第60話

『――――良いニュースと良いニュース。どちらの方から聞きたいかな?』

 トキヤが司令室に入るとグリージョとの通信が既に繋がっており、グリージョはレタと何か会話をしていたようだったが、トキヤに気づいたグリージョはレタとの会話をやめ、その言い間違いとしか思えない言葉をトキヤに投げかけてきた。

「……二つとも良いニュースなんですか?」

『だね。まあ、一つは今後の行動次第で悪いニュースに反転する可能性もあるけど』

「……じゃあ、まずは悪くなる可能性のない話から聞きたいです」

 そして、これから行われる筈の作戦会議のことばかりを考え、心に余裕のないトキヤが適当に話を選択すると、スクリーンに映るグリージョは長い足を組み直してから、トキヤが選んだ話の内容を語り始めた。

『つい先ほど、破壊された統合知能ライリスの代わりとなる新たな統合知能を我々は確保することに成功した。ま、急な話かつ即座に納品して貰う代わりに国家予算の倍近くの代金を払ったようだけど、国が貯め込んでいる財が尽きる様子はないし、僕の懐が痛むわけでもないから、これは掛け値なしにとても良いニュースだとは思わないかい?』

「それは……そうですね」

 そして、グリージョから新たな統合知能を手に入れたという情報を聞いたトキヤは、それは確かに良いニュースだと頷いた。

 だが。

「……生育済みの人格データは入手できたんでしょうか?」

 容れ物があっても中身が空では意味が無いと、トキヤは新しい統合知能に戦力となり得るJDの人格データが入っているのかをグリージョに訊ねると、グリージョは曖昧な表情を浮かべながら口を開いた。 

『入手することはできた。……が、本当に微々たる数しか手に入れられなかったようだね。スパイが紛れ込む危険性などを考え、真っ当なルートでの交渉しかできなかったらしいが、それにしたって買えた数があまりにも少ないと僕は思ったね。この金持ち国家が相当な金を積んだというのに、殆どの人間がJDの人格データを手放さないとか……』

 皆、電子データ好きすぎだね? と、金で容れ物ライリスは買えても中身を買えないことをグリージョは心底不思議がっていたが、懇切丁寧にその疑問を解決してあげようという気持ちを一切抱かなかったトキヤはグリージョの疑問を無視して話を進めた。

「成る程、戦闘に適した人格データの数がとにかく足りないということですか。なら、これから新しい人格データを育てるのでしょうか」

『ああ、それしかないだろうね。というか、首都こっちではもうそういう方針で動き始めているよ。人格形成を二週間で終わらせ、その後、実際に身体を与えて二週間訓練させると、死を恐れず、死を与えるソルジャー達ができあがるようだからね。いやはや、ほんと、凄い兵器だよJDは』

「……」

 赤子が一ヶ月で兵士に。それは人間では絶対に不可能だがJDならば可能であり、一ヶ月という最低限の期間ではあるが成育期間を設けた軍上層部の判断をトキヤは悪くはないと思った。

「JDを育てるのは非常に良いことだと思います。ですが、そうなるとそのJD達はまだ新たな戦力としてカウントすることはできません。ですから、……作戦を行うのは時期尚早ではないでしょうか?」

 そして、その上の判断は良いが、新たなJD達が育成中で戦力を用意できないのなら、今、基地奪還作戦を行うのは無謀であるとトキヤが進言すると、グリージョは。

『……作戦? ……それはいったい』

 何の作戦かな? と、トキヤが口にした作戦という言葉の意味を計りかねたグリージョが神妙な面持ちでトキヤを見つめた。

『作戦があるなんて僕は聞いていないが……、まさか、あの人、リトル氏がキミに何か指示を出したのかい?』

「あ、いえ、リトルさんから連絡は貰ってません。……えっと、この通信って、基地奪還のための作戦会議じゃ……」

 なかったりするんでしょうか……? と、トキヤがもしかしてこの通信は作戦会議でも何でもないのか……? と、自分の思い込みに気づき、羞恥から僅かに頬を赤くすると、その様子を見てグリージョが高笑いをした。 

『ははは。そうか、僕が連絡をしてきたから、基地奪還の話を進めると思ったのか。いや、キミは少し思い込みが激しいようだね? 思い込みの激しい男は女に嫌われるから、若いうちに直した方が良いと僕は思うよ』

「……すみませんでした」

 そして、御忠告痛み入ります。と、自分の思い込みによる発言で話がわき道に逸れたことをトキヤは謝罪し。

 ……俺を馬鹿にするための材料を与えてしまったな。

 頭を下げたまま、グリージョお得意の人を小馬鹿にした発言が連発されることをトキヤは覚悟したが。

『ま、頭を上げたまえ。人にミスはつきものだからね。後でしっかり挽回すれば良い』

 ……は?

 と、グリージョはトキヤの予想に反し、トキヤに優しい言葉を投げかけてきたが……。

 ……何を考えている、グリージョ。

 これなら馬鹿にされる方がマシだ。怖いぞ。と、トキヤはいつもと違うグリージョに対しての警戒を強めた。

『基地奪還を行うにはまだ少し準備に時間が掛かるんだよ。まあ、無血開城の可能性も見えてきたから、その準備が無駄になるかも知れないんだけどね』

「無血開城……。もしかして、反政府が話し合いの席に着いたんですか? 反政府は武力行使が基本方針な上に、トップがころころ変わるから和平交渉が難航していたと記憶しているんですが……」

 そして、そのトキヤの警戒が正しいと言うように、グリージョは不気味なぐらいに清々しい顔で。

『ああ、実はもう一つの良いニュースというのが、それなんだ。反政府の現トップがこちらとの交渉のテーブルに着くと言ってきたんだよ。――――使という条件付きでね』

 トキヤには理解できない言葉を発した。

「……?」

 いや、本当に理解できてないぞ、これ。と、トキヤは慌てて自分の右耳から自動通訳機ワールドオープナーを取り出し、自動通訳機ワールドオープナーを再起動させて、再び右耳に取り付けた。

「すみませんでした、グリージョさん。今、なんて、何て言いましたか?」

 そして、今度こそ大丈夫だろうと、正常に動いている自動通訳機ワールドオープナーを確認したトキヤがグリージョにさっきの言葉をもう一度言って欲しいと頼むと。

『ああ、だから、反政府が交渉のテーブルに着くと言ってきたんだよ。――――キミを使者にしろという条件付きでね』

 グリージョは全く同じ言葉を口にした。 

「……? ? ? いや、その、意味がわからないんですが?」

 自動通訳機ワールドオープナーの故障でないのなら、グリージョの脳の故障だな。可哀想に。と、トキヤが哀れみの視線をグリージョに向けるも、グリージョはその視線に気づいていないのか、説明を続けた。

『今から三時間ほど前に、信頼の置ける仲介人を通し、反政府から一通のインビテーションが届いたんだよ。ハノトキヤ、キミ宛てにね』

「反政府からの招待状インビが俺宛に……? いや、俺は只の技師ですよ? 何かの間違いでは?」

『ああ、普通はそう思うだろう。上層部だってそう思った。だから、躊躇無く招待状を開封し、内容を確認し――――何も間違いがないということを理解した』

「……は?」

 上層部の目は節穴では? 年を食ったのなら素直に老眼鏡をつけろ、上層部。と、思わず上の人間達を侮辱しそうになったトキヤだったが、その言葉を何とか言わないように堪えている間にもグリージョの言葉は続いていく。

『どうやら敵のトップは人間でありながらJDを指揮し、一つの基地を攻略したキミをたいそう気に入ったらしい。ま、その説明は文面を見せながら詳しくするけど、その前に招待状についていたおまけについて、キミに聞きたいことがあるんだ』

「……招待状のおまけ?」

『ああ、キミはこのアニメーションに何か心当たりはあるかな? 僕には意味がよくわからなくてね』

 アニメーション? と、トキヤが疑問の声を上げる前に、グリージョは手元にあるデバイスを操作し、一つの動画を映し出した。

「――――」

 その映像には三頭身の可愛らしいキャラクターが映っており、その目を瞑っているキャラクターの燃えるような赤い髪を見て、トキヤは息を呑み。

「……ジャスパー」

 絞り出すように、そのキャラクターのイメージ元と思われる敵JDの名を呟いた。

「……」

 この元敵前線基地でトキヤ達と死闘を繰り広げた敵JD、ジャスパー。そんな彼女をイメージしたアニメーションを送ってきた敵の意図が全く読めず、トキヤが全神経を集中させその映像を見ていると、すぐに映像に変化が現れた。

 赤い髪が風に揺れるように動いている以外は動きがなかった三頭身のジャスパーの目がゆっくりと開き、その大きな瞳がトキヤを捉え。

『――――』

 通信でも何でもなく、只の動画でしかない筈のジャスパーがトキヤを見つめて、不敵に笑い。 

『ハノトキヤ――――貴様と一つ、取引がしたい』

 敵ネイティブ、ジャスパーの声が再びこの基地に響き渡った。

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