうとも、あらがうことを止めない」


 そういう風に生きてきたから。


「こんな俺を軽蔑けいべつするなら、それでも良いさ」


 慣れてるから。


「だけど、誰に何を言われようと、どれだけ邪魔されようと、今の俺から変わる気はない。止めたいなら、それ相応の覚悟をしろよ」


 これはクラスに居る復讐の妨害者に対する、宣戦布告せんせんふこくだ。


 そして、俺もリュックサックをかついで教室を出た。

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