生命と機械の違い

第33話

 瞳に映るのは、いつもと変わらない、青すぎる空に、灼熱の太陽。

 けれども。

「……今日は、涼しいな」

 と、汗を殆どかいていないトキヤが砂漠の上でポツリと呟いた。

「……」

 気温が50度を超える日と同じ月、同じ時間帯、同じ天気でもこの砂漠では時々、こういう涼しい日があるんだよな。と、砂漠を奔る風を全身に浴びながらトキヤが今度、暇になったら砂漠の気候について調べてみようとぼんやり思っていると。

 雲一つない青空に轟音が響き渡り、巨大な影がトキヤを覆い隠した。

 巨大な影の正体、それは大型の軍用輸送機で、トキヤの頭上を通り過ぎたその輸送機は次々と指定ポイントにコンテナを投下していった。

 そして、その輸送機の姿が見えなくなると、また次の輸送機が、更にその次の輸送機が……と、何機もの輸送機がコンテナを投下し続け。

「……凄い物量だな」

 最終的にはコンテナが何もなかった砂漠の上を埋め尽くすような数となり、トキヤはその数の多さに少し引いてしまった。

「……これ、必須の補給物資以外の、可能ならばって頼んだ物資も全部送られてきたな。首都の連中は俺達にどれだけ期待……いや、違うな」

 これは単にからだ。と、トキヤは過剰に物資が送られてきた理由について考えた。

 ……国が保有するライリスの一つが破壊されたことにより、半数近くのJDが行動不能に陥り、JDが使う武装の多くが無用の長物となってしまっているからな。半分、厄介払いのような感じで送ってきたんだろう。

「……ま、ありがたいことなのは間違いないがな」

 理由はどうあれ、存分に活用させてもらう。と、トキヤが送られてきたコンテナに向けて歩き出そうとしたその時。

「んー、外がやけに五月蠅いと思ったら、まさかの戦略輸送機の運用ですか……。あんなに大きい輸送機が使えるなら、爆弾を積んで敵の上に落とせばいいのに。そうすれば、バル達もだいぶ楽が出来ると思うんですよねー」

 という声が背後から聞こえ。

「JDがまともな武装をしていたら航空機なんて簡単に墜とされてしまうからな。今の時代、爆撃機は現実的じゃない」

 今の輸送機だって墜とされないように反政府が攻撃できない国境ギリギリの複雑な空路できたんだぞ。と、トキヤはその声に返事をしながら振り向き。

「それで、何か用事か? バル」

 トキヤは、サンとカロンを連れて自分に近づいてきたバルと視線を合わせた。

「ええ、あの輸送機が色々とバルの想定以上だったので、技術屋さんの脳天気度をチェックしにきたんです」

「……脳天気度?」

「技術屋さん、今の輸送機、大きかったですねー。エンジン音、迫力がありましたねー。ステルス性なんて殴り捨てたかのような形状してましたねー。そして、何よりも、遠くからでもハッキリわかるようなコンテナ投下をしましたねー」

「ああ、そうだな」

「――――どう考えても、敵にこの場所、バレましたよ!?」

 と、珍しくバルは声を荒げ、トキヤに危機を伝えたが、トキヤは動揺することなく、落ち着いた声でバルに大丈夫と囁き。

「少し前にな、敵の大部隊は俺達の基地に籠城を決め込んだ可能性が極めて高いと首都からの連絡があったんだ」

 トキヤは敵に位置がバレても問題無いと判断した理由を語った。

「……それ、首都の戦術特化JDの予測ですよね? 現場を直に見てない連中の判断は今一信用できませんね。その予測が外れ、こちらの準備が終わる前に敵が攻めてきたら、どうするんですか?」

「そうしたら作戦もこの施設も放棄して首都へと逃げる。作戦開始前に奇襲を受け、作戦実行が不可能になるほどの打撃を受けたと報告すれば、反逆罪に問われることもないだろ」

「……そこまで考えているのなら、まあ……」

 そして、話を聞き、トキヤが考えなしの行動をしているわけはないと判断したバルは、肩から力を抜いた。

「……というか、技術屋さん。もしかして、危険な作戦をせずに首都に逃げるために、敵に襲撃されることを狙ってません?」

「さあな」

 それに関しては、ノーコメントだ。と、とぼけるトキヤを見て、バルは表情を崩して笑った。

 そして、笑うバルの姿を確認してからトキヤは、少し視線を動かし。

「どうした、サン。元気がないな」

 バルとカロンの影に隠れるように立っているサンに優しく声を掛けた。

「……トキヤ」

 サンの表情からはいつもの太陽のような輝きが消えており、その理由について大体の見当がついていたトキヤは、サンの笑顔を取り戻すための言葉を紡ごうとしたのだが。

「――――ごめんなさい、トキヤ」

 トキヤが語り出す前に、サンが謝罪の言葉を口にした。

「……サンは今まで、アイリスのこと、本当に本当に、JDだと思ってたんだ。だから、あの時、戦わせないのは可哀想だと思って、けど、アイリスが、トキヤとおんなじ人間だって、知ってたら、サンは、サンは……」

 そして、サンは声を震わせながら、謝罪の言葉を続けたが。

「……トキ、ヤ?」

いつも明るく笑っているサンの怯えきった表情をこれ以上、一秒だって見たくなかったトキヤはサンの頭にそっと手を乗せ、サンの謝罪を強制的に終わらせた。

 そして。

「大丈夫。俺もアイリスもサンのことを嫌いになんかならないさ。だって、サンは何も悪いことをしてないからな」

 トキヤは、サンには一切非がないという、当たり前の事実を口にした。

「で、でも……」

「というかな、サン。お前は悪いことをしてないどころか、良いことをしてくれたんだ。ぐだぐだしてた俺に踏ん切りをつけるチャンスを、お前がくれたんだ。感謝してる。本当にありがとな、サン」

 そして、トキヤが感謝の言葉を重ねながらサンの頭を撫でていると、その光景を横で見ていたバルが口を大きく開け。

「けど、技術屋さんも、ほんと、うまくやってましたよねー。アイリス、普通にJDとして登録してたんですよね? どうやって首都の連中をだましてたんですか? その秘訣、後学のために教えて貰えると、バル、とても嬉しいんですけどー」

 と、バルはいつも以上に軽い口調でトキヤに話し掛け、トキヤはそのバルの思惑を察した。

 バルはアイリスが人間だという事実を軽く扱うことで、サンにこの話は大したことじゃないということを理解させようとしているのだと。

「――――ふん、お前が悪用できるような方法は使っていないぞ。物は試しと、取り敢えず人工筋肉搭載型ヒユーマンフェイカーとして登録してみたらな。……普通に通ったんだよ。いや、うん、あの時は俺も流石にビビった。審査が杜撰すぎるだろと」

 そして、バルの思惑に気付いたトキヤも、バルと同じように、とても軽い口調でアイリスについて話し始め、二人はまるで漫才をするように喋り続けた。

「ふふっ……」

 そして、サンの隣に立つカロンが二人の話を聞いて、小さく笑うと、その微笑みにつられるようにサンの表情が、少しずつ変わり始めた。

 トキヤが娘思いの父親のように。バルが口うるさくも優しい母親のように。カロンが温厚な姉のように。それぞれがサンのことを思ったのだ。

 その結果が悪い方向へと向かう事なんて、決して、ありえる筈がない。

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