第32話
……その邂逅は、本当に偶然だった。愛した存在とは全く別の存在だとわかっていても、無視することは決して出来なかった。……出来るわけがなかったんだ。
「――――俺には、愛しているJDがいた」
自分の過去とアイリスの繋がりを全て話す。と、トキヤが言ってから語り始めた話は、その一言から始まった。
「……」
「……」
そして、『あたしは自分の過去を話すことができないから』と言ってトキヤの過去を聞くことを辞退し、席を外したレタ以外が全員、トキヤの周りに集まって、静かに耳を傾けていた。
「ふーん……、まあ、実に技術屋さんらしい話ですからそれほど驚きもありませんけどー。――――で、そのJDとはどういう出会いだったんですか? 当時の技術屋さんの年齢から考えると、やはりご両親からのプレゼント? それとも生まれた時から自分の世話をしてくれていたJDに恋をしたってパターンでしょうか。あ、それともそれとも――――」
「――――バル」
若干一名、トキヤの過去が聞けることに興奮し、静かにできないJDがいたが、シオンに叱られ、そのJDが少し静かになったタイミングでトキヤが再び語り始めた。
「俺は昔、女性型JDが大好きな典型的なオタクだったんだ。それで当然のように思春期の頃に滅茶苦茶JDが欲しくなってな。バイトはもちろん、JDの研究で特許を取ったりしてあの手この手で金を掻き集め、JDを買うための金を貯めた。……けれども、俺の生まれた国は未成年者がJDを所有するためには親の許可が絶対に必要で、俺の両親は俺がJDを持つことを認めてくれず、俺は正規の方法でJDを手にすることができなかった。その上、当時の俺は中古を拒絶し、新品のJDを求めていた」
「あらら、中古のバルとしては、とても悲しい衝撃の事実ですね。けど、どうして技術屋さんは新品にこだわったんでしょうねー?」
「ガキだったんだよ。心も体もな。……けど、その馬鹿げたこだわりがあったからこそ、あいつに出会えたんだ。危険なアングラの奥深くで、一度も起動されることなく、眠り続けていたあいつに」
「そのJDがトキヤ様の……」
「ああ、俺のJDだ。俺が名付けた名前はアヤメという。ライリス非対応の旧型でありながらも正規価格の十倍以上の値段だったため、闇市でずっと売れ残っていたアヤメを俺は何の迷いもなく購入した。そして、アヤメを起動させた瞬間に、俺は恋に落ちた」
「……」
「それからの二年間が俺の人生の絶頂期だった。うるさい親が一緒に住んでいないことをいいことに毎日、アヤメと一緒にいて、色んな所を旅したりしていた。高校には受かっていたが、結局一度もいかなかった」
「……いや、技術屋さん。それ、普通にダメ人間じゃ……」
「それは認める。……で、その後、俺の人生は一気に灰色へと転落する。……あいつが死んだことによってな。……俺の生まれた国は、大昔から天災に見舞われることが多くてな、ある日、巨大地震で住んでいた家が、ものの見事に潰れ、その時にアヤメは俺を助けるために、……致命的な損傷を負った」
「……」
「……ライリス非対応のあいつは自分の死がすぐ側に迫っていることに気付いていた筈なんだ。それだってのに、あいつは素知らぬ顔で足を挫いた俺を背負って歩きながら、俺を元気付けようと、落ち着いたらまた二人で色んなところに行きたいと言って、まだ行っていない観光地を想像し、楽しそうに語り続けた。そして、安全だと判断した場所に辿り着いた途端に、パタリと倒れたんだ」
「……」
「そして、アヤメは最後に、自分がJDで本当に良かった、大好きな人を守れたから。と言って、幸せそうな顔をしたまま逝った。……ほんと、ふざけんなって話さ。……俺は、アヤメの最期を看取る覚悟なんてしてなかったんだ。アヤメは俺が死ぬその時まで一緒にいるのが当然だと、ずっと思ってて……」
「トキヤくん……」
「――――」
アイリスに自分の名を呼ばれ、我に返ったトキヤは自分が泣いていることに気付き、すぐさま涙を拭った。
「と、とにかく、今言ったのが、俺がこの国に来る前の話だ。その後、俺はアヤメとの思い出が染みついたあの国にいられなくなり、この国に来るわけだが、今の話がどうアイリスに関わってくるかというと……いや、論より証拠だな」
アヤメの写真を見ればすぐにわかる。と、トキヤはデバイスを操作し、一枚の画像を表示した。そして、そこに映し出された人物は。
「これ、わたし……?」
と、アイリスが見間違うほど、アヤメの姿はアイリスにそっくりだった。
「……これが、俺がアイリスにこだわる理由だ。俺が愛したJDアヤメは、おそらくアイリス、お前を模して造られたJDだったんだ」
「わたしを、模す……?」
「ああ。国によっては罰せられることもあるが、死んだ家族や友人そっくりのJDを特注で作るってのは、よくある話なんだよ」
「……死んだ?」
「いや、違う、言葉が悪かった。アイリス、お前は別に死んでたわけじゃない。ただ、眠っていただけなんだ。……一昔前の、冷凍施設でな。……そして、アヤメに瓜二つのお前を放っておけなくて、俺が独断で目覚めさせた」
「冷凍施設……?」
「お前を目覚めさせる前に、少し身体を調べさせて貰ったんだが、脳の損傷が酷くてな。おそらく当時の医療技術では助けられなかったから、お前を冷凍施設に入れたんだと推測できた。そして、お前がいない寂しさから、お前の親族がお前を模したJDを作り、作ったはいいが、結局、眠っているお前のことを思って起動させることができず、月日が流れ、お前の親族が亡くなられたのか、何らかの理由で放出されたJDを俺が手に入れ、アヤメになったんだ」
「……そう、なんだ。うん、トキヤくんがわたしを目覚めさせてくれた理由はわかった、ような気がする。……けど、わたしが自分の事をJDだって思い込んでいた理由が全くわからないんだけど、それは、どうして?」
「おそらく、一種の刷り込みだと医者は言っていた。過去の記憶が完全に消えるほどの損傷を受けていた脳を修復、治療し、目覚めたばかりの一番刺激に敏感な時……、アイリス、お前は、自分が何を見たか覚えているか?」
「え? 目覚めたばかりの時……、うん、覚えているよ。目覚めた場所の近くでJDが戦闘を始めたから、すぐに避難することになって、その途中で、ビルの下でJDの女の子達が戦っているのが見えて、その後、窓ガラスに映ったわたしを見たら、あの子達にそっくりだなって思って……」
「……きっと、その時に、お前は自分のことをJDだと誤認してしまったんだ。……だが、これは洗脳でも何でもないから、周りが指摘すれば、すぐにでも間違いに気付くはずだったんだ。そして、専門の施設や他国の病院でリハビリをするという選択を取ることもできた。けれども、そうしなかったのは、そうさせなかったのは……、俺が、お前に側にいて欲しいと思ったからだ」
俺が、ただただ弱かったんだ。と、トキヤは己の選択を恥じ、アイリスに向かって深々と頭を下げた。
「……」
そして、それから暫くして顔を上げたトキヤは、ゆっくりと口を開き。
「……アイリス、お前が乗る鋼の獅子のパーツの手配はする。だが、自分がJDではなく、人間だということを考えた上で、JDとの戦闘をこれからも続けていくかを決めてくれ。そして、もし、普通の人間の生活をしたいというのなら、俺の生まれた国に家を一軒用意するからそこで自由に暮らしてくれ。何、人一人の一生を支えるぐらいの蓄えはあるからな。問題ない」
トキヤはアイリスにこれからの生き方を決めて欲しい、と、静かに告げた。
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