第14話
「後、誰か身体で気になるところはないか? 医療でいうところの触診に近い、機器を使わない簡易検査だから正確さは保証できないが、逆に普段は見つけられない異常に気づけるかも知れない」
そして、丁度良い機会だからバル以外のJDの簡易検査もしてしまおうとトキヤが軽い気持ちで声を掛けると。
「あ、はいはい! わたし、トキヤくんに診て貰いたいな!」
「――――」
自分の背後から聞こえてきた少女の声に、トキヤは表情を強張らせた。
「……? トキヤくん? 急に動かなくなったけど、大丈夫?」
その少女の声は、トキヤがこの国に来る前によく聞いていた声と声質が酷似しており、今のように不意を突くような形で声を掛けられるとトキヤの心拍数は跳ね上がり、軽いパニック状態に陥ってしまう。
『――――おはようございます、トキヤさん。今日は少し肌寒かったので和食ではなく、温かいポトフとふわとろオムレツにしてみました。――――さあ、召し上がれ』
「……」
そして、その度にトキヤは過去を振り返り、今の声の少女と思い出の中にいる彼女は別の存在であるという事実を心の中で再確認して、トキヤは何とか冷静さを取り戻すのだ。
……よし、落ち着いた。
けれども。
……今は他にもまずいことがある……!
今回に限っては、安堵の息を吐くにはまだ早いと、トキヤは勢いよく後ろを振り向いた。
「――――あ、今度は急に動き出した。それで、どう? いいよね、トキヤくん。わたしのメンテナンスをしてくれないかな?」
そこにいたのは発色の良い赤髪と透き通った青色の瞳を持つ少女、アイリスだった。自分をJDと言い張る彼女が、トキヤに自分の検査をして欲しいと頼んできたのだ。
「あ、いや、あ……」
そして、その想定外の事態を前にトキヤの言語能力が引っ込み思案な幼稚園児レベルにまで落ちている間にも、アイリスは目を輝かせながら言葉を続けた。
「トキヤくんって、この基地にいる人間の技術者の中で、一番、JDのことがわかってる人なんだよね? 本隊のみんながそういってたんだ」
「……ワスプ達が、そんなことを?」
「うん! それにトキヤくんの出身国のJD技術者はみんな変質者と紙一重の偏執的な情熱と技能を持ってるって前にバルちゃんが教えてくれたの!」
「……」
そのアイリスの発言を聞いたトキヤは横目でバルに視線を送り、トキヤの瞳から本気の怒りを感じ取ったバルが珍しく気まずげに視線を逸らした。
「その時のバルちゃんの説明はちょっとわからないところもあったんだけど、それってトキヤくんが凄いってことだよね? だから、わたしの身体もバルちゃん達みたいにトキヤくんに診て欲しいの!」
そうすれば、もっと戦えるようになると思うんだ! と、全力の笑顔で自分を見つめてくるアイリスにどう言葉を返そうかとトキヤが悩んでいると。
「それじゃあ、お願いね!」
という言葉と共に、アイリスが自分の衣服を脱ぎ……。
「シオン……!」
「――――はい」
……始めようとしたのだが、顔を赤くしたトキヤの絶叫から瞬時にトキヤの考えを読み取ったシオンが優しくアイリスの両手を握り、脱衣の妨害を行った。
「えー、駄目なのー? どうしてー?」
そして、要望に応えられず、アイリスに悲しい顔をさせてしまったことに罪悪感を覚えながらも、トキヤはこの話題を早急に終わらせるために口を開いた。
「あ、あのな、アイリス。前にも言ったが、お前は特殊なJDだから、俺じゃあ診ることができないんだ。だから、俺の代わりに毎日シオンがお前のメンテナンスをしているだろ? シオンは人間の俺なんかよりもよっぽど優秀なJDだ。その手腕に俺は絶対の信頼を置いているし、事実、お前の身体に不具合は起きていないだろ?」
「う、うん。シオンちゃんが、
「……ああ、それは事実だ。人間の技術屋がまだ存在しているのが何よりの証拠だといってもいいだろう。けど、人間に診て貰いたいというなら、アイリスは定期的にレタさんに検査して貰ってるだろ? それじゃあ、駄目なのか?」
「うん、ダメ。レタさんってJDの技術者じゃなくて大型兵器の開発者なんでしょ?」
「……それ、誰に聞いた?」
本人に。というアイリスの発言を聞き、トキヤはレタの口の軽さに悶絶しそうになったが、何とか堪え、すぐに次の言葉を紡ごうとしたが。
「……っ」
アイリスの心を傷つけてしまう可能性がある発言をしないようにと注意を払えば払うほど言葉が出てこなくなり、トキヤが返答に詰まっていると。
「んー、
意外なところから、助け船が現れた。
その声の主は、先程まで簡易検査を受けていたバルだった。浴槽に足だけを入れていたバルは、やれやれと大げさなボディランゲージを取っており、そんなバルの姿をアイリスは不思議そうに見つめた。
「バルちゃん? それってどういうこと?」
「その技術屋さんなんかに診て貰ったところで、パワーアップなんかできないってことですよ。JDのことはJDが一番よく知っています。そして、このバルは皆の中で唯一の中古。つまり、JDの酸いも甘いも噛み分けたJDの中のJDなんです……!」
「えっ、もしかして、バルちゃん……!」
「ええ。JDのお手軽パワーアップ術は――――このバルが知っています!」
バルのその台詞が放たれた次の瞬間には、ほんとっ!? と、叫びながらアイリスはバルに駆け寄っており、アイリスの期待に溢れた眼差しから解放されたトキヤだったが、トキヤは気を緩めることなく、バルへと視線を向けた。
「……」
……バル、何を考えている。
悪戯の常習犯であるバルがアイリスに変なことを吹き込まないだろうかと、トキヤは心配し、バルと視線を合わせ。
「……」
「……」
一秒にも満たない時間に目と目でバルと語り合ったトキヤは。
「……さ、さて、俺は仕事に戻るとするかな」
アイリスとJD達を残し、逃げるように大浴場から退場した。
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