立て直し
第25話
「……」
砂漠の乾いた空気が熱を持ち始める時間帯にトキヤは、ある施設の一室にいた。
その部屋は人の手が何年も入っていなかったのか、壁の至る所にヒビが入り、四隅には砂が溜まっていた。
トキヤが今いる部屋は、基地を放棄するような事態に陥った際に、軍が一時避難場所として用意していた小型施設内に存在する一室だった。
トキヤ達はシオンと合流後、すぐにレタの車で基地を脱出し、逃走ルート上の敵を排除してくれていたサン、バル、カロンの三人と合流し、この小型施設に逃げ込むことに成功した。
そして、小型施設に到着後、敵の待ち伏せの有無など、最低限のチェックを終えてから、トキヤ達はすぐに仕事を始めた。
レタとシオンは軍本部との連絡を、アイリスは
「オールキット、エアーフロウを。後、Rインターの準備をしておいてくれ」
狭い空き部屋を整備室代わりにし、サン、バル、カロンのメンテナンスをしていた。
「トキヤ、それでねー」
「悪い、話の続きはこれが終わるまで待ってくれるか、サン。少しの間、エアーの音で声が聞こえなくなる。バル、エアーいくぞ」
既にサンとカロンのメンテナンスは終わっており、残るバルもメンテナンス中に出た細かい破片を圧縮空気で吹き飛ばす、仕上げの第一段階に入っていた。
「――――」
いつもはトキヤをからかってばかりいるバルも、今は親にドライヤーで髪を乾かして貰っている小さな子供のように、目を瞑ってトキヤに身体を任せており、圧縮空気の音だけが暫くの間、部屋中に優しく響き続け。
「よし」
というトキヤの言葉と共に圧縮空気の放出が終わり、トキヤは剥き出しの関節部分をコーティングするための液剤を専用のクロスに染み込ませ、そのクロスでバルの球体関節を磨きながら、待てを命じられた犬のようにその場から動きはしないものの、そわそわと落ち着かない様子でいたサンに視線を向けた。
「サン。音の響く作業はもう終わったから、続きを話してくれるか?」
「――――うん!」
そして、トキヤに話の続きを促されたサンは、尻尾があったら千切れんばかりに振っていることが想像できるような飛びっきりの笑顔で話し始めた。
「それでね、戦闘がかなり楽勝モードで進んでたときに、シオンが気付いたんだ。敵にはたった一つしか勝利する方法がないって」
「ほう」
サンは今、基地所属の殆どのJDの身体が動かなくなったというのに、四人だけが大丈夫だった理由について話している。
ただ、実のところ、トキヤはその話の大まかな内容をこの施設の備品をチェックしている最中にシオンから既に聞いていたのだが、サンが自分達が如何にしてこの危機を乗り切ったのかを話したくて話したくて仕方がなかったようなので、トキヤはサンのメンテナンスが終わってから、素知らぬふりをしてその話を聞き続けていた。
「それで、シオンは敵の勝利条件はこっちのライリスの破壊以外有り得ないから、人格データをライリスから身体に移行させるべきだって具申したんだよ。けれど、戦術特化JD達が、自分達も知らない極秘中の極秘であるライリスの保管場所を敵が知っているわけがないから余計に危険だって、シオンの意見を却下したんだよ」
「あー……戦術特化の連中はその名の通り戦術特化だから、盤面に情報が無いことについては、少し及び腰になってしまう気があるんだよな」
「けどね! その話をライリス内で聞いてた本隊のワスプが、『遊撃隊のお前らはどうせ暇してんだから、念には念を入れて、お前らだけでもデータ移行すればいい』……って、言ってくれたから、エースの発言を無視できない戦術特化JDが渋々許可をくれて、サン達は基地の端っこでライリスから身体に人格データの移行を始めたんだ」
「……ワスプらしい思い遣りの言葉だな」
「それでデータ移行が終わって、さあ、戦場に戻ろうって時に、サン達以外の基地所属JDがみんな動かなくなって……」
「それからシオンは俺達の捜索をして、お前達三人は逃走ルートを確保してくれたんだよな。ありがとな、俺達を助けてくれて」
「えへー、どういたしまして!」
トキヤが感謝の言葉を口にすると、サンは満面の笑みを浮かべ、そのサンの笑顔をトキヤが微笑ましく思い、眺めていると。
「ん?」
いつの間にか、メンテナンスをしていたバルの身体がトキヤの手元から離れており、戦闘服を着始めたバルにトキヤが視線を向けると、バルは戦闘中のように真剣な表情でトキヤを見つめ。
「それで、技術屋さんは――――ライリス、破壊されたと思いますか?」
JDの人格データが数千数万と収容されている統合知能ライリスが破壊されたかどうかをトキヤに尋ねた。
「……それは、今、レタさんが上の奴らに確認を取ってる最中で、結果がわかったらすぐに――――」
「バルは技術屋さんの推測を聞きたいんです」
「……国家所有のライリスの保管場所は機密中の機密だ。だから、反政府の連中がライリスの保管場所を知っているとは考えにくい。反政府がH3通信を阻害する新兵器を作った可能性の方がまだ……」
「それは、技術屋さんの本当の考えなんですか? それとも只の願望ですか?」
「…………」
そのバルの疑問の答えを自分の中に持っていなかったトキヤは何も言えず、ただただ項垂れ。
「――――はーい、以上で心理テストを終わりまーす」
「……は?」
そのバルの明るい声を聞き、顔を上げた。
ごくろうさまでしたー。と、いたずらっぽく笑うバルを見て、トキヤは顔を顰め、バルの瞳をジッと見続けた。
「あー、もう、そんな怖い顔しないでくださいよ。心理テストとはいえ、ちょっと不謹慎だったと反省してますから」
「……その心理テストとやらは、何がわかるんだ?」
「それは秘密です。けど、十分に調べられたので、もうこんなことはしません」
だから、許してください。と、バルは微笑み、人間には知覚できないような小さな声で。
「……ええ、今の技術屋さんの顔を見て、十分にわかりました。破壊されたと思っているのか。破壊されていないと信じているのかが」
そんな独り言を零した。
「……? ……というか、バル。まだメンテが終わってないから、こっちにこい」
「え? もう関節のコーティングも終わりましたよね?」
これ以上、何をするんですか? というバルの質問に対し、トキヤはオールキットから濡らしたタオルを取り出すことで答えを提示した。
「いや、顔に煤汚れが残ってるんだよ。最後に取ってやろうと思ってたんだ。だから、ほら、顔を近づけろ」
と言いながら、顔を近づけてくるトキヤの突然かつ想定外の行動に、バルは驚き以上の想いを抱き、一歩後ずさった。
「えっ、いや、いいです。大丈夫ですよ。煤汚れぐらい手で拭って取りますから」
「人の手ならまだしも、JDの手で拭うだけでは汚れは取れないんだよ」
そして。
「この顔はお前にとって大事なものなんだろ。なら、汚したままなんかにしておくな」
「――――」
そのトキヤの発言がトドメとなり、完全に硬直したバルはトキヤにされるがままになり、その様子をサンとカロンが興味津々といった感じで見つめていた。
「うーん……、今のバルって、前にバルが言ってた人みたいなんだけど、……何て言うんだったけなー、今のバルみたいな人」
「……ツンデレ?」
「んー……なんか、少し違うような……」
「……チョロい?」
あ、それだ。と、カロンが言ったしっくりくる言葉にサンがポンと手を叩いたそのタイミングで、部屋の扉が開き。
「みんなー、レタさんが呼んでるよー」
仮眠を終えたアイリスがメッセンジャーとして現れ、バルの顔を拭き終えたトキヤがアイリスに視線を向けた。
「レタさんが?」
「うん。えっと、これからのことについて話ができる上の人間と連絡がついたから、トキヤくんはもちろん、JDも全員来て欲しいって」
「……そうか」
わかった、すぐに行くとアイリスに言ったトキヤは、整備道具の点検をオールキットに任せ、レタとシオンのいる指揮室兼通信室に向かった。
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