空色の追跡者
第72話
何処までも広がる青空の下、広大な砂漠の真ん中を一台の車が砂煙を上げながら走っていた。
「……」
その車の助手席に座る青年、トキヤは外の景色に目を向け、数時間前にも見た何の変哲もない、この光景を。
「……規定を破ってまで施設内に乗り込んだというのに、トキヤ様に怪我を負わせてしまうなんて……、私はどれだけ無能なのでしょう……」
「ああ、だから、シオンちゃんは何も悪くないよ! わたしがあの子に驚いて、何もできなかったのが一番悪いの……!」
誰一人欠けることなく、再び見ることができた喜びを静かに噛み締めていた。
「……」
そして、トキヤと違って施設内での出来事が尾を引き、静かにできないシオンとアイリスの会話を聞きながらトキヤが外を眺めていると、デバイスが軽く振動し、返信を知らせる画面が表示されたため、トキヤは傷口に丁寧な処置が施された左手でデバイスを操作し。
……よし、これで後始末も完了した。
教会の壁や通路等を壊したことについて、施設の管理者への報告、謝罪、修繕費の送金とやるべきことを全て終えたトキヤは小さく息を吐いた。
「……」
政府と反政府の会談という名目に誘い出されたトキヤは、反政府のトップ、カムラユイセにスカウトされたが、それを完全に拒絶した。
それはカムラユイセの顔に泥を塗るような行為であったため、トキヤは自分達がとてつもない難局に立たされることも覚悟したが、その場で戦闘になることはなく。
……その上、何事もなく国境を越えられるとは。
俺が心配しすぎなだけか……? と、会談帰りの自分達を狙って、ユイセを認めていない他の反政府のメンバーが襲ってくる可能性も考えていたトキヤは、サイドミラーに映る穏やかな砂漠を見て、安心したような、不安が残るような、微妙な気分になっていた。
すると。
「トキヤ様。先程から、後方を気にされているようですが……」
何か気になることでも? と、アイリスと会話をしながらも、怪我をしているトキヤを常に意識していたシオンが、トキヤの様子の変化に気づいて声を掛けてきたが、少しナーバスになっているシオンをこれ以上、悩ませるのは良くないと考えたトキヤは。
「いや、大したことじゃない。ただ、急いで出てきたから、あの施設のパーティ会場にあった料理を貰ってくるのを忘れてしまったなと思ってな。久し振りに食べたい故郷の菓子もあったから、少し惜しいことをしてしまった」
と、冗談を言い、シオンの心を和ませようとしたが。
「……もしや、トキヤ様が食べたかったお菓子とは、大福、というものでしょうか」
「お? ああ、そうだ。パーティ会場の端っこにあった苺大福だ。見間違いかとも思ったんだが、用意したのが同郷の人間だったから、あれはたぶん苺大福だったんだと思う。けど、そんなことよくわかったなシオン」
「……はい、大福は私が教会に向かう途中、パーティ会場を通った際に一番端にあった邪魔なテーブルに載っていた食品であり、……テーブルごと、払い除けてしまった唯一の食品だったのでしっかり記憶しています……」
そのトキヤの気遣いは、全く予期せぬ形でシオンを責めることになってしまったのであった。
「……施設の修理費を出して頂いただけでもトキヤ様に大変なご迷惑を掛けたというのに、本当に私は……。あの、せめてその大福を私が今度買って、いえ、本場からお取り寄せを……したいのですが、軍所属のJDは収入を得てはならないという軍規を守っていたため、私には貯金というものが全くないのでした……」
と言って落ち込むシオンを見て、トキヤはシオンに報告して貰った、破壊した設備、備品リストの中にテーブルと食器があったことと、帰るときはパーティ会場を見ていなかったことを思い出し、自分の確認不足を反省しつつ。
「いや、シオンは俺たちを助けるために頑張ってくれたんだから、そんなこと気にする必要はないさ。それよりも、今後の参考のために、シオンがあの場所で感じたことを教えてくれると助かるんだが、どうだ?」
今のシオンには雑談よりも、仕事っぽい話をした方が良さそうだと判断したトキヤは、シオンにあの教会で何を思っていたのかを尋ねることにした。
「……私が感じたこと、ですか。……その、トキヤ様は反政府のトップを名乗る、あの少年、カムラユイセについてどうお考えですか? 私には、我慢弱い子供にしか見えず、一つの組織の長を務めることが可能な器であるようには思えなかったのですが……」
「ああ、ユイセか。確かに、只の生意気な子供にしか見えなかったな。だが、今の反政府のトップであるということは、たぶん、嘘ではないだろう」
「あの少年にはそれだけの実力があると……?」
「いや、ないだろうな。極東のぬるま湯で育った子供に反政府組織を纏め上げる力があるわけがない。トップなのは、あくまでマスコット的存在。国を変える象徴として、異邦人で見目の良い少年だから使われている……とあの場では考えてたんだが、ジャスパーのパートナー、イオンを見たら、考えが変わった。ユイセのような生意気な少年よりも、イオンみたいな可愛らしい女の子の方が絵になるからな。マスコットにするなら普通、イオンを選ぶ」
「では、何故、彼は反政府のトップになれたのでしょうか?」
「単純にスケープゴートにされているだけというのが、一番可能性が高いんだろうが……何かそれも違う気がする。まあ、何にしても裏にろくでもない大人がいるのは間違いないだろうな」
そして、そこまで喋った後、トキヤは。
……俺がシオンに尋ねた筈なのに、逆に俺が色々と聞かれているな。
と、当初の予定とは違う会話の流れになっていることに気づいたが、トキヤが話せば話すほどシオンが明らかに元気になってきたので、それをトキヤは良い傾向と捉え、そのまま会話を続けることにした。
「……トキヤ様はあの極限状態の中で、そこまでお考えに……。トキヤ様は本当に冷静だったのですね。それに比べて私は取り乱してばかりで……、JDとして恥ずかしく思います」
「ん? いや、シオンも冷静だっただろ。教会に入ってきたときも、プロキシランス・アルターの威力を半減させて、操作可能にしていたし」
シオンの専用武器、プロキシランス・アルターは、光の槍の形状になった瞬間に発射することで、その威力を最大限に発揮する。だが、威力を落とすことで、長時間滞空させたり、操作したり、手に持ってナイフのように扱うことも可能であり、教会でシオンはプロキシランス・アルターの出力を落とし、操作が可能な状態にしていた。そのため、シオンは攻撃するというよりも、警告の意味で、プロキシランス・アルターを展開していたとトキヤは見抜いていた。
「……私を少し買い被りすぎです、トキヤ様。あれは教会の中の状況を完全に把握していたわけではなかったので、どういう状況でも使えるようにと、威力を弱めていただけです。それに、ブルーレースの顔を見た後は、トキヤ様に止められるまでは、本気で攻撃をしようと思っていましたから……」
「状況を把握するまで、攻撃を控えていたんだ。そういうのを冷静だって言うんだよ。……なあ、シオン、お前は俺に、自信を持てと言ってくれたよな。今度は俺にも言わせてくれ。シオン、――――自信を持て。お前は本当に凄いJDなんだぞ。戦闘能力だけじゃなく、この国で俺みたいな変人をずっと支えてきてくれたんだからな。そんなお前を俺は誰よりも頼りにしているし、――――誰よりも必要としているんだ」
「――――! あ……その………………恐縮、です」
トキヤに必要としていると言われた瞬間、シオンはこの世の幸福を一身に受け止めたような、とても幸せそうな表情を浮かべたが、その表情をシオンは隠そうとしたのか、すぐに顔を強張らせた。
「……っと」
そして、シオンが表情を忙しく変化させている最中にシオンのハンドル操作が僅かに乱れ、車体が揺れたことでトキヤの視線もずれ。
「ん? どうした、アイリス」
口を押さえ、顔を赤くしているアイリスの姿がルームミラー越しに見えたため、トキヤはアイリスに話し掛けた。
「どうしたって……。トキヤくん、わたし、よくわからないけど、今のって……あ、あ……」
「あ、あ?」
「……って、もしかして、トキヤくん、無自覚?」
ええー……。と、急にため息を吐いたアイリスに冷めた視線を向けられたトキヤは、何故、アイリスにそんな目で見られているのか、その理由がわからなかったが、アイリスの自分に対する何らかの評価が一段階下がったことはわかった。
「俺、今、何か酷いことをしたか……?」
「ううん、その逆かな。自分で気づいて欲しいから言わないけど」
「……?」
そして、アイリスから出されたヒントを聞き、トキヤはアイリスの顔を見ながら、その理由を考えてみたが、答えを導き出すことはできず、まあ、酷いことの逆なら別に悪いことではないよな。と、一旦、その思考を切り上げ。
「正直言って、よくわからないから、この話は持ち帰って考えさせて貰う。だから、アイリス、今は違う話を、少し大事な話をしていいか?」
「え? うん、良いけど、大事な話って?」
「……アイリス、お前は――――またイオンと会いたいか?」
トキヤは、アイリスに似た少女、イオン・キケロの名前を言葉にした。
政府と反政府の会談の場で出会った、イオン・キケロ。ジャスパーのパートナーである彼女はどういうわけか、アイリスに似た顔と同じ色の髪と目を持つ少女だった。
アイリスと血の繋がりがあると思われる彼女は、冷凍睡眠施設で個人情報が消された状態で眠っていたアイリスの過去を取り戻す重要なピースになるとトキヤは考えていた。
そして、今、イオンとは完全に敵対関係ではあるが、アイリスが望むなら、すぐにでもイオンとコンタクトを取る計画を頭の中で練っていたトキヤは、アイリスにその意思があるかどうかを確かめ。
「あー、うん。……どうだろ? あの子が、同じ基地の仲間だったら幾らでもお喋りするんだけど、敵だし、別に無理して会わなくても良いかなー……って思ってる、かも」
トキヤが想定していたよりも、少し、というかだいぶ乗り気でないアイリスの返答を聞き、トキヤは困惑した。
「……アイリス。それは、本心か? 遠慮とかはしなくて良いんだぞ。お前が自分の過去を知りたいというのなら、俺は幾らでも力を貸すつもりだ」
「あ、うん、それ。わたし――――自分の過去に興味があまり持てないんだ。わたし、こうやってトキヤくんや仲間のJDのみんなと一緒に敵と戦ってる毎日が凄く好きだから、それを壊してまで過去を知ろうなんて気にはならないの」
「……マジか」
マジかも。と、苦笑するアイリスを見て、トキヤが何を言えばいいのかわからなくなっている間に。
「だから、正直、わたしはあの子よりも、あのJDの事が気になってるんだ」
アイリスは遠足に向かう子供のように目を輝かせながら、言葉を続けた。
「あのJD……?」
「教会にいた、あのブルーレースっていうJDだよ」
「――――」
ブルーレース。空色の髪に金の瞳を持つそのJDの名を聞き、トキヤはそのJDから感じた狂気を思い出し、僅かに眉根を寄せた。
「あのJD、結局、一言も喋らなかったけど、あのJDもネイティブなのかな?」
「……ああ、間違いなくネイティブだ」
正規の倫理観を持たされているJDは、人間に対してあんな目を向けることはできないからな。と、トキヤがブルーレースの金の瞳を思い出していると。
「ブルーレースの最強を超える最強って、どんな強さなんだろうね!」
アイリスがとても楽しそうにブルーレースの強さを想像しており、そんなことを考えたくもなかったトキヤはこの話を終わらせようと口を開き――――
「――――トキヤ様、アイリス。五秒後に速度を上げます。シートベルトをしっかり締めて、前を向いてください」
シオンのその声を聞き、トキヤは開けた口から全く違う言葉を出すことになった。
「どうした、シオン。何があった」
そして、トキヤがその言葉を口にした直後に、シオンは予告通り、車の速度を上げ。
「――――敵が来ました」
簡潔に現在の状況を述べた。
「敵だと……? ……シオン、そいつは何処にいる。肉眼では確認できないんだが……」
「……リアカメラとデバイスを繋げてください」
そして、自分の目ではその敵を見つけられなかったトキヤがシオンの言うとおりにデバイスと後部車載カメラを接続し、デバイスでリアカメラの映像を見られるようにすると、既にシオンが設定をしていたのか、カメラが人、JD捕捉モードで動き出し。
「……」
最大倍率の光学ズームが。
「――――」
砂漠の中から。
――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます