第65話

 太陽の光を受け、ステンドグラスが煌めく教会の中で。

「お前が、反政府のトップだと……」

 驚愕の表情を浮かべるトキヤは、自分と同じ色の髪と肌を持つ少年を見て、そんな言葉を呟いた。

 政府と反政府の会談場にいた少年、カムラユイセ。彼のことをトキヤは最初、自分と同じメッセンジャーであると考えていたが、ユイセは自らが反政府のトップであると語り、JDのジャスパーがその言葉を肯定したため、トキヤはユイセの言葉を一応は信じることにした。

 しかし。

「……っ!」

 子供が、異邦人が、反政府のトップであるということが真実だというのなら、無視できないことがある。と、トキヤは起動状態のデバイスを取り出し、画面に数人の男達の画像を表示させ、それをユイセとジャスパーに見えるように掲げた。

「……これは俺がここに来る前に上の人間から渡された反政府の主要メンバーと思われる人物達の一覧だ。そして、ここにお前の画像は無い。……この主要メンバー達はお前がトップになることを了承したのか? 特に反政府を作り上げたと言われているこの二人が、お前に全権を渡したとは正直考えにくいんだが……」

「……なあ、ハノトキヤよ。貴様は今、あの男と喋っているんだよな? 何故、思いっきり自分を、このジャスパーを見ている。貴様の視線は自然とJDの方を向くようになっているのか……?」

 貴様は本当に訳がわからんな……。と、デバイスを掲げ、ユイセと会話をしている筈のトキヤの視線が、ユイセではなく自分の方を向いていることにジャスパーは呆れながらも、何だかんだで面倒見が良いジャスパーは、どれどれとトキヤが指さす二人の男の画像を見て。

「――――ああ、そいつらなら死んだぞ」

 その事実を淡々と語った。

「……死んだ、だと……?」

「そうだ。あれはそちらの統合知能ライリスをサーペンティンが破壊した直後だったな。その二人は、今が政府を滅ぼす最大の好機とのたまい、通常のJDを大量に連れて首都に攻め込み――――首都防衛隊とやらに返り討ちにされた。ただ、その二人は貴様やアイリスのように戦場に立つことはせず、遥か後方で、戦闘の行く末を眺めていただけだったはずなのだが……」

 そして、その事実についての詳細を語っていたジャスパーが言葉を止め、疑念の籠もった眼差しをユイセに向けると、反政府のトップであるユイセは天を仰ぎ、大げさに悲しみを表現した。

「あれは本当に悲しい出来事だったぜ……。どういう運命の悪戯か、こっちのJD部隊に後方から奇襲を仕掛けようとした何者かが、二人がいた野営地を偶然発見したみたいでよ。JD部隊を攻撃するはずだった装備で野営地を焼き払いやがったんだ。おかげで、二人の遺体どころか肉片すらこの世に残ってねえ。まったく、ひでぇ話だよな? けど、その後は不思議なことに、とんとん拍子でオレがトップになれたんだよなあ。もしかしたら、死んだ二人の魂がオレに頑張れって言ってくれてるのかもしれねえな! ははは!」

「……とのことだ。その二人の正確な死因も、そこの男がトップであることも、自分にはどうでもいいことだからな。これ以上、追求するつもりはない」

 何かあると思うなら、自分で調べることだ。と、トキヤにだけ聞こえるような声で呟いたジャスパーは、一時的に護衛になったとはいえ、流石に助け船を出し過ぎたと思ったのか、腕を組んで目を瞑り、何も喋らなくなった。

 そんなジャスパーの姿を見て、トキヤは心の中で感謝の言葉を呟いてから。

「……そちらの事情は理解できた。だから俺は、お前を反政府のトップとして考え、話をしたいと思うが、まずは謝罪をさせてくれ。俺は、先程の話を忘れた方がいいだろうか?」

 今度こそ、反政府のトップであるユイセと向き合った。

「あ? 忘れるって、何のことだ?」

「反政府の創始者達が死んでいるということについてだ。この件に関しては守秘義務とは無縁だと思われるジャスパーに聞いた俺が全面的に悪い。忘れろというのなら、絶対に口外しないと約束するが……」

「はっ。なんだ、そんなことか。全然構わねえよ。じゃんじゃん言いふらしてくれていいぜ」

「……本当にいいのか? 政府軍に噂すら流れてこなかったということは、反政府内でも発表していないんだろう? この情報はそちらの混乱を呼び、こちらが有利になるだけだぞ」

「別に問題ねえよ。多少混乱したとこで、今の政府軍は脅威じゃねえからな」

「……何?」

「死んだ二人が失敗したように、首都に攻め込むのは確かに面倒だが、そっちが戦力を首都に集めた結果、他の場所に戦力を割く余裕がないのはわかってんだぜ?」

 雑魚が散発的に攻撃を仕掛けてきても何も怖くねえっての。と、笑うユイセを見て、遠慮は不要のようだとトキヤは判断し、小さく頷いた。

「わかった。なら、この件は後で上の人間に報告させて貰う。……では、そろそろ、お互いがここに来た目的である会談を始めようか。……これが和平に繋がる第一歩になることを願って」

 そして、トキヤはこの会談で、自分の目的のために停戦や休戦を目指すつもりであったが、可能ならばそれ以上、争いが少しでも終わりに近づくことを祈って、和平という言葉を口にしたのだが……。

「はあ? 和平だ? 何、フザケタこと言ってんだオマエ。そんなのするわけねえだろ」

 その言葉に嫌悪感を示すユイセを見て、トキヤは僅かに動揺した。

「……それは、どういうことだ。ユイセ、お前は和平に繋がるような話し合いがしたくて、俺をここに呼んだんじゃないのか?」

「んなわけねえだろ。オレは交渉をしたいとは言ったが、和平交渉をしたいなんて、一言も言ってねえ。だいたい、そっちの言う和平なんざ、オレ達が武装解除をした上で、さっきの画像に載ってたような、顔を知られているこっちの主要メンバーを全員射殺した上での和平だろ? そんなクソみてえな条件に首を縦に振るとでも思ってんのか?」

「……そうなる可能性もないわけではないだろうが、そうならないようにするための和平交渉だろ」

「だからしねえっての、和平交渉なんざよ」 

「……じゃあ、何が目的なんだ」

「ああ? わかってねえのかよ。スカウトに決まってんだろ」

「……スカウト?」

 スカウト。唐突に出てきた想像もしていなかった単語を耳にし、トキヤは困惑した。

 政府と反政府の会談の場でそんな単語が出るわけがないと考えたトキヤは、その言葉を本来の意味ではなく、何かの隠語として使っていると推測し、その答えを導き出すために集中し、トキヤの視線が自然と下に落ちた、その時。

「……トキヤくん?」

「……」

 アイリスは考え込むトキヤに視線を向け、ジャスパーは目を瞑っており、反政府のトップ、カムラユイセの顔を見ている者は誰もいなくなった。

「――――」

 その瞬間。イラつきを顔全体で表現しながらも、不敵な笑みを絶やさなかったユイセの表情が変わった。

「……」

 否、それは表情が変わったなどという生易しい変化では無かった。まるで被っていた仮面が外れたかのように、今のユイセは先程までのユイセとは別人のような表情を浮かべていた。

 その表情は――――迷子になった幼子の表情、そのものだった。

 家族はもちろん、知っている人間が誰もいない初めて訪れた地で、一人になり、怯え、震えている小さな子供。

 そんなイメージしかできないぐらいに弱々しい表情を浮かべたユイセは、震える唇を開き。

「……なあ、トキヤ。オマエ――――オレの、オレたちの仲間にならないか?」

 己の願いを口にした。

 その言葉を声に出した後にはユイセの表情は今まで通りのモノに戻っていたが、仮面を被り直す前に発せられたその声音は、気の弱い子供がわかり合えると思えた人に対し、勇気を出し、友達になって欲しいと言っているようにも聞こえ。

「……」

 この中で唯一、ユイセの思いを正確に聞き取る事ができた、教会の奥で佇む、白いドレスを着た空色の髪のJDが、うっすらと目を開け。

「――――」

 その金の瞳でユイセの後ろ姿を静かに見つめた。

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