第27話
……二つ。
質問の数を制限されてしまったトキヤは自分の頭の中に山のようにある質問の中から特に重要度が高い質問を二つ拾い上げた。
「……俺とレタさん以外の基地にいた人間達がどうなったか、知っていますか?」
そして、トキヤが一つ目の質問をすると、グリージョはその質問に答えるために手元のデバイスに視線を落とした。
『ああ、それについては、確か、報告が入っていたね。あの忌々しい男、ジャミルの名があったから記憶に残ってる。……あった、これだ。ストレッタ・コンポジション、ハノトキヤの二名を除き、強奪された基地の人員は同基地所属のジャミル・クルーが救出し、現在軍用の大型トラックに乗って首都に向かっている、とのことだ。ま、あんな男でもたまには人の役に立つのだね』
「……ジャミルさんが」
基地が襲撃されたとき一人だけ行方不明だった同僚のジャミルが自分とレタ以外の人間を全員助けて脱出したという情報を聞き、トキヤは安堵すると同時に、そんなことを成し遂げるなんて、ジャミルさんっていったい何者なんだ? という疑問を抱いたが、その疑問を口にしたらそれが二つ目の質問としてカウントされそうだったので、トキヤはその言葉を呑み込んだ。
そして。
「わかりました。それで二つ目の質問なんですが、……基地所属のJD達の人格データが入っていた統合知能ライリスは、今、どういう状態なんでしょうか?」
何よりも知りたいと思いながらも、真実を聞くことを何よりも恐れていたことを、トキヤが両手を強く握り締めながら、何とか言葉にすると。
『いや、そんなの――――破壊されたに決まっているだろう?』
グリージョは日常会話をするように、あっさりとその事実を口にした。
「――――そ、それは事実なんですか? 国家所有のライリスの保管場所は最大級の機密の筈です。そして、ライリスは首都の地下や、それ相応の契約をした他国に置くのが定石と言われています。首都が攻められていればこんな通信はできないでしょうし、他国にあるのなら、信頼できる捜査員を派遣し確認を取るでしょうから、たった数時間で破壊されたとは断言できないのでは」
『……何、急に早口になっているんだいキミは。まあ、キミの言う通り、他国に置いておけばこんなことにはならなかっただろうにね。保管場所を決める担当者は奇を衒いすぎた。今頃内々に処刑されているんじゃないかな』
「……保管場所はどこだったんですか?」
『襲撃されたキミ達がいた基地だよ。一応は隠し部屋の中に保管していたようだが、あっさりと見つかって破壊されてしまったようだね。ああ、ちなみに僕が目を通した基地にライリスがあった証拠をキミに開示することはできない。キミの立場であの情報を見ることは……って、その顔はなんだい? 恨むのなら、組織の末端であることを良しとし、努力を怠ったキミ自身を恨みたまえ』
「……」
『まあ、何にせよ、ライリスが破壊されたのは、その敵部隊がとんでもない強運の持ち主だったか、上層部に裏切り者がいるかのどちらかだと思うが、それに関しては今後誰かが精査して……って、今度は急に黙ったが、どうかしたかい? 何か不満でもあるのかい?』
「……ぁぁ」
『……ほう?』
顔を伏せたトキヤが発したその音を、グリージョは自分の言葉に対する肯定であると認識した。
故にグリージョはトキヤの口から文句が飛び出してくると推測し、職人気質と言えば聞こえは良いが、その存在を忘れるぐらいには面白味がないと思っていた青年が、自分にどういった怨嗟をぶつけてくるのだろうか。と、トキヤが次に発する言葉に少しばかりの期待と興味を持ちながら、グリージョはトキヤの言葉を待った。
だが、次にトキヤが発した音は、言葉ではなく。
「――――あぁぁあああああああああああああ……!!」
小さな子供が泣きじゃくるような、幼くも純粋な慟哭だった。
「うぁ、ああっ……ああ……!」
『――――』
は? と、混乱から小さな声を漏らしたグリージョは口をポカンと開けたまま、今もなお奇声を発し、地団駄を踏み、壁に手を叩きつけるトキヤの姿を見続けた。
『……』
グリージョはこの瞬間までトキヤのことを、極東出身の無口で冷静な技師と認識しており、そんな真っ当な人物が別れ話の時に女が発するような金切り声を上げるとは夢にも思っていなかったがため、グリージョは困惑と驚きのあまり。
『ど、どうしたんだい、少し落ち着くんだ』
先程までの見下しきった喋り方ではなく、女性を口説くときのような真摯な口調でトキヤを宥めようとしたが。
「……落ち着け、だと……? ――――ふざけるなっ……!」
それは全く効果がないどころか完全に逆効果で、トキヤは射殺すような視線をグリージョに向けた。
「落ち着いていられるわけがないだろ……! データ移行していない状態でライリスが破壊されたってことは、ここにいる奴らを除いてあの基地にいたJDはみんな死んでしまったということなんだぞ!! いや、それだけじゃない、破壊されたライリスに登録されていた他の基地の俺が知らない数千人のJD達も……! っ、ああぁああああああああ……!」
そして、それからもトキヤは叫び続けたが、グリージョに激しい感情をぶつけたおかげで、激昂状態だったトキヤの眼に僅かながらも理性の光が宿り、トキヤは真っ赤に充血した瞳を再びグリージョに向け。
「……すみません、暫くの間、冷静になれそうもありませんので、三十分後にまた連絡をください」
今のトキヤに出来る最大限の配慮を言葉にしてから、トキヤはグリージョに背を向けた。
「……悪い、少しの間、一人にさせてくれ。……煙草を吸ってくる」
そして、自分に駆け寄ろうとしたシオンとアイリスを制止させる言葉を発したトキヤは、それから一言も発することなく、部屋を出て行った。
「……」
その後ろ姿をトキヤの同僚であるレタは黙って見送った。あの多感な青年を今は一人にさせてやるべきだと思ったからだ。
「あー……」
だからこの場は自分一人で何とかするしかないとレタは覚悟を決め、一応の上司であるグリージョに向けてトキヤが発した暴言について、どうフォローするかと頭を悩ませた。
「……あのね、グリージョ。羽野君は、普段はとても礼儀正しいのよ? ただ……」
そして、レタが、――――あいつ、無礼。男だし、死刑。とか平気で言いそうなグリージョをどうやって宥めようかと必死で考えながら、グリージョに視線を向けると。
『……ふむ』
そこには、とても落ち着いた様子で、何か考え事をしているグリージョの姿が映し出されていた。
「……グリージョ?」
怒り心頭で顔を真っ赤にしていると思っていたグリージョが至って冷静であることを不思議に思ったレタが眉を顰めながらグリージョの顔を見ていると、その視線に気付いたグリージョがレタに瞳を向け。
『ああ、ストレッタ。少し尋ねたいんだが、――――今、彼、泣いていなかったかね?』
そんな、グリージョを知っている人間からすると首を傾げてしまうような質問をしてきた。
「……泣いていたわよ」
『そうか。やはり、見間違いではなかったようだね』
「……グリージョ、貴方は昔、女の涙は抱くために見逃せないが、男の涙は利益がないから気付かぬ振りをする。それが自分のモットーだ。と最低な発言をしてなかった?」
『ああ、プライベートではそうだね。男の涙以前に男と接する時間はこの世で何よりも無駄な時間さ。だが――――仕事の場では話が変わってくる。会議の場であれ、戦場であれ、涙という最大級の感情の発露を無視することは自殺行為だ。それに何より、僕は今、彼がこの場面で泣いた理由を全く理解できていないことに危機感を抱いたんだよ。この小さな波紋を対処せず見逃せば、後々、大きな津波となって僕を苦しめることになるのではないか、とね。だから、教えてくれるかい、ストレッタ。彼は、今、何故泣いたんだい?』
「……」
そして、グリージョが、らしくない質問をしてきた理由を聞いたレタは素直に、この男、良い直感を持っている。と思った。
グリージョは下半身を始めとして人格も何もかも全てが緩い人間だが、こういう変に鋭いところがあるからこそ、軍で上の立場にいながらも生き残れているのだろう。と、レタは自分の中でグリージョという人間のデータを更新しながら、その疑問に答えるために口を開いた。
「人間の女にしか興味がない健全な貴方にはわからないでしょうけど、彼はライリスが破壊されたことを心から悼んでいるの」
『今まで積み上げてきたデータが破壊されたことが泣くほど悔しかったと?』
「呆れるほどに見当違いだけど、貴方の立場から考えれば、その理解で問題ないわ。詳細を語ると逆に貴方達の関係の溝が深まるように思うし」
『彼と僕は適度な距離感を保つべきと。わかった、なら、これ以上は聞かないでおこう。キミの判断はJDのように正確だからね。信じよう』
そして、レタとの会話を終えたグリージョは静かに立ち上がり。
『では、僕も三十分ほど休憩させて貰おうか。実はこの件のせいで朝起きてからやろうとしていたことがまだできていなくてね。――――さて、待たせたね、アマル。昨晩の続きを……』
と、グリージョが女の名前を呼んだ途端に、同じ部屋にいたと思われる半裸の女性が映像に映ったため、レタは溜息と共に通信を切った。このまま映像を流していたら、男と女が快楽を貪るだけの行為が映し出されるのが目に見えていたからだ。
「……ま、あのぐらいの方が人間らしいのかもね」
そして、その呟きを最後にレタは気持ちを切り替え、この三十分の間に必要な補給物資のリストを作ろうと手元のデバイスを起動させた、その時。
「ねえ、レタさん」
名前を呼ばれたレタがすぐに振り返ると、そこには宝石のような青い瞳が特徴的な少女、アイリスが立っており。
「トキヤくんって、たばこを吸うの? ……誰が言ってたかは、ちょっと曖昧なんだけど、たばこは人の身体に悪いって前に聞いたような気がするんだけど……」
トキヤくん、大丈夫かな? と、言って心配そうな表情を浮かべるアイリスを見て、レタはトキヤが部屋を出て行く時に、煙草を吸ってくると言っていたことを思い出し、そのトキヤの発言がおかしいということに気がついた。
トキヤは今年二十歳になったのに酒もまともに飲まない青年で、酒と同じように煙草も嗜まないということをトキヤ本人から聞いたことがあったレタは、トキヤが何故、そんな発言をしたのかを疑問に思い。
「――――トキヤ様がお吸いになるとすれば、主流の
その疑問を解決するヒントになる言葉がレタの耳に届いた。
「シオンちゃん?」
アイリスの介助のためエースの座を他のJDに譲り渡しはしたが、あの基地の中では最高の性能を誇るJD、シオンがアイリスの肩に手を置きながら、レタに語りかけた。
「ここに到着した後、この施設に保管されている水や食料の点検をトキヤ様と私でしたのですが、その際にアルコール飲料が入っているケースの中にシガレットが数箱紛れ込んでいたのを見つけました。そして、先程部屋を出られたトキヤ様は、足音を聞く限りそのシガレットがある倉庫へと向かわれたようでしたので、おそらくシガレットを取りに行かれたのだと思われます。……ただ、トキヤ様は煙草を吸われたことが一度もない筈ですから」
少し、心配です。と、シオンはレタに説明をしながらも、その視線は、トキヤが出て行った扉の方を向き、後を追うべきかどうか悩んでいるようだった。
そして、そんなシオンやアイリスの様子を見かねたのか。
「――――はー」
と、人間のように大きな溜息をつく仕草をしたJD、バルが寄り掛かっていた壁から背中を離し。
「シオンもアイリスも技術屋さんの一挙手一投足を気にしすぎですって。大丈夫ですよ。技術屋さんは煙草を吸いに出て行ったんじゃないと思います」
バルはシオンとアイリスにトキヤは煙草を吸いに行ったのではないと断言し。
「たぶん、技術屋さんは、煙草を線香の代わりにするつもりなんでしょうね」
トキヤが現在、施設から出て、外でしている事を言い当てた。
「バルちゃん、センコウって、何?」
「線香というのは、簡単にいうと、この世を去った存在の事を思う際に焚くお香です。技術屋さんの生まれた国にある文化ですね。……ま、今は、そっとしておいた方が良いとバルは思いますよ。線香の代わりに煙草をあげるなんて本当は言語道断ですけど……」
今は、今だけは――――
と、何処か遠くを見つめながら呟く
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