第135話 兼続と景竜

天正十一年 秋 春日山 伊藤景竜


 大友家の方々との話し合いも終わり、信忠とともに、七尾城と城下の開発、七尾湾から金沢城へ向かう羽咋はくい川沿いの地域の開発について話し合いをしていたところに古河から一通の文が、随風和尚より届いた。

 その文を要約すると、私が不在の中、長尾家は直江兼続殿の使者が古河城を訪れ、「近々、景竜殿と会って話を出来ないだろうか」との兼続殿の言葉を伝えているようだ。


 ついで、というわけではないのだが、丁度良いことに、私は能登に滞在していたので関東へ戻る途中、直江津へと船を回して春日山に寄ることとした。


 「なんとも奇妙な縁でございますな。継潤けいじゅん殿とこのような形で越後でお会いするとは……」

 「本当に……共にお山で経を学んだ仲であった随風殿とこうしてな……」


 何やら、兼続殿の使者というのは随風和尚とともに比叡山にて修行をした仲の方だったということだ。


 名前は土肥継舜どいつぐあき殿。

 近江は浅井郡の在郷武士の出自だということだが、長尾家の近江侵攻を受けて、いち早く旗色を明確にしたということで、長尾家中でそれなりの待遇を受けている模様。

 元は比叡山の僧侶であったようだが、今では還俗をし、輝虎殿の姉、遥殿を娶っているそうだ。


 「継舜殿は輝虎様の姉君、遥様を娶り、今では佐渡の雑太さわだ城城主と佐渡の鉱山奉行のお役目を兼ねておられております」


 ふむ……。

 佐渡ですか……話というのは金銀に関することでしょうかね……。


 「はっはは。特になんということは無く、妻とは年齢が近かったということで一緒になったということです。それよりも、儂は所詮、近江の小領主の出身。村々の紛争を収めることが家業でしたので、幼心に祖父や父、義父がやっていたことを覚えてはおりますが、お屋形様から頂戴したお役目は佐渡一島を差配する上に鉱山の管理もせよということで……いやはや、毎日が刺激に満ちております」

 「いえいえ、佐渡の金山、銀山は発見と採掘こそ、それなりに昔から行ってはおりますが、どうにも管理が難しく……土肥殿がお役目に就かれてからの佐渡の安定ぶり、この兼続、心より感服している次第です」

 「はっはは。直江様にそこまで仰って頂けるのならば、今後もより一層の力を注いでいきませんとな!」


 そうですか。


 それなりの世辞ではあるのでしょうが、兼続殿の言うように、佐渡の発掘はここに来て順調になってきたということなのでしょう。


 「して、景竜殿。貴殿に春日山までご足労頂いたのは他でもない。実は、佐渡から採れる金銀が増えてきたのでその使い道と言うか、活用法と言いましょうか、何か良い方法が無いかと相談をしたくてこうしてお呼びしたのです」

 「……私で良ければ幾らでも知恵をお貸ししましょう」


 兵や銭を貸せというのでないのなれば、幾らでも力になってあげても良いですよ。

 ……特に最近の兼続殿相手ならば。


 「左様ですか、それは有難い!……」


 ちらっ。


 兼続殿が随風和尚を見やる。


 まぁ、そうでしょうね。

 兼続殿の立場としては、これ以上、得体の知れない坊主に同席されるのも気持ちの良い話ではないでしょう。


 「ああ、ご心配なく。こちらの随風和尚には、これより当家の鉱山奉行として、私の下で働いてもらうこととなりました」

 「そうでしたか!それでは、話を続けましょうか……」


 ええ、実は随風和尚からの文と共に届けられた文がもう一通、姉上より齎されました。


 曰く、どうやらこの夏に亀岡斎叔父上が質の悪い風邪を引いてしまったらしく、この二月ほどで床を離れられぬ体になってしまったらしい。ついては、療養に専念してもらうためにも、鉱山奉行の職責を随風和尚に引き継がせたいとのことだった。


 領地が広大な当家、地方の鉱山に関する日々の職責は、地域にそれぞれの鉱山奉行を置いてそれらの対処をさせてはいる。ただ、どうしてもそれらの奉行を管轄するというか、全体を見通す立場に一角の人物を据える必要があるのです。


 これまでは一門の重鎮である亀岡斎叔父上がその大役を鶴岡斎大叔父上より引き継がれておられたが、今後は誰がその任に当たるか……。近年の姉上と仁王丸と私の間で話を進めてきた話題でもあります。 


 私としては、あと数年の時間さえあれば、兄上の娘から……そうですね、鉱山奉行はあんに、牧奉行はふせに任せるのが最善だと考えていたところでした。


 しかし、叔父上が病に倒れられたというのならば仕方ありません。


 職責を空席にすることは出来ませんし、大叔父上、叔父上と長年僧籍にあった方が務めていた職責でもあったのです。一門からの抜擢でなければ、僧籍の随風和尚が就かれてもおかしなところは無いでしょうね。……それに、随風和尚自体もこの数年は古河での大学長として、直接当家に仕えてくれていたのですから。


 「……そう、使い道ですか。何か兼続殿には考えが?」

 「……ないこともありませんでしたが、どうにもこの数か月で状況が変化してしまい、今は空っぽです」


 数か月……大友家と関わることでしょうかね?

 兼続殿は力なく笑っています。


 「正直なところ、伊藤家のお力とお知恵を借りてこなす事業は、一に土木、二に造船と考えておりました。……富山、直江津、柏崎、新潟。この四つの湊の内、どれかを拡充し、造船所を造る。その資金と人員を当家で捻出し、伊藤家に技術指導を給わる……かように考えておりましたが、どうにも伊藤家では広大な七尾湾それ自体を一つの大きな湊とし、大友家や明商人達を呼び寄せるおつもりのようですから」


 兼続殿は多少の恨みがましさを乗せた視線を送って来る。


 ……許してください。兄上の発案が加わると、どうにも事の次第が大きくなる傾向にあるのが伊藤家というものなのです。


 「……そうなってしまっては、当家の湊を多少大きくしても、商人達、特に明人はこちらには来ますまい。造船には心惹かれるものがありますが、それならば一から造るよりも、佐竹家や伊達家と同じように伊藤家の作られる湊に一枚かまして頂く形の方が良さそうですからな」


 そうですね。当家の造船能力は、現状の横浜、湯本、室蘭の三か所で十分なものがあります。

 いくら長尾家の頼みといえど、当家で扱いに余らすような造船所を造るのは遠慮をしたいところですからね。

 信忠とも話をしてきたばかりですが、七尾湾の船渠も造船能力よりも修理能力を高めたものにする予定です。


 「それならば、穴水で作っている船渠への街道造り、これにご助力頂けるのならば、七尾湾の船渠の利用を直江殿・・・が出来るよう、上様と大御所様にご了承を頂いて来ますよ」

 「おお!それは有難い。……実は、ここにおられる土肥殿も含め、多くの近江衆は国替えをお屋形様より命じられ、越中の私の傘下に移られているのです。急ぎ彼らに話をし、景竜殿・・・の計画に協力するよう命じさせていただきます」

 「こちらこそ有難いご助力です。……これで、陸路も七尾湾から北に輪島湊、西南に金沢・本吉湊、東南に氷見湊や富山湊に繋がるという物です」


 この点も信忠と話してきたところですが、当家は長尾家との話し合いの中で、その支配領域は七尾湾一帯と決めています。

 陸路、街道を施設するとなると、どうしても周辺の城主や小領主、村長など土豪の者達の了承を取らなければいけません。


 今日の四国連合の国内では、彼らが独自に関を設けることを禁じていますので、関税やら通行税の問題は無いでしょうが、それ以前の作業、そのことに邪魔をしてきかねませんからね。彼らを上の立場から押さえつけられる兼続殿の助力は有難い話です。


 「金沢へもですか……倶利伽羅峠の西になりますが……わかりました。その程度の話はお屋形様も了承してくださいましょう。お任せ下され、景竜殿」

 「忝いことです」


 ここで、私は一つ頭を下げます。

 円滑な話し合いにはこうしたことも必要ですからね。


 「なになに!景竜殿に頭を下げられるようなことでは御座いませぬよ!……それに、お味方である伊藤家の作業を邪魔するような不心得者は当家にはおらぬでしょうしな。……もし、そのような者がいたとしても……な?土肥殿?」

 「ええ、高岡城に入られておられる輝政てるまさ様がきちんと目を光らせておることでしょう」

 「……はて、失礼ながら輝政殿というのは……?」


 余り聞かぬ名ですが、話の流れから旧浅井家臣の誰かなのでしょう。

 随風和尚も知らないのか、念の為なのか、土肥殿に質問しています。


 「輝政様は、先代浅井家当主、久政ひさまさ様のご嫡男で、北近江合戦の折には、儂とともにお屋形様の旗の下に集ったお方です。北近江合戦……戦後は久政様が腹を召されることで、残りの一族は輝政様の庇護のもとに許され、今は高岡の城下で暮らしているという次第でございます」

 「なるほど……戦の勝敗は武家の常。浅井家の方々も健勝であるならば、これに過ぎたることはありますまいな」

 「まことに左様ですな。……それに、これは内々の事ではありますが、その輝政殿のご息女、茶々様と近々祝言を……」


 ん?

 誰と誰ですか??


 「ああ!それは言うな……私からお伝えさせてくれ。……まぁ、そのお船殿とはご縁が無かった私だが、ひょんなことから輝政殿の姫と知己を得ましてな。どうにも互いに気が合いまして、年が明けましたら祝言を挙げることになっております」

 「おお!それは目出度い。おめでとうございます」

 「ありがとうございます」


 兼続殿も照れくさいのか、微妙に顔が赤いですね。


 そう。兼続殿は古河の大泉屋で下手を打っていますからね。

 因縁相手の船は、今では信忠の妻として七尾城の奥一切を取り仕切る立場です。

 兼続殿としても、身近に昔の因縁相手がいるのでは気が落ち着かなかったでしょうが、こうして己が妻を迎えることとなったのならば、幾らかは蟠りも融けましょう。


 「いかんいかん!……どうにも話が脱線しますな。景竜殿にご相談したいのは新たな金銀の使い方なのです。どうかご教授頂けないでしょうか?」


 そうでしたね。

 旧浅井家家臣が上手い形で直江殿の下に吸収されるのならば、どうやら北陸は上手く落ち着くことになりそうだと舞い上がってしまいました。


 いけません、いけません。

 私もこの相談にきちんと答えなければいけませんね。


 「……そうですね。これはまだ、当家でも行えていないことなので……どうかご両名にはご内密にお願いしたい話ではあるのですが……」

 「……お伺いいたしましょう」


 こくり。


 頷く兼続殿と土肥殿。


 「実は、当家でも金銀の使い方を数年かけて模索中でして……結論をいいますと、近々、金貨、銀貨という高額通貨を鋳造しようと考えております」

 「「金貨!銀貨ですと!!」」


 当家の者達にとっては、兄上が数十年前から話題にししているので、特段に新しい話ではないのですが、他家の方にとってはそうなりますよね。

 金銀は塊にして大口取引に使うのが普通ですから。


天正十一年 秋 xxxx xxxx


 「して、宮中の方は如何なりましたかな?」

 「おほほほ。有難いことに二条が寿命で逝ってしもうたからの。麻呂が特別の手を下す間もなく、家令共が自由に動いてくれておるようでな。実に楽な工作でおじゃった」

 「それは、重畳でございますな。これで京にお戻りになられる日も……」

 「ふん。それに関しては残念ながら難しいところでおじゃるな!なんとも忌々しいが、二条めが死ぬ前に面倒なことをしでかしおったのでおじゃる!」

 「面倒とは……?」

 「帝の勅よ……どのような経緯であれ、勅が出された案件には、麻呂たち公家はおいそれと手を出すことが適わん。例え今の帝に米粒ほどの権力もないとしても、時を置かずに勅を蔑ろにするようなことは出来ぬのでおじゃる」

 「はぁ……お公家様とはなんとも不自由なものでございますな……」

 「ふん!お主らのような野蛮な武家とは違い、雅な公家がこうして長い年月、京に居座れたことはひとえにこうした前例を守ってきたからでおじゃる!」

 「そういう物でしょうか?……どうにも、武家の某には、とんと……」

 「解らずともよい。ただ、公家には公家の、武家には武家のやり方があるという物でおじゃる。……残念ながら王家のやり方という物は歴史の闇に消え去って久しいところではおじゃるが……二条め……死んでからも麻呂に厄介事を押し付けるものじゃ」

 「……まぁ、ともあれ、こうして殿下のお陰を持ちまして、某も無事に畿内の南を治める名分を頂きました。……今後は」

 「今後は麻呂が京に戻れてからでおじゃる!」

 「!!」

 「そう不満げな顔をするな……」

 「されど!殿下は先ほど時間がかかると仰せになったではありませぬか?!」

 「時間は掛かる……だが、方法が無いわけではないのでおじゃる。うまいこと行けば、近いうちに麻呂は帰京だけでなく復職も叶うであろうということでおじゃる」

 「おお!そういうことなら、早く教えて下され!……で、その方法とは?」

 「それはまだまだ秘密でおじゃる。……ただ、少なからぬ費えが必要なことでもあるからの。その時が来たらその方の手助けも欲しいところで……」

 「お任せ下され!殿下あっての某!殿下が必要とされるもの、某で用意が出来るものであるのならば、どのようなものでもご用意させていただきまする!」

 「それはなんとも殊勝な申し出じゃな。良かろう、時が来ればお主の力を借りるとしようぞ?今京尹、家康殿」

 「お任せ下され!前久様!」


 時は天正十一年、処は吉野の旧御所。

 前関白ながらも勅命により都より追われることとなった男と、右京太夫改め数百年ぶりの京尹となった男の密談。

 その行く末は神仏のみぞ知ることなのであろうか。

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