第21話

 レタに呼び掛けられたトキヤは、何でしょうか、とその声に応えながら振り返り。

「レタ、さん……?」

 そこでトキヤは何かを見つめるレタの険しい表情を目にし、慌ててレタの視線の先に目を遣った。

 ……俺のデバイス?

 レタの視線の先にあったのは、トキヤのデバイスだった。トキヤは動かなくなったJDに駆け寄った際にデバイスを床に落としてしまっていたのだ。

 そして、トキヤが落としたそのデバイスには、基地から離れた主戦場が表示されており。

「――――な」

 敵のJDを示す数百個のマーカーがトキヤ達のいる基地に向かってに進んできている最悪の状況をトキヤはその目に映した。

「……これ、意味がわからないくらいマズい展開よね」

「――――」

 そして、味方のJDを示すマーカーが全て動いていないことに気付いたトキヤは、最悪の想定が現実味を帯びてきたと感じ。

 ……シェルターここで手をこまねいていても状況は悪化するだけ、か。

 トキヤは覚悟を決め、シェルターの外の様子を確認しに行くと決めた。

「すみません、少し危険ですが、シェルターの外に出て状況を確認してきます。二人は……」

 ここで待っていて欲しい。と、トキヤは言い掛けたが、三度の飯よりJDと戦うことが好きな自称JDのアイリスにそんな指示をしたら、暴走しかねないとトキヤは考え。

「……借りるぞ」

 トキヤは動かなくなった本隊所属のJDが持っていた武装の中から、一番軽い銃器を手に取り、電子セキュリティを解除してJDでなくともその銃器を使用可能にしてから、それをアイリスに手渡した。

「レタさんはここにいてください。そして、アイリスは――――俺と一緒に来てくれ。決して俺から離れずに護衛をしてくれ。俺は技術屋なだけで戦えないし、銃で撃たれたらすぐに死んでしまう脆い人間だから、大事に守ってくれよ」

「うん、了解! JDの腕の見せ所だね!」

 我慢させすぎて暴走させるより、自分の側にいさせた方が良いと判断したトキヤは、アイリスと共にシェルターから出ようとした、のだが。

「――――アイリス……!?」

 シェルターの扉を開けた瞬間に、トキヤが止める間もなく、本物のJDと思ってしまうような速度でアイリスが飛び出し、トキヤはそのままアイリスが戦場に行ってしまうのではないかと恐怖したが。

「……」

 流石のアイリスもそこまで愚かではなく、アイリスは広い通路に出る直前で足を止め、周囲を確認してから、大丈夫というハンドサインを出し、身を隠しながらトキヤの到着をおとなしく待っていた。

 ……まったく、肝を冷やしたぞ。

 アイリスは先行して周辺の安全確認をしてくれただけ、ということをトキヤは理解したが、それでも少し注意をしようとアイリスに声を掛けようとしたが。

「――――トキヤくん」

 その前にアイリスが口を開き、視線で横を見るように促してきたので、トキヤは考える前に首を動かし。

「――――」

 トキヤは、基地の冷たい通路で糸の切れた人形のように倒れているJDの姿を視認した。

「……」

 そのJDがシェルター前で自分達を守っていてくれた味方のJDであることを瞬時に理解したトキヤは無言のまま、そのJDを調べ始めた。

「ここだけじゃないよ、遠くの方に見えるJDもみんな倒れてる」

「……」

 そして、JDを調べ、無防備になっているトキヤを守るように、トキヤのすぐ背後に立ったアイリスがこの周辺のJDも皆、同じ状態になっているということをトキヤに報告すると、トキヤは動かないJDの虚ろな目を閉ざしてから、静かに立ち上がった。

「……」

 そして、トキヤは歯を食い縛りながら、決して認めたくなかった可能性を。

「この基地のJD達が入っているライリスとの通信が、――――完全に途絶している」

 トキヤは現実として認めた。

 統合知能ライリス。それは戦闘用のJDを扱うにあたり、必須とも言える重要な機械である。

 JDの人格データを何千何万と入れることができ、JDの人格データが安全にボディを遠隔操作したり、同じライリス内に入っている他のJDの人格データと知識経験思考を共有することができるため、特大の性能向上が見込まれる。……等々、ライリスに対応しているだけで様々なメリットがあるが、幾つかのデメリットも存在し、その中でも最大と言っていいデメリットが、ライリスはJDの身体クライアントライリスサーバー内の両方に同じ人格データを保存することができないため、ライリスとの通信ができなくなった際、JDの身体が制御できなくなるというものだ。

 だが、ライリスの製造者達もそのデメリットを熟知し、様々な対策をしている。ライリスは千年交換不要の内蔵電力で稼動し、JDの人格データと身体との通信は、傍受、探査、阻害をされないH3通信を採用しており、同じ半球内にいる限り絶対に通信が途絶えることはない。

 そのため、今回のような状況に陥る可能性は極めて低く、過去の似たような事例も二通りのパターンしかない。

 一つは過去に一度しか例がない、ライリスの持ち主がライリスを持ったまま移動し、北半球から南半球に移動したとき。

 もう一つは過去に何回か例のある……。

「……ライリスが物理的に――――」

 そして、トキヤは本当に最悪のパターンを口にしようとし、やめた。それを口にした瞬間、その可能性までも現実として固定されてしまう。そう考えたのだ。

「っ……」

 トキヤは軽く頭を振って、嫌な想像を吹き飛ばしてから、アイリスと向き合い、これからの話を始めた。

「アイリス、理由はわからないが、ライリスとの通信が途絶しているため、この基地所属のJDは全て動くことができなくなっていると思われる」 

「……そうなんだ。……えっと、わたしはライリス非対応だから、こうやって動けてるの?」

「ん、ああ、まあ、そうなるな」

「じゃあ、わたしが他のみんなの分も頑張らないとだね。……わたしが鋼の獅子あの子に乗れば、残ってる敵、全部倒せるかな?」

「それは無理だ。敵の残存戦力は最低でも数百体はいる。その全てがダーティネイキッドだったとしても、物量に圧倒され戦いにすらならない」

 うん、やっぱり、そうだよねー。と、JDとの戦いが好きだからこそ現状では戦いにならないことをアイリスは理解しており、トキヤはアイリスが無茶なことを言い出さず、ホッとしたが。

「じゃあさ」

 すぐにアイリスは次の言葉を紡ぎ始め。

「わたしが鋼の獅子で敵を引きつければ、――――トキヤくん達は安全に逃げられるかな?」

 アイリスは、トキヤの心を燃やし尽くす言葉と微笑みを零した。

 

『……トキヤさんが生きていてくれるのが、私にとって、何よりの幸せですから……』

 

「――――そんなの駄目に決まってるだろ……!」

 その微笑みによく似た、ある人物の最期の微笑みが心の中で蘇り、トキヤは無意識のうちにアイリスの両肩を強く掴んでいた。

「お前が、俺のために犠牲になるなんて、もう二度と、絶対に……!」

そして、トキヤが声の限りに叫ぶと、アイリスはトキヤの豹変ぶりに驚愕したが。

「と、トキヤくん? どうしたの? 大丈夫?」

 それでも冷静にアイリスが心配の言葉を投げ掛けると。

「……すまん、少し頭に血が上ってしまったみたいだ」

 トキヤはすぐに我に返り、アイリスに謝罪をしてから、会話を続けた。

「……アイリス、それも無理なんだ。継ぎ接ぎの獅子は起動するまでに時間が掛かるし、俺かレタさんがその場に行って作業をしなければそもそも起動すらしないから、お前が戦いを選択するのは逆に俺達の生き残る可能性を減らすことになる」

「あー、そっかー……。それじゃあ、やっぱりみんなで逃げる感じかな?」

「ああ、敵が通常のJD部隊なら投降も選択肢にあったが、人格のないダーティネイキッドに投降したところで銃撃の的になるだけだからな。ここは逃げの一手でいこう」

「うん、わかった……んだけど、最後に一ついいかな? ……トキヤくん、逃げる前にシオンちゃん達だけでもどうにか助けられないかな?」

「――――」

 アイリスの口からシオンの名前が出た瞬間、トキヤの脳裏に辺りに転がっているJDと同様に動かなくなっているシオン達の姿や同僚の人間達の姿が浮かび上がり、トキヤは想像の中でシオン達に手を伸ばそうとしたが。

「……っ」

 トキヤは想像の中で手を伸ばすことをやめ、現実を、目の前にいる、青い瞳の少女だけを見つめた。

 ……今は、アイリスをこの窮地から逃がすことだけを考えろ。

 そして、一つの決断をしたトキヤは、苦渋に満ちた表情で首を横に小さく振った。

「……シオン達はライリス対応のJDだ。例え身体が破壊されても、ライリスさえ無事なら、あいつらの魂、人格データが消えることはない。……だから、今はお前を逃がすことだけを考えろ」

 そして、その決意を言葉にしたトキヤは、アイリスに周辺の警戒を任せ、レタを呼ぶために一度シェルターに戻り。

「レタさん、シェルターから出て来てください! 俺達はこれから、この基地を脱出します!」

 この瞬間から、トキヤ達の脱出劇が始まった。

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