第164話 とばっちり
1586年 天正十四年 夏 勿来
エストレージャ卿から不穏な欧州情勢を聞いた後、鹿島での一件から、古河で対処の指示を出していた中丸が勿来に到着した。
さて、新婚さんではあるのだが、沙良は俺達が利府城に行っていた間にすっかり伯母ちゃんっ子になってしまったようで、今も夕餉を食いながらの会議をしている俺達とは別室で夕食会、主催は阿南、を実施中だ。
別に寂しくなんかないもんねっ!
「して、景広様。首尾は如何様なもので?」
そんなセンチメンタルな俺を無視して、同席している藤吉郎が中丸に先日来の出来事を訪ねる。
今日の夕餉会議は俺、一丸、中丸、吉法師に藤吉郎の五名で、老境に差し掛かった陳さんの熟練の技を堪能しながらお話中。
「鹿島城で義尚殿と話した感じではそこまで大事ではないとは思ったが……景竜叔父上から聞いた柴田の報告では、佐竹家の家中はかなり混乱しておるようですな。事の発端は佐竹領内での砂金と金鉱山に関わりある者達……」
「ふむ、大宮での砂金と八溝山地の南麓だけでは不満ということか……」
「信長殿の言う通りですな。我らが齎した情報により、領内から金の採取が出来るようになり、佐竹家も大きく領内の開発に金が使えるようには成りましたが……なんでしょうかな、俺も彼らの気持ちはわからんでもないのですが、もっと金と人が有れば、あれも出来る、それも出来る……となるのでしょうな」
人の欲望は尽きないものだけどね……。
なんなんだろうか……。
「しっかし、その理論で行けば、しまいには日ノ本中の富が欲しくなってしまいましょうに……。前にちらりと聞いたビクトル殿の説法でありましたが、人には手が二つしかないのですからな。手に余る物を欲しがったとしても、己の身に残るのはただの徒労だけとなるでしょうになぁ」
別の世界では中国征服、朝鮮出兵を実行した方のお言葉とは思えない藤吉郎先生。
「まぁ、そう言うな藤吉郎よ。佐竹の家臣共にしてみれば、お宝の山を前に何もせずにいる我らが阿呆のように映るのであろうよ。掘らぬのなら、俺達に掘らせろ!とな」
「はぁ……太郎丸様と鶴岡斎様の御遺言?通りに山を崩したり、無理に地中深く掘らぬように作業をしているだけで、領内の鉱山で掘られる金銀の総量は相当なものがあるのですがなぁ」
「そのあたりは実際の指揮を執られている秀吉殿の手腕が素晴らしいのでしょう。……他国の草にも覚られず、表向きは山と鉱山入り口の管理程度しかしておらぬと思わせ、実際には八溝山地、会津の軽井沢、熱海、檜原、黒森山、石ケ森、雨屋……それらの悉くから金銀を掘っている」
「かっかっか!そこのところは結構頑張っておりますからな。他国には、我らが阿武隈から石灰石と鉄を掘っている以外に大きく活動しているとは気付かれてはおりますまいな」
俺の数日前に亡くなった大叔父上……って、ちょっとこんがらがる言い方か?
まぁ、要するに十数年前から奥州ではこっそりと、しかし大規模に金銀も掘り続けていたということだな。
……う~ん、そう考えると金銀の採掘にブレーキを掛けてたのって俺だったのか?
俺が死んでからこうなっているわけだし……。
いやぁ、それだけでもないかなぁ?
そのぐらいの時期に伊藤家による東国支配の構造が名実ともに確立されたようにも思えるしな。
俺に鎮守府大将軍、父上に古河府大将軍って大将軍位が贈られたわけだしさ。
たしか、その後になるのか?足利将軍家から将軍職を取り上げて「二将軍一大夫体制」が敷かれたわけで……。
ともあれ、金銀の大量採掘は周辺国を刺激しないようにするための方策だったわけだから、伊藤家が圧倒的な地位を占めるようになったら、そのあたりのブレーキは緩まるよね。
「ふむぅ。しかし、大手を振っての越境とか、当家の者達へ何かしらの害をなしているわけでないのならば、今のところは静観するのが吉であろうな」
「……そうですね、私も信長殿の言に同意します」
「ならば、義宜殿と鈴音姉上の祝言は特に急がず、当初予定通りに、義姉上か仁王丸が古河に戻り次第とするか」
「左様ですな。ただでさえ一丸兄上の祝言を盛大にということですからな。大きな祝言を二つも一篇に行うとしたら、準備にあたる杜若辺りにどやされてしまいますからな!はっはっは」
「お?そのあたりは杜若が差配するのか?」
嫁ぎ先からから古河に戻って来て、母上の仕事を手伝っているという娘たちがそのあたりの仕事をするのか……。
「ええ、去年まででしたら、そこ辺りの、何と言いますか……急に発生した一門のことの対応等は瑠璃が指揮をしていたのですが、瑠璃たちは今畿内に、飯盛山におりますから……と、そうでした!勿来に来たり、利府に行ったりとで忘れておりましたが、私が妹達に後を託し東国に戻ってきたのは、父上と信長殿に造船技術の大友家への供与について相談しに来たのでした!!」
……相変わらずのうっかりさんめ。
「そのことなら太郎丸からの指示で条件の叩き台の作成を検討しております。……そうですな、景基様に報告出来る形に仕上がったものが、そろそろ忠宗殿達の手で出来上がっている頃合いかと思いますな。私もまだ出来上がったものに目を通してはおりませぬが、以前に景基様に文で送った内容の細かいところを補足したものと思っていただければよろしいかと……」
「そうですか……わかりました。古河に戻ったら忠宗から受け取ることにしましょう」
「そう!そのことです。……父上、信長殿。船を売る、修理技術は授けるということではありますが……そうなると、いざという時に、船上での争いになった時に困りませぬか?」
そうだよね。そこは気になりはするよな。
ただ、流石は中丸だな。敵対する可能性は?敵対したら?とかではなく、経緯などを問題とせずに、戦闘になった時にどうなるかだけを端的に質問してくる。
「……伊藤家の水軍総督の織田信長殿は如何に思う?」
「揶揄うな、太郎丸よ!……まぁ、そうだな。そこのところは獅子丸とも具体的に検討し合ってはみたが、「問題ない」の一言で決着したな。商いの争いではなく、純粋に武力を伴っての争いならば、数百年は伊藤家の優位は覆るまい。……そうよな、エウロパの艦隊が主力で、こちらの数十倍の数を揃えられるような水戦にならぬ限りは問題ない。まずもって、当家の四貫砲と線条砲は威力が桁違いだ。これは十年前の飄戸斎……くくっく、飄戸斎……あー、はっははっは!」
駄目だ、吉法師さんは飄戸斎がつぼっちゃっている……。
まったく慶次め、何てお茶目な名前を付けてくれたんだよ!
おかげで話し合いが止まっちゃったぞ?
「あ、おかしいな!涙が止まらん!あーはっはっは!」
「……吉法師が笑い過ぎて話が出来ないようなので、俺の方から言うとだ。船の足を止めなければ満足に中てることが出来ぬ大砲しか持っていない……そもそも大友家では大砲を開発出来ていないしな、そのような相手では、船を走らせながらでも中てることが出来る我らの船とは戦になるまい……ということだよな?」
「そ、そういう……こと……だ……ふぅ、ひぃぃひっひっ」
笑いの発作をこらえようとして変な声が出ているぞ?吉法師さんや。
「ふ、ふぅっ……唯一の懸念はエストレージャ卿を初めとする一部のエウロパの者達が当家のそのあたりの技術に近付き出していることでしょうな。十年前の段階で弾薬の補給が出来ていた。……そろそろ船に装備できるほどの物が生み出されていてもおかしくはありませぬな。ふむ、そうなると数百年は言い過ぎでしたかな?ただ、当家の技術も年々上がり続けておりますからな。ちょっとやそっとでは優位は覆らぬ、という結論は変わりませんな」
「……では、詳しくは古河で報告書を貰うとして、基本方針は以前に頂いた文の内容でということですな。わかりました。その道筋に従って私も交渉をします……まぁ、正直に言ってしまいますと、そのあたりのことを餌に、既に大友家には巨椋池の改修と伏見の街づくりに力を貸してもらっているのですがね」
お?
一丸も正しく、人の力を借りる術を覚えてきているようだな。
そう、何事も持ちつ持たれつ。手助けして貰ったら、その分の報酬は出さないとね。
天正十四年 夏 勿来 伊藤景広
「ああ、それとちょっと相談というか、これは俺が思いついた考えでしかないんだが、皆はどう考える?」
「む?どんな恐ろしい案ですかな?」
父上の思い付き程怖いものは無いからな。
こちらとしては、十分に身構えておかねばならん。
「恐ろしいという物ではないんだがな?ほら、今は目の前に一丸が戻っては来ているが、畿内征伐軍を興して以降、義姉上、仁王丸、一丸、景貞叔父上と一門の主だった者は東国を離れているだろう?まぁ、今回の地震を契機に景貞叔父上は東海には戻られたがな」
「……そうですな、しかし、日ノ本の現状を考えれば、それは致し方ないことでは?王家と公家、彼らが暗躍を諦める、というか、それはただの徒労であると理解する程度の年月、それまでは伊藤家の力で抑えておかねばならないのではないでしょうか?」
「秀吉殿の言うことはもっともだと私も思います」
藤吉郎の言に深く頷く一丸兄上。
「だが、それでは伊藤家が関東に戻ることは出来ない。……今の状況を計画したのが誰なのか……まぁ、一人しかいないとは思うけどさ、その人物の描いた絵図面通りに踊らされているのはなんか癪でね。それに当家は東国の守護者ではあるが、畿内のことはなぁ……。全力で修復や改修作業に従事している者達には悪いことだと思うが、本来では当家には関係ないことだろ」
「……お言葉ですが、それで民の暮らしが安定するならばそれで良いのでは?」
「うん。一丸の言うことは良く分かる。俺としても日ノ本の民は一つだとは思っている。……だからこその造船技術の供与ではあるんだが……そう、そうではあるんだが、やはり伊藤家の主だった者のほとんどが畿内にいるのは正しい形とは思えない。俺も自由にやっていてこういうことを言うのもなんだが、今の東国は俺が好き勝手に動かせちゃうんだぞ?惣領とはいえ十一の童がだ」
「「……」」
確かにその通りではあるが……父上が十一の童などではないことは皆が知っているからなぁ……。
「やはり、どうにかして姉上と仁王丸には古河に戻って来てもらわねばならん。……そうだな、せめて、一丸が一年の半分程度を飯盛山で過ごす。その程度が良いと思うんだ」
「……確かに、我らも飯盛山に長居するのは気が進まぬ所ではあるのですが……特に、大御所様は一日でも早く古河に戻りたいと公言してはばかりませぬ」
「……姉上も優しいからなぁ。本人はすぐにでも戻ってきたいんだろうけど、皆の事を考えて行動には移さないんだろうなぁ」
父上の申す通り、伯母上は口ではなんと申しても、一族のこと、家中のこととなると己を顧みずに力を振るうお方だからな……。
「しかし、太郎丸よ。当家が東国の者だと言ってもある程度の世話はしてやらねばなるまい?今、当家が畿内から撤兵すれば畿内から西は戦国の世に逆戻りになるぞ?三好の残党と長曾我部の争いが泥沼化し、徳川がそれらを吸収して大友と争い出す……そんな図式が簡単に想像できるぞ?」
「だろうな……そこでだ。俺が提案するのが、御三卿、五大老体制ってやつなんだがどうだ?」
「「御三卿、五大老??」」
ふむぅ。これまた聞きなれない名前を出されるな。
「伊吹から東は御三卿と仮に名付けた三家と伊藤家の本家で治める。対して伊吹の西は五大老と伊藤家本家で治めるというものだ。……ちなみに五って数字は適当に付けた。大友と徳川は当確で、それ以外には現状だと長曾我部と尼子かな?」
「はぁ……しかし、太郎丸様、それでは四つかと……あと長尾はどうするので?御三卿の方に入れるとしても、今の長尾家は越前と播磨を中心としており、どちらかと言えば西寄りの家かと……」
「おお!そうだったな!それじゃ、長尾を入れて六奉行にするか?」
父上の適当っぷりにも参るな……その適当さで苦労するのはこちらなんですぞ?
「しかし、それだと御三卿の方も大老の方も数が余るのでは?」
ああ……兄上……疑問はわかるのですが、そこで質問をしてしまっては父上の思い付きが実現に向けて加速してしまいますぞ?!
「御三卿の方は当家の血族で考えているんだ。一つは伊達を継ぐ一丸と政子の子の流れ。もう一つは義宜と鈴音姉上の子が継ぐ佐竹の流れ。もう一つが、ここにはいないが竜丸の息子たちの流れを東海と東山を合わせた地域で作る」
「……なんとも言葉にしにくいが……つまり、東国は伊藤家の血筋で固めてしまうということか?」
「ああ、俺達が死んだ後にどうなるかはわからんが、とりあえずは東国の面倒を俺達の子孫が見れるような枠組みを作っておきたいと思ってな」
「確かに私は伊達家の当主を娶ることになるので、私の血が伊達領を治めることにはなるのでしょうが……それでは、中丸の流れはどうなるのですか?私としては弟が蔑ろにされるようでは納得がいきませんが……」
兄上……だから、そのような質問は……俺を気遣ってのものなのでしょうが、ここでは逆効果です。
「おう!……一丸が言ったとおりに、一丸には伊達領を見てもらうことになるわけだからな。つまり伊藤家の一門衆筆頭の地位が空いてしまうのだ」
「なるほど!私の代わりに中丸がその責を担うというのですな!それならば安心だ!」
「いや!父上と兄上のご心配とご配慮は有難いのですが、そのような大事!ここで決するのはおかしいでしょう!その話は後のことで良いのではないでしょうか?!」
「「む?そうか??」」
父上と兄上は怪訝そうな顔でこっちを見ているが……勘弁してくれ!
俺は兄上のように日ノ本中をせわしくなく外交の為に動き回るなど御免被るぞ?
それにだ!
信長殿と秀吉殿がさっきから笑いをこらえながらこっちを見ているではないかっ!
甘いぞ!お二人!
どうせ、父上の思い付きのとばっちりはお二方の方にも飛び火することが確実なのに!
「中丸がそう言うのなら、御三卿の方は置いといてだ……大老の空いた一席だな。これは当家から送り込む形で大老筆頭という形で伏見城城主兼、六波羅探題を担ってもらおうと思っている」
「ほう!それは大した大任だな!誰を充てようというのだ?太郎丸よ?」
完全に信長殿は楽しんでしまっているな。
ご自分は水軍総督の役割から外されることが無いと高をくくっておられる……実際に、信長殿はそうであろうが……。
「……」
お?
秀吉殿は察したな?
左様、ここに集う者は押しなべて対岸の火事と決め込むことは出来ない筈だぞ?
「藤吉郎!栄えある伏見城の初代城主とかやりがいがある仕事なんじゃないか?」
「!!!ご、御冗談を……」
「え?冗談に聞こえているの??」
「……」
おや、おや。
秀吉殿が涙目になっておられる。
うむ。父上に絡まれた時点で面倒事が降りかかってしまうのは、避けようのない、どうしようもないことなのだ。
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