第138話 江戸の開発を始めよう!
1584年 天正十二年 夏 江戸
芦、芦、芦、芦、芦。
ここ、江戸城の御殿から眺める江戸の町(?)は一面が芦原、ヨシ原である。
まったく!壮観が過ぎるほどに一面が芦原だね。
前々世の歴史談話で、家康が秀吉に命じられた国替えを嘆いた、とされるのが良く分かる気持ちだね。
って言っても関東も沿岸部やらを除けば、江戸みたいな土地は珍しいんだけどさ。
全体として考えれば米はたくさん採れるしね。
「いやぁ!
「む?その割には、なんだか楽しそうな表情だな、
「はっはは。ばれましたかな?だってですな!ここまで開発が行われておらぬ広大な土地なのです!如何にして開発してやろうかと考えただけで、もう!興奮しませぬか!」
「……いや、俺は興奮しないぞ?」
ええ、今日はここ、江戸城にお邪魔している俺、太郎丸君です。
江戸城は先年の佐竹家との交渉により、鹿島に水路を敷設することを条件に譲り受けることとなっていた。
そして、この夏。さっき中丸が言ったような経緯で、少々早めに当家に引き渡された次第であるということだ。
「では、景広殿が城内に入られ、確認をしたということで某はこれで……」
「おお!これは
「はっはは。某も佐竹北家嫡男という一門衆の立場故、ここまで江戸城城主を務めてまいりましたが……いや、某の力及ばず、江戸の町を復興するところまでは行きませんでした……荒川や利根川で国元から分断され、満足な物資も調達できず、行えるのは不埒な者どもが寄り付かぬようにするだけの日々でございましたわ。……これよりは伊藤家の方々に江戸を譲り、某は常陸より皆様のご成功をお祈りいたします。それでは御免!」
義憲殿としても忸怩たるものがあるのだろうが、本人としては精一杯のことを行ってきた思いもあるのだろう。多少は悲しそうな顔を見せつつも、全体的には清々しい表情で江戸を去って行った。
「義憲殿もお父上が里見戦で討死をなされ、佐竹一門とはいえ幼き頃より主流派から外されてきたのだ。思うところはあったのであろうな。これよりは、開発がほぼ不可能であった江戸を離れ、香取を見ることになるのだと言う。……香取は鹿島の対岸で新水路ができるとはいえ、いまだ霞ケ浦の内海への入り口にあたる要所。今後は大いに領内開発によって、手柄を立ててもらいたいものだ」
「左様ですな……やはり、あの今では考えられぬような大嵐による壊滅を受けた江戸でしたからな……まぁ、それはそれとして。これからは、我ら伊藤家の技術を以て、この江戸を関東一の町としようではありませぬかな!父上!」
どこまでもしんみり出来ぬ中丸だな。
まぁ、良いさ。
「……そういうことか。ではそこまで浮かれている中丸よ。お前はどのような開発をこの江戸に施そうと考えているのだ。説明して貰えるか?」
「浮かれているとは殺生な……ただ、そうですな。父上にも納得していただけるような説明をこれから入れなければいけませぬかな?
中丸にそう言われ卓に地図を広げる一人の僧侶。
だれ?
「……ん?ああ、父上には紹介がまだでしたな。この度、摂津の本願寺から移ってきた
っておい!一向宗かよ!
大丈夫なの?暴れない?
「はっはっは。拙僧は河内で疲れ果ててしまいましてな。諸国をほっつき歩いて、方々の武士に喧嘩を吹っ掛けていた法主も戻ってきてしまうということで……三好様のご厚意に甘えて教如様をお連れして、こうして東国に渡ってきたということです。後、拙僧は石山の周辺の湿地帯開拓を指揮しておりましたのでな、少なからずお役に立てそうだと思い、こうして景広様の下に来ておる次第です」
「ソウデスカ、コンゴトモヨロシク……」
って、さっき義憲殿がいた時までは中丸の事を叔父上なんて呼んでたが……さっきは思いっきり、「中丸」、「父上」と呼び合ってしまったぞ?いいのか?だいじょうぶか?
……まぁ、いっか。
こんな幼子相手に良い年こいた中丸が「父上」呼びだからな、何かしらのままごとを遊んでいるとしか思わんか。
「頼照殿の紹介も終わったということで、話を江戸の開発に戻しますかな?……まず、俺が考えているのは、高台を通っている従来の街道を整備し直し、馬車を通せるような道を、鎌倉から横浜を経由し江戸まで繋げることです。何にしても開発の始めは道を作ることですからな。人を運ぶにも物資を運ぶにも道は重要です」
「うん。俺も賛成だな。……しかし、北や西でなく南を選んだ点を聞いておこうか?」
「それは俺の居城が鎌倉だからに決まっておるでしょう!」
……清々しいほどの自分主義だな!おい!
ただ、江戸開発の頭である中丸の居城を第一に考えるのは悪いことではない。……悪いことではないのだが……。
「はっはは。冗談は置いておきますと、やはり横浜と鎌倉は当家の関東における商業と工業の中心地ですからな。これまでに蓄えた富と人の技。これは奥州を抜けば領内一とも言えましょう。それらと繋ぐことで江戸の開発を勢いづけたいと考えています」
おう。
少しは真面目に考えていたか。良かった、良かった。
さっきのままだったら、思わず阿南でも呼んできて説教して貰うところだったぞ。
「拙僧も景広様のお話を聞く限り、南の道から手を付けるのが一番だと思います。佐竹家が江戸を復興出来なかった理由は、第一に、人と物を本領から運んでくることが出来なかった点にあります。……つまり、当家としてはまずもって江戸を横浜・鎌倉と結び、次いで政の中心地たる古河に繋げ、最後に西武蔵の産物を運ぶ商業路を敷設する。この順番での街道整備が大事だと考えます」
「うむ。俺も頼照殿の意見に賛成です。……ただ」
「ただ?」
そうちょっと懸念がねぇ……。
「ただ、古河へは陸路よりも水路を主体とするのが最善だと思う。幸いなことに、利根川と荒川は霞ケ浦への入り口となる森山城沖入り口とは異なり、十分な川幅と深さがある。少名をそのままに乗り入れるのは無理だろうが、大き目の早船を仕立てて川道を使う方が楽だし早いだろう?」
「なるほど……拙僧は残念ながら、それほど伊藤家の南蛮船を使った水運には詳しくありません。が、確かに太郎丸様の仰られる通りに北へは川の道の方が宜しいようですな」
「うん。一応、陸路を北に向かう形でも、岩付まで上がれば利根川を渡る大橋が何本かは架かっているので、そこまでの道を整備することも重要だと思うけど、川の道なら荒川を伝って秩父まで、利根川を伝って厩橋や沼田まで行けるからね。姉上が計画されている守谷の拡張計画と合わせて、二方面から海に出るための道を作るのは良いと考えるぞ」
「……姉上?」
流石に怪訝そうにする頼照殿……。
イカン!
……って、何も良い案が浮かばないからここは無視を決め込もう!
「そうですな!俺も古河までの最短路としての川の道しか考えておらなんだ。そう!川の道を使えば、更に遠方の産物を江戸に集めることが可能となるか!」
「そうだよ!それに八王子の方では養蚕、絹作りも始まっているんだろ?こちらは多摩川を使えば、無理なく江戸に集められる!」
「おお!そうであった!後は確か秩父の方でも養蚕が軌道に乗っているとの報告を受けておる!絹を集め、そうそう
「そういうことだよ!
「いえ、だから姉上というのは?」
全力で頼照殿の疑問をスルーする俺たち親子であった。
天正十二年 夏 駿府 伊藤景貞
「……い、以上が我が殿、
「「む?!!」」「伝令殿!!」「「おい!誰ぞ人呼んでまいれ!医師に診せるのじゃ!」」
伝令が報告をして気を失う。
……何十年も前に奥州で見た景色だな……。
「……景貞様、如何様に?」
俺の一番近くに座っている昌幸が問う。
「答えは決まっておろう。長野家は当家に降っておるのだ。……配下の家を見捨てては伊藤家の武名は地に堕ちよう!」
「「おおぅ!!」」
ふんっ。
なんとも血気盛んな連中だな。
「徳川が当家に喧嘩を売るというのならば、喜んでその喧嘩を買ってやるまで!出陣の支度をせい!東海三国の全軍を挙げて、一息に徳川を降す!」
「「おおぅ!!」」
どたたた!!
皆が堰を切ったように大広間から自分の城に戻って戦支度を始める。
「では、皆の支度が終わるまでに我らは頭を使いませんと……」
苦笑交じりに信尹が言う。
……その通りだ。
大広間に残った面々、昌幸、信尹、綱成殿、綱高殿と虎殿だな。
「合わせて伊織のいる諏訪の方にも同時に長野家からの伝令が斎藤家経由で入っておろうが、こちらからも使者を出しておるな?」
「抜かりなく。諏訪と同時に古河と勿来に早馬、早船を出しております」
こくり。
流石は信尹よ、抜かりなしだな。
「ならば、問題は無かろう。間に合うかはわからぬが、亀山城への救援の主軍は東山道を使っての伊織と斎藤家に任せよう。俺たちは水軍を使って、もしもの時を考え、彼らの退路を確保することだな。昌幸!清水殿と図って桑名を抑えよ!余力があれば長島も抑えろ!」
「はっ!」
「東海からの主軍。その規模は東海三国の全軍と言うた通り、駿河、伊豆、相模を合わせて三万。それぞれ、一万五千、五千、一万だ。ふむ。昌幸よ、先ほどとは言を違える。お主は水軍統括ではあるが此度は陸兵を率いてくれぬか?やはり駿河の先鋒を任せたい……」
「あいや!しばらく!景貞殿!その役目は是非にとも拙者にお任せ願いたい!」
……綱成殿。
「綱成殿と綱高殿には空っぽとなるであろう東海の守りを頼もうと考えていたのですが……」
「かっかっか。景貞殿よ、どうか老兵を除け者にしないで下され。儂らは確かに老いてはおりますが、この通り、未だ頭は働いておりますし、甲冑を着込んでも動けるよう、日々の修練を続けておりますからな」
「しかし……」
「しかしも案山子もないわ昌幸よ。此度は伊藤家が駿河の兵を率いての大戦としては初、しかも兵共の相手には旧主ともいえる者達がおる。こういった戦場では儂らのような重さがあった方が、逆に軍は機敏に動くというものだ!」
……確かにお二人の言われることももっともか。
「……わかりました。お二人に駿河の軍をお任せしましょう」
「「おお!」」
「ただし!……先鋒は昌幸、やはりお主に頼む。騎馬隊のみを選りすぐり、浜松城と岡崎城に伊藤家の旗を見せつけよ!綱成殿と綱高殿は五千ずつを率い、綱成殿は岡崎城を、綱高殿は浜松城の包囲を初めて下され。相模からの後詰めが到着次第、城を落とす算段に入りましょう」
「承知した!だが、景貞殿。……もしも徳川の坊主が血迷って野戦を挑んできたのならば打ち負かしても良いのであろう?」
「もちろんです。その時には存分にお二人の軍略を徳川に組みする者達に見せつけてやって下され!」
「「承知した!!」」
東海道を通って伊勢に援軍を出すというのは物理的に難しいことではあるが、一日でも早く、せめて岡崎までには伊藤家の旗をはためかせねばなるまい。
「では、俺は相模軍の到着を待って、共に駿河から出陣するとしよう。藤枝城の朝比奈殿に掛川城の抑えは任せ、本軍はひたすらに西だ。……補給は信尹。お主に任せるぞ」
「はっ!お任せあれ!伊藤家の軍が東海のどこに居ようとも、武器弾薬に食料を届けてみせます。妻と一緒にね」
冗談めかしながら虎殿を引き寄せる信尹。
まったく、ここまでの大戦、しかも敵領深く入り込んでの作戦などは初めてであろうに……緊張せぬというのは大したものよ。
昌幸もそうだが、真田の血というのはこういう時にこそ輝くものなのであろうか?
天正十二年 夏 諏訪 伊藤伊織
「聞いたな!皆のもの!卑怯者の徳川家がついに馬脚を現した!数百年ぶりの京尹だなんだと調子に乗った家康に鉄槌を下す!」
「「おお!!」」
いや、本当にこういう時の勝頼は、まさに水を得た魚というものでしょう。輝きが違いますね。
彼が武田家ではなく伊勢家に生まれていたら、これまでとは違う歴史が生まれていたでしょうね。
「伊織様、皆が任地へ戦支度をしに戻りました。我らはその間に戦の図案を描きましょうぞ」
本当に楽しそうにしていますね。まったく……。
「……そうですね。今回、徳川家は長野家を標的に軍を興しました。地理的なことから、伊勢・志摩・大和の軍で南から、尾張と三河の軍で東からと動くでしょう。流石に遠江と河内の軍、それと総大将の家康は動かないでしょうから、兄上の東海三国の軍が長野家の救援に向かうことは難しいでしょうね」
「某もそのように考えます。……すると、ここはやはり我が軍が主力として救援に走らざるを得ぬでしょうな。……整備された東山道。全力で騎馬を走らせます!」
「ええ、任せましたよ勝頼。まずは斎藤家の苗木城に騎馬隊を終結させ、全力で伊勢に入ってください。……小太郎!道と時間はどうなると考えますか?」
「……そうですな。美濃は明智様が筆頭家老となられてから、今まで以上に街道整備が進んでおり、その街道は桑名を通って亀山まで繋がっております。此度は朝廷の官職の名を使っての長野攻め。そのおかげで、こうして徳川軍が軍を発する前に我らの知るところとなりました。亀山までの四十里ではなく、桑名までの三十里ならば、東山道と明智道を使えば伊藤家の騎馬隊が桑名に先着する可能性すらあります」
ほう、先着出来てしまいますか……。
しかし、明智道とはこれはまた……。
まぁいいでしょう。
「勝頼!聞いての通りです。顕家公の大行進程の速度は要求しませんが、最大の速度を以て、伊藤家の旗を伊勢に立てなさい!」
「はっ!承知致しました!東山三国の騎馬軍団、その速度を諸国に見せつけてやりましょうぞ!」
先鋒は勝頼率いる騎馬軍団。
本軍は私と昌輝が率い、後詰めは直政でしょうかね。
補給と後方の指揮は信綱に任せる形としましょう。
「ふむ。家康殿が戦後にどのような弁明をするのか見ものですが、少なくとも桑名の東からは出て行ってもらいましょうか」
さりとて官名を使っての戦ですか、そう考えると、宮中の勢力も今回の戦に一枚噛んでいるのでしょう……。
しかし、二条殿とその息子たちは当家に対して、相当に恐れを抱いていると思っていたのですがどうしたのでしょうね。
何やら薄気味の悪い感じがします……。
「小太郎……すみませんが、こちらは念のためです。今回の戦の背後にどのような宮中の思惑が噛んでいるのかを調べて貰えますか?」
「……宮中でございますか。……承知しました。京の様子を調べてまいります」
今回の戦であれば、まずもって当家が敗北することは考えられません。
長野家の南側の城や砦はいくつか落とされるでしょうが、全体としては徳川家は必敗の形です。
なのに兵を興す……わかりませんね。
家康だけの思惑ではないことはわかりますが、どのあたりの陰謀が働いているのか……。
小太郎が上手く、そのあたりの情報を京から引っ張ってくれれば良いのですが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます