第147話 博多からの買い物客

1585 天正十三年 春 勿来


 「ほぅ!ほぅ!ほぅ!ここが勿来か!博多の方が数倍素晴らしいとも思うが、勿来も中々な湊町ではないかっ!これは楽しみじゃのぉ!」

 「左様でございますね、姫」

 「むっ!なんじゃ!お前様っ!そのように他人行儀な呼び方などするなと、何度も言うておるではないかっ!儂らは夫婦なのじゃぞ?!」

 「い、いや……そのように言われましても……」

 「いやも何もないっ!宗茂むねしげ殿は儂の夫!この誾千代の夫じゃ!」

 「そ、それはそうなのですが……」


 ……なんだろう、この胸やけは。

 だれか早いところ、この恋愛脳夫婦バカップルに付ける薬を開発してくれないだろうか……。


 「……豊久殿。この二人っていつもこうなんです?」

 「ええ、まぁ……。ご存知のように、誾千代様は大友家が筆頭家老の戸次様の一粒種。宗茂様は、これまた大友家重臣の高橋様の御長男で、戸次家に婿に入られたお方。当家のお屋形様にとっては目に入れても痛くないというお二人でして……」

 「……こうやっていちゃつき倒していても、誰も咎めようがない、と?」

 「はぁ、むしろ皆が微笑ましく思っておるほどでして……」


 なんだよ。

 大友家公認なのか……。


 「それよりも姫。今日はお屋形様より、博多の屋敷に合う机と椅子、そしてそふぁなる物を見繕うようにと命じられているのではないのですか?」

 「おお!そうであったな!叔父上からは、儂の目で物を揃えて良いと言付かっておったな!」


 ……?

 立花誾千代と大友宗麟って血縁関係あったっけ?


 そぉっ?


 目線で質問する俺。


 「いや、誾千代様に「叔父上」呼びさせているのは、単なるお屋形様の趣味です。目立った血縁関係は両家にはありませぬが、お屋形様は実子の義統よしむね様ご一家や、側室様のお子らよりも誾千代様を可愛がっておりまして……」

 「……大友家も大変なのね?」

 「はぁ、太郎丸様にもお察しいただければ幸いです」


 肩を落とし、力なくうなだれる豊久君。

 大友家中での外様領主でもある島津家の一員の君でもそんな気持ちになるのね。

 大友家中の皆さんのお気持ち、察して余りあるという物である。


 「して、太郎丸殿!早速で悪いが伊藤家御自慢の家具などを見せてはくれぬか?」

 「ああ、構いませんが、それよりも先に宿にでも行きませんか?荷物など、多少は荷ほどきをして楽になってから家具を見ても良いのではないでしょうか?こちらとしては準備は整っておりますが、先ずはお付きの方も荷を下ろした方が何かと良いのでは?……あとは、そろそろ昼餉の時間にもなってきておりますので、ささやかながら食事の用意もしておりますから」

 「むっ?そういうものか?お前様?」

 「そうですね。ここは太郎丸様のご厚意に甘えましょう」

 「むぅ。お前様がそういうのならば、儂に否は無いぞ。……では、太郎丸殿。申し訳ないが案内を頼む」

 「はい。喜んで」


 昼餉を食す習慣などない!とでも言われたらどうしようかとも思ったけど、どうやら大友家でも昼餉の習慣は有るようだった。

 ……そうなると、一日に二度の飯で済ますのは畿内あたりだけとかになるのかな?よう知らんけど。


 「では、こちらの馬車にお乗りください。……そうですね、この湊からですと、四半刻も掛からずに宿に着きますから」

 「おおっ!馬車とはあれか?!……何ぞ車輪の付いた部屋を馬が二頭で引くのか?!しかもあの馬、でかいぞっ!お前様よ!」


 ……さっきから、誾千代のテンションが高くてビビるな。

 「儂っ娘」のキャラ付けだけでも大したものだというのに……元気なお嬢さんである。

 年の頃は十七ぐらいか?袴姿に編み上げの皮ブーツ、腰には見事な装飾の脇差を差している。


 やはり大友家にはヨーロッパの装束が取り入れられているんだな、と思われる立ち姿だ。


 ちなみに、伊藤家は戦闘時の装束にこそ金靴は有るが、原則として厚手の足袋と草履が基本パターン。

 雪も多い奥州だし、関東を除けば丘陵地帯……高低差に富んだ地形が殆どだからな。ゴム底でも開発されない限りは、西洋的な靴の需要はそんなにはない。

 ……けど、誾千代のブーツの底地は気になるな、後でこそっと見てみるか……って、バレたら変態扱いになってしまうので、慎重に行かねばならんな。


 ぽんぽんっ。


 「おお、なんとも良い座り心地!お前様も早く乗るのじゃ!」

 「はいはい。いますぐ……」


 って、いいんですか?

 とばかりに俺の方をちらりと見て来る宗茂君。


 こくり。

 いいんですよ。このぐらいは気にせず、どうぞ誾千代さんのお相手をしてください。


 宗茂君に続いて豊久も馬車に乗り込む。

 ……俺もホストなわけだし、中に入った方が良いか。

 本当は御者席の方が外の空気が気持ち良いから好きなんだけどね。


 「それじゃ輝、美月。済まないが御者を頼むよ」

 「りょうか~い!」

 「……(こくり)」


 元気に返事をする美月と無言でうなずく輝。


 そうそう、これまでは棚倉の鹿島神宮にいた美月だが、昨冬に上泉様が亡くなられたのを機に、俺の傍で母親の輝と一緒に俺の護衛役をこなすことになった。

 代わりに棚倉の鹿島神宮には、輝子婆さんが神宮統として常駐し、奥州の者達の指導を行うことになった。

 聞くところによれば、昼夜問わずの輝子婆さんの指導により、門徒達の悲痛な叫びが絶えることが無いとか、なんとか……。


 「それにしても太郎丸殿よ!このような馬車なる乗り物。如何にも重いと思われるのだが、車輪が土に嵌ることなどは無いのか?もし、そうなれば立ち往生してしまい、儂などは不便この上ないと思うのだが?」


 誾千代ちゃん、中々に鋭い質問ですね。


 「ええ、土を固めただけの道でしたらそうなるでしょうが、当家の主要街道。特に勿来から湯本、小川に至る市街地の道は石畳で出来ていますので、馬車は問題なく動きますよ。流石に棚倉や白河に向かう山道は石畳で舗装できていないので、そちらは徒歩や川を使っての移動となりますがね」

 「ほほぅ!?この石畳は湊の中だけではないのか?!……むむむ、この馬車も中々に過ごしやすい。これは叔父上に報告する内容が尽きぬな!」

 「はっはは。まぁ、この馬車の制作にもそれなりに細かい技が注ぎ込まれていますので、道を作るだけでは、この乗り心地を再現するのは難しいですよ」


 ここの部分もゴム材の開発が出来ていないので、まだまだ改善の余地はあるのだが、羽黒山の鉄加工技術はちょっとおかしなレベルにまで発達しているからな。

 この馬車に仕込まれた衝撃吸収機構、おいそれとは真似できる代物ではありませんよ?


 「ムぅ……そうじゃ!お豊!」

 「え?あ、はい」

 「お主は島津殿や父上から、古河に滞在するよう言われておるようだが、ちょっと変更じゃ。お主は勿来で太郎丸様の下に付いて、伊藤家の技術諸々を勉強せい」

 「えっ?!ええっ??!!私がですか?」

 「そうじゃ、お主がじゃ!」

 「いや、あの……私は父上の下で刀を振り回してきたことしか……そのように工房の者のようなことや、頭を働かすような仕事は……」

 「ああ、お主に物を作れとは言わん。そもそもお主が刀を振り回すことしかしてこなかったのはよう知っとる。……工房の人員は叔父上に伝えて国元から送る故、お主はその者らを率いて、太郎丸殿に教えを受けられるようにすれば良い。後は何じゃ、太郎丸殿への代金替わりではないが護衛をこなすが良い。みれば、太郎丸殿の護衛は女性ばかり、男手のお主は重宝がられるのではないか?」

 「いえ、あ、いや……その……実際に稽古をつけて頂いたわけではありませぬが……たぶん、私よりも太郎丸様の護衛のお二人の方が剣の腕は数段上かと……」

 「ぬっ?!それは真か!?」


 怒涛の展開で、びっくりな状況ですが……流石は豊久なのか?見ただけで輝と美月の腕がわかるのね。

 鎧甲冑フル装備で、何日も野戦をこなすような状況なら、男女の体力差とかが出て来るだろうけど、単純な剣の腕だけならね……輝や美月、はたまた輝子婆さんに敵うような人類がこの世にいるとは思えん。

 ……なんといっても、あの慶次でさえ「戦いたくない」と言うほどの腕だものさ。


 「ではどうすれば……」

 「いやぁ、そんなにお気遣いしていただくことは有りませんよ。大友殿が、博多の職人に勿来の技術を学ばせたいとお思いになられるのであれば、ある程度まとまった人数を受け入れる体制はこちらで用意しますよ。……ただ、こちらとしてもすべての技術を、というわけには行きませんので、多少の事前打合せはさせて頂くことになるとは思いますが……そうですね、そのあたりのことは鎌倉にいる私の伯父の景広が担当しますから、後日、彼宛てにご相談ください」

 「おお!左様か!それでは国に戻ったらご相談させてもらうとしよう!……で、お豊よ。お主はそれまでお主なりに太郎丸様の下で学んでおけ!」

 「は、はぁ……」


 ぽんぽんっ。


 人の話を聞いているようで、まったく聞いていない上司を持つと部下って大変だよね。

 思わず豊久君の肩を叩く俺であった。


天正十三年 春 名古屋 伊藤景基


 「で、この首は間違いなく?」

 「はい。まごうことなく、近衛前久とその嫡男信尹です。信尹以外の子息は外に出ているので、……族滅とするのも統領様も本意ではないと考え、追ってはおりません」

 「そうですか。……明智殿ご苦労でした。こうして確認しましたので、これらの首は弔ってください」

 「わかりました。二条殿と図り、五摂家の当主・嫡男として供養することにしましょう」


 そうですね。

 五摂家の皆さんが認める形で葬儀と供養が行われれば、誰もが事実、この首が近衛前久だとするでしょう。

 前回の晴良殿が古河に首を持参してきたときは、その首を近衛家当主の者として供養したなどの話は聞こえてきませんでしたからね。


 しかし、これで数十年続いた近衛家による工作にも片が付きましたか。


 当家が大きな被害を受けることは有りませんでしたが、間接的に父上は彼らの暗躍により命を落としたことですし、里見家を初め、要らぬ戦を引き起こされ、要らぬ人命が損なわれたのは確かなことです。

 彼らについても、この首が獲られたことを以て、心安らかに成仏して貰えれば良いですね。


 「で、こうして明智殿は約束通り、近衛の首を獲ってくれました。……確か、私に聞いて欲しいことが有ったとか?」

 「はい。まずは主家の安泰と発展ですが、こちらは此度の出兵の功績として、木曾三川流域と下流の津を治めることとなりました。誠に有難うございます」

 「ええ」


 これは、まぁ、ある意味当然のことでしょう。


 尾張は当家の東山三国からも東海三国からも微妙に遠く、治めるのに困難がある地域です。

 ならば、と。元より、徳川家と斎藤家の関係が緊張状態になることになった切っ掛けのこれらの地域。

 丹羽にわ葉栗はぐり中島なかしま海東かいとう海西かいせいは斎藤家に属することとなりました。


 「さて、私個人としての願いとしてはそれほど難しいものではない……とは思うのですが、よろしいでしょうか?」

 「私に出来ることでしたら、必ず善処しましょう」


 伊藤家にとっては最大の瘤であった近衛を廃除してくれたのです。

 最大限のことを私の責任の及ぶ範疇で行いましょう。


 「実は、私には玉という娘がいるのですが、どうか我が娘を伊藤家惣領の太郎丸様に嫁がせることは出来ませぬでしょうか?」

 「ち、……太郎丸にですか」

 「はい」

 「……太郎丸は今年、漸く十になったばかりですが?」

 「はい」

 「失礼ながら、玉殿はおいくつで?」

 「今年で二十三となります」

 「その……十三も違うというのはいかにも難しいのでは?特に玉殿ご自身の気持ちなど……」


 父上と娘の婚姻を望む?少々、考えていないことを望まれてしまいました。


 「玉は喜んでと申しましょうか、是非にも太郎丸様の下に嫁ぎたいと申しております」

 「……それはどうして?」


 戦国で立身出世を働きたい武将が娘を父上に嫁がせたいと考えるのはわかりますが、二十三の女性が十歳の童に嫁ぎたいと望むなど……。


 「実は、玉はいたくカトリコの教えに感じ入っておりまして、出来ましたらカトリコの日ノ本における本場、鎌倉に嫁ぎたいと望んでおります」

 「……鎌倉でしたら、弟の景広の居城ですが?」

 「景広統領様には妻が既におられましょう。玉は妻として結婚することを望んでおるのです」

 「……それは正妻としてですか……。光秀殿、こう申してはなんだが、太郎丸はゆくゆくは伊藤家の当主となる身。畿内の情勢も落ち着いた今、日ノ本を治めるとも言える地位に就く人物です。その男の正妻にとなると……」

 「私の身分が合わぬのは十分に理解しております。されど、伊藤家は生粋の武家。公家などとは違い婚姻に際し、それほど身分を気にするような家とは思いませぬ故」


 それは確かにその通りです。


 現当主の上様にしたところで、正妻の真由美は佐竹の血を継いでいるとはいえ一族の者です。

 私の妻の顕子は北畠の娘……北畠とは言っても国元の伊勢とは縁が消え去った緒流ですし、側の有は寅清殿の養子で柴田の里の娘です。

 中丸の妻も安中の娘ですので、「血筋」云々に左右された結婚ではありません。

 それは間違いないのですが……。


 「……叶いませぬか?」

 「……ふぅ。わかりました。光秀殿の申し出、私が承りました」

 「おおぉ!では?!」

 「ただ、私の一存ではどうにもできないことだというのはご理解ください。私の方から上様、大御所様に話をさせて頂きます。……ご了解が得られるように説得はしますが、返事が確約できるわけではないことだけはご理解ください」

 「承知致しております。統領様より、そこまでのお言葉が頂けただけで結構でございます」


 参りましたね。

 まさか、息子の私が父上の嫁候補をあてがうことになろうとは……。

 しかし、父上の一番目の妻は沙良が内定していたとも聞いていましたが……さて、どうすれば良いのでしょうか。

 まずは中丸と大御所様に……後は瑠璃か、早いところ相談せねばいけませんね。

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