感謝の気持ち

 人狼ゲーム、最終日の前日。


 放課後の最後の投票タイムを終え、俺は尞に戻った。


 このクラス対抗人狼ゲームの約2週間、本当に疲れた。関係ねぇけど風邪も引くし。


 知っていることを誰にも知られないように振る舞うって大変だ。


 時間は6時を回っており、スマホの電源を切って帰りに買ったコンビニ弁当を食べようとすれば、部屋のドアが強く2回ノックされた。


 仕方なくドアを開ければ、目の前に大量のそうめんの入ったボール状のうつわと麺汁の入った2つの透明なカップをトレーに乗せて両手で持っている私服の麗音が居た。


「おい、そうめんの出前を頼んだ覚えはねぇぞ?」


「夏だからサッパリしたもの食べたいかなって思って…一緒に食べよ?」


「どうして、俺なんだよ。麗音なら、もっと一緒に居たい奴も居るだろ。そう言う奴らのところに行ってやれよ」


「私が椿くんと一緒に居たいって思ったから…じゃ、ダメかな?」


「別に断る理由もないから良いけどさ…。誰かに見られても、おまえからフォローしてくれ。寝首をかかれたくねぇし」


 麗音は「おじゃましまーす」と言って部屋に入り、トレーをテーブルの上に置いて正座をした。


 いつもの俺なら『邪魔するなら帰れ』と反射的に言うところだが、皮肉を言う体力も無いので溜め息をついてドアを閉め、麗音と向かい合うようにして座った。


「明日で、全部終わりだな」


「…うん、そうだね」


「これで、おまえに付きまとわれるのも終わりか。肩の荷が下りた気分だ」


「そんなに鬱陶うっとうしかった?」


 不安そうな表情で聞いたきたので、俺はそうめんをつゆに付けて食べながら首を振った。


「少なくとも、朝飯を作ってくれたのはありがたかったさ。タダ飯ほど美味いものはない」


「食費の分は、人狼ゲームが終わったら2週間分返してもらうから」


「おい、あれはタダじゃないのか!?」


「誰が無料って言いましたか~?」


「はぁ…shit」


 思わずアメリカに居た時の口癖を出してしまうと、麗音はクスクスっと笑うが、すぐにはしをカップの上に置いてうつむいてしまう。


「…本当はね、1人で居るのがちょっと恐かったから。あたしのことがわかってるあんたと一緒に居たら、少しは和らぐかなって思ったのも在ったんだよね」


「恐い?」


「うん…。だって、あたしが人狼だってみんなが知ったら、騙されたって思うわけじゃん?ポイントはもらえるけど、信頼は無くなるよ…」


「何だ、そんなことか。たいしたことないな…」


「そ、そんなことって…!!」


 俺が呆れて深い溜め息をつくと、麗音は怒って睨んでくる。


 それに対して、平然とした表情のまま言った。


「良いか?人間なんて単純な生き物なんだよ。何の利益も無く人から利用されたなら腹が立つけど、利用される労力と同等の対価を払えば、怒りも感じずにその後も利用されてくれる。要はノルマの仕事を達成したのに給料が割に合わないほどに少なかったり、払われなかったら嫌じゃないか?俺だったら、上司のことを一発殴る。けど、それに相当する給料が支払われれば、誰も何の文句も言わないはずだし、その後も仕事はしてくれるってことだ」


「…それで、どうすれば良いの?」


「自分で考えろ。俺は今までの俺の人生経験を通して、これからのおまえの人生という釣りの仕方にアドバイスをすることしかできない。信頼と言う魚を釣るためには、おまえ自身で考えて、工夫して釣り上げるしかないんだ」


「何故に釣りで例えた?」


「特に理由はねぇよ。姉さんの言葉を丸丸引用しただけだ」


 お茶を冷蔵庫から出して飲みながら言えば、麗音は首をかしげる。


「お姉さんって、一人称は『俺』だったの?」


「ああ、オレだった。変か?』


 麗音は気を遣ったのか、無言で首を横に振った。


 大量に在ったそうめんを食べ終われば、麗音が器とかを洗い始める。


 それをテーブルに頬杖をついて見ていると、新種の生物を見ているような感覚に襲われてしまう。


 視線に気づいたのか、麗音が一瞬こちらを向いて気まずそうな表情をする。


「ねぇ、そんなに後ろから見られると、やりづらいんですけど?」


「あ、悪い。家事する女を見るのが久しぶりだったからさ」


「ふ~ん。もしかして、お母さんが懐かしくなったとか?」


「まぁ……母親もそうだけど、主に姉さんのことがな」


 少し気まずそうな雰囲気を察したのか、麗音はそれ以上は追及してこようとはしなかった。


「あたしはさ、お母さんの家事をいろいろと手伝ってたから。こういうのには慣れてるの」


「母親は病気か何かあったのか?」


「ううん、そうじゃないよ。何て言うんだろ?憧れに近づきたいって感じかな。もし、あたしが大きくなって結婚したらこういう女になりたいなって、今で言ったら尊敬している目でお母さんのことを見てたから。それでお父さんみたいな人と結婚したいな~って」


「幼少時の女子が考える将来の夢で、1度は考える典型的なのだな。そこに行くまでの間に、大きなお城でお姫様になりたいとかそう言うのは無かったのか?」


「そう言うのは無かったな~。あたしって、小さい頃から現実主義者だから」


 話している間に洗い終ったようで、麗音は水道の蛇口を閉めると、タオルで手をいて、再度俺に向かい合うようにして座る。


「ねぇ…もう少しだけ、一緒に居ても良い?」


「別に良いけど、することねぇぞ?」


「じゃあ、外に散歩にでも行こうよ。食後の運動にさ」


「食後30分以内に運動をすると、逆に太るらしいぜ?」


「嘘!?」


「嘘だよ。だけど、身体に良くないとは言われてるよな」


 冗談を言って部屋を出れば、そのまま麗音と尞を出る。


 地下の空はまだ明かりがついており、見上げると小さな星が規則的に配置されているように見える。


 麗音が隣に並んで歩いていると、ふとある疑念が浮かんできた。

 

 これは麗音と付き合っていると勘違いされないだろうか。


 他の男子が同じようなシチュだった場合、おそらく、俺のように無表情で冷静を装うことはできないだろう。


 格言かくいう俺も、少しは緊張はしている…かもしれないからな。


 しばらく無言で歩いていると、麗音が唐突に言ってきた。


「ありがとね、椿くん」


「感謝されるような題材だいざいがあり過ぎて、どれについて礼を言われてるのかわかんねぇんだけど」


「ねぇ、そこは『何のことだ?』って聞くところじゃない?」


「俺に日本のお約束が通じると思ったら大間違いだ。帰国子女きこくしじょを嘗めんな、身体には思いっきりアメリカンが浸透しんとうしているんだよ」


「はいはい、そうですか」


 麗音はどこか呆れているように言えば、足を止め、微笑んでにこっちを向いてくる。


 それに合わせて、俺も足が止まる。


「ありがとうの内容は…いろいろとだよ。あたしが人狼って言わないでくれていたこととか、素のあたしを受け入れてくれたこととか…この2週間、我儘わがままに付き合ってくれたこととかさ」


「その内容の中に、おまえの悪戯いたずらの被害を黙って受け入れたことについても付けとけ」


「うわぁ、小さいことを気にする男ってモテないよ?」


生憎あいにくと、モテたいとか思ってねぇよ」


「だよね、そう言う風に見える」


 半目で言われるも特に気にしない。


 他人の評価に翻弄ほんろうされる気はないからな。


 けど、礼を言われるのは素直に嬉しいとは思う。そう言う感情は、まだ残っている。


「なぁ、麗音」


「ん?」


「俺の方こそ…ありがとな」


「えっ…?と、突然どうしたの、椿くん!?」


「いや、その…具体的な例はねぇけど、麗音には感謝しているんだ。2人だけの時は優等生モードじゃなくて、素で俺と接してくれるし、何かと俺のことを気にかけてくれるし…ありがたいって、思ってる」


「ちょ、ちょっと、待って!椿くん、本当におかしい!!何か素直だと変!!」


「失礼だな、おい」


 また呆れたような表情をする麗音に目を逸らしてしまい、逃げるようにしてまた歩き始め、その後ろに不満げな表情で彼女はついてくる。


 女ってのは本当によくわからないな。テンションの起伏きふくが激し過ぎる。


 そして、そのまま15分くらい歩いて、尞に戻って麗音と別れた。


 泣いても笑っても明日で人狼ゲームは終わる。


 結果がどうなるのかは俺にもわからない、おそらく予想通りになるだろうな。



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 翌日、人狼ゲームの最終日。


 2週間の疑心暗鬼の期間が終わり、真実が開かされる日。


 1限目のホームルームに、1年生は全員体育館に集めらる。


 天井からスクリーンが現れ、人狼ゲームの結果が映し出される。


 この結果を見て、全クラスの生徒が、俺以外は驚きを隠せなかった。


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 クラス対抗人狼ゲームの結果


 能力点


 Sクラス  1,1452p

 Aクラス  3,5643p

 Bクラス  5,4389p

 Cクラス   7681p

 Dクラス   9894p

 Eクラス   8675p

 Fクラス 17,4456p


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 俺たちFクラスの、完勝だった。

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