第20話
「……」
それから暫くの間、トキヤはシオンたちを示す全く動かないマーカーを見続けながら悶々としていたが。
……そうだ。
あることを思いついたトキヤは勢いよく顔を上げた。
トキヤは気がついたのだ。今の自分の疑問と不安を解消してくれる存在が目の前で、物凄く暇そうにしているということを。
その存在とはトキヤ達をシェルターまで誘導し、更にシェルター内でも護衛をしてくれている本隊所属のJDである。
隊が違うとはいえ、彼女もシオンたちと同じ基地の所属である。それはつまり。
……彼女もシオンたちと同じライリスに入っている。
遠隔操作でJDの身体を動かすための人格データが収容されている統合知能ライリス。軍が所有しているライリスが幾つあるのか、一つのライリスにJDの人格データがどれだけ入っているのか、そういったことは軍事機密の類いであり、末端の技師でしかないトキヤは知らない。
だが、同じ基地所属のJDは基本的に同じライリスに入っているということをトキヤは知っており、目の前に座っている本隊所属のJDならばシオンたちの人格データが今、どういう状況に陥っているのかがわかるはずだと考えたトキヤは口を開き、本隊所属のJDに質問をしようとした。
その時だった。
――――カクン。と、本隊所属のJDが突然、操り人形の糸が切れたかのように、頭を下に向けた。
「な」
それは人間で言えば寝落ちの挙動に限りなく近いものであった。事実、先程まで本隊所属のJDは退屈そうにしていたので、彼女が人間であるならば眠っただけと考えても不思議ではない。
だが、彼女は自称JDのアイリスと違い、正真正銘のJDであり。
……そういった挙動が何も弄らずにできるのは介護用や擬似パートナーになるために作られたJDだけだ。戦闘用に作られた身体にそんな機能は存在しないし、バルのように機能を追加して欲しいと彼女が俺に頼んできたこともなかった。それに他の技師に依頼した記録もなかったはず。
つまり、これは何らかのエラーが彼女を襲ったということだ。と、考えたトキヤはすぐに本隊所属のJDに駆け寄り。
「おい、大丈夫か……!」
大声で呼び掛け、肩を揺すったが、反応がなかったため、トキヤはそのJDの頭に手を当て、顔を覗き込み。
「――――」
トキヤは、虚空すら見つめていない、光のない瞳を目にすることになった。
「トキヤくん? その子、どうかしたの?」
「……何の前触れもなく機能を停止した。原因はまだわからない」
そして、トキヤが大声を出したことにより、異常に気付いたアイリスとレタがトキヤに近づき、先程まで普通に喋っていたJDが本当の人形のように虚ろな瞳のまま、全く動かなくなっていることに驚きながらも。
「……」
既にそのJDの頭部と胴体を集中的に調べ始めていたトキヤの邪魔をしてはいけないと判断した二人は黙ってトキヤの後ろ姿を見つめ続けた。
「……どういうことだ、これは。……異常がない? いや、外部からでは異常がわからないだけか。しかし、本格的に調べるとなると……」
そして、ある程度調べはしたもののJDの身体に問題を見つけられなかったトキヤは、自分についてきたJD整備の補助機、オールキットの方に一瞬だけ視線を向けて。
「悪いが、勝手に身体を開けさせて貰うぞ」
身体の内部も調べると決めたトキヤは、機能を停止しているJDに謝罪の言葉を投げ掛けた。
「すみませんが、レ……いや、アイリス、こっちに来て手伝ってくれるか?」
「え、う、うん! もちろん、いいよ!」
「助かる。えっとな、こいつの身体を持ってくれるか。こう、前から羽交い締めにするみたいに……」
「こ、こう……?」
「ああ、そうだ。三十キロ程度とはいえ、力が抜けているから、お前でも少し重く感じるかもしれない。注意してくれ。……どうだ? ずり落ちないように、しっかり固定できそうか? ……そうか、ありがとう。――――よし、オールキット、3番とエルスト、後、コネクトUを出せ」
そして、トキヤは腕力のあるアイリスに機能を停止したJDを固定して貰ってから、JDの背中を開き、内部の状態を調べ始めた。
「クノーセル、クリア。ポルス、ヒアー、共にクリア。ルース機関、クリア。フィフスドナー……」
それからトキヤはJDの身体を構築する主要パーツを声を出しながら、一つ一つ丁寧に、それでいて迅速に調べ続けた。
「……フロウキャリアー、クリア。……
そして、約二分後、重要なパーツを全て調べ終わったトキヤは開けた背中を元に戻してから、アイリスに機能を停止したJDを横にするように指示し。
「……」
トキヤは機能を停止したJDの虚ろな瞳に右手を覆い被せ、優しく閉ざし、JDの眠っているような顔を見ながら、眉間に皺を寄せ、黙って何かを考え始めた。
「……ト、トキヤくん? この子、直せそう、なの?」
急に黙ってしまったトキヤにJDを調べた結果を知りたいと思ったアイリスが声を掛けると、トキヤは険しい顔のまま。
「……何の異常もなかったんだ」
動かなくなったJDに異常はない、と断言した。
「……え? それってどういう……?」
「異常を見つけられなかった、わけじゃない。この身体は今も正常に稼動しているんだ。人格データが動かす気になれば、すぐに動く」
「……? もしかして、この子、寝たふりをしているの?」
「……こいつがバルみたいなイタズラ好きなら、その可能性も無くはないが」
おそらく、それは有り得ないだろう。と、全く動く気配のないJDを見ながらトキヤは判断し、このJDが意識を失い、そして、目を覚まさない理由について考え始めた。
……身体に異常がないとなれば、人格データの方に何らかの問題が生じているはず。人間が精神に負荷が掛かりすぎて失神することがあるように、JDも情報処理が上手くいかず、気を失うことが稀にある。その場合は、その内、目を覚ますからほっとけばいいだけだが……。
しかし、とトキヤは動かなくなる直前のJDの状態を思い出す。このJDは、人間の護衛のためシェルター内で待機するという暇な任務を与えられ、退屈そうにしていたことを。
……外的刺激は無いに等しい状態だったから、情報処理が上手くいかなかった可能性は限りなくゼロに近い。となると、後考えられる原因は、ライリス内で他のJDの人格データと大喧嘩でもしたか……。
「……ライリス」
遠隔操作でJDの身体を動かすための人格データが何千、何万と収容されている統合知能ライリス。その名を呟いたとき、トキヤは最悪の可能性を考え。
……いや、流石にそれは。
話が飛びすぎだ。と、トキヤは自分の考えを否定しようとしたが。
「……ちょっと、羽野君」
状況がそれを許さなかった。
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