精神的よりも身体的に

 放課後になり、Fクラスの教室では人狼ゲームを優勝したことで祝勝会を開いていた。


 岸野先生は集会について、「8時過ぎるまでには帰れよー」といつものやる気のない声で言うだけに留まった。


 それにしても、学生と言うのは一々祝いの集会をしなきゃいけないと言う法則でもあるのかよ。


 お菓子やジュース、ファーストフードだけでなく娯楽としてカラオケボックスを借りてきて、教室は軽いパーティー会場となる。


 いつもなら俺のことを恐がって近づかないクラスメイトたちも、体育館の一件でその場に居た者全員を黙らせたことで見る目が変わったのか、異常に絡んでくる。


 うざい。


 極端に態度が変わって、鬱陶うっとうしいと思うのは変だろうか?それとも、やっと仲間だと認めてもらったと喜ぶべきなのか。


 誰が買ってきたのかはわからないファーストフード店のフライドポテトを食べながら周りを見ていると、やっぱりかと思うような光景が広がっていた。


 人狼の正体が麗音であると言うことが知られてしまい、ゲームはゲームと割り切り、よく隠し通すことができたと言う賞賛しょうさんの声がある中、彼女にポイントを奪われた者は恨めしそうに陰から睨みつけている。


 昨日、麗音が恐れていたことが起こりそうな予感だ。


 フライドポテトを食べながらカルピスを飲んでいると、隣にいつの間にか、皿の上にあるマカロンをプラスチックのフォークで食べている成瀬が居た。


「椿くん、あなた、どういう生活をしたらあんな空間で堂々とできるの?」


「1限目の話か?だったら簡単だ。元軍人だからアウェーな状況にも慣れてんだよ。ああいう数だけで圧倒している奴ら相手には…これは多分、俺限定だと思うけど、別に死ぬ訳じゃないと頭に言い聞かせれば、自然と身体から緊張は消えていくもんだ。けど、これは死ぬ寸前の感覚を知らないと効果は無いと思う」


「それほど壮絶な体験をしたのね」


「昔はいろいろと在ったからなぁ…」


「そうなの…それで?この後のこと、どこまで見えてるの?」


 目を細めながら見てくる成瀬の言葉の意図が、すぐにはわからなかった。


 しかし、次にまた買い被られてると思い、小さく息を吐く。


「どこまでも何も、俺は別に未来予知者じゃねぇし。どこにそんな勘違いをするような要因が在った?」


「いろいろとあるわよ。気づいてないとでも思ったの?あなたの行動には一貫性があるわ。それも誰にも気づかれない様にしているけど、ある特定の人にだけわかるようにしている」


 成瀬の言葉から、こっちの目的に対して確信を得た自信を感じる。


「…ちょっと出ようぜ?ここじゃ話してほしくないし」


「ええ、構わないわ」


 クラスの奴のほとんどの注意が麗音の方に行っている間に、俺と成瀬は廊下に出て2人きりになる。


 すると、成瀬はいきなり平手打ちをした。


 避けることはできたけどあえて受けた。成瀬が怒りを表すことは、わかっていたことだから。


「今、どうして私が打ったのか。あなたにわかる?」


「…ああ。人狼ゲームのこと、黙ってて…悪かったな。誰にも言えなかったんだ。他の誰にも知られるわけにはいかなかったから。麗音にも、あとから怒られるかもな…。その覚悟はしてた」


「ええ、そうね、当然よね。そのこともあるわ…だけど、私が怒っているのはそこじゃない!!どうして、何でもかんでも1人で抱えようとするの!?」


「…悪い、何でもかんでもの内容がわからねぇんだけど」


 目を逸らしながら聞けば、成瀬は逃がさないと言う様に目線の先に立って俺の目をまっすぐに見てくる。


「決闘の時からそうだった、わざと自身の情報を明かし、Fクラスに椿くんが居る限り、誰も傷つけさせないようにした。元軍人である椿くんを警戒して、誰もFクラスに嫌がらせをしないように。そして、今回の人狼ゲームの件もそう。あなたは、Fクラスに向けられる全ての怒りをすべて、自分1人で静止させた。そのことが原因で、今後、他のクラスから椿くん1人がほぼ確実に狙われるわ。だって、あなたが居る限り、今までのようにFクラスを苦しめることはできなくなるから」


「だから、成瀬は買い被り過ぎてるんだって。俺がそんなに頭が回るような奴に見えるかよ?」


「ええ、そうね。椿くんの本当の目的はFクラスのみんなを守ることじゃない。最初から、あなたの目的は変わってない。…お姉さんのため、でしょ?」


「…違う。これは自分のためだ。ただの自己満足なんだよ」


「そう言って、またあなたは…!!」


 成瀬がまた何か言おうとした瞬間、教室内が騒がしいことに気づく。


 俺は舌打ちをして教室に入り、先程の嫌な予感が当たったことが目の前の光景を見て理解した。


 麗音が、女子の1人から一方的に言葉攻めをされている。


「あのさぁ、うちのクラスが優勝したのが自分の手柄みたいな感じで居るところ悪いんだけど、私の能力点を奪ってるってこと、わかってるの?私だけじゃなくて、そのほかにもこの人畜無害そうな皮を被ってる女に能力点を奪われた奴だって居る。そいつらにどういう落とし前をつけようって言うのよ!?この泥棒猫‼」


「菊池さん!わ、私は…」


「どうせ住良木さんは、10万ポイントの能力点を手に入れたら、さっさとEクラスに上がるつもりだったんでしょ!?なら、そうすれば!あんたの顔なんて、もう2度と見たくないから…‼けど、私がEクラスに上がったら…覚えてなさいよ!?」


 相手の方の菊池は相当頭に血が上っているらしい。その勢いに押されて(優等生モードを貫いているからか)、麗音は萎縮いしゅくしている。


 これじゃあ、言いたいことがあっても言えないか。


 多分、昨日から何かしら対策はしてきたんだろうが、それも言えなければ意味がない。


 何かきっかけさえあれば…。


 両目を閉じて5秒間考えると、成瀬に小声で「話を合わせてくれ」と頼み、俺は菊池の前に麗音をかばう様にして立つ。


「ちょっと落ち着けよ…菊池」


「はぁ?ちょっと、部外者が私と住良木さんの間に入らないでくれる?椿くんには関係ないんだから」


「安心してくれ、俺はただ、住良木にも話をする機会を与えてくれと言いに来ただけだ。おまえ、このまま住良木のことを罵倒ばとうするなら、この先に何かあったとしても、彼女は今回のように助けてはくれないぞ?」


「…何それ、どう言うこと?言ってる意味がわからないんだけど?その女は人狼で、私たちのポイントを…」


「だから、今から俺が真実の一部を話す。最初に言っておくと、俺たちは住良木が居なかったら、確実に優勝できなかったんだぜ?」


 深呼吸すれば、俺は話を始める。


「いいか?そもそも、この人狼ゲームの本質に気づいたのは俺じゃない。住良木だったんだよ」


「えっ…!?」


 菊池は目を見開いて驚き、その場に居た全員も同じ反応をする(例外で成瀬は呆れたような目を向けてきた)。


「俺は住良木から、自身が人狼であることと人狼ゲームの本質を聞かされ、すぐに成瀬に相談した。そしたら、成瀬はこころよく本校舎のサーバーにハッキングして、他のクラスの監視カメラの情報が俺のスマホに入るようにしてくれた。住良木が居たから、俺たちは他のクラスに目を向けることができたし、人狼を見つけることができた。すべては、住良木が気づいてくれなかったら成り立たないことだったんだよ。なぁ…成瀬」


「はぁ…ええ、そうね。その通りよ。体育館に居た時は、椿くんのアドバイスで知らない素振りをしろと言われたからそうしたけど、私と住良木さんはすべてを理解していたわ」


 俺に対して呆れた視線を送りながら言うが、菊池はどこか納得していない様子だ。


 だよなぁ、それとこれとは本質的には関係ないし。こっからが麗音のターン。


「それで?住良木、おまえは俺の命令で他のクラスに怪しまれない様に、心の痛めながら能力点を奪っていたわけだけど…ゲームが終わった後はどうするんだっけ?」


 麗音に話を振るが、彼女はまだ萎縮いしゅくしている。緊張しているのか。


 こういう時、『落ち着け』とか『大丈夫だ』と日本人は言うがそれは効果的ではない。逆に緊張度合いが増すだけだ。


 アメリカで知った、こういう時にかける言葉は…。


 一歩引いてさりげなく、麗音の耳元にこうささやいた。


「背筋伸ばして、胸を張れ。騙されたと思ってやってみろ」


 前に立たせれば麗音は俺の言った通りにし、表情から緊張の色が消えたのがわかった。


 人間は精神的な言葉よりも、身体的な行動の暗示あんじをした方が効果的だ。


 そして、麗音は口を開いた。


「最初に菊池さんもそうだけど、能力点を奪ってしまったことは本当にごめんなさい!!だから、今回もらった能力点の16万ポイントは、全部、クラスのみんなで分けようと思うの!もちろん、私は要らないから!それで…許してほしいとは言わないけど、仲直りしてくれないかな?」


 恐怖心のない真剣な目で麗音が右手を前に出して言えば、菊池は目を逸らす。


 だが、次の瞬間には納得はしていないが、利益があるなら良いかと言うように、菊池は手を握った。


 言い過ぎたとか、少しは罪悪感を感じているのか、そのまま軽く頭を下げる菊池。


「私こそ、ごめん…頭がカッとなっちゃって…酷いこと言って…」


「ううん、大丈夫。気にしてないから!」


 麗音がニコッと笑えば、さっきまで凍っていた空気はおだやかになった。


 そして、その後は麗音が言った通り、クラスのみんなに能力点のポイントを分けていった。


 ちなみに、クラスに届いたポイントはクラス委員のスマホに一時的に保存されるが、それを個人のポイントとすることはできない。


 1人3200ポイントで、1人ずつ麗音が回って送信しており、最後に俺の番になる。


「椿くんで最後だよ。スマホ出して?」


「あっ、俺は良いよ。謝罪の意味も込めて、人狼の被害にあった奴らに回してやれ」


「えっ…?良いの?」


「俺はポイントに困ってないからな」


「…そっか。じゃあ、ありがとう」


「ああ」


 最後は何のわだかまりもなくパーティーはお開きになり、みんなで校舎の玄関を出て尞に戻ろうとする。


 すると、いつもの通り最後尾さいこうびに並んでいた俺を、麗音が誰にも気づかれない様にグイグイと早く引っ張っていき、抵抗できないままにパーティーの掃除が終わった真っ暗な教室に戻された。


「おい、何のつも…」


 俺の言葉を遮り、麗音は無言で俺の顔の両端に壁に両手を置いた。


「ぎゃ、逆壁ドン…?」


 俺が場を和ませようとジョークを言うが、麗音は俯いたままで表情が見えない。


「どう…した?…嘘をついたことは…謝る。けど、ああした方が…良いかなって思ったから。けど、すまん…あれは、俺の独断だった」


「……」


「無言のまま、いつまでこうしてれば良いんだ?」


 質問をしてみると、何か…鼻が鳴る音が聞こえてくる。


 下を見てみると、麗音の顔から床に向かってしずくが葉っぱから落ちてくるつゆのように落ちている。


「麗音…」


「み、見るな!!見たら…ブッ飛ばすから!!少しだけ…本当に、少しだけで良いから…このままで…お願い」


「…了解」


 2人だけだからか、もう優等生モードを解いて素の状態になっている。


 しばらくそのままにしていると、麗音は顔を俺の肩に埋めた。


「恐かった…!!あたし…本当に…弱いっ!!」


「そんなことねぇだろ。ちゃんと、立ち向かってた」


「けど!!…椿くんが居てくれなかったら…あたし…何も、言えなかったぁ…」


「そう思ってくれるなら嬉しいけど、俺はただのきっかけに過ぎないんだ。おまえは、弱くなんてねぇよ。本当に弱い奴って言うのは…恐怖を知ってなお、それから逃げる奴のことだからさ」


「…何…それ…」


「これは俺の言葉じゃない、姉さんの言葉だ」


「そうだと思った…」


 そこからしばらく沈黙が流れると、麗音が肩から顔を離して潤んだ目の上目使いで俺を見てきた。


「…さっきは、どうして助けてくれたの?」


「どうしてだろうな?…俺自身も反射だったような気がするし…だけど…具体的な理由、必要なら聞く?」


「…疑問しかないから…聞く」


 頭の後ろに手を回し、俺は小さく深呼吸をする。


「そうだな……なんとなく…さ、麗音が困ってる、なら、俺が助けるべきだと思った。そしたら、頭の中で麗音を助け出すことしか考えられなくなった。それだけだ」


 自然と笑顔で言えば、暗くてよく見えないが、麗音の目が少し大きく開き、頬が赤くなったように見えた。


 そして、そのまま麗音は壁から手を離し、俺に背中を向けた。


「あっそ……椿くんって変だね」


「おい、こら…変は失礼じゃないか?」


「変だよ、本当に変!!」


「はぁ…はいはい、そうかそうか。…んじゃ、落ち着いたみたいだから、帰るか」


 そう言って教室を出ようとすると、麗音に制服の袖を掴まれる。


「…なぁ、おまえって掴みぐせでもあるのか?」


「し、知らないわよ!無意識なんだし。…話は、まだ終わってないから…」


「はぁ?助けた理由を聞くだけじゃなかったのか?」


「そ、そうだったけど!もう1つ、お願いがある…の」


「お願い?何だよ、改まって」


 麗音の方を向けば、彼女は背筋を伸ばして胸を少し張って俺を見てくる。


「あたしの…友達になってくれませんか?」


「…理由は?」


「椿くんになら、利用されても良いし、騙されても良いって思ったから」


「はぁ?…ふむ、これは予想外だったな。まさか、対象が俺になるとは…」


「…それって、嫌ってこと?」


「そうじゃないけど…久しぶりに想定外のことが起きて、若干戸惑ってるだけだ」


 少し腕を組んで唸ってしまうと、麗音は腰に手を当てて溜め息をつく。


「ねぇ、なるの?ならないの?さっさと決めなさいよ!」


「え!?ま、マジかよ…今すぐに?」


 珍しく焦ってしまい、どうしたものかと考える。


 麗音のことは嫌いではない。しかし、付き合ってくださいではなく、友達になってくれと頼まれるとは思っていなかった。


 仮に『付き合ってください』と言われたら、即答で『友達以上の接点はないから無理』と断るのに、その手は使えない。


 いや、友達になるのが嫌なわけではないんだ。ただ、俺に友人を持つ資格があるのかどうかと躊躇ためらってしまう。


 考え込んでいると、煮え切らない態度を取っているのが気にいらないのか、麗音は「あ~~、もう!」と言って俺の頬に両手をパチンッと当ててきた。


「あたしのファーストキス奪ったんだから……責任取りなさいよ、ばかぁ」


「……了解した」


 返事をすれば、麗音は頬から手を離して教室の出口に向かう。


 そして、こっちを振り向き、今までに見たことがないほどの笑顔でこう言った。


「ほら、帰るよ、円華くん!」


 名前で呼ばれた。


 そう言えば、家族や親戚、新森以外で円華って呼ばれたのは、友人からは久しぶりかもしれない。

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